やられる前にやる
「……勢いのままにこの屋敷まで来てしまったの。でも、玄関に着いた途端、あなたが私を歓迎するはずがないと気づいて……。そうしたら、どうしても呼び鈴が押せなくなってしまったのよ……。父が一方的に決めたことだとはいえ、私は婚約を破棄した側でしょう……? きっとあなたは私のことを嫌っているに違いないし、もしかしたら、二度と顔も見たくないかもしれないし……」
言葉を紡ぐごとに、セシリアの声は小さくなっていった。
「そうやって迷っていたら、突然、人相の悪い商人が大きな馬車を引いてやってきたものだから……」
バロッツォのことだ。
慌てふためいたセシリアは、咄嗟の判断で、目の前にあった貯蔵庫の中へと身を隠したのだという。
セシリアの話を聞いていると、その時の焦りと動揺が手に取るように伝わってきた。
ちなみに、貯蔵庫の鍵は、バロッツォが来ることを予期していた俺が、既に開けておいたのである。
まさか、そこにセシリアが逃げ込むとは思いもよらなかったが。
「それで隠れているところを、不審な侵入者として、俺に取り押さえられてしまったというわけか」
「うう……」
セシリアは顔を真っ赤にしながら、微かに頷く。
令嬢の癖に無鉄砲すぎるセシリアを前にして、ノクスは思わず笑ってしまった。
「ちょっと! 笑いごとじゃないんだからね!」
セシリアは頬を膨らませて睨んできたが、すぐに意識を切り替え、真剣な声で話題を戻した。
「とにかく、私の話に、ちゃんと耳を傾けてちょうだい!」
セシリアは強い口調で言いながら、ノクスに詰め寄った。
「王都で最近、武器の密輸問題が発覚したの。犯人はまだ特定されていないけれど、父たちはその罪をあなたに押しつけようとしているのよ」
その言葉とともに、セシリアの表情が強張る。
張り詰めた声には、隠しきれない焦りと不安が滲んでいた。
「武器の密輸よ。もし本当に罪を着せられたら、処刑は免れないわ」
(なるほど。今回は、武器の密輸という重大な罪を被せられる展開か)
この筋書きには、もう何度も遭遇してきた。
だからこそ、武器の密売という罪を本当に犯している黒幕の正体を、ノクスは知っていた。
「武器密輸事件の真犯人は、豪商マゼラン・ドルヴィック。俺の兄のジークハルトやロクセーヌ伯爵、それから君の父ルヴェリエ侯爵が、日頃からかなり懇意にしている男だ」
ドルヴィックは王都の裏社会で長年にわたって暗躍し、違法な武器の密輸を繰り返してきた。
その手口は極めて巧妙で、表向きは慈善活動に熱心な実業家を装いながら、水面下で違法な取引を重ねているのだ。
ノクスはループの中で、幾度となくドルヴィックの犯罪を暴こうと試みた。
だが、どれほど入念な調査を重ねても、決定的な証拠には辿り着けなかった。
ドルヴィック一人の力で、そこまで緻密な計画を立て、完璧に実行を重ねることなど到底できるはずがない。
巨大な規模の密輸組織を運営し、証拠を完全に消し去るには、相当な人手と権力が必要だ。
確実にドルヴィックの背後には、後ろ盾が存在している。
ノクスはその黒幕として、セシリアの父ルヴェリエ侯爵と義兄ジークフリートの後継人ロクセーヌ伯爵を疑っていた。
彼らは表向きは高潔な貴族を装いながら、水面下でドルヴィックの違法な商売に加担しているのではないか。
そう考えたのである。
「そんな……まさか犯人がドルヴィックさんだなんて……。慈善活動に熱心なあの方が、裏でそんな悪事をしていたというの……? でも、待って。どうして、あなたはそこまで知っているの……?」
セシリアが動揺しながら問いかけてくる。
ドルヴィックは、セシリアにとって父の友人にあたる。
おそらく家族ぐるみの親しい付き合いを続けてきたのだろう。
ショックを隠しきれない様子だ。
「信じられないならそれでも構わない」
ノクスが冷静な態度でそう告げると、セシリアは慌てて首を振った。
「違う! あなたを疑ってなんかない! 真犯人を知っているのなら尚更、あなたは危険じゃない! 父たちだけでなく、下手したらドルヴィックさんまで、あなたの命を狙う可能性があるのよ!?」
「ドルヴィックからも命を狙われるか。確かにそうなる可能性は高いな」
「どうして、そんなに落ち着いていられるのよ!?」
セシリアの顔からはどんどん血の気が引いていく。
しかし、当事者であるノクスは、相変わらずまったく動じていなかった。
なるようになれと開き直っているため、恐怖も感じない。
(だが、大人しく罪を着せられるのも癪ではあるな)
「……いっそのこと、ドルヴィックの根城に乗り込んで、密輸組織を力技で潰してしまおうか?」
ノクスはわずかに目を細め、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。
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