『魔王さま』と『勇者』の告白練習
無事と形容していいか分からないが、とにかく無事、雪中行軍を乗り終えた魔王さまと僕等は、いつも通りの偏った日常に戻っいた。
魔王さまが勇者をストーキングし、その魔王さまを背後から、魔王さまの機嫌を損なわない絶妙な距離感でストーキングする紅い女性がつづき、紅い女性と同じ程度の距離で僕をストーキングする金髪の少女もつづく。
魔王さまの傍らには、今はまだ純粋な色にでも、魔王さまのように爛れた色にも、心の色をいくらでも変える余地のある子供がおり、僕の数歩後ろには、神樹さんがいる。
雪山を抜けた瞬間、それぞれがそれぞれの定位置に戻るという律儀さには感服するが、なぜその律儀さを正義の為に使わず己が欲求を成就する為にのみ発揮するのか僕には理解が出来ない。
だいたいから言って、魔王さまを含め、僕の周りのストーカー達の目的は何なのか考えれば考えるほど分からなくなってくる。
恋を成就する為にストーカーというモンスターになったのか、ストーカーになるがために恋をしているのか、その真実は本人達にしか分からないだろう。下手を打てば本人達ですら分わっていない可能性すらある。
鳥が先か卵が先か、と僕は下らない事を考え、苦笑する。
魔王さまと僕達は今、洞窟の内部を進んでいた。雪山を抜けたと思えば、次は洞窟とは、この世界の節操のなさにはげんなりさせられる。
ランタンを掲げ、洞窟内を照らす。洞窟の内部は緑色に苔で覆われており、どういう理屈かは分からないがその苔が淡く光っているおかげで、ぼんやりとではあるが、洞窟内部の全容が見える。視線を上に向けるとつらら状の岩が連なっており、その先からはゆっくりと水がしたたり落ちていた。
鍾乳洞というのだろう。苔の淡い光と相まって幻想的な空間をつくり上げられていた。
「なんとも神秘的な場所だな」
魔王さまが何のひねりもない感想を口にする。
「自然が造り上げた芸術みたいなもんでしょ」
「ふむ。自然が造り上げた芸術か……つまりあの子って事だな」
「魔王さまは、どんな事象も勇者と結びつけますね」
「違うな」魔王さまは言下に否定する。「美しいものがあの子に引き寄せられるんだ」
「この間、勇者を追って村を襲った野盗も、その一環ですか?」
「下劣で矮小で醜い存在でもも、あの子に寄ってきてしまうものだろうな」
僕の反応が気に食わなかったのか、魔王さまがやや語気を強めながら言い返してくる。
「なんか論理が破綻してるなあ、と思いまして。魔王さまって口のある生物に対して口喧嘩で勝った事ってありますか?」
「生物には古来より、『肉体言語』で平和を保って来ただろうにっ」
「言論を『肉体言語』に変換できる豪気っぷりには、開いた口も塞がりませんが……」
「そうだろう」魔王さまは何故か胸を張る。
「嫌味ですよ。はあ、まあいいです。魔王さまと話していると、話が二転三転して収拾がつかなくなる」
「しかし、あの子はなんだってこんな洞窟に入って行ったのだ?」
「なんでって。そりゃあ、進む道がこの鍾乳洞しかなかったからでしょう。選んだんじゃなくて、消去法でこの道しかなかったからなのでは。今更、またあの雪山を登り直す訳にもいきませんし。仮に、雪山を引き返せても、待っているのは人間だった残骸が転がる村があるばかりです。どちらにせよ道を引き返せば地獄しかないのですから、進むしかないでしょう」
僕は心の中で、僕の前に進む道はない。僕の後ろに道は続く、という詩を無意味に唱えながら、本気で勇者達御一行はどこへ向かっているのだろうか、とうんざりとする。
勇者達の目的である母親の病気はすでに完治済みだし、今は、その母親に持ち帰る土産話を集めているだけの旅だ。
ぶっちぎりの他者である僕から見ても、明確な目的があるようには思えない。
そんな不満を抱いたところで、ここまでの魔王さまが歩んできた道が報われる保証はないし、魔王さまが報われなければ、今まで散々、魔王さまの無茶振りに振り回されて来た僕が報われないのは納得しかねる。
今は流れに身を任せるだけだ。
「で、今、あの子は何をしてるんだ?」
