『魔王さま』と『勇者』の悪夢のビバーク
魔王さまの冷酷かつ救いようのない野盗討伐当日に、魔王さまと僕等は、野盗達だったモノの片付けの一切を村人に押し付ける形で、雪山に足を踏み入れた。
食料は十分にあり、雪山踏破の装備も万全だ。これも野盗達の尊い犠牲のおかげだ。野盗達には悪いが、勇者を狙った時点で、奴らに未来などないのだから、魔王さまのストーキングライフの糧になれたことに無理矢理納得して、来世に期待して貰うしかない。
魔王さまの為になる事が、自分達の誉れになる事はまずないが、存在というものは生まれながらにして立場というものがある。
そう説明したところで、血花なって散っていった野盗達の理解をえられる訳はないだろう。
どんな屁理屈をこねても、己が欲求を優先させ村を襲った品性下等の野盗達にかける情けはない。あえて言うならば、足るを知る、という言葉を自分の中の辞書に記入しておくべきだった。ついでにその項目に『魔王さまを目の前にした場合は得に』と追記しておけば完璧だった。魔王さまの人相画を付録としてつけておけば、なお生存率は上がったはずだ。
たったそれだけの事で散らす必要のない命を無駄にせずにすんだのに、ざわめくが祭りのあとだ。
「まあ、そのおかげで勇者達御一行に追いつける算段がついたのだけどね」
僕は独りごちながら、雪山を進む。深く積もった雪は、ぬかるみに足をとられるよりも歩きづらい。一歩一歩踏み込む事に体が雪に沈められ、さらに雪をかき分けながら進まないといけない。
勇者達御一行はよく、何の準備もなくこの雪山に突っ込んだな。
なんだったか、と僕は記憶の糸をたぐり寄せ、似たようなシチュエーションの話を想起した。
たしかどこかの国と国の戦争の話だったはずだ。どこかの雪国との戦闘に備えて、ある国の軍隊が雪中行軍訓練を行った時の話だ。
その軍事演習に参加したのは、二百名ほどの軍人で、雪山に対しての認識が甘く準備も知識もないまま訓練を強行し、息を吸うように遭難した。二百人もの軍人全員が、だ。
その遭難事故で生き残ったのはわずか十名にも満たなかったらしい。
しかもその前日には雪山の麓にある村人に、訓練は止めるように、と忠告され、せめて村人の案内役をつけるという申し出すら蹴った末での遭難なのだから、無知と言うよりは白痴としかいいようがない。
勇者達の見切り発車の雪山へ挑む姿勢は、規模は違えどやっている事は同じだ。
唯一違いがあるとすれば、勇者達御一行が雪山に挑むことを引き留める村人がいなかった点ぐらいか。
これは、先日僕が抱いた不安が的中しそうだ。
「どうした? いつも通り、そんな暗い顔をして」魔王さまが僕の顔を覗き込むように訊ねてきた。
「いつも通り、と疑問符は同居しませんよ」
「細かい事を言うな。あの村の下郎達の献上品のおかげで、良い感じのペースで進んでないか?」
「ええ。そうですね。それだけに勇者達が心配です」
「あの子に追いつける事は望ましい事だ」
「形によりますよ」僕は深くため息をついた。ため息が白い煙となり、すぐに霧散する。「無事だといいんですけど」
「さっきから不穏な事ばかり言いおってからに、はっきりと言え。はっきりと」
「まあ、偶然ってものは必然的にあり得ないって事です。知ってますか? 偶然は準備をしていない者は助けないんです」
「あの子のあの子力ならなんとかなるだろ」
魔王さまは太平楽に言ってのける。
なんだよ。その勇者に向ける全幅の信頼は。
「ま、この偶然の連続がどこまで続くのか気にはなりますねえ」
「やはり、お前の言っている事は回りくどくて適わん」
いや、僕だってはっきりと言いたいのはやまやまだが、魔王さまのオツムでは真実に近づけば近づくほど、魔法さまはいいとして、僕と子供と神樹さんの死が近づいてくる。
僕に出来るのは、必然をねじ曲げて偶然を擬似的に生み出す事ぐらいだ。
偶然は準備をしない者を助けない。
だから僕は準備しなければならない。
なんで他者と魔王さまの軽はずみの尻拭いをするために、ここまで苦心しなければならないのか分からないが、乗りたくもない泥船に強制的に乗船させられた以上、最善はつくさないといつ何時、身にかかる火の粉が炎球にばけるか分かったものではないので、前向きに考えるしかないのが虚しいところだ。
「しかし、あの子もついに『天女様』かあ」
道なき道を歩みながら、魔王さまは感慨深そうに目を輝かしながら言った。太陽光がチラチラと雪に反射して、ただでさえ視覚的に鬱陶しいのに、今度は、魔王さまの鬱陶しいご高説を承らなければならぬか、と僕は背後を見やって舌打ちをした。
ここに、魔王さまのストーカーである紅い女性がいれば、ストレスのはけ口にまず間違いなく殴っている。
「しかしあの村の惨状を見た他の存在はその『天女様』を『天女様』と認識しますかね」
「するだろう。村を助けた美少女だぞ。英雄だぞ。あがめ奉られて当然じゃないか」
「史上稀に見る発表ですね」僕は魔王さまにジト目を向けた。「今、あの村は阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているんですよ。野盗だったモノが大量に転がって、魔王さまの言葉通りに村人が行動したなら、そのうちの数体は串刺しにされ、村の入り口に見せしめとして掲げられているんです。もうほとんど怪異というかホラーの世界ですよ。完全にこの世界における異界にしか見えません。そこに『天女様』なる存在が同居する余地なんてありませんよ」
「実際にあるんだからしょうがないだろ。お前、本を一杯読んでるじゃないか。そういう物語の本とかないのか?」
「あったらおそらく物語の神の怒りを買うでしょうね」僕は力なく答える。「激怒ですよ。激怒」
「いずれにせよ。あの子は順調に勇者として成長しているのは間違いない」
「ええ。順調に訳の分からない二つ名を会得していますね」
それに比例するように、僕の方にお荷物が増えていっている気もするが、僕はあえて口にしない。
「そろそろ休憩にしますか」
僕は魔王さまに提案する。別段、体力的に疲弊しているわけでもないが、魔王さまと会話をするには体力以上に精神を疲弊させられる。
「どうした。疲れたのか?」
「ええ。自分の生きる道にね」
「達観するには、お前の寿命はまだまだ長いだろう」
「魔王さまの全てを理解するには、僕の寿命はあまりに短い。それに加えてストーカーの心理を理解し共感するには僕の精神はあまりに未熟過ぎる」
「そう落ちこむな。お前はよくやっている」
「最高の賛辞だと受け取っておきます」僕は言いながら鞄を地面におろし、休憩をする準備をする。「話は戻しますが、僕が休憩したいのは、子供のためですよ」
僕は魔王さまの背中でで眠り続ける子供を見ながら言う。純粋無垢丸出しのその寝顔には心温まる気持ちになるが、一歩育て方を間違えると、魔王さまのようになってしまう恐れがある危うい存在だ。
「ガキのためか」
「もうお昼時ですしね。防寒対策はしてますが、この子が目が冷ました時に、温かいスープを作っておいてあげたいんですよ。ちょうど、村で体力のつく根菜も手に入ったとこですし」
「ふむ。ガキのためならしょうがないな」
よし。子供を口実に使えば、魔王さまは意外と素直になる。僕なんかよりもよほど優秀なのではないだろうか。魔王さまの行動を制限できるのは、子供の無意識の胸三寸に頼るほかない。
僕は比較的浅く雪が積もっていそうな場所を探す。運良く、山肌がわずかに露出させている場所を発見できた。山肌が出ているという事は、その下の空間にも浅く雪が積もっている事も多い。
理想的には山小屋などがあればいいが、まだこの雪山の中継地点ですらないはずなので期待できないので仕方がない。
僕は山肌を覗かせる場所まで進むと、その下の雪をかき分けた。これまた、運が良く、予想通りというか希望通り、雪はそこまで深く積もっておれず、雪をかき分けるとすぐに地面が見えてくる。
ちょうど突出した岩肌が屋根のようになってくれているようだった。
雪を蹴散らし、少し広めのスペースを作った僕は「ん?」と地面を見やり「一応は、ここまで到達したのか」と呟いた。
「何かあったのか?」
「たぶん、不幸な事に勇者は無事ここを通過しています」
「言い草には角を感じるが、どうして分かる?」
「ここを見て下さい」
僕は地面を指し示した。僕の指先には、小さく掘られた穴があった。その穴の中には焦げた木片が転がっている。
何者かが、ここで火をたいて休憩した証拠だ。浅いとはいえ、これだけ雪が積もっていたという事は、ここが利用されて数日は経過しているはずだ。
魔王さまと僕達の登山するスピードと、勇者達の登山するスピードを考えると、数日前に村を出た勇者達がここを通過したの間違いない。
それだけに……。僕は空を見上げ不穏な言葉を漏らす。
空は分厚い灰色の雲に覆われている。
そろそろ雪が降ってきそうだ。
雪山に入ってからの初雪か。
「どうした。難しい顔をして」
「いえ。なんでもありませんよ。とにかく、勇者がここを通過したのは間違いありません」
「おおっ。そうか。そうか」魔王さまは満足気に微笑む。「つまり。もうすぐあの子に追いつくという事か」
「……劇的な邂逅にならなければいいんですけどね。とはいっても、魔王さまと勇者は一度も会っていないので邂逅とはいいませんが」
「何かいたか?」
「いや。なんでも。とりあえず、せっかくの先人達が残していってくれた穴があるんですから、使わせて貰いましょう」
