伯爵令息の皮を剥ぐ
ノクスは視線を滑らせるように庭の門へと向けた。
「……いいタイミングだな。俺の言葉の真意を証明してくれる者たちが、どうやら到着したようだ」
ノクスが宣言したとおり、門の向こうから三つの影が現れた。
最初に姿を見せたのは、顔中に無数の傷を刻んだ男だ。
片目には濁った義眼がはまり、薄く笑う口元からは金属製の歯が覗いていた。
次に現れたのは、痩せぎすで背を丸めた男だ。
擦り切れたロングコートの裾を引きずり、両手をポケットに突っ込んでいる。
その目には、相手を値踏みするような狡猾さが宿っていた。
三人目は、どっしりとした体躯の巨漢で、太い首に刻まれた刺青がシャツの襟元から覗いている。
男の咥えた安物の煙草から漂う匂いが、屋敷の洗練された空気に異質な臭気を混ぜ込んだ。
無言でただそこに立っているだけで、場の空気がざらつくような者たちだ。
この男たちが、影に生きる危険な連中であることは、誰の目にも明らかだった。
そんな男たちを目にした途端、アデルの顔から血の気が引いた。
さきほどまでの尊大な態度は消え失せ、死人のように青ざめている。
「な……なぜ、おまえたちがここに……!?」
優雅な社交の場にはまったく不釣り合いな、剥き出しの恐怖がアデルの声から飛び出す。
「アデル、あの連中と知り合いなのかね……?」
アデルの父フォルスト伯爵は、嫌悪感を隠さずに問いかけた。
「あっ!? い、いえ。まさか、そんな……はは……」
アデルは引きつった笑みを浮かべ、視線を落ち着なく泳がせながら、そわそわと周囲を見回した。
不自然な挙動のすべてが、アデルの嘘を露呈している。
すると、三人のうちの一人、顔面傷だらけの男が、ゆっくりと前に出た。
「オイオイ、伯爵様のお坊ちゃん。知らないなんて、ずいぶん水臭いじゃねぇか。俺たちとおまえの間で交わした約束、すべて説明したほうがいいか? なぁ?」
その一言で、アデルの額にじっとりと汗が滲んだ。
無意識に喉が鳴り、顔が引き攣る。
やむを得ぬ様子で、アデルは踵を返した。
「くそっ……!」
低く罵声を吐き捨て、そのまま逃げ出そうとする。
しかし、アデルの動きを阻むように、すでに別の影が立ちはだかっていた。
ノクスが軽やかな動きで一歩踏み出し、アデルの足元に足を引っかけたのだ。
「ぐえっ!!」
情けない悲鳴が、静寂の中に鋭く響く。
見事に躓いたアデルは、そのまま庭園の芝生に顔から倒れ込んだ。
地面にうつ伏せになったアデルの背後から、三人の男たちが近づく。
ひとりが素早く、しかし慣れた手つきでアデルの体を押さえ込んだ。
「急いでどこへ? まだ話ははじまったばかりじゃないか」
ノクスは倒れたアデルを見下ろしながら、楽しげに問いかけた。
ノクスの目に宿るのは哀れみでも怒りでもない。
ただ淡々とした支配者の視線だった。
「くっ、やめろ! 離せ! ……お父様、助けてください! こんな暴挙が許されていいはずが――!」
アデルは助けを求めて、父フォルスト伯爵へ視線を向けた。
だがフォルスト伯爵は動けなかった。
困惑を隠しきれぬ表情のまま、唇を強く結び、ただ沈黙している。
その隣にいるセシリアの父ルヴェリエ侯爵もまた、安易な言葉を控え、静かに成り行きを見守っていた。
感情より理性を優先する貴族らしい態度で、冷静に状況を見極めているのだ。
「くそっ……衛兵はどこだ! 不審者がいるぞ! このような無法を、断じて許すな!」
アデルは必死の形相で叫んだ。
周囲には人がいるのに、誰ひとりとして動こうとしない。
頼れる者はいない。
だから自分で叫ぶしかなかった。
その叫びは、次第に悲鳴へと変わっていった。
「衛兵ッッ! 衛兵ーッッ!!」
「無駄だ」
ノクスは静かに伝えた。
「衛兵たちには、然るべき対処を済ませてある。余計な介入は煩わしいからな。今は深い眠りについているだろう」
「調子に乗るなよ、没落貴族が……! 王都中の人間に疎まれているゴミのくせに……!! 俺はおまえらが触れていいような身分じゃない! 高貴な肌が穢れる! 離せッ! 離せえええッ!!」
「やれやれ、うるさいな。黙らせろ」
呆れ顔のノクスは、顎をわずかに動かして命じた。
すぐさま三人のうちの一人が前に出て、アデルの口を掌で覆った。
「ぐむううっ……!」
絶え間なく発せられていた声が、途端に止まった。
ノクスはアデルに一瞥を投げたが、その瞳には無関心の色しか浮かんでいなかった。
次に彼が視線を向けたのは、セシリアの父ルヴェリエ侯爵だ。
「貴方のご子息となる予定の人物が、どのような存在か。本当に、大切な娘を託すに足る者なのか。どうぞ、じっくりとご確認ください」
ノクスは優雅な仕草で懐に手を差し入れると、古びた革表紙の帳簿を取り出した。
それを、ルヴェリエ侯爵たちのテーブルへ放り投げる。
重々しい音を立てて帳簿が跳ね、厚いページがめくれた。
晒された紙面には、インクでびっしりと綴られた文字列。
そこに記されていたのは、容赦のない事実だった。
「……これは。信じられん……」
ルヴェリエ侯爵が低く声を漏らす。
その語気には、アデルに対する軽蔑と怒り、そしてわずかな驚きが滲んでいた。
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