魔王さまが、望遠鏡を覗きながら訊ねてきた。
「よく望遠鏡を覗きながら、そんな疑問を寄越せますね」
「仕方がないだろう。雪山に続いて、あまり光の差さない洞窟なのだから仕方がない。あの子の姿が捉えづらいのだ。それにどの道のプロも言っているだろう?」
「すでに頭痛を覚えていますが、なんと言っているんですか?」
「練習を一日怠れば、それだけ技術が落ちる、と」
「何、珠玉の言葉みたいに言ってるんですか」僕はジト目を魔王さまに向けた。「そういう言葉の類いはいくつも読んだり聞いたりしてきましけど、そのどれも、ストーカーに向けたものではありませんよ」
「なら、この言葉は私の私による私の為の言葉だな。辞書とか名言集とかにのるかな?」
「たぶん名言集なら『○ぬべき存在』って項目から出てくるでしょうね。あとは『人迷惑』とか『自己中心的肯定』とかなら辛うじてチャンスはありそうです。そんな本を編纂するような存在はいないとは思いますが」
「ともあれな」魔王さまは誤魔化すように咳払いをし「ここしばらく、私はあの子を視認できていないんだ。なので、腕も鈍くなるのも仕方がない」と居直る。
そのままご自身の自慢の腕を鈍らせ続けてくれないかな、と僕は心底思う。
「で、僕にどうしろと?」
「ちょっと、あの子の様子を見てきてくれ」
どうせそう来るとは思っていた、と僕は力なく肩を下げる。
この魔王さまは、少しは自分で物事を解決しようとするという発想はないのだろうか。口を開けば「あれをしろ」「これをしろ」と僕はまるで部下という名の奴隷だ。
ここいらで、魔王さまには『生まれ変わって勇者と一緒になる』という願いがどれだけ、無謀で出鱈目な願望なのか再確認して頂く必要がある。
「……再確認ねえ」
僕は、顎に手を当て考えを巡らせた。僕ごときでは、魔王さまに現実の厳しさを教える事は不可能でも、ご自身で現実の厳しさを想像する事ぐらいはできるだろう。
そちらが僕に課題を出すならば、僕も魔王さまに課題を出すまでだ。
理性的な存在の特権は、想像できるかどうかだ。自分を動物の気持ちになって物事を考えてもいいし、虫になった気分で考えてもいい。
昔読んだ物語だった伝記だったか、ある大陸の調査をする時に自国からソリを引く動物を連れて行ったが、調査の切り上げの事情で、その大陸に連れて行った動物は放置せざるを得なかったらしい。
それは調査をする国側からすれば悲しい話として語り継がれているが、視点を変えて、調査された大陸の動物達から見てみれば、外から来た害獣を放たれたという見方もできるとか、なんとか。
なんともふんわりした記憶だが、物事は視点を変えれば、考え方も変わるという事だ。
とはいえ、脳みそが米粒にも引けを取る大きさしかない魔王さまに、他者の気持ちになれというのは、難易度が高い。
まずは、自分がどれだけ貧困な想像力しか持っていないのか自覚してもらうところから始めよう。
僕はそう決心のほぞを固める。
「? どうした。そんな不穏な顔をして」
「分かりました」僕はその言葉を出だしに使い「僕は、勇者の様子を見てきます。ですが、その間、魔王さまには、僕の考えた課題をして頂きます」と続けた。
「課題? 私がか?」
「はい」
「何故だ?」
「どうせ暇なんでしょ?」僕は内に針を含んだ声を出す。「だったら暇つぶしと思って課題をしておいて下さい」
「ふむ」魔王さまは何かを逡巡するように黙り「私に何をしろと」と来た。
「魔王さまは『人間に生まれ変わったら勇者と一緒になりたい』のですよね?」
「その生まれ変わりの定義が僕には判然としませんが、とにかく、どういう形にせよ生まれ変わる形は人間として、でいいんですよね。温泉街の時の花の時みたいな感じではなく」
「まあ、そうなるな。あの形も美しくて嫌いではないが私の理想ではない」
「だったら、生まれ変わった時に勇者に告白する準備ぐらいはしておいて損はないでしょう」
「告白の準備?」
「ええ。生まれ変わるしろしないしろ、勇者と一緒になりたいならば、告白の言葉を考えておくのも一案かと」
