裏通りの掟を利用する
「あんたがかつて、俺に語ってくれた【武勇伝】に関する話だ。密かに結託した貴族から大金を受け取っては、この裏通りの住人たちを国外へ追い出していたそうじゃないか」
貴族との結託を指摘された途端、バロッツォの顔がひくっと歪んだ。
触れられたくない内容であるのは確実だ。
「おい、何を言って――」
「自分でそう証言しただろう? せっかくだから、口調も真似しながら再現してみせようか。似ていたら拍手でもしてくれ」
「ま、待て……」
「『サルートってのはカジノの帳簿係を任されていた男でな。俺はその帳簿に架空の売上を忍ばせてやった。それから、金庫の鍵が偶然サルートの部屋から見つかるように細工した。念には念を入れて、証言も買うことも忘れなかった。これで完璧な持ち逃げ犯の誕生よ。サルートは言い逃れしようがなかった。結局、カジノの元締めから命を狙われて、国外に逃亡するはめになったってわけよ』」
サルートの名前を聞いた途端、バロッツォの手が空中でぴたりと止まった。
煙草の先で灰が不安定に揺れ、バロッツォの動揺を表すかのように静かに崩れ落ちた。
空気が凍りつくような緊張が、一瞬にして場を支配する。
「あんたの十八番は、証拠を仕込んで人を嵌めるだったな。サルートもドレーサもカレブも、あんたが潰した。最後にはいつもこう言っていたな。『俺は直接は手を汚してねぇ。ただ、ちょっと足元を滑らせてやっただけ。そうすれば裏通りの連中は、勝手に落ちていく。日陰で生きていく人間なんて、脆いもんよ――』」
「でっち上げだっ!」
バロッツォが叫びながら立ち上がる。
これまでの軽薄な態度は跡形もなく消え失せ、代わりに激しい焦燥感が声に滲み出ていた。
「だいたい証拠はあるのか!?」
「証拠? そんなものはいくらでも掘り出せる」
ノクスは口角を僅かに上げ、余裕綽々と返した。
「たとえば、あんたが隠したつもりの裏通りの帳簿だ。取引人たちはまだ健在で、事情をよく知っているはずだ。カジノの古参どもからも話を聞き出せる。それに、腕の立つ情報屋を何人か雇えば、あんたが残してきた足跡を片っ端から追える。そうすれば、たった一日で山のような証拠が転がり込んでくるだろうな」
「……っ!」
ノクスは演技じみた仕草で、ゆっくりと肩を竦めてみせた。
「そこまでの手間をかける必要があるかは……これからのあんたの態度次第というところだがな」
重たい空気とともに、一瞬の静寂が流れた。
バロッツォの額には、細かな汗の粒が次々と吹き出した。
その様子を冷ややかに見据えながら、ノクスはゆったりとした動作で屋台の縁に指を這わせた。
「さて、まだ俺と取引をしたいとは思えないようだから、モノマネショーを続けるか。次は、ルド兄弟毒殺事件について、あんたが語ってくれた言葉を真似してみようか」
「待て……!」
「ん?」
「もう十分だ……。だが、なぜだ……。なぜ、俺の発言を聞いていたかのように知っている……?」
バロッツォは心底怯えていた。
自分の秘密がどうして知られているのか、まったく見当もつかないらしい。
無理もなかった。
なぜなら、ノクスがバロッツォの秘密を知ったのは、今回の生でのことではないからだ。
ノクスは過去の人生で幾度となく、バロッツォの自慢げな武勇伝を聞かされてきた。
そのため、一言一句鮮明に記憶していたのだ。
バロッツォには救いようのない癖があった。
相手を罠に嵌め、追い詰めた後になると、これまでの「戦果」をペラペラと語らずにはいられないという。
『あいつはこうやって潰してやった』
『このやり口で完璧だった』
多くの人間を破滅に追いやってきた手口を、まるで武勲のように並べ立てるバロッツォ。
その話を聞かされた被害者は、凍りつくような恐怖に襲われた。
彼らが戦慄する様子を目にするのが、たまらない快感なのだと、かつてバロッツォは語っていた。
過去の人生で何度もバロッツォの罠に嵌ったノクスもまた、同じように脅かされてきた。
しかし、おかげでそのやり取りをだしに、バロッツォを脅す側に回れたわけだ。
「バロッツォ、裏通りの掟は、もちろんわかっているな。『仲間を売らない・裏切らない』だ。この掟を破る者は、容赦なく処断される」
それは、裏通りで生きる者たち全ての心に刻まれた、揺るぎない戒めだ。
バロッツォの体が目に見えて震えはじめた。
バロッツォは必死に平静を装おうとしたが、瞳の奥に宿った動揺と恐怖は隠しようもない。
もしノクスによって告発されれば、長年築き上げてきた商売も、信用も、そして何より命さえも危険に晒されることになる。
バロッツォは裏切り者だ。
仲間たちからの制裁は必至だった。
この場所では正規の法など何の意味も持たず、裏通りの掟だけが絶対的な力を持っている。
裏切り者への処罰は徹底的で、容赦なく執行されるのだ。
昨日まで笑顔で商売をしていた者が、翌日には路地裏で荷馬車に轢かれて発見される。
そんな出来事はもはや珍しくもなく、日常的な「事故」として片付けられていた。
「……何が目的だ?」
これ以上の抵抗は無駄だと悟ったかのように、バロッツォは肩を落とした。
その態度からは、完全な降伏の意が読み取れた。
「よかった。これでようやく話が進められるな」
ノクスは不気味なほどの優しい笑みを浮かべると、項垂れたバロッツォの肩を軽く叩いた。
「じゃあ──取引を始めようか」
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