僕はそう言って、鞄から調理器具を取り出し、昼食の準備をする。
僕は見つけた穴に村から巻き上げた薪を置き、村から強奪した発火石で火をつけた。そこに鍋を置き、そしてこれも村で入手した根菜を細かく切り、鍋に入れじっくり炒める。
水は雪という名の水がそこら中にあるので、気にしないで済むのが助かった。
雪山で雪を食するのは自殺行為だがお湯にしてしまえばこっちのものだ。
「なあ。まだ出来ないのか?」
魔王さまが急かすように言って生きた。どうやら、勇者がここを通過したという情報を出したのが、僕の落ち度のようだった。
魔王さまは、すぐにでもここを発ちたいのか、そわそわと落ち着きなく、視線を雪山の頂上と僕の作っている料理を交互に見ている。
ストーカーをやっている時点で分かっていたが、この魔王さまには落ち着きというものがないのか。こんな時こそ、長年の風雪を耐えてきた動物のような貫禄を見せて貰いたいが、その願いが叶う可能性は奇跡が起きるよりも低い。
「まだ、調理し始めて十五分ぐらいしか経ってませんよ。出来上がるまであと二十分は待って下さい」
「何か手伝える事はあるか?」
どれだけ早く勇者に追いつきたいのだ。この雪山で温かい食事をとれるだけ感謝する事もできないのか。あまりにも欲が深すぎる。あなたは魔王さまか。いや魔王さまだが。
「そうですねえ。少しでも早く勇者に追いつきたいなら、このパンを鍋の隣で温めておいて下さい」
僕は鞄から六枚のパンを取り出し、魔王さまに手渡す。
「あい。分かった」
「いいですか。貴重な食料です。間違っても消し炭はしないで下さいね」
「それぐらい分かっておるわ」魔王さまは憮然と応じパンを火に当てる。「しかし、なんだろうな。こういう雪の中でたき火をしていると、なんとなくだが、わくわくするな」
「童心にかえった気になりますね」僕は鍋で根菜を炒めながら同意した。「童心に返るって言っても、もう、自分がいつまで子供だったのか、記憶にありませんけどね」
子供と大人の境界線は曖昧だ。個体によって違うのだろうが、精神の発達具合を物差しにするなら、永遠の駄々っ子である魔王さまは、今なお子供という事になる。かといって、魔王さまの脇にいる、あまり自己主張をしない子供を大人と言えるのかどうか怪しい。
僕についてもそうだ。魔王さまの部下として労働とも言えない労働に従事しているが、子供のような魔王さまの下についていえる時点で、大人とは言えないようにも思う。
大人と子供の境界線は意外と曖昧模糊としているな、と苦笑する。思えば、周囲を見渡せばストーカーか庇護する対象しかいないのだから、大人ごっこをしている子供の集団にしか見えない。厄介なのが大人ごっこをしている子供が子供不相応な欲求と力を拾得している点だ。
さらに問題なのは、僕もその大人ごっこの一員であるという事だ。
悪夢なら今すぐ覚めたい事実が眼前に横たわっている、と僕は自嘲気味に笑う。
僕は、根菜に十分火が通った事を確認し、たき火で雪をとかしたお湯を鍋に投入した。あとは調味料をで味を調え、濃度を調整すれば完成だ。
「うむ。飽きた」
魔王さまが、さっそく持ち前の駄々っ子を披露した。もはやこれは魔王さまの性質ではなく技能なのでは、とすら思う。
「パンを焼くのに飽きたも何もないでしょうに」
「飽きたのだからしょうがない」
「だあ。しょうがないですね。じゃあ。間違い探しでもしますか」
「間違い探し? お前の生きてきた道のか?」
「それならどんな発言をしても正解です」僕は魔王さまをくさし「この場には少しだけ間違った物があります。それはなんでしょうか」と続ける。
「場違いな物ねえ」魔王さまは顎に手をやり周囲を見渡す。
「制限時間は……そうですね」僕は耳をすまし、後方から聞こえてくる音を確認した。「あと五分以内に見つけて下さい。そうしないと、向こうから正解がやってきます。あ、この言葉もヒントですよ」
「正解が向こうからやって来るか。あの子が私に求婚をしてくるとかか?」
「酸素を二酸化炭素に変えるだけの解答は止めてください」僕は突飛な魔王さまの解答を突き放す。「そんな夢物語が実現するとでも?」
「ないだろうな。でなければ、私が生まれ変わりを望むはずもない」
話題をどう振っても、結局はそこに行き着くのだから、その態度の一貫性には驚嘆に値する。
「その、なんですかね。その妄想に妄想を極めた解答ではなく、もうちょっと局所的というか身近な所に目を向けて貰えませんか」
「身近な所なあ」
「頑張って下さい。答えは目の前にありますから」
ここまで言っては、ヒントではなく解答に近かった。僕が唯一気になるのは、魔王さまが絞りきった布から一滴の水を絞り出す不毛な行為に熱中している間に、パンが焦げないかどうかという事だけだった。
魔王さまは、しがらくの間、目の前の火を見ながら唸る。
根気強さとはこういう時に試されるのか、と僕は鍋をかき回しながら魔王さまを観察し続けた。
魔王さまが「おお、分かったぞ!」という言葉を発したのと背後から「やっと追いついたぞ金魚のフン」という声と「つ、疲れましたあ」という声が重なったのはほぼ同時だった。
魔王さまの背後から現れる存在など、推測する必要もない。
紅い女性と金髪の少女だ。
二人とも肩で息をしており、それなりに疲労しているようだが、よくもまま、魔王さまと僕の登山ペースについて来られたものだと思う。
「タイムアップですね」
「待てっ。私の方が先に答えに辿り着いたぞ」
「でも、解答はしてませんよね。タッチの差ですが。先に答えである紅い女性と金髪の女性が現れてしまったので不正解扱いです」
「ちぃぃ。下郎共め。もう少し空気を読め」
「空気を読んであえて聞きますが。魔王さまの解答は?」
「これだよ。これ」魔王さまは口角泡をためて、ご自身で暖めているパンと、僕が調理している鍋を指指した。「私、ガキ、お前、緑の分にしては作っている料理の量が多い。つまりあの紅い下郎と金色の下郎の分の食事も用意していた、という事だろう」
「気づくのがわずかに遅かったですが正解です」僕は魔王さまを茶化すように笑った。
「おいっ。主様の金魚のフン」紅い女性が僕の胸ぐらを掴みながら唾を飛ばしてきた。
「なんだい。面倒臭いな」
「こんな雪山を登頂を試みるとはどういう了見だ」
「そ、そうですよ。ひ、酷いです王子さま」金髪の少女も紅い女性に続く。
「酷い目に遭っているのは僕もなんだけどね。それに、ちゃんと魔王さまと僕達の後を追ってこれるように、村人達に君達用に登山用の装備一式と食料も渡しておいただろう。
僕は弁解するように言った。事実、僕の前の前には、雪山を登る為の装備を身につけた紅い女性と、金髪の少女がいる。
ある意味、魔王さまの気まぐれ故の成果ではあるが、彼女達が無事、生きてここまで来られたのも、そのお膳立てをした僕のおかげでもある。
感謝こそされても、恨み言を言われる筋合いはない。
「そういった苦情は、一切受け付けておりません」
「だったら」紅い女性が口惜しそうに言い放つ。「なんだっ。あの地獄のような村はっ!?」
「その苦情も受け付けない所存だよ」
「金魚のフンは知っているのか。今、あの村が今なんて言われいるのか」
「過去には捕らわれない主義なんだ」僕は居直るように肩をすくめる。「なんて言われてるんだい?」
「『血吸い村』だとか『死に狂いの村』だとか色々と不吉な呼ばれ方をしているぞ。なんでも、その村に入ったら生きて出られない。出られたとしても、体は満身創痍になり、精神はおかしくなって会話もままならない、とな」
「おお。魔王さまにしては取りこぼしが出たなんて。あの村を襲った野盗の中にも生き残りがいたんだ」
僕は大仰に驚いて見せる。野盗から生き残りが出るのは、僕の計算のうちだった。数名の生き残りがいれば、村で起こった虐殺の噂が近隣に広まり、少なくとも村が外部から襲われる心配はない。
あまり外界との交流のなさそうな村だったので、村そのものが枯れる事はないだろうし問題もない。
「というか、こうなったのも貴様のせいだろうが。主様をそそのかしやがって」
「そそのかしてなんていないよ。魔王さまの自主性を尊重した結果だ」
「その結果があの村かっ。見て見ろ、俺の後ろにいる金髪を」
紅い女性は親指を立て、その指を背後に向けた。紅い女性の指先を見ると、金髪の少女が村の惨状をフラッシュバックさせたのか、顔色を青くしてぷるぷると震えている
「あー。この子にはちょっと刺激的な光景だっただろうね」
ちょっと、ではなく、だいぶ、だとは思うが僕はあえてオブラートに包んだ表現を選んだ。
「ほ、本当に殺されかと思いました。む、村人の皆さんの殺気、じ、尋常じゃなかったんですから」
「ああ。主様が俺達の特徴を村人に教えてくれていなかったら、まず間違いなく、俺達も串刺しにされて、あの生き物だったモノと同様、村の入り口のオブジェになっているところだった」
「嘘をつくなよ」僕は真実を語る。「どうせ村人が襲ってきたら、君が、村人を焼き殺していただろうが。お前とこの子の情報を流したのは、村人に対する保険だよ」
「いや。それはないな」紅い女性は自信満々に断じる。
「は? なんでだよ」
「俺は暑さや熱さには強いが、寒さには笑えるほど弱い」
僕は訝しげに、紅い女性を見る。紅い女性は、背中に生えた翼で全身を覆い、血の気のない顔をしている。
「そういえば、君、縄張りが火山帯だったな」
「そういう事だ。だから、俺は寒さには弱い」