そもそも生まれ変われたとしても、今の魔王さまの記憶が引き継げる可能性があるのかどうかすら分からないが、そんな不毛な事を考えていても、僕の貴重な時間を空費するだけだ。
「まあ、そう言われてみればそうかもしれんな」
「では、決まりです」僕は早口でまくし立てる。「それじゃあ。僕は勇者の所へ行ってきます」
「え、あ。おいっ」
魔王さまが僕を制止する声が聞こえるが、僕はその声を無視して勇者達御一行がいるであろう場所まで走る。
雪山と違い、勇者達御一行はすぐに見つかった。相も変わらず仲良く休憩がてら談笑をしている。こちらが魔王さまの手足となって働いているのに、ご都合主義なこの世界に守られている奴らは気楽でいい。
ランタンは魔王さまの元に置いてきたので、光源となるのは光る苔だけだが、勇者達御一行の様子を知るだけなら、聞き耳を立てるだけいいので特に問題はない。
主に勇者の声を中心に拾っていく。今更ながら、いよいよ僕も勇者のストーカーになりつつある事実に危機感を覚える。
自分を善人だと評価する気もないが、悪人とも評価されるつもりもない。少なくとも、欲望の純粋結晶たる魔王さまよりは、マシだろう。まあ、他者から見れば燃えないゴミか燃えるゴミかの差異でしかないのかもしれないが。
いずれにせよ現状の僕は、魔王さまという存在に毒されているのは間違いない。
「はあ。とりあえず。勇者達の会話を適当に拾って帰ろう」
僕は嫌な考えを追い払うように首を振り、意識を勇者達御一行に向ける。勇者達御一行は先日の雪中行軍について話しているようだった。
「あの時の俺達は頭がどうかしてたよなあ」剣の男性が先日の自分を恥じるように言葉を発した
「そうですね。正気を失っていたとしか言えませんよね」盾の男性も続く。
「…………」これは魔王使いの女性の沈黙だ。
「本当に。合わせ鏡に映した肉が増えるわけないですもんね。普通に考えて」と勇者は沈んだ声を落とす。
ああ。その通りだとと僕は勇者に同意した。どんな奇跡が起きても、一枚の肉は鏡では増えない。
「そういえば、あの食料は結局誰からの物だったんだろうな」
「ああ。あれは。あの人からですよ」
「「「あの人?」」」
「はい。以前からお手紙でやりとりしている人です。とても親切な人なんですよ」
勇者は照れ隠しするように、にへへ、とだらしなく笑った。
「「「それって男、女?」」」三人が喰い気味に勇者に質問した。
「さあ。たぶん文章的から感じる雰囲気では、女性の方だと思いますけど。名前もしりませんし」
「「「ちっ」」」
剣の男性と盾の男性と魔法使いの女性の舌打ちが、何故か重なった。
「ん? なんで三人とも舌打ちをしたんだ」
僕は反射的に感じた疑問を独りごちる。
勇者は文通相手を女性だと思っている。魔王さまは女性だが、実際に代筆しているのは僕だから、勇者の推測は間違っている。
が、そんな事、勇者もその仲間達も知るよしもない。
今、勇者達が持っている情報が偽りとは言え真実だ。
しかし、そうなると三人の舌打ちの重なりが不自然だ。
剣の男性と盾の男性は、一度しか話したことがないが、勇者を持て余している。
そうとはいえ男だ。生物的には勇者の文通相手が男であるなら、舌打ちも納得ができる。
男が仲間の文通相手の男に嫉妬するのは分からなくもない。
どこの馬の骨とも知らない男に、仲間の女性を取られるかもしれないのだから、そういう方面で想像はできなくはない。
しかし、あの二人は勇者の旅に半分道連れにされている立場にあるので、勇者に異性として好意を抱いているような節はなかった。
その場合、二人の舌打ちには『余計な奴を引き取ってくれる可能性がある人物が現れた』と心の奥底で諸手を挙げて姿の見えない文通相手に感謝するだろう。
なので、二人の舌打ちはありえない。
そして次にあり得ないのは、魔法使いの女性の舌打ちだ。
女性は、男性では到底足下に及ばぬほど、したたかで狡猾だ。どんな理由、動機からくる一切の感情を廃してでも、本音を表に出す事はない。
それなのに、なぜ、魔法使いの女性は舌打ちをした?
