待ち焦がれた、あの日の続きを
森の中は、外側から見た通りの世界だった。
探索者が通りやすいように作られた、大きな菌の軸の間にある道をぼく達は歩いている。
通路端の地面に幅を利かせているのは、シメジという名前の菌らしい。
「必ず軸が四の倍数になってるらしいよ。傘が何となく目に見えて地面に生えているから、その名前を繋げて『四目地』ってわけだね」
「なんかそれ、適当過ぎない…?」
「ありふれたもの程、名付けは適当になっていくもんさ」
キノコの傘を見ると、確かに目のような模様になっている。
あちこちから視線が刺さっているような感じがして、少し気味が悪い。
森に入って視線の数が増えたような気がする。
森に誰もいない以上、気のせいと思うしかない。
「シメジって美味しい!?」
「うちだと鍋には必ず入ってるよ。加熱すると傘の模様が無くなるから、リアナちゃんも食べたことはあるんじゃないかな?」
森に入る前に怖がらせてしまったリアナも、もうすっかり元に戻った。
切り替えが早い性格とはいえさすがに早過ぎないかとは思ったが、元気に越したことはないので特に触れないでいる。
「ちょっとくらいなら…」
「リアナちゃん…それ以上詰めるとリュックの中で潰れちゃうよ?」
「うーん、そうだよね…あ、カイちょっと後ろ向いて」
「うん__って、ぼくのリュックはダメだよ!?」
「ちぇー、ケチ」
リアナの言葉につられて後ろを向いたぼくは、後ろを歩く父を中心に細い光の線が森の奥に伸びている事に気付いた。
おそらく父の魔力感知によるものだろう。
光の伸びる先を追って見ていると、父は少し驚いたような顔をしてぼくに声をかけた。
「カイ…もしかして見えてる?」
「この線のこと?そりゃ光ってるし、ね?リアナ」
同意を求めてリアナの方を向いたが、ポカンとした顔をしている。
「光の線…?」
「これだよ、これ。お父さんから出てるこの浮いてる糸みたいな線のこと」
ぼくが目の前に浮かぶ線を指さすと、リアナはその場所に近付いて手を振った。
魔力で作られた線は触れられないようで、線に当たった手はそのまま通り抜ける。
「えっと…私には見えないけど、何か浮かんでるの?」
リアナは本当に何も見えていないようだ。
「もしかして、そういう事かな…」
父はそう言うと表情を変えないまま更に二本の線を生み出し、ぼくとリアナの背中にその線を突き刺した。
「うわっ!」
「えっ、何!?どうしたの?」
線が身体に当たると同時に強烈な視線を感じ、ぼくは後ろを振り返った。
そこには光の線が浮かんでいるだけで、それ以外には何もない。
「今のって…お父さんが?」
「やっぱりそうか。まさか反応出来るなんて思わなかったから気付かなかったよ、ごめんね」
「そっか、そういう事だったんだ…」
「…そういう事って、どういう事なの?」
ぼくがこれまで何度か感じていた視線の正体は、父が出した魔力によるものだった。
それが分かったぼくは、ホッと胸を撫で下ろした。
「でも、何で?まだ探索者になれてもないのに」
「多分、潜在的なものかな…」
「…」
「潜在的?」
「探索者の子どもは、そうじゃない子どもと比べて魔力への耐性や親和性が高いっていう研究結果があったはず」
「…ねえ」
「じゃあ、お父さんの子どもだから?」
「それもあるかもね。階級の高い探索者程、その子どもの魔力保有量が__」
「__ねえ、ちょっと!何の話をしてるか、全然分からないんだけど!!」
勝手に進んでいく話に痺れを切らしたリアナが、ぼく達の話を大声で中断させた。
「二人とも私にも分かるように話してよ!」
話の内容が全く理解出来ないリアナは、むくれた表情でぼく達を見ている。
ぼくと父は彼女の方を見て二人して苦笑いした。
「あー、今めんどくさいって思ったでしょ」
「そんな事ないよ。ね、お父さん?」