「だから、という言葉で繋がる意味が分からないけど、君って恒温動物じゃなくて変温動物だったんだな」
「死にたいのか?」
「死にたいっていうか死に体なのは君だろう」
「なんだ死に体っていうのは?」
「? 僕が知る分けない」
「金魚の糞の言葉は俺には分からんが、好意的でないという意味は分かる」
「ちょ、ちょっと喧嘩は、や、止めましょうよ」金髪の少女が僕と紅い女性の中に割って入ってきた。「そ、それより。王子様にお、お願いがあるんですが」
「何だい?」
「おい。なんで俺とそんなに扱いが違うんだ」
「あんたが僕の喉仏に刃を向けてくるからでしょうが」僕は鋭い目を紅い女性に向け「それでお願いって?」と金髪の少女に見なおる。
「そ、その。わ、私達も王子様の休憩スペース端っこをお借りしても、よ、よろしいでしょうか。しょ、正直、体力の限界でして」
「別に構わないよ」僕は金髪の少女に白い歯を見せた。「さすがに魔王さまと僕等のペースに合わせてついてくるのは厳しかったでしょ」
「あ、ありがとうございます」
金髪の女性がぺこりと頭を下げ、お礼を言ってくる。そこまで恐縮する必要はないとは思うが、その遠慮がちな姿勢には共感を覚える。
魔王さまと紅い女性には、是非ともこの少女の爪の垢を煎じる事なく直に摂取して頂きたい。
それに今までの経験上、こういう路線で話が進むのは予想通りだった。でなければ、二人のストーカーの分まで昼食をつくったりはしない。
魔王さまは気づいていないかもしれないが、魔王さまの手の届かない所で、この二人が死亡することがどれだけ二人にとって致命的な事なのかを。
魔王さまがいれば『回復薬』で蘇生させて貰えるが、それは魔王さまの手の届く範囲に限られる。
魔王さまのように無知で都合のいい存在など、そうそう存在しない。
紅い女性が一人で勝手に昇天してくれるなら文句はないが、さすがに金髪の少女が雪山で遭難、凍死、という流れは、あまりに目覚めが悪い。
「という事です。魔王さま。休憩がてら、この二人を昼食に誘ってもいいですか?」
「ふん」魔王さまは鼻をならす。「初めからそういう心づもりだったんだろう。おい下郎二人。せっかく私がパンを焼いたんだ。とっととこっちに来い」
紅い女性と金髪の女性は顔を見合わせて白い歯を見せ「「はい」」と声を合わせて小走りでこちらに近づいてくる。
なんとも大所帯なご飯ですこと、と僕は苦笑しながら出来上がったばかりのスープを器によそう。
僕は、魔王さま達と昼食を取っている間、現状について考えていた。ここまで登ってくるまでは、及第点というか順調をいっても差し支えなかった。
魔王さまと子供と神樹さんがは近くにいて当たり前だが、常に、後方からついてくる紅い女性と金髪の少女もできうる限り近くに置いて起きたかった。
そうでもしないと、こんな危険な雪山の中で全員を面倒見切るのは不可能だ。
最悪、魔王さまがいれば、それすなわち『回復薬』があるという事なので、最悪の事態は避けられる。とにかく無事、勇者達御一行に追いつくには、余計な不安材料になりううる存在は視界の範囲に入れておきたい。
そうしておけば、とにかく僕が注意すべき存在は勇者達だけでいいという事になる。
そもそも紅い女性も金髪の少女も何故ストーカーなどという、おおよそ考えられる存在の中でも他者に迷惑をかけると事に特化した道を選んだのか。
自分の生きる道なのだから、自由に選ぶのは好きにすればいいと思うが、その自由の被害に遭っている惨めな存在もいることを忘れられては困る。自利他利の精神はどこへいったという不満はあるが、どいつもこいつも『自分の利益は他者の利益になる』という信念を被害者以上に固く信じ込んでいるため、今更、更生の道は難しい。
「こ、このスープ暖まりますねえ」金髪の少女が、頬を赤らめて言ってくる。「この独特のトロみはどうやったんです?」
「ああ。これは植物の根から生成される粉だよ。独特のトロみがつくし、体も暖まるでしょ。それにスープも冷めにくいしね。あの雪の村で手に入れたんだよ」
「へ、へぇ。わ、私の住んでいた所では使わない材料ですね」
「雪国ならではというか、体を温める知恵みたいなものなんじゃないかな。他にも保管のきく食料とかも沢山あったし」
「お、王子さまって、い、いつも魔王さんの料理をしてますけど、料理得意なんですね」
「得意というかあ。作れなきゃ魔王さまのストーキングについていけないっていうか」
「ふむ。つまり私のおかげで、そこまで料理が上手くなったという訳だ」何故か魔王さまが胸を張り「あ、おかわり」と器を僕に差し出しながら言う。
「おかげ、というより、せい、なんですけどね」僕は魔王さまの言葉を訂正しながら器を受け取りスープを入れる。
「ふん。金魚のフンに出来るのはそれぐらいだろうな。あ、俺もおかわり」紅い女性も僕をくさしながら器を差し出してくる。
「好きに言えばいいけどさ。言ってる事と要求してくる事がちぐはぐなんだよなあ」
「狭量な事を言うな」
「狭量な奴は敵に施しなんてしないんだよ」
「将来、主様の右腕になる者に対する投資と考えろ」
「理性を捨てなきゃできない投資だな」
「おいおい。私の為に争うのはやめろ」
「魔王さまの事はあまり悪く言いたくありませんが、血迷った発言はよして下さい」僕は嘆息混じりに言い「あ、君もおかわりいるかい」と子供に訊ねた。
子供は僕を見上げると、気恥ずかしそうに小さく顎を引き遠慮がちに器を僕に差し出してきた。
「なんだろうなあ。子供に備わっている謙虚さが、なんで、魔王さまと紅い人には致命的に欠けているんです」
「お前は私の部下だろ。それにこれまで一緒に旅をしてきた仲だぞ。むしろ上司と部下の垣根を越えた竹馬の友だろうが」
「こうも都合のいい美辞麗句をまあ」
「俺だってお前のライバルだろうが。ライバルに遠慮するなど、無粋の極み」
「お前に関しては、びっくりするほどの他人なんだよっ」僕は真実を述べる。「なんでどさぐさに紛れて、自分の立場を調整しようとしてるんだ」
愚か者達が全員集合したストレスのせいで、すでに僕の胃には穴が空きそうだった。
静かなのは子供と神樹さんだけだが、子供はともかく神樹さんは存在が存在だけに、その静けさに不気味さも感じなくもない。
「それにしても、スープとパンだけではなんとなく腹持ちがなあ」
「お腹を一杯にしてどうするんですか。魔王さま、ご自身の目的を思い出して下さい。勇者達に少しでも早く追いつきたいんでしょ? あくまで今はただの休憩です。ご飯を食べ終えたら。早く出発した方が賢明ですよ」
それに、希望は薄いが、この先に山小屋がある可能性もある。もし奇跡的に山小屋があれば、安全に夜を越せるし最悪でも一歩でも勇者達御一行に近づける。
一番、最悪なのは、奇跡的にや山小屋があり、そこに勇者たち御一行が居座っているパターンだ。
その場合は、魔王さまと僕達は山小屋に入ることができず、野営、つまりリバークをする羽目になる。
僕はもう一度、空を見上げた。空からは純白の花びらのような雪が降ってくる。
「僕等にとっては雪山を登り始めての初雪だな」
僕はぽつりと零す。
「どうした? 食事が終わったら、あの子のあとを追うのだろう」
「そうなんですけどね」僕は言葉尻を弱く答える。
初雪の雪山。僕はこの話を知っている。
昼食を終え、食器類を片づけた魔王さまと僕等は黙々と雪山を進む。ここまで来るまでに勇者達の痕跡があったのは、昼食をとったあのスペースだけだ。
体が暖まる食事をとったとはいえ、変温動物と思われる紅い女性は即座に戦力外になった。金髪の少女は人間としては頑張っているとは思うが、さすがに体に無理はさせられない。
いずれにせよ、紅い女性と金髪の少女と合流した事は計画通りだが、登山のペースは落とさないといけないのは痛手ではある。
子供は魔王さまが背負っているので問題ないし、神樹さんはよく分からないが大丈夫そうだ。
結局、消去方で僕が雪をかき分け、魔王さまが続き、その後ろに神樹さんと金髪の少女と紅い女性が続くという形をとることになる。
「暇だな」
登山を再開して一時間ほど経ったあたりで、魔王さまがしびれを切らすように言葉を発した。絶対に言うと思っていたので、驚きはしないが、うんざりとはする。
「そうですか」僕は温度のない声音で応じる。「それは平和でよかった」
「だから暇なんだよ」
「気持ちは分かりますよ。僕だってただひたすら雪をかき分けてている作業で、体以外は暇なんです」
「なんだその物言いは? まるで私が何もしていないようではないか」
実際問題、何もしていないに等しい。僕が魔王さまの教師なら満点を上げたくなる解答だ。
「おい。主様を侮辱するな」
「君は黙っていてくれ。その翼は何の為にある? 無理を承知できくけど、空から前方の様子をうかがって来るとかできないの?」
「俺に凍え○ねといいたいのか」
「安心しなよ。もしも君が○んでもマクロ的に見てもミクロ的に見ても世界に痛手はない。それに魔王さまと僕がいれば、もしも、という事はありえない」
「おい。金魚のフン。俺をこれ以上追い詰めて何が楽しい?」
「楽しくはないよ。君が喧嘩をふっかけてくるからそうなるんだ」
「あ、あの。け、喧嘩はよしましょうよ」金髪の少女が僕等をたしなめる。
「そうだぞ。金髪の下郎の言うとおりだ。私を差し置いて会話を楽しむな。お前の話し相手は私だろう」
「どういう類いの主張ですか。会話がしたいならゲームをしましょうか?」
僕は精一杯の妥協案をひねり出す。