勇者の文通相手が男性なら、内心での舌打ちしてもおかしくない。だが、なぜ女性の勇者の文通相手が女性だと思って舌打ちをするのか、僕の理解の埒外だ。
これは、魔法使いの女性はもしかしなくても、もしかしなくはないか?
僕の額に冷たい汗が流れる。
僕が思っている以上に、勇者のパーティーの人間関係はこんがらがっている。
「なんだって、僕が望んでない情報がニョコニョコとキノコみたいに生えてくるんだっ」
僕はその場で地団駄を踏み、さらに生えている苔を踏み足を滑らせその場に「いてっ」と情けない声を上げながら尻餅をついた。
もはや、地面すら僕の敵なのか、と僕はやりきれない気分になる。
「でもよ」と剣の男性が勇者に話しかけた。「もし、文通相手が男だったら。お前はどうするんだ」
「そうですね。私も気になります」
剣の男性と盾の男性の質問を受け勇者は「あの人が男性だったらですかあ」と間延びした声を出し、数瞬の間を開け「だ、男性っ」と素っ頓狂な声を上げた。
「ああ。お前の文通相手で、雪山では俺達を姿も見せずに助けてくれたんだろ? 俺が女だったら一発で惚れるぜ」
「私も同意見ですね。もし、文通相手が男性なら君ならどうするんです?」
盾の男性も剣の男性に追随する。
「……ちっ。余計な事を」魔法使いの女性が霞むような声で苦言を呈した。
「わ、わ、私は」
「まあ、あれだな。少なくとも文通相手は俺達よりも先に行っている訳だろ? もし、追いついて、その文通相手に出会うことがあった時の為に、告は……ごほん。お礼の言葉ぐらいは考えておいた方がいいぜ」
「かねがね賛成です」
「こ、告白っ」
「……お前等の両親まで呪ってやる」
よし、と僕は膝を打った。勇者達御一行の末期的関係性は理解した。
色々と訂正するべき点はあるが、僕が訂正する義理も責任もない。あとは魔王さまの元に戻り、事の始終をオブラートに包みまくって報告しれば、僕の任務は完了する。
魔王さまの仕上がりはいかがなものか、と僕はマイナス方面で高揚しながら元来た道なき道を戻る。
鍾乳洞の奥から、ランタンの光が見え、その光が、魔王さま達の影をつくっていた。疑問に思ったのは魔王さまと思しき影の形だった。四肢を地面につけたような形で、ランタンの火の揺らめきに合わせるように弱々しく体を震わせている。
弱々しく地面に四つん這いになる魔王さまなど、滅多とお目にかかれない現象だ。
魔王さまにそこまでの精神的打撃を与えられる存在が、この世界にいるとは到底思えないが、もし、そんな事が僕の目の前で展開されているのであれば、是が非でもこの目に焼き付けたい。
僕は喜々として、魔王さまの影に近づき岩の陰から様子をうかがう。どうか魔王さまが落ちこんでいますようにという、ささやかかつ無謀な願いを胸に抱きながら。
僕がそっと魔王の姿を目に焼き付けようとした時だった。今の今まで僕の目の前にいたはずの魔王さまは、忽然と姿を消していた。ほんの一瞬、瞬きしただけで、僕は警戒も気配を消す事も怠らなかったのに、魔王さまが消えた。
まさしく消えた、としか表現できない。
「は?」
僕は間抜けな声を出す。魔王さまはどこへ消えた? 今、僕が見ていたのは日頃から抱いている理想の魔王さまの幻影だったのか。
僕は半ば真剣にそう結論づけようとしていると、背後から「おい……」というドスの効いた魔王さまの声が響いてくる。
僕は関節という関節に糊を塗ったように、ぎこちない動きで背後を見ようと首を回す。
どうせ見たくもない現実が背後には厳然とそびえているのだから、早く楽なるのも手ではあるが、本能がそれを拒絶している。
「おい。何をこそこそとしている?」
