追い返さないで…!
セシリアが握りしめていた新聞を突きつけてくる。
「王都は朝から大騒ぎになっているのよ! この記事を読んで、すぐにあなたのところへ駆けつけなければと思ったの!」
一面には昨夜の爆発事件を報じる特集が掲載されていた。
太い活字で印刷された見出しが、ノクスの視界に入る。
《旧倉庫街で大爆発。王国軍の武器流出発覚か?》
そこには、瓦礫と化した倉庫の生々しいスケッチが掲載され、立ち上る煙と共に、倉庫の残骸が詳細に描き出されていた。
見出しの下には、次のような記事が続いていた。
――王都南東部の旧倉庫街で昨夜未明、大規模な爆発が発生し、複数の遺体が発見された。
倉庫内からは王国軍の識別符号が刻まれた最新型の兵器が多数見つかったという。
現場に残された身元不明の遺体の中には、倉庫の名義人である商人マゼラン・ドルヴィックと思われる人物も含まれていた。
当局は、数年前から噂されていた武器密輸組織との関連について捜査を進めている。
関係者の話では、同倉庫が不正取引の拠点として使用された可能性があり、王都の治安維持機構は捜査本部を設置し、事件の全容解明を急いでいる――
今朝、いつものように朝食を取ろうとしたとき、セシリアの目に飛び込んできたのが、この一面の記事だ。
記事を読み終えた瞬間、背筋が凍り、全身から血の気が引いていくのをセシリアは感じた。
真っ先にノクスの顔が浮かび、心臓が早鐘のように激しく打った。
手が震えて、温かい紅茶の入ったカップを落としそうになったし、食卓に置かれた朝食は手つかずのまま冷めていった。
セシリアは居ても立ってもいられなくなり、椅子から飛び上がるように立ち上がった。
両親が制止の言葉を掛けてきたものの、それを無視して屋敷を飛び出してきたのだ。
「こんな不穏な記事を朝から読むなんて、変わっているなセシリア。一日は、もっと清々しい気持ちではじめたいものじゃないのか?」
「ごまかさないで! これ、絶対にあなたが関係しているんでしょう……!?」
そう言って詰め寄りながらも、セシリアは内心、安堵していた。
爆発事件の報道を目にした瞬間、最悪の事態を想像して胸が締め付けられたが、ノクスは今、確かに目の前に立っている。
その事実だけで、セシリアの心は少しばかり軽くなった。
「今朝の続報では、王国軍の監察局まで動いてるって話よ。国王陛下の耳にも入ったようで、『この事件の背後にいる英雄を見つけ出せ』って命を下されたそうよ」
「ふぅん。英雄とはずいぶんご立派な」
「他人事で済ませないで。密輸組織を潰した人物に、王都の治安担当官たちがどれだけ感謝していると思ってるの? きっと今頃、軍が躍起になって捜しているでしょうね。密輸組織を攻撃するとあなたが宣言した直後、こんな事件が起きたのだから。知らなかったなんて言わせないわよ!」
ノクスは芝居がかった仕草で首を傾げ、窓から差し込む朝日に目を細めた。
「俺は無関係だ。セシリアだって言っていたじゃないか。『相手はただの商人じゃない。裏で武器を密輸している危険な犯罪組織だ。一人で突っ込むなんて、まるで死にに行くようなもの』だと。あの言葉で、俺も目が覚めたんだ。そんな無謀なことをするべきじゃないってね」
「いい加減な嘘で、やり過ごせると思わないで」
ムスッとしたセシリアが睨みつけてくる。
その眼差しには怒りと共に深い心配の色が宿っていた。
重たい沈黙が二人の間に落ちる。
ノクスの表情からは何も読み取れず、その不透明な態度はセシリアをますます苛立たせた。
ノクスの心の内を探ろうとするほど、彼の気持ちは遠のいていく。
そんな気がして、セシリアはひどく落ち込んだ。
かつてのノクスはこんなふうに秘密めいてはいなかった。
素直であけすけで、安心感を与えてくれる人だった。
「……何があって、そんなに変わってしまったの? 前のあなたとは、まるで別人みたい」
思わずセシリアは、心の奥にしまっていた本音を口にしてしまった。
その瞬間、ノクスの表情が一変し、冷たさを湛えた距離を感じさせる顔つきになった。
「何があって、だって? 君だって知っているだろう。アルヴェイン家は国家反逆罪の汚名を着せられ、先祖代々の土地を失い、没落の果てに父は死んだ。人間の本質を変えてしまうには、十分すぎる理由だ」
「……そうかもしれない。確かに他の誰かならそうなってしまったかも。でも、あなたは、どんな時でも気高く、揺るぎない正義感を持っている人でしょう? 今はその素晴らしい部分を、無理やり押し込めているように思えるのよ」
「ふん、没落した悪逆貴族の成れの果てに見えるって?」
「そうじゃない……! 私の真意を捻じ曲げないで。つまり私は……今のノクスは、とっても意地悪って言いたいの!」
「とっても意地悪って……」
セシリアの子供っぽい発言に毒気を抜かれ、ノクスは思わず苦笑してしまった。
不意打ちのようにノクスから微笑みを向けられ、セシリアはわかりやすく赤くなった。
二人の間に流れる空気は、つかの間、昔のような親密なものへと戻りかけた。
しかし、その瞬間はすぐに過ぎ去った。
ノクスが意識的に距離を取り、一歩後ずさったからだ。
「……さて、用が済んだなら帰ってくれ。そもそも、こんな朝早くから、淑女が一人で他人の屋敷に居座るものではないだろう」
「嫌よ!」
「……嫌って、また子供のようなことを」
「だって、まだ来たばかりだわ。……それに今日はどうしても家にいたくないの。もう少しだけでいいから、ここにいさせて。だって、あの屋敷に帰ったら私は……」
セシリアは暗い顔で口篭ると、両手をきつく握りしめた。
ノクスは眉を潜めた。
なんだか様子が変だ。
「どうしたんだ、突然?」
「……違うの。ノクスに迷惑をかけるつもりなんて、まったくなかったのよ。家を出たときは、新聞の記事のことだけ訊いて帰るつもりだったし。……でも、ノクスが私に少しだけ笑いかけてくれたから……」
セシリアは震える足取りで一歩だけノクスに近づいてきた。
まるで助けを求めるように、躊躇いがちな腕が伸ばされる。
セシリアの指先は、ノクスの袖をそっと掴んだ。
「お願い、ノクス。追い返さないで。屋敷に帰れば、私はあなた以外の人と結婚させられてしまう……!」
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