「「「ゲーム?」」」魔王さまと紅い女性と金髪の少女の声が重なった。
「ええ。『しりとり』です」
「それはどういうゲームなのだ?」
「簡単に言えば。言葉の最後の文字から始まる言葉を言っていくゲームです。えって……例えば僕が『しりとり』と言えば、次の番の人は『り』から始まる言葉を言う。それをくり返して最後に『ん』という言葉を言った人が負けっていう感じです」
「それは面白いのか?」
「暇つぶしにはなりますよ。まずはやってみましょう。どうせ、魔王さまも僕達も手も足も出ないのですから、あと動かせるのは口ぐらいですよ」
「ふむ。じゃあやってみるか」
「じゃあ。魔王さまから始めましょう。最初は『しりとり』の『り』で。『り』から始まる言葉を言って下さい。じゃあ、魔王さま」
「んんと。『り』から始まる言葉か……」魔王さは考えを巡らせるようにわずかに黙る。「ああと、『リンチ』だな」
僕は、一つ目の言葉からすでに不穏な空気を感じ取る。僕は軌道修正を試みるつもりで「じゃあ、『チャンス』で。次は紅い君の番だ」と紅い女性を見やる。
「『す』から始まる言葉か……。『捨て駒』だな」
「なんで僕を見ながら言うんだよ。じゃあ次は君だよ」僕は金髪の少女を促す。
「は、はい。え、えと……『饅頭』でお願いします」
「『う』か。『討ち逃した下郎」だな」
「……僕は『海』で」
「俺は『皆○し』だな」
「……次、お願い」
「『死体』とか、でですか?」
「次……お願いします」
「じゃあ。『いたぶり○す』だな」
「もういいっ」
僕は爆ぜるような声を出す。
「? 何を怒っている」
「なんで二週目で言葉のチョイスが猟奇的な方向に確定されてるんだ。唯一まともだった金髪の子も二週目には、魔王さま達のイカれた語彙に引っ張られてるし。ゲームってもっと楽しいものでしょうが」
「お前、案外我が儘だな」
「そんなに俺に負けるのが怖いのか?」
「ああ。怖いよ。二人の発想がね」
「ご、ごめんなさい。わ、私そんなつもりじゃあ」
「はあ。こりゃダメだな。魔王さま。とりあえずお遊びは止めて、雪山を登る事に集中しましょう」
ここにいる連中はどうなっているのか、と僕は半ば真剣に悩む。どこをどう目を向けても、向かい風ばかりだ。僕の味方は一人もいないのかとすら感じる。
精神的な追い風に期待できないなら、せめて物理的には前進するしかない。
背後から「おい。紅い下郎。なんであいつはあんなに怒っているんだ」とか紅い女性の「はて。思い当たる節はありませんが、どうせ大した事ではないでしょう。器の小さい奴です。金髪はどう思う?」だとか「わ、私にはよく分かりませんけど、あまり触れちゃいけない話なんじゃないんですか」だとか、どいつもこいつも明後日を越えて明明後日な論を展開させている。
とにかく背後のいる子供と神樹さん以外は無視しようと、僕は幾度となくした認識を新たに、雪をかき分け足を進める。
もし生まれ変わりがあるなら、どうか、こいつらとの邂逅だけは避けたいと念じながら。
「さ、寒いです。お、王子さま」
当然の帰結とはいえ、最初に根を上げたのは金髪の少女だった。雪中行軍に対してフル装備とはいえ、金髪の少女は人間だ。人間かつ少女だ。魔王さまと僕等のペースに会わせられる道理はない。
少女の顔色を窺う。顔からは血の気が引き、唇は青く、体は小刻みに震えている。
「ううん。さすがにここで休憩するわけにいかないしなあ」
それは本当の事だった。こんな雪山のど真ん中で休憩しては余計に体力を消耗させるだけだ。しかも降ってくる雪の勢いも強くなって来ているのでなおさらだ。
「金髪の下郎。お前、辛いのか?」
魔王さまが珍しく、他者に対して柔らかい声を投げかけた。
「は、はい。ご、ごめんなさい」
金髪の少女が申し訳なさそうに項垂れた。
「魔王さまにしては優しいですね」
「失礼な、私は常に優しい」
「あぁ。主様」紅い女性もわざとらしくよろめいて見せる。「俺も体力の限界です。たぶん、主様の胸に包まれたなら、この吹けば飛ぶような命の灯火もなんとか消えずに済むかと思うのですが」
「あざといなあ」僕は呆れ果てる思い出で口を開く。「魔王さま。こっちの紅いのは気にしないでいいですよ。どう見ても卑猥な願望を吐露しているようにしか思えない」
「そういうな。私に妙案がある」
「妙案?」僕は眉をひそめる。「字面からして、嫌な予感しかしませんが続けて」
「なあに。実に簡単な話だ。お前も前に言ってたではないか『死が無限ループするのが一番厄介』だと」
「そういえば、雪山を登り出す前に言いましたね」
「だが、我々は一人じゃない。そうだろ」
「僕は気持ち的にひとりぼっちというか、孤立無援な気分ですが」
「お前の事は脇に置いておこう。どういう状況であれ、私にとってはお前は最重要な存在だ」
「それは僕を体の良い鉄砲玉としてという意味ですか?」
「……はあ」魔王さまは、ほとほと救いようのない愚者でも見るかのような瞳をつくり、ため息をついた。「なあ。お前」
「何ですか?」
「私は……。私はお前を、本物の部下のように愛している」
「本物の部下なんですよっ」僕は吐き捨てるように言う。「こんな茶番は時間の無駄です。それで、魔王さまのなけなしの案とは?」
「簡単な事だ」魔王さまは胸を張った。「実に簡単だ。私が一度、この二人の下郎を○して、すぐさま『回復薬』をつかって蘇生させれば、体力が全快で解決よ」
「「全然よくないっ」」僕と金髪の少女の声が綺麗に重なった。
「魔王さま。あなた正気ですか。命をなんだと思っているんです」
「そ、そうですよ。さすがに、せ、宣言された上で○されるのは、こ、怖いです」
「俺は別に構わんが。主様の手で葬られ、蘇生させられるならむしろご褒美だ」
「変態は黙ってろっ」
魔王さまの頭がここまで足りてなかったのか、と今更ながらに痛感する。
これも、この世界の死生観の問題点の一つか。
とはいえ、魔王さまの提案が実現するまで、そう時間はかからないと思われた。
さっき休憩してから数時間。かなりの距離を歩いたとはいえ、金髪の少女も限界だし、魔王さまの背中に守られているとはいえ、子供も心配だ。
本当に、自然を含め僕の未来を阻む不可抗力には事欠かない。
どうする、と内なる自分が問いかけてくる。ぐずぐずとしていると、紅い女性はいいとして本当に金髪の少女が○されかねない。
僕が思考を展開するのと同時に、辺りを見渡していると奇妙な違和感に気づいた。
もはや吹雪になりつつかる風の音に隙間のような空間がある。川の水が岩を避けるように、そこだけ、吹雪の音を阻害している物体がある。
自然に出来た岩などではなく、人工的な何かが吹雪の勢いを殺している。
僕は目を細め、音の所在を確認した。吹雪で視界はすこぶる悪いが、カーテンのように阻む雪の壁の向こう側に、僕が待ち望んでいた物があった。
山小屋だ。
ささやかな暁光であるが、山小屋が確かに数十メートル先にある。
ここが砂漠であれば、蜃気楼か何かと疑いたくなるタイミングで山小屋が現れてくれた。
「魔王さまっ」僕は慌てて魔王さまに声を飛ばす。「善意のふりをした公開処刑は中止です」
「なぜだ?」
「ここから数十メートル先に山小屋があります。そこまで行けば、無益な殺生をしなくてもすみます」
「む。そうか。じゃあ。その山小屋まで行くか」
僕はキリキリと痛む胃を抑えながら、「精神的な嵐は去った」と零した。
「わ、私。本当に、し、○ぬかと思いましたぁ。あ、ありがとうございます。お、王子様」
「僕も無闇な殺生を見ずに済んで良かったよ」
「ちっ。金魚のフンが余計な事を」
「君はここで冬眠でもしてろ」
僕は悪態をつきながら、魔王さまを引き連れて山小屋に向かう。
山小屋に先人がいないのは、幸いなのかどうか僕には計りかねる。
山小屋は木造の箱と形容していいレベルで簡素なものだった。木の板の壁と屋根。部屋の中央には囲炉裏がある。
僕はその囲炉裏に火をくべ、金髪の少女と子供に暖をとらせることにした。吹雪が容赦なく山小屋の壁を叩き、いつ倒壊してもおかしくないが、まずは体を温める事が先決だ。
「ぼろい小屋だな」魔王さまが不満を漏らす。
「暴風を防げるだけありがたいと思って下さい。こんなクソみたいな小屋でも火ぐらいはおこせるんですから。外なら火すらおこせませんよ」
「気持ちでなんとかならないか?」
「気持ちでなんとかなるなら、雪山での死傷者は爆発的に減りますよ。たぶん、あの行軍が大惨事になったのはそのあたりの知識不足なんでしょうね」
「行軍? おい、何の話だ。金魚のフン」紅い女性が文句を言ってきた。
「わ、私も気になります」
「私も気になるな。お前の話はつまらないが暇つぶしにはなる」
魔王さまは寝息をてている子供を膝にのせ、紅い女性と金髪の少女に続いて訊いてきた。
「三行で終わる話ですよ」僕はその言葉を出だしに使い「昔、雪山の戦争を想定した訓練を行った軍があったんです。でも、その雪中行軍を行った軍は、雪山の知識不足でほぼ壊滅したっていう話ですよ」と説明した。
「ずいぶんと省略したな。話が続かんではないか」
「しょうがないじゃないですか。こうとしか説明しようがないんですから」僕は胸中で、馬鹿にはこれ以上の説明は長すぎるだろう、と続ける。
「じゃあ。別の話をしろ。あとお腹が減ったぞ」
「俺も」
「す、すいません。わ、私も」
「自由奔放がとまらないなおい」
「昼は、スープとパンだけだったから。今度は肉が食べたい」