全てを諦めた僕は、素直に背後を見やった。当然ながら、僕の目の前には魔王さまがいる。眉間に皺を寄せ、鋭い眼光を僕に向けていた。
「何をしているも何も」僕は降参するように両手の平を魔王さまに向け「魔王さまの言うとおりに、勇者の様子を探ってきただけですけど」と報告する。
「その割には、いつもの浮かない顔ではなく、キラキラと溌剌とした表情をしているが?」
「気のせいでは?」僕は魔王さまから目を背ける。
「こっち見ろぉぉ」
魔王さまは両手で僕の顔面を掴むと、力尽くで僕を自分に向けさせようとしてきた。
力技で魔王さまに適う訳もなく、僕は強制的に魔王さまと顔を付き合わせる形になった。甚だ不本意だが、魔王さまの力の向きが正しくて助かった。もし、逆の方向に力を入れられていたら、僕の首はあらぬ方向へ向き絶命していただろう。
どうせそうなっても魔王さまの『回復薬』で蘇生させられるのだから、僕の自尊心が傷つくだけで魔王さまが失う物などなにもないのが痛いところだ。
「まあ、まあ。今日は良い報告がありますよ」僕は技巧的な笑みを浮かべ「魔王さまと勇者は以外と以心伝心できていた事が判明しました」と保身で塗り固められた台詞を口にする。
このカードはもっと後まで取っておきたかったが、自分を守る為だ、背に腹はかえられない。
「ほう」魔王さまは僕の言葉に関心を示す。「それで、それは何だ?」
「勇者も魔王さま……正確に言えば雪山で助けてくれた人物に再会? できた時のために告白? の文言を考えています」
「それは本当かっ!?」
「ほ、本当? です。とは言っても雪山で勇者を助けたのは魔王さまだとは知らないですが、魔王さまだって、勇者からお礼の手紙を貰っていたでしょう? つまり、かなり雪山で、勇者から貰った手紙を持っている存在である魔王さまへの言葉を考えている事に相違ありません?」
「おおっ。そうか。そうか」魔王さまは上機嫌になり僕から手を放した。「お前の説明の語尾が随所随所上がり気味なのは気になるが、それはすばらしいなっ」
魔王さまから解放された僕は、空気を求めるように大きく息を吸った。
魔王さまに対する報告は嘘ではなかった。ただ、今まで勇者と文通をしてきたのは僕で、あの雪中行軍の中、勇者達御一行を助ける作戦を立案し実行したので僕なので、現実問題、勇者がただいま考えている文言は僕に対するものなのだが、それを知っているのは僕だけで十分だ。
というかこの事実は僕だけしか知ってはいけない。
魔王さまが聡明でなくて助かった。
「これで勇者についての報告は以上ですが」と僕はここでようやく話を本流に戻す。「魔王さまの方はどうなんです? 何か勇者に送る言葉は思いつきましたか?」
どうせ無駄に終わったのだろう、と確信を抱きながら僕はあえて問う。
「それがなあ」魔王さまは腕を組みながら唸る。「上手い表現が思いつかないのだ。努力はしてるのだがなあ」
そりゃ、そうだろうよ、と僕は納得する。僕が要求しているのは至極簡単な事だが、一事が万事、我が儘と力技で生きてきた存在が、他者を慮った文言を考えられるはずもない。
生まれて初めて立ち上がれた直後の動物に、全速力で走れと命じているようなものだ。
「お前、何か失礼な事を考えてないか?」
「気のせいでしょ」僕は空とぼける。「いつも、勇者を視姦……んんっ。見守っているんだから、勇者の良いところとか好きな所とかあるでしょう。そういう感情を言葉にすればいいだけなのでは」
「私があの子に対して抱く感情かあ」
「ええ。なんでもいいですよ」
「ふうむ」魔王さまは目を閉じ何かを考えるように顔を上に向ける。「例えば『君のその黒髪で私の全身を包みこんで欲しい』とかか?」