「今のはカイに言ったの!もうっ!」
恐らく、ちゃんと一から全部教えないとリアナの気は済まないだろう。
「ごめんって。ちゃんと伝えるから」
「当たり前!二人とも、納得するまで終わらせないからねっ」
「はは…長くなりそうだね。じゃあ、まずはカイが言ってた視線の話から__」
三人の声が静かな森の奥に消えていく。
監視されているような視線は変わらず感じているが、父のものだと分かった今は不快な感覚はなくなった。
森に来たのが今日で本当に良かった。
そんな事を感じながら、ぼくは二人と一緒に歩を進めた。
しばらく歩いたところで、開けた場所に辿り着いた。
普段探索者が休憩用に使用しているのか、綺麗に整地された広場に辺りの菌の軸を利用した簡易的なベンチのようなものが並べられている。
「__って感じで、カイの魔力適正が他の子と比べて高いんじゃないかって話をしてたんだよ」
リアナへの説明も大方終わった。
あとで文句を言われても嫌なので、ぼくと父でなるべく細かいところまで話したつもりだ。
「へえ…じゃあ、カイは今すぐにでも探索者になれるの?」
「どうかな、そこは本人次第だからね__さ、話はこのくらいにして少し休もうか」
父に促されて向かい合わせに置かれたベンチに座ったぼくとリアナは、家から持ってきたお菓子と水筒をリュックから取り出した。
「なんか思ってたような感じじゃなくて、ちょっと残念…」
休憩をはじめてすぐ、リュックから三つ目のパンの袋を取り出して食べ始めたリアナがボソッと呟いた。
ぶつくさと言いながらもしっかりと食べているのは実にリアナらしい。
「どんなところを想像してたんだよ…」
「うーん、何ていうか…キレイな景色?」
「ぺリソルの方じゃないんだからそれは無理でしょ…」
ぼくの言葉にそうだよねー、と相槌を打ちリアナはパンを頬張った。
確かにぼくもそう思わないでもない。
すごく残念という程ではないが、思ったより殺風景と言うべきか。
探索者が巡回で来る場所なので仕方ないとはいえ、こうしてお出かけ気分で来ると少し物足りないという気持ちはぼくも感じた。
それに父も気付いたのか、リアナの少し足りないを埋める最高の一言を彼女に告げた。
「__そういえば確か、この周辺でマーツ茸の目撃情報があったな」
四つめの袋からお菓子を取り出して食べようとリアナが届いた言葉に反応し飛び上がった。
「探してくるっ!これ、食べていいよ!」
開けかけのお菓子をぼくに押し付けて、リアナは広場の端から外へ消えていった。
「ったく…大丈夫なの?」
「『森が安全なのは今日くらい』だからね。今のうちに歩き回らないと__」
「__ねえ、お父さん?」
今日ここにたどり着くまでに何度も聞いた言葉。
それが今頃強烈な違和感となってぼくを襲い、思わず父の言葉を遮った。
「ん、どうした?」
「今日、森が安全って…何で分かるの?」
今思えば当たり前の疑問だ。
街の外、その中でも探索者が巡回ルートとして毎日見回るこの森が、なんで『今日は安全』なのか。
そんな簡単な疑問をなんで今まで『安全だから』という理由になっていない言葉で片付けていたのか、ぼくは理解できなかった。
「最近魔獣の報告も無いし、組合でも聞いたからね」
「でも、今安全かどうかなんて分からないでしょ?」
「カイ、どうしたんだ?他の探索者も森には来てないし、今日は安全なんだよ」
「…そもそもなんで探索者が今日は森に来てないの?」
「え?」
ぼくは父の言葉を聞いて、一つの確信を得ていた。
何故かは分からないし、もしかしたら勘違いかもしれない。
いや、出来るならばそうであって欲しい。
でも、多分__ぼくの勘は当たっているのだろう。
「お父さん…多分、今日この森は危ない」
「何言ってるんだ、カイ。ほら、僕もちゃんとこうやって感知を__」
