心配性メイドと、無傷のご主人様
「信じられません……! こんなにたくさんの食材が手に入るなんて……!」
感激したリリィが両手で口を覆う。
まるで宝石でも見つけたかのように、リリィは目をきらきらと輝かせながら食材の山を見つめている。
かごの中には新鮮な白パンや、つやのある卵が丁寧に並べられている。
瓶詰めの牛乳は陽光にきらめき、カラフルな野菜は露を含んで瑞々しい。
香ばしいソーセージに厚切りのベーコン、甘く香る果物に、可愛らしいラベルが貼られた瓶入りのビスケットまで——まるで王都の高級食堂にでも納められるような品々が、ずらりと揃っていた。
裏通りでマイクとグランチを倒したあと、ノクスは何事もなかったように屋敷へ戻った。
それから一時間。
バロッツォが食料を調達して訪ねてきたのは、つい今しがたのことだ。
「ノクス様。これ、夢じゃないですよね……?」
食材の山に圧倒された様子で、リリィがこちらを振り返ってくる。
ノクスは思わず苦笑しながら頷いた。
「現実だ。これなら食料調達に悩まされずに済むだろう?」
「もちろんですっ! 本当にありがとうございます、ノクス様っ!」
まるで胸の中の不安がすべて吹き飛んだかのように、リリィは心底ほっとした笑顔を見せてくれた。
だが、次の瞬間、その顔にハッとしたような陰りが走った。
「でも、あの……やっぱり、何か危険なことをされたんじゃ……」
「やれやれ。その質問にはもう十回以上答えさせられているぞ」
先に屋敷に帰していたリリィは、ノクスが戻るなり駆け寄って、怪我はないか、何をしてきたのかと矢継ぎ早に問いかけてきた。
リリィは裏通りで起こったことを逐一知りたがったが、話せるわけがない。
とくに喧嘩屋たちとの間に起きたことなど話せば、無駄に心配をかけてしまう。
そのため、ノクスは話をかなりぼかして、単に交渉をして食材の調達を依頼しただけだと説明した。
リリィはどこか納得していない様子だったので、また同じ質問をぶつけてきたのだろう。
「さっきも伝えたが、危険なことなど何もしてない。ただの商談をしてきただけだ。――なあ、バロッツォ?」
ちょうど荷を運び終えたバロッツォに声をかける。
振り返ったバロッツォは、ノクスから向けられる威圧感を滲ませた目配せにすぐ気づいた。
「え? あ、はい! そうそう、ただの交渉でしたよ! 値段の話とか、納期の相談とか、そういった普通の取引の話だけですとも! ええ、ええ、本当にその通りでございます!」
バロッツォは慌てて何度も頷き、やや大げさすぎる身振りとともに、不自然な笑みを浮かべた。
「それならいいんですけど……」
リリィは薄く開いた唇を固く結び直し、僅かに肩を落として俯いた。
ノクスは片眉を上げ、リリィの様子を静かに観察した。
「どうした、リリィ? そんなに深刻な顔をして」
「……ノクス様が裏通りに行くって言った時から、正直、すごく怖かったんです。あそこは危険な場所だって聞いていましたから。ノクス様に良くないことが起きてしまったら、もし何かあったらって思うと……心配で落ち着かなくて……」
リリィの声は少し震えている。
ノクスが黙って見つめると、リリィは視線を落としたまま言葉を続けた。
「お鍋、三回も空焚きしちゃったんですよ……。お掃除道具も、何度も倒しちゃって……。もう、全然集中できなくて……手が震えて……私、私……」
ノクスは敢えて深刻すぎない態度で苦笑してみせた。
「それは相当ひどいな。裏通りどころか、この屋敷のほうがよっぽど危険な状態だったんじゃないか?」
「もう、ノクス様ったら! 私は、本当に心配で心配で……からかうなんてひどいですっ!」
リリィはぷくっと頬を膨らませ、上目遣いに睨んできた。
その仕草があまりにもリリィらしくて、ノクスは思わず微笑んでしまう。
からかうつもりはなかった。
リリィへの親愛の情があるからこそ、自然とこういう対応になってしまうのだ。
そんなリリィに悲しい顔はさせたくはない。
だからこそ裏通りのことも深刻に受け止めさせないよう、敢えて軽い態度を装った。
ノクスはただ、リリィを安心させたかった。
「俺は約束通り無事に帰ってきただろう? ほら、見てみろ。傷一つない」
ノクスは肩を竦め、両手を軽く広げてみせた。
「な?」
「……はい。でも、今日のノクス様、ヒヤヒヤさせ過ぎですよ。グリードさんのこととか!」
ふくれっ面で抗議してきたリリィに、ノクスは苦笑した。
たしかに、取り立て屋グリードの件も含め、今日はやり直し101回目の初日だというのに、濃厚すぎる展開だった。
(……俺がやけくそを起こしたせいかもな)
そのせいで、リリィに心配をかけている事実が、今更ながらに申し訳なくなってくる。
「色々と心配をかけてすまなかったな、リリィ。今朝は、変わった俺を受け入れてくれたが、後悔したか?」
「まさか!」
リリィはふるふると首を振ると、少しだけ眉を寄せた。
「でも、やきもきさせるのは、せめて一日一度にしてください……。いいですか?」
腰に両手をあてたリリィが、至近距離からノクスの瞳を覗き込んでくる。
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