「ごりっごりのアウトですよ。なんですか? そのご自身の変態的性癖を惜しげもなく集約させた言葉は。そんな腐った言葉なんて送られた日には、僕だったら傭兵を雇ってでも自分の身の安全を確保します」
本気で言っているのか、この魔王さま。いや、本気で言っているから魔王さまなのだろう。
「じゃあ……『君が欲しいならこの世界の全てを君に捧げよう』とか」
「魔王らしいと言えば魔王らしい言葉ですけど、愛の告白とはほど遠いです」
「じゃあどうすればいいのだっ」
「逆ギレしないで下さいよ。もう少し、ないんですか? もう少しこう詩的というかロマンがあるような表現は」
「我が儘だな。お前も」
あなたが言うか、という台詞が喉元までせり上がってくるが、僕はその言葉を賢明に飲み込む。
「とにかく、なんでもいいんで、勇者に対する思いをもうちょっと婉曲に表現して下さい。もしくは分かりやすく」
「んんとなあ。『君への思いに焦がれるほど、君は遠ざかって行く。このこころの距離はどうやったら縮められるのだろう』とか」
「おっ。言い回しは気色悪いですがそれっぽくなってきたんじゃっ!」
僕が発言を許されたのはそこまでだった。僕が言葉を言い終わるかどうかのタイミングで、魔王さまの拳が僕のみぞうちにめり込んだからだ。僕はその場で膝から崩れ、口を、お、の形にしてうずくまる。
「一生懸命な私を馬鹿にするなっ」
「こ、子供じゃないんだからすぐに肉体言語で訴えないで下さい」僕は苦悶の表情を浮かべながら訴える。
「では、これ以上、私にどうしろというのだっ」
それこそ魔王さまの自助努力でどうにかして頂かないと、非常に困る。
僕だって異性に気の利いた言葉を使ったことなどないのだから、土俵は魔王さまと同じだ。
魔王さまを含め、その他のストーカー共に対する罵詈雑言など無尽蔵に湧いてくるのだが、相手の気持ちを考え本心から好意を伝えるような言葉は持ち合わせていない。
どうしたものか、と僕は考える。勇者の動向を探ってきた時点で僕の役目は終えているのに、魔王さまに余計な課題を与えたのが失策だった。
こんな事なら、その辺に無数に生えている光る苔の数でも数えさせておけばよかったのだ。
窮すれば通ずといはいうが、こういう窮した時に限って余計に窮する自体になることは、僕は経験的に知っていた。
僕が暗澹たる未来に思いをはせていると、予想通り聞き覚えのある声が鍾乳洞に響いてくる。
「ふふん。主様、何かお困り事でもおありかな?」
「やっぱりこう来たよ。まあ、一本道なんだからあたり前か」僕は額に手を当て、「もう前口上はいいからとっとと二人とも出てきても」
「ちっ。せっかく主様に格好いい様を見て貰おうとしたのにな」紅い女性がぶつくさ文句を言いながら姿を現す。
「安心しなよ。君はすでにざまあない姿だ」僕はあえて補足を入れる。
「わ、私もいます」金髪の少女もひょっこりと姿を現した。
「うん。だろうね。一応、訊ねるけど、君の目的は?」
「わ、私も、好きな人に伝える言葉を、か、考えたくて」
安心してくれ、と僕は金髪の少女に視線を向ける。言葉にしなくとも、君の恐ろしいほどの僕に対する執着は重々承知している。
「主様、お一人で悩まない下さい。俺達もお供します」
「わ、私もです」
それは単純に自滅の道を辿るという意思表現では、と思うが僕は口にしない。
「それに、三人寄らば文殊の知恵というではありませんか」
へえ。紅い女性にしては難しい言葉を使う。
「そ、そうですよ。じょ、女性が三人集まれば、いい案も出ます」
女という文字が三つになると姦しい、とも言うが大丈夫か?