「__ぼくは!!」
動き出した警戒心が限界を超えたぼくは、大声を出して父に最後の説得を始めた。
「探索者の事は分からない!でも、今の状況は異常だって分かるよ!」
多分これで無理ならもう説得は効果がない。
その時は引っ張ってでも無理矢理街に帰ろう。
「危ない場所だから巡回ルートになってるんじゃないの?なのに『探索者が一人も来ない』事が確定してるなんて、どう考えてもおかしいよ!!」
ギュッと目を瞑って言葉を吐き出したぼくは、そのまま父の言葉を待った。
数秒後、ぼくの肩に父の手が触れたのを感じて顔を上げると、父は険しい顔で辺りを見ていた。
「__ありがとう、カイ。目が覚めた」
見たことがない程焦りの表情を浮かべた父が、そっとぼくを抱き寄せる。
なるべくぼくを心配させないようにそうしてくれたのが、何となく伝わった。
「早く街に帰ろう?なんだか嫌な予感が__」
「__リアナちゃんが、見つからないんだ」
「え…どうして…」
「分からない。カイが目を覚ましてくれた瞬間、突然感知から外れたんだ」
そういう魔法もあるのかもと考えたことはある。
でもまさか、使われる日が来るなんて思ってもいなかった。
『人間を洗脳する魔法』
あり得ないと思いながらもぼくの中に芽生えていた可能性は、今最悪な形で確信に変わった。
「多分遠くには行ってないと思う」
父はそう言うと、ぼくを包む光の膜が強く発光し始める。
「探しに行ってくる。カイは危ないから、ここで__」
「__探し物は、これかぁ?」
ドチャ、と『何か』が地面に落ちる音がした直後、背後の森の奥の方から男の声が聞こえた。
「……あ…」
最悪の想定が頭をよぎり、無意識のうちに喉から声が漏れていた。
振り返らなければならないのに、身体は意思を持ったように頑なに動こうとしない。
「リアナちゃん!!」
先に振り返った父の叫びで、想定が現実となった。
父が呼ぶその名が、その言葉に込められた強さが。
否応なくリアナの今の状態を伝えてきた。
「あ…ああ…!!」
ぼくは覚悟を決めて後ろを振り向いた。
そこに予想通りの光景があっても、うろたえないように__そう思ったつもりだった。
「リアナ!!何で…何で!!」
だが、そんな事出来るはずもなかった。
広場と森の境の場所に血塗れのリアナが横たわっていた。
父の魔法で守られているはずなのに、うつ伏せのままピクリともしない。
その様子は、まるで__
「うるっせぇな。一匹死んだくれぇで喚くなや、ガキが」
リアナを広場に投げたであろう男が、森の奥から姿を現した。
父と同じくらいの身長の、人相の悪い男。
ぼくはその男を過去に一度だけ見た事があった。
あの時とは少し雰囲気が違うが、間違いない。
「お前…あの時の!!」
忘れもしない。
『あの日』組合でぼく達を殺そうとした男。
「おう、よく覚えてんな」
ハッ、と不気味に笑った男はリアナの目の前まで来たところで歩を止めた。
「借りを返しに来たぜ__なあ?」
男に見られた瞬間、全身が粟立った。
目に見えない力に押されるように後ろに倒れ、ぼくは尻餅をつく。
「ハハッ!あん時の大見栄はどうした!!」
「やめろ、スクルージ!!」
スクルージと呼ばれた男は、手に持ったメイスを振り上げていた。
振り下ろす先には__横たわるリアナの頭。
気付いた時には、ぼくはリアナの元に走り出していた。
目の前で起こっている状況を整理出来ず、相変わらず思考はまとまらない。
だが何をすべきかだけは、はっきりと分かった。
「カイ!!よせ!!」
後ろから父の声が聞こえる。
分かってる。
コイツはリアナの頭を潰す振りをしてぼくをおびき寄せている。
それでも、それがわかっていたとしても。
ぼくは止まることは出来なかった。
「やるじゃねえか、ガキィ」