「まあた我が儘な。肉は貴重なんですよ。特にこんな雪山では」
「育ち盛りのガキと私がおるではないかっ」
「子供を盾にして無茶な要求を……でもまあ。しょうがないか。干し肉を焼いて食べましょう」
僕は文句を言いながら鞄の蓋を開ける。鞄からまな板を取り出し、その上に干し肉を並べた。そのまな板を火に近づけ、干し肉が少し柔らかくなるまで熱し、鉄の串に刺していく。
「あ、あの。私も手伝います」
「ん? ああ助かるよ」
僕はまな板を金髪の女性に近づけ、一緒に干し肉を鉄串に刺す作業を続ける。
「なんかアレだな」魔王さまが唐突に口を開いた。「お前らだけずるいな」
「何がです?」
「お前達が仲睦まじく作業をしているのに、なぜ、私達にはやる事がないのだ」
「それは魔王さまとその他大勢が手伝ってくれないからでしょ」
「な、仲睦まじいなんて」金髪の少女が頬を紅潮させる。「は、恥ずかしいです」
「一人一人個別にに言いたい事はありまうすが、とにかく全員黙ってて貰えますか?」
僕は淡々と干し肉を鉄串に刺し、囲炉裏に周りに並べていく。
こういう無になれる作業は、何も考えなくていいぶん気楽で僕の性分にあっているように思う。雑念を捨て去り自分の世界に入り込める。
僕を虚無の世界から引き上げたのは、魔王さまの「なあ。お前」という僕を呼ぶ魔王さまの声だった。
「なんですか?」僕はあからさまに魔王さまを邪険に扱った。
「その串を見てると、アレを想像させるな」
「あれ?」
「ああ。今頃、あの村の入り口のオブジェになっているであろう生き物だったアレだ」
「ふざけろぉ」僕は魔王さまに唾を飛ばした。「一体どういう了見でそんな言葉を吐けるんですか?」
「吐くって言うか、金髪の下郎と紅い下郎は吐きそうだが」
魔王さまの言葉を受け、僕は反射的に紅い女性と金髪の少女を見る。二人とも低体温は関係なしに顔を青くして、口元を抑えている。
どうやら、彼女達が村を通った時に見た村のシンボルたる生き物だったアレを思い出したらしい。
「魔王さまって方は」僕は額を抑えながら魔王さまを見やる。「あまりにも不謹慎すぎませんか?」
「まるで私が悪いみたいな言い方だな」
「まるっきり魔王さまが悪いんですよ。魔王さまは墓穴を掘る掘削機か何かですか?」
「私は魔王だ」
「知ってますよ。魔王さまの作った空気なんですから魔王さまが、この爛れた空気をなんとかして下さい」
「上司の失敗は部下の失敗だろう。お前がどうにかしろ」
魔王さまの発言に、僕の視界がぐにゃりと歪む。普通は逆だろ。部下の失敗は上司が庇うものではないのか。自分の有利不利に関係なく、根拠不明の暴論を振りかざすのは勘弁願いたい。せめて自分の欠点を隠す努力ぐらいしたらどうなのだろうか。
しかしながら、そんな当然のことを今更魔王さまに説明しても無駄だ。そんな不毛な事をするなら昆虫に隣人愛を説明して理解してもらう方が希望がある。
「はあ。分かりましたよ。でも、僕にどうしろと?」僕はどうせ建設的な意見など望めないと思いつつ、魔王さまに訊ねる。
「お前、色々と本を読んでいるだろう。何か話をしろ」
「またですか?」僕はうんざりするように沈んだ声を出す。「なんというか。魔王さまの要求は無限ですけど、僕の知識は有限なんです」
「さきほどみたいに、行軍の話とか色々あるだろう。せっかく雪山なんだし雪関連の話でよろしく」
「……本当にこの魔王さまは会話をする気あるのかなあ」
「何か言ったか?」
「いや。なんでも」
僕は早口に返事をし、顎に手を当て考える。
雪にまつわる話と言われても、ぱっと思い浮かぶのは数個しかない。先ほどの『雪中行軍』の話。もしくは雪を司る人外『雪女』の話。これは寓話だが言霊という言葉があるから、これまでの経験上からいって地雷臭がする。もしくは雪国で無双した軍人の話。これもまた地雷。
あとは、これも地雷臭がするといえばするが、先に挙げた三つよりはマシな話は。
「あまり、話したくありませんが『初雪の怪談』の話でもしましょうか」
「「「初雪の怪談」」」魔王さまと紅い女性と金髪の少女の声が同時に響く。
「そ、それって。こ、怖い話ですか?」
「いや」少女の質問に僕は頭を振った。「どっちかと言えば、ほっこりとする話かな」
僕の返事を聞き、金髪の少女は、ほっと胸をなで下ろす。
「じゃあ。ガキも聞いても大丈夫な話だな」
いつから目覚めたのか、魔王さまの膝に乗った子供が僕を見つめていた。その瞳に映るのは、僕の話に対する期待なのか不安なのか判断がつかない。
「肉に串を打って暖めている間に終わる短い話なんだけどね」
「それで、どんな話なんだ?」
「そのままの意味です。初雪が降った山を登ると怪異にあうという話です。昔、あるところに山登りが好きな若者がいました。その若者には登山の師匠……先生みたいなものですけど、その先生に『初雪が降った山には登ってはいけない。必ず怪異にあう』と注意されます。若者は先生の注意を無視して、初雪が降った山に登ってしまいました。若者は雪山を甘く見ていました。登山を開始して数時間後には、雪山は若者に牙をむきました。穏やかだった山の天候が荒れ吹雪になりました。引き返すには遅く、進むには困難な状況になりました」
「それで、その若者はどうしたんだ」魔王さまが訊ねてくる。
「若者は、その場でテントを張り夜を越す決意をします。雪山でテントを張り吹雪をやり過ごすことは出来なくはない。出来なくはないのですが、本音を言えば避けたい。でも仕方がありません。若者はテントを張りリバークをすることにします。体温はどんどんと奪われ、眠気が若者を襲います。若者の耳にはテントを叩く雪の音が届くのみです。この状況で、眠ったら○ぬ事を知っていた懸命に眠気を堪えます。それでもどうしても、眠気に抗えない若者はゆっくりと自分の意識が遠のいていく事を自覚しました」
「そ、それでどうなったんですか。も、もしかして……」
「○んだのか? 俺が望む金魚のフンの未来のように」
僕は、紅い女性の茶々入れを無視するように、話を続ける。
「若者が『もう眠ってしまう』と思い、死を覚悟した時でした。荒々しい吹雪の音とは別の音が若者の耳に聞こえてきます。それは規則正しくリズムを刻むように雪を踏む足音でした。若者は『テントの外に誰かいるのか』と思いますが、すぐにその考えを否定します。こんな吹雪の中を歩く存在などいないと思い至ったからです。そこで若者は登山の先生の言葉を思い出します。『初雪が降った山に登ると怪異にあう』と。怖気振るった若者は寝袋を頭から被り、耳に手を当て目を閉じます。その足音は若者のテントの周囲を周り続きます。そこで若者は考えました。『このテントの周りを歩き回る存在は、この雪山で命を落とした幽霊で、自分もその怪異の一部にするために向かえに来たのだ』と」
「そ、それでどうなったんですか。そ、その若者さんは」
「何時間その恐怖に耐えたのでしょうか。その足音に忍耐の限界を向かえた若者は『もういい加減にしてくれ!」と叫び、寝袋から顔を出しました。すると若者の目に映ったのは」
「「「映ったのは?」」」
「薄いテントの隙間から漏れる陽光でした。若者が気づいた時には吹雪は止み、足音も聞こえなくなっていました。そこで若者はある推測をします。『あの足音は自分を道連れにしようした怪異ではなく、雪山で亡くなった存在が、自分を寝かせないために、わざと足音を立て続けてくれていたのだ』と。以上、『初雪の怪談』でした」
僕は手を鳴らし話を切り上げる。
「なんだ。それだけか?」魔王さまが拍子抜けするように言う。
「はい。それだけです」
「なんかあっけないな」
「で、でも。わ、若者さんが助かってよかったです」
「俺としては、その若者がお前で、若者が破滅する話だったらよかったのだが」
「……紅いのは黙ってろ」僕は紅い女性を睨め付ける。「こういう話って生きていく上での教訓とか、信賞必罰的な話が多いですからね。なかなか悪い落ちの話はないよ」
「ふむ。そうか。それでお前の話で気になっていたのだが?」
「なんですか?」
「話の序盤によく分からない単語だ出てこなかったか、り、リバークとかなんとか」
「ああ。こういう詳しく説明するのは面倒のではしょりますが、ようは、こういう山小屋がない場所で一夜を明かすって意味です」
「危険なのか?」
「そりゃあ。それなりにはっ」僕はそこまで言い、まさしく、はっ、とする。
「お前何かに気づいただろ?」
魔王さまが鋭くしなくてもいい勘を鋭くさせた。勇者の事については妙に鼻がきくのが、百数カ所以上ある魔王さまの玉に刻まれた傷の一つだ。
どちらにせよ僕が勇者について、何か気づいた事がある事に気づかれている以上、僕の為にも勇者の為にもならない。
「魔王さま。ここまで来るのにここ以外の山小屋を見ましたか」
「いや。見てないな」
「でも、この小屋があって。この小屋には勇者達御一行はいませんでした」
「そうだな」
「可能性は二つです。この小屋を通過して次も山小屋があると希望的観測で前進した。そして息を吸うかのごとく遭難した。その場合は遭難=死です。もう一つは、この山小屋が見つからず吹雪に襲われ足止めを食らいリバークをする選択をして、現在絶賛リバーク中って事です」
「三つ目のパターンがあるはないかっ」
「三つ目ですか」
「この先にもう一つ山小屋があり、そこに避難しているかもしれんだろう」