「ふむ。なんぞよく分からんが、皆で考えて見るか」
「すっごい強引な流れですね。でも、頑張って下さい。僕は食事の準備をしますから。というか、魔王さま達、なにげに仲いいですよね」
不器用にも利害が一致しているのが凄いと、僕は素直に感心する。
「頑張るって、何お前、他人事のように言っているんだ?」
荷物の入ったリュックを探るの僕に、魔王さまの不吉な言葉が飛んで来る。僕は、手の動きを止め「は?」と魔王さま及びその他二名を見ながら間抜けな声を出す。
「だから。お前も、私達の恋の語彙力向上に協力しろ」
「そうだ。主様と俺達に協力しろ。金魚のフン」
「わ、私も、向学の為に、お、お願いします」
「まったくもって、なんでこんな時だけ一致団結するんですか」僕は気色ばむように立ち上がった。「結論からいいますよ。い、や、で、す」
「ならばこちらからも言わせて貰おう。だ、め、だ」
魔王さまがこちらの自由意志を完全無視して断じてきた。
「なんで僕が断れ返されなくちゃいけないんですか。沈むと分かっている泥船に乗船する趣味は僕にはないんですよ」
「ふふ。我々が泥船だと」魔王さはクツクツと不適に笑った。「どうみても豪華客船だろ?」
「五万歩譲って僕が乗船するのが豪華客船だとしても、僕はその乗船する権利を破棄します」
「おい。お前は失礼だぞ。魔王さまと俺と金髪という美女が三人も乗船している豪華客船に、何の不満があるんだ」
「その豪華客船を一発で沈没船に変える爆弾が三人も乗ってるからだろうがっ」僕は爆ぜるような声で紅い女性に唾を飛ばした。「すべての好条件が揃った手札をブタに変えるキラーカードが三枚もあるんだぞ」
「ぶ、ブタだなんて。わ、私、そんなに太っていますか? お、王子さま」金髪の少女が潤んだ瞳をつくって僕を見てくる。
「……ただのゲームの例えだよ」
絶対自分至上主義の魔王さま、うぬぼれの申し子の紅い女性、悲観主義の皮を被った狼気質な金髪の少女。
しかも全員が全員、何者かのストーカーという始末だ。
こんな魑魅魍魎達を相手にしていては、体がいくつあっても足りない。
「なんか。お前、失礼な事考えてないか」
「いや。妥協案を考えています」
「妥協案?」
「ええ。とりあえず。三人で愛の告白の案を出し合って考えて下さい。各々でも構いません。で、僕がその告白の内容を聞いて大丈夫かどうか、を判断します」
「妙に棘のある言い方だな」
「元々、三人で考えるつもりだったんでしょう。男の僕にできるのは、魔王さま達がつくる言葉が『色々な意味で大丈夫か否か』という事だけです」
「告白に、大丈夫、とかどうかの概念とか存在するのか?」
「ありますよ。ただ、僕が言っているのは『色々な意味』という事です。その部分を僕が判断します。僕は、さっき言った通りご飯の準備をしながら待ってますから」
「むぅ。まあ。いいだろう。刮目せよ我々の知恵を」
「はいはい」
僕は軽く手を振り、リュックの中を再度探り始める。視覚はリュックに集中させるが、聴覚だけは遮断させる。どうせろくな相談など展開されまい。
予想通り、魔王さまが自信満々に根を上げるのにそう時間はかからなかった。
僕は料理の全行程の1割も進めていないのに、三人の知恵を合わさっても、その程度の時間で出し尽くされてしまったようだ。
「おいっ」
魔王さまが僕を呼ぶので、僕は作業の手を止め、魔王さまに視線を向けた。
「はい。なんですか」
「待たせたな」
「驚くほど待ってませんね」もう少しは粘って欲しかった、と僕は心の中で付言する。
「そう強がるな。とりあえず、私達が一人一人、告白の言葉を考えてみた」
「三人寄らば文殊のなんとか、ではなかったんですか?」
「あはは。金魚のフンは考えが浅いな」紅い女性が嘲笑してくる。「三人で意見は出し合った。そして、それぞれ、三者三様の個性というものがある」