近付いてくるぼくをみたスクルージはニタァと口角を上げ、振り上げたメイスを父に向けて投げつけた。
ぼくに合わせて接近しようとした父は、突然の行動に思わずその場に立ち止まってメイスを迎撃する。
「リアナ!!」
たどり着いたぼくは彼女を身体を抱き寄せた__『あの日』と同じように。
抱いた身体から生気を感じる。
口元に顔を近づけると、非常に浅くではあるが呼吸している事が分かった。
リアナは死んでいない。
その事実に安堵すると同時に、ふつふつと目の前の男への怒りが湧いてきた。
「その光の膜、ただのメイスじゃどうにもなんねぇみてぇでよ」
スクルージはそう言うと、自身の手を前に突き出した。
「__さすが忘骨サマの魔法って感じだよなぁ?」
ただ突き出されただけの手。
その手から濃密な死の気配を感じた。
「来いや__『瀧鴉』」
スクルージの呟きに呼応し、急激な魔力の高まりと共に彼の両手の中に『何か』が形成され始める。
魔力は形を持って次第に大きくなり、鱗のような棘がついた棍棒状の武器にその形を固定した。
それを見たぼくは、リアナを抱いたまま父のいる方へ駆け出す。
「…あ、おい。逃げんなって」
スクルージから制止の声が飛ぶが関係ない。
今はとにかく父と合流を__
「__『それ』に触れたら、流石に死ぬぞ?」
「カイ、止まれ!!罠だ!!」
父の言葉と共にぼくにもその罠が見えるようになった。
魔力で編まれた有刺鉄線のような網がスクルージを中心に高速で回転し、卸し金のようになっている。
触れたら恐らく、ズタズタの肉片になってしまうだろう。
即座に反応し急停止を試みたが、慣性に逆らえず空しく体は罠へと吸い込まれていく。
「くそっ!!」
ぶつかる瞬間身体を捻り、リアナを放り投げる。
ぼくはそのまま背中から罠に突っ込んで__
__そのまま放り投げたリアナの元に弾き飛ばされた。
「…え?」
ズタズタに卸されるものだと思っていた。
恐らく父の魔法のおかげで助かったのだろう。
「お父さん!」
「カイ、動くな!」
「え、でも__」
「やめろ、動くな!!」
ぼくは自身の無事を伝えるため父の方を振り向こうとして、手を付けずに転んだ。
そこでようやく、自分の身体の異変に気付いた。
右肩から先がない。
視界が安定しないので、右目もないのだろう。
ということは恐らく__
「すぐ破るから…そのまま、動かないでくれ」
父の声が悲痛に歪む。
今のぼくの姿がどんなものか、何となくそれで想像がついた。
不思議と、不安や恐怖がない。
もしかしたら『それを感じる部分』もなくなっているのかもしれない。
「力を貸してくれ__『リィンベル』」
これまで感じていた以上の魔力が、光となって父から溢れ出した。
『リィンベル』__父が保持する忘骨の名前だ。
周囲に溢れだした魔力が父の周りを漂い始める。
ある光は鎧となって身を包み、ある光は身の丈程の剣となって父の手の中に顕現した。
「すぐ終わらせる。だから、大丈夫__大丈夫だよ」
その様子を見ていたスクルージから、不快な笑い声が漏れる。
「ハハッ!壁の向こうから吠えても何も変わんねぇっての!」
いつの間にかスクルージは、ぼく達のすぐ近くまで迫っていた。
手に持つ棍棒の先が地面に触れ、ガリッという音を立てて削れて無くなった。
「『あの日』の続きだ。今度はちゃんとブチ殺されろや、ガキ共」
この男も忘骨だ。
戦って勝ち目はない。
ぼくは残った左手で右の頭の辺りを触った。
ヌチャッという音がして、大量の血とよく分からない色の柔らかいものが手に付く。
それを見て、何となく察しが付いた。
父は大丈夫と言ったが、それは嘘だ。
多分ぼくはもう助からない。
__ならばせめて、リアナだけでも絶対に助ける。
ぼくは残った左目で精一杯スクルージを睨み付けた。
初めての街の外、最期の戦いが始まった。