「ないですね」僕は二の句もなく断じる。「勇者達御一行より速いペースでこの雪中行軍をしている僕達が、初めて見つけのがこの山小屋ですよ。仮に次に山小屋があるとして、勇者達御一行、しかも人間の足では次の山小屋まで辿り着く事はできません」
「お前もうちょっと明るい未来は想像できんのか?」
「事実を言っているまでです。これも精一杯、未来のある可能性をピックアップしてるぐらいですよ」
「おいっ。ど、ど、ど、ど」魔王さまは露骨に混乱するような声えを出す。「どうする。あの子が死んでいれば色々と大問題だろう」
「まあ。勇者が○んでもし、早々に何かしらの存在に生まれ変わったら、非常に好ましい事に、魔王さまの夢は腐れ散りますね。もともと、腐っていますが」
「ど、ど、ど、ど。どうするんだ」
「勇者達御一行がリバークに成功している事を祈りましょう。心の奥底で」
「なんかお前、私に冷たくないか?」
「雪のせいでしょ?」
「いや違うな。お前は今、私を警戒している」
「気づいてしまいましたね。社会の絡繰りに」僕は肩をすくませながら「この後に展開される光景が目に浮かびますからね。どうせ、僕に勇者達……というか勇者の安否を確認しろとか、無茶振りしてくるんでしょう?」と続けた。
「ざっくり言うとそうだな」
「まったくもって……。でも、しょうがないか」
状況が状況だけに出し惜しみしていても仕方がない」
僕は鞄に手を入れ、万屋から買った『紙』を取り出した。これが最後の一枚だが、正直に言うと、どうせ勇者探索以外に使い道はないので、惜しくはない。
僕は『紙』に勇者の名前を書き込み、飛行機の形に折った。
「何をしてるんだ?」
「魔王さまがそれを聞きます? この前、勇者達がどこへ言ったのか探した時に使った『紙』ですよ。説明したじゃないですか」
「そうだったか」
どうやら魔王さまの記憶力に期待した僕が愚かだったようだ。
「この『紙』が飛んで行った方向に勇者がいます。まあ、勇者達が進む方向はすでに分かっているので、今回この『紙』に期待するのは、勇者達御一行がリバークしている場所を探って貰う事です」
「もし、あの子が○していたらどうなる」
「さあ。さすがにそこまで万屋から説明されてませんからね」
「あれだぞ。もし、あの子が○んでたら、私とお前も同じ運命を辿る事になるぞ?」
「何で僕まで、魔王さまのストーカーキングの道連れにならなきゃならないんだ。おかしいでしょ」
「大丈夫です。主さま」紅い女性が胸を叩いて立ち上がる。「その時は俺もご一緒します」
「わ、私も。お、王子様が○ぬなら、あ、あとを追います」
「お前ら全員、頭沸いてんのか。心中なんてそんな軽く意識していいものじゃないんだよ」
僕はやる方の怒りを覚えた。いや、どこにでも怒りを向けられる立場ではあるのだが、どこにどう怒りをぶつけても、心中の失敗率が下がるわけではない。
どこかに、二回か三回ほど心中に失敗した作家の話を訊いたことはあるが、そんな羨ましい失敗など、魔王さまがいる以上、発生しない。
とにかく、今僕にできるのは勇者が存命している事を願ってこの『紙』を飛ばすだけだ。
この『紙』がどの程度吹雪に抗えるのか分からないが、なんでもありのこの世界だ。なんとかなるだろう。
僕は山小屋の窓を開ける。肌を裂くような冷気が入ってくるが、構うことなく『紙』を「南無三」と言いながら窓の外に投げた。
『紙』は吹雪の勢いを物ともせず、まっすぐに飛んで行き銀幕の向こう側に消えていく。
「ふう」僕は三度の息をつく。「とりあえず目先の命は拾ったか……」
「どうしたんだ」
「お互い命拾いをしたって事です」
「つまり、あの子は」魔王さまの目がよこしまな子供のように輝く。「では早速」
「魔王さまはここで待機です」僕はぴしゃりと言い切った。「僕が一人で行ってきます」
「えぇ」
「えぇ。じゃありません。どうせ僕と一緒に来ても、直接勇者に会う勇気もないんだから、くるだけ無駄です。だったら僕一人で様子を見に行った方がいい。それに、この山小屋が現状、最も安全なんですよ。さらに言うと、紅い女性と神樹さんはともかく、子供と金髪の彼女はどうするんですか。もしもの時、二人を守れる者は必要です」
半分は本音でもう半分は方便だった。
『紙』が飛んで行った先に勇者がいるのは間違いない。問題は勇者が存命している保証がない事だ。存命どころか絶命しており、しかも絶命して数日経過していた場合、魔王さまの言から推察するに『回復薬』でも勇者が蘇生しない事もありうる。
そんなところに魔王さまを連れて行けば、もれなく心中ルートだ。
だから、僕が確実に生き残るには『勇者は生きている』という事を前提で、動くことが絶対条件だ。
魔王さまを騙すという形になるが、勇者が仮に○んでいても、その場合、僕は魔王さまの元から逃亡できる。
短くない間、魔王さまの部下もとい鉄砲玉をこなしてきて、魔王様さまを裏切る事に一切の良心の呵責がないことに自分自身驚きで一杯だが、これが真実なのだから仕方がない。
まずは、僕一人で勇者達御一行の現状を把握するのが先決だ。
どうせ、魔王さまにだけ都合のいいように事が運びそうな気がするが、やれることはやってから花と散りたい。
「ちぃ」魔王さまは口惜しげに舌打ちをしながら「だったら早く行ってこい」
「了解です。すぐに戻ります」僕は鞄を持ち上げながら、返事をする。
「ただし。その荷物は置いていけ」
「は?」虚を突かれたような声を出した。「なぜです? みんなの分の食料はもう出しているはずですが」
事実だった。食料の大半は鞄から出してあるし、薪も、火起こし石も出してある。鞄の中には万が一逃走する羽目になった時に必要な最低限のものしか入っていない。
「なんとなく。お前、いざって時、私から逃げる気がするんだが」
「なんでそんな事を? 今まで僕が魔王ささに、そんな不誠実な態度をとった事なんてないでしょう」
「いやな。いつものお前なら、あの子の元に向かう場合、私に『回復薬』を出させるだろう。それに、いつものお前ならもっと多弁に多弁を重ねて、私を煙に巻こうとする。今回、それがない」
この魔王さま、いきなり劇的に知能指数が上がったのか、と半ば本気で疑う。
いや、と僕はその考えを否定した。魔王さまの知能は上がってはいない。上がってはいないが、観察力は上がっている。より正確に言うならば、普段、勇者にさいている意識が周囲に分散されていたので、勇者以外に注意する余裕を与えてしまっていた。
そしてそれに反比例するように、なまじ紅い女性と金髪に集中力を分散させたせいで、僕の思考はいつもよりは鈍磨していた。
その結果がこれだ。どれだけこの世界は魔王さまの味方をして、僕の行く手を阻む事に躊躇がないのか。
僕が鬱々としていると、この場にいる全員から刺々しい視線を飛ばされている事に気づいた。
魔王さまに誘導される形になったのか、この場にいる全員が僕を訝しむような目で見てくる。
こういった憂き目に遭うのは慣れているが、いたたまれないのは、金髪の少女と子供と神樹さんの瞳だった。
なんとも表現しづらいが、焦燥と不安と失望が上手い具合に入り交じった瞳だ。
こうなったらもう、逃げ道はない。魔王さまに対する罪悪感はなくとも、この三名には多少なりの罪の意識が芽生えつつある以上、魔王さまの命令に従うしかない。
「分かりましたよ。じゃあ、荷物は全部置いていきます」
僕はすべてを諦める気持ちで鞄を床におろした。
何なのだ。この不条理は。
「ふむ。では早くあの子の安否を確認してきてくれ」
「言われなくても」
僕はそう返事をすると、山小屋の扉を開き外に出て、雪が屋内に入らないように素早く閉じた。
『紙』が向かったのはあっちだなと、僕は一人で雪山を駆け上る。
予想通り、勇者達御一行がリバークしていると思しきテントはすぐに見つかった。先ほど僕が投げた『紙』が雪に埋もれたテントの上空を旋回するように飛行している。
しかしながら、こんな薄っぺらなテントでこの吹雪をしのごうとは、考えが甘すぎる。雪が降り出して吹雪に変わるまで約半日だった。
それまでにここまで進み、その間のに、吹雪にあっていたならテントの中身は人間の氷漬けが出来上がっている事になる。
しかし、昼間に休憩をとった場所が一昨日か昨日使われたのであれば、まだ勇者達御一行が生きている可能性は十分にある。
僕は気配を消し、テントに近づく。耳を欹てて、中の様子をうかがった。
吹雪の音に混じり「ほらっ。これをこうすれば」というか細い声が聞こえてくる。
とりあえず、最悪の事態は避けられたようだ。
僕は安堵の息をつき、今更ながらなんで僕が、勇者の安否を確かめねばならないのかとも思うが、僕の命の為なのだから仕方がない。
「おおっ。凄いな」これは剣の男性の声だ。
「本当ですね。魔法のようです」これは盾の男性の声。
「…………」この生唾を飲むような音はおそらく、勇者とよく行動を共にしている魔法使いの女性のものだ。
「? 一体、何をしてるんだ」
僕はさらに神経を耳に集中させる。僕の耳に入ってくるのは、予想を遙か斜め上を行くものだった。
「うふふ。でしょう」勇者の喜々とした声が聞こえてくる。「鏡と鏡を合わせて、その間に最後のお肉を置けば、ほらあ」
「ま、さ、かっ」
いや、さすがにさすがだよな、と僕は自分を落ち着かせるように口を大きく開け、深呼吸をした。その度に雪が口の中に入ってくるが、そんな事に構っていられない。
「ねえ。最後のお肉が無限に増えるんです!」
「嘘だろっ。おいっ」
僕は大声を張り上げるが、その声も吹雪の轟音にかき消されたようで、勇者達御一行には届いてないようだった。
この極寒のせいで、まともな思考が働いてないぞ。それも、パーティー全員が、だ。
このままでは遅かれ早かれ、勇者は死ぬ。それはそれでいいのだが、取り急ぎ、魔王さまにこの悲惨な状況を伝えないとまずいのは間違いない。
「それじゃあ。誰が最初にお肉を食べるかゲームをしましょうっ」勇者がこちらの気も知らずに馬鹿げた提案をした。「両手をグーにして『いっせーのーで、で数を宣言して親指を立てるんです。宣言した親指と宣言した親指の数が同じなら、片腕をおろして、同じ事を順番にくり返して最初に両腕を下ろせた人が勝ちです」
「いつもやってる暇つぶしですね」
「よっしゃ。やるかっ」
「…………」
「それに、皆で遊んでいれば眠らずに済みますしね」
「この緊急事態に談話なんてしてるんじゃないよ。というか、肉があるって言ってたけど、どうやって暖めるんだ」
僕はそう独りごち、テントの中の光源を確かめる。テントに積もった雪で子細には把握できないが、ほんのわずかにぼんやりとした明かりが見える。ランタンの光が何かだろう。
テントの中の温度は、外と比べてマシとはいえ、肉は凍っているはずだ。
ランタンの火ごときでどうこうできるとはずがない。
「それじゃあ、五人いるから親指の数は一番多くても十までですね」
これはやばい。本気でやばい、マジでやばい。
僕が飛ばした『紙』を勇者が受け取れなかった理由がこれか。
勇者はすでに周りが見えていない。
僕はテントの上空を旋回する『紙』を回収すると、踵を返して山小屋に向かって全速力で走る。
「魔王さまっ。ただいま戻りました!」
僕は山小屋に戻り第一声、魔王さまに声を投げた。
「おおっ。意外と早かったな」魔王さまは総合を崩す。「それでどうだった? あの子は」
「雪中行軍の悲劇の再来です。というかそれより酷い」
そういうが早いか僕は、山小屋に残してきた食料を大雑把に鍋に入れ、火を入れ始める」
「どうしたんだ。そんなに慌てて」
「慌てなくちゃのっぴきならない状況になるんですよ。魔王さま。勇者に、この凍り付くような環境の中、凍った肉を食べさせたいですか?」
「そんなの森羅万象が許しても、それっぽい私が許さん」
「魔王さまが森羅万象っぽい何かなのかは知りませんが、森羅万象はそれを許そうとしているんですって」
僕は調理を進めながら早口に言う。
「おいだからっ」魔王さまは眉間に皺を寄せ、言葉を荒げる。「私にも分かるように説明しろ」
「勇者達御一行がやばいって事です」
「やばいってどのくらいだ?」
「合わせ鏡に映った肉を見て『肉が増えた』とか言い出すぐらいには、やばい、です」
「私の『回復薬』ではどうにかならんのか?」
「それができれば一番手っ取り早いんですけどね。それは最終手段です」
「最終手段?」
「ここまで来たら、僕は全面的に魔王さまを応戦します」
「今までは私の応戦をしてくれていなかったということか?」
応援してもらえていると思っている段階で、どうかしている。しかし、ここまで来たら、いつも以上に魔王さまの支援をしなくてはならない。
「とにかく、今回はいつもみたいに、隠密的に勇者を助けるのではなく、『魔王さまが勇者達御一行を助けた』という方向に修正します」
「まったくっ」魔王さまは可愛くも何ともない頬を膨らませる。「だから、どういう事だ」
「今までみたく『回復薬』で勇者、あるいは、勇者達御一行を助けても、勇者の魔王さまに対する好感度なんて上がることはありません。なぜなら、なぜ自分達が助かったのか分からないからです。だったら、もっと分かりやすく魔王さまが勇者を助けたという実績を証拠付きで見せつけた方が、まだ生産性があるでしょう」
それに、勇者の魔王さまに対する好感度を上げておけば、後々、僕にとって有利に働く気もするし、なんでもかんでも『回復薬』で解決しようとする魔王さまの悪癖も、多少はマシになるかもしれない。
「ふうむ」
「とにかく魔王さまが勇者の好感度を上げられる数少ないチャンスなんです。今回は『回復薬』なしで勇者とその他の仲間を助けましょう。絶対にそっちの方が、勇者の魔王さまに対する心証がよくなりますよ」
「だが、どうやるんだ」
「さっき、回収してきたコレを使います」
僕は言いながら、さきほど、勇者達御一行がリバークしているテントの上部を旋回していた『紙』をポケットから取り出した。
「それがどうしたんだ?」
「これには勇者の名前が書いてあります。これにさらに文章を書き加えて、食料を勇者達のテントに放り込みます。とりあえず、それで勇者の飢えはしのげるし、魔王さまからの救援物資だという事も伝わるはずです」
「そんなに上手くいくかあ?」魔王さまが疑念に満ち満ちた眼差しを僕に向けてくる。「それに、もし寒さであの子にもしもの事があれば、どうする?」
「その時は仕方がないので、寒さで眠りに落ちるギリギリタイミングで『回復薬』を使いましょう。これだった。魔王さまが勇者達御一行に救援物資を届けたのは現実は残って、『回復薬』で目覚めた事実は残りません。結果、魔王さまと勇者の心の距離は加速度的に近づきますよ」
「な、なんか。ずるしてるみたいで、あの子に悪いなあ」
「今まで散々、ずるしてきたんですから今更でしょうが。あと、そのまんざらでもないってないって感じのニヤけづら顔はやめて下さい」
僕は、回収した『紙』に勇者宛の文章をしたためた。それを、革袋の口に縛りつける。そして出来上がりたての、塩で炒めただけの食料を革袋に入れ、口を絞った。
結局現実から目を背けて、一世一代の軽はずみを企んだのが、僕の落ち度だったようだ。
結局、回り回って、僕が一番苦労して、魔王さまが一番得するという結果に落ち着いている。しかも、得をしているのは勇者も同じという点にも見過ごせない事実だ。
勇者の挙動一つ一つが僕を敵として見なしての行動としか思えない。
僕は、食料の入った革袋を持ち上げる。
「もう行くのか?」
「当たり前でしょうが。あと、『回復薬』を下さい」
「ん。ああ」
魔王さまは僕に『回復薬』を四つ渡してくる。
「どうも。それじゃあちゃちゃっと行ってきます」
「うむ。行ってこい。ぬかるなよ、私のあの子に対する好感度上昇のために」
「ええ。分かってますよ」
僕は再度、山小屋を出て勇者達御一行のテントへ向かう。
勇者達のテントを探すのは実に簡単だった。なにせ、ついさっき山小屋と往復してきたのだから。
最初にテントへ近づいた時と同じように、気配を消し耳に意識を集中させ、テント内部の様子をうかがう。
「なかなか、勝負つきませんねえ」
真っ先に勇者の言葉に意識が持って行かれるあたり、僕がどれだけ勇者を警戒していのかを自覚してしまう。
「本当にな。やっぱりこれだけ人数が多いと、勝敗が見えないな」剣の男性がぶつくさ文句を垂れる。
見えていないのは、自分達の未来だろうに、と僕は心中で毒を吐いた。
「まあ、まあ。お肉なら沢山ありますし。のんびりいきましょう」と盾の男性。
肉は一枚しかないんだよ。それもキンキンに凍結した肉が、だ。
「…………」
「ダメだ。早く、この食料をあのテントの中に投げこまないと、本当に勇者が死ぬ事になる」
どのタイミングでテントに食料を投げ入れる、と僕は自問した。
この吹雪の中、テントの中に食料を入れるチャンスはどこにあるのだろう。テントその物の出来はお粗末で数カ所隙間が見受けられる。
食料を放り込むのは、その隙間のどれかになるのだが、どの隙間から食料を入れるべきか。
順当に考えるなら、吹雪の風下がべすとだろう。その位置だと多少は雪の被害を抑えつつ、テントに食料を入れる事が出来る。
僕は、至極当然な事を考え吹雪きの風下に移動する。雪が膝上まで積もっているので、多少の煩わしさはあるが、テントの裏手まで来るとテントが吹雪きの勢いを防いでくれいるので、吹雪の音が緩和され、テント内の様子も探りやすい。
「じゃあ、行きますよう」
勇者の陽気な声が聞こえてくる。
「僕も行くぞ。食料が冷める前に」
「「「「いっせーのーで」」」」
テントの中にいる人物達の声に合わせて、僕は一瞬だけテントの隙間を広げ、食料を投げ入れた。
テントの中から、どん、という鈍い音が聞こえてくる。
食料が無事、テントの中へ入った音だ。
「はあ。よし。上手くいった」
僕はその場でへたり込んだ。何の達成感も充足感もない、不毛な作業だった。
「何かテントの中に入って来ましたね」勇者の声が聞こえてくる。
「これは……。食料か」と剣の男性。
「しかも、温かいですね。肉も野菜もありますね」盾の男性の華やいだ声も聞こえてくる。
「…………手紙?」魔法使いの女性が『紙』の存在に気づいたようだ。
「へえ。手紙ですかあ。そういえば、同じような物を以前貰ったような。どなたからです」
「…………あなた宛てみたい」
「ああ。私の文通相手さんからですね。何々『拝啓。まずはこれを食べて、体を暖めて下さい。敬具』ですか。やっぱりあの人は優しいですね。ありがたく頂きましょう」
「勇者達が馬鹿で助かった。ここで、その食料に疑問を持たれたら、いよいよ『回復薬』を使う羽目になる。ここまで騙し騙し積み上げてきた作戦が水の泡になるところだった。
僕は、わずかに脱力するが、心機一転、身を引き締めた。
あとは、勇者達御一行が凍死しないように夜通し見張るだけでいい。
そこまで考え、いや待て、と僕の中の僕が警笛を鳴らした。
それってつまり、僕が寝ずの番で、勇者達御一行を見守らなくてはいけないってことか?
答えは簡単だった。僕は覚悟を決め、テントから少し離れた位置に雪穴を堀は始める。
今回の事件の関係者の中で、僕が一番、過酷なビバークをしようとしていると僕は鬱々とした気持ちになった。
僕は雪穴に体を入れ、即席で作った雪の蓋をし、息を殺して外の様子を窺い続ける。
どれほど時間が経っただろうか。勇者達御一行の安否に神経をとがらせたせいで、僕の精神は限界を向かえていたようだ。
緊張の糸が一瞬途切れたせいで、僕の意識が飛んでしまっていたようだ。
どのくらい、僕は意識を飛ばしていた?
僕は慌てて現状の把握に努める。
雪の蓋の隙間からは金色の筋が差し込んでところから考えるに、吹雪は止み、太陽は昇ったようだ。
僕が意識を失う前の感覚では、夜明けまでおおよそ一時間ほどだったはずだ。
早くこの雪穴から出たいが、油断はできない。何の警戒もせず、この雪穴から出て勇者達御一行に姿を見せるのは愚の骨頂だ。なにせ、勇者のパーティーのうち、剣の男性と盾の男性とは面識があるのだから。
魔王さまのおかげで、無闇に鍛え抜かれた聴覚のおかげで外の様子は分かる。
雪穴の外からの音は聞こえない。もしかして、この一時間ほどで勇者のパーティーが全滅したのか、とも考えるが、そういった気配はない。
「もう、テントを畳んで先に進んだのかな」
僕は、恐る恐る雪の蓋をずらし、外の様子を確認する。外にある筈のテントは綺麗に撤去されており、その先には、勇者達御一行が登山を再開したであろう雪の道が出来ていた。
僕は雪の蓋を完全にどかし、雪穴から這い出る。太陽の光が僕の緊張の糸をほぐしてくれるような錯覚を覚えた。
なんとか無事、任務は遂行できたようだ。
僕は、勇者達御一行が作った雪の道を見上げながら、引きつった笑みを作った。
一歩間違ったら、僕が凍死するところだった。
しかも、僕が雪穴に隠れている都合上、魔王さまが僕を発見できる可能性は低い。その事を考えるとぞっとしない。
僕が気温に関係なく震えていると、背後から「おおいっ」という魔王さまの声が響いてくる。
僕は体をひねり、目を細め魔王さまを見る。かなり遠くではあるが、魔王さまは子供を背負い僕に向かって手を振っていた。その後ろには神樹さん、紅い女性、金髪の少女が続いている。
歩きづらそうに僕の元まで登ってきた魔王さまは、雪山にさす陽光のように眩しい笑顔を向け「どうだった?」と無邪気に訊ねてくる。
「おかげさまで、凍死寸前まで追い込まれましたよ」
「じゃない」
「……本気で○んでくれないかな。この魔王さま」
「なんか言ったか」
「いえ。何でも。期待通りの質問です。勇者達御一行は無事、吹雪の夜をしのいで、先に行きましたよ」
「そうか。そうか」魔王さまは満足気に頷く。「それで?」
「それで?」僕は、魔王さまの言葉をオウム返しする。
「ああ。あの子は私について何か言っていなかったか」
しまった、と僕は口角を歪める。自分の命のことばかりで、失念していた。魔王さまは勇者第一主義者だ。そして、僕は思い違いをしていた。まだ、僕は任務を全うできていない。
どう言い訳する? 一瞬だけ意識を失っていて、勇者の魔王さまの好感度の確認をおろそかにしていました、とでも言うか?
墓穴を掘るにも限度がある。
「なんだ。お前の耳なら、あの子の言葉ぐらい拾えただろう?」
「そりゃあ……勿論」
どうするんだよ、このド直球の質問は。正解が見えてこないこないぞ。
僕は何かこの状況を打開する物はないか、と周囲を見渡す。そんな、都合のいいもの何て……。
あった。
僕の視界の端に、勇者達の張っていたテントの跡があり、そこだけ地面がむき出しになっている。そこには石を重しに固定された紙が置いてあった。
希望的観測だが、あれは勇者からの手紙だろう。
ここまで来たら、自分のなけなしの運にかけるしかない。
「あった、とは何だ」
「アレです。アレ」僕は地面に置かれた手紙らしき紙を指指す。「あそこに、勇者からの魔王さまへの手紙があります」
「ん?」
魔王さまは僕の指先を追うように視線を動かした。その刹那、魔王さまは子供を僕に預け、光の速さで、地面に残された紙を拾い、勇者が残したと思しき紙に目を通した。
その紙を見た魔王さまは「でゅふふふふふ」という気色の悪くも久しい声を出し、僕に視線を送ってくる。
「よしっ」僕は快哉を叫ぶ。「僕は賭けに勝った」
「よくやったぞ。これで、あの子の私に対する好感度は青天井で上がりまくりだ」
「それは良かったですね。僕も死にかけたかいがありました」
「それで、あの子達にはすぐに追いつけそうか?」
「まあ、僕等の登山ペースなら、いつもの距離感を保てる感じにはなると思いますが」
僕は濁した返事をする。魔王さまが目の前の欲求に忠実で良かった。
事の発端は、塔で勇者が手に入れた『翼のお宝』という事を忘れてくれているようだ。
いつ何時、その正体不明のお宝が発動して、勇者が姿をくらませるのか分かったものじゃないが、僕はその憶測を心の奥底にしまっておくことにした。
「それじゃあ。我々も、あの子のあとを追うぞ」
魔王さまは意気揚々と、勇者達御一行が作った雪道を辿るように進む。
魔王さまの背中を見ながら「そういえば、勇者からの手紙にはなんて書かれてたんです?」と質問をした。
「むふふ。詳しくは言わないが、大筋はお前の計画通りだったよ。私への感謝の気持ちが綴られていた」
「それは良かった」
「もうちょっと訊いてくれてもいいんだぞ」
「それじゃあ、核心部分以外の部分をちょっとだけ」
「そんなに気になるか」
気にはならないが、それ以外の返答の余地はない。
「はい」僕はイヤイヤながらに返事をする。
「あの子とその他の下郎達は、私に随分と感謝していた。あと、五人で朝まで遊んだおかげで、眠気を紛らわせる事ができたらしい」
「へえ」
僕は気のない返事をし、すぐさま、足をとめた。
五人?
そうだ。勇者達御一行のパーティーは五人ではなく、四人だったはずだ。
勇者のストーカーである幽霊は、カメラなどの特殊な手法がなければ意思疎通すらできない。
塔に出現した幽霊もいるが、あれ自体が特殊なギミックで生きている人間にも可視化と物理的に接触できるようになっていた異例だ。
しかし、僕が最初、勇者達がビバークしているテントに行った時、勇者はなんと言った?
五人でゲームをすると言っていた。そして、親指が合計十本とも言っていた。
眠気を抑え、肉の主導権を握るゲームだとしても、それは成り立たない。
勇者達御一行が生きている以上、勇者のストーカーである幽霊を死人も意思疎通も視認することは出来ない。
それに、魔王さまから預かった『回復薬』は四つだ。
これは、魔王さまが勇者のパーティーを四人だと分かっている事に他ならない。
なぜこんな単純な違和感に気づかなかったんだ。
つまるところ、勇者達御一行と勇者達が眠らないようにゲームをしていたもう一人の存在は……。
誰になるんだ?
短編なのに、伏線を張りまくった人間の末路。