「はあ。だから?」
「わ、私達、さ、三人で自分に合った。こ、告白の言葉を考えました」
「へえ。確かに協力しているね」
「ふふ。そういう事だ。よく言うだろ?」
「何をです?」
「努力は足し算」と魔王さま。
「協力はかけ算」と紅い女性。
「け、結果はご覧じろ。で、です」と金髪の少女。
なんか微妙に韻が踏めてない気もしなくもないが、この際、そんな事は些細な事だ。
「では。それぞれご自身の考えた告白の台詞を聞かせて下さい」
「ならば、最初は私からだな」
魔王さまは自信あり気に一歩、僕に近づき、僕の手を取り片膝を地面につけた。長いまつげが強調され大きな瞳が物憂げにアーチを描く。
黙ってれば本当に美人なんだようなあ、と僕はつくづく残念に思う。なぜ美人薄命という便利な言葉をこの世界は魔王さまに反映させなかったのか。この世界はどれだけ罪を重ねれば気が済むのだ。
予行演習とはいえ、告白をする事に緊張しているのか、魔王さまの頬は高揚し、中々、口を開く事ができにようだった。
少しぐらいは、後押しするのも部下の勤めか。
「どうしたんです?」
ほら、僕を勇者と思って頑張れ、と僕は何故か魔王さまを鼓舞した。
「君は本当に美しい。出来れば私は……」
「あなたは?」
「君と『雄しべ』と『雌しべ』のような関係になりたいっ!」
「馬鹿ですかっ。魔王さま」僕はその場にくずおれそうになるのを賢明に耐えた。
「? 何か、ダメだったか」
「いや。面罵するのは後です」僕は魔王さまの手を払い「次っ」とやけくそ気味に紅い女性を見る。
「ふん。私は主様と違い、俺は、お前など必要ない。なにせ、目の前に告白する相手がいるのだからな」
そこがまた問題なんだよなあ、と僕は今後展開されるクソとヘドロを練り込んだゆなクソヘドロな三文芝居を予想しながら、魔王さまと紅い女性を見守る。
紅い女性は魔王さまに近づくと、さきほど魔王さまが僕にしたように片膝を地面に向け、自身の胸に手を当て顎を上げ魔王さまを見上げた。
「主様っ」
「……なんだ」
「主様と俺は今別の方向を向いていますが、それは些細な事です。主様と俺は磁石のように繋がっています。そう。根っこの部分では、それこそ主様と俺の下半身のっ」
「「黙ってろっ」」
魔王さまと僕の怒声が重なり、それと同時に魔王さまの拳と僕の蹴りが紅い女性の腹部に炸裂する。
当然、紅い女性はその場に沈み、沈黙する。
「はあ。はあ」魔王さまは肩で息をしながら紅い女性を見下ろす。「なんなのだ? この気持ちの悪い生命体はっ」
「魔王さまの同業者ですよ。しかし、ここまでとは。じゃあ、最後は君だね」
僕は、どんよりとした声音で金髪の少女を見る。
金髪の少女は、緊張した面持ちで「は、はい」と返事をした。
先の悪例があるので、この少女にも何一つ期待できないが、一応、彼女なりに頑張って考えた台詞なのだから、聞かない訳にはいかない。
いや、待て。とここで僕の中で警笛を鳴らす自分に気づく。紅い女性の玉砕は予定通りとして、金髪の少女のターケットは僕だ。
つまり今回の告白は、金髪の少女にとっての本番になるという事だ。
どうしたものか。ここできっぱり断ってしまってもいいが、それで諦めてくれるほど脆弱な精神の持ち主でもない上、告白を断った事で更にストーキングに執拗になる可能性の方が高い。
ここは、魔王さまお得意の作戦でいこう。
捨て駒方式だ。
僕は「魔王さま」と僕は、魔王さまを手招きをして呼び出す。
「なんだ?」
「僕の代わりに、金髪の子の告白の練習台になって下さい」
「なんで私が? お前がやればいいだろう。お前が」
「いやまあ」僕は歯切れ悪く応じる。「なんというか、嫌な予感しかしないし、こっちの平等かなと言いますか」
「紅い下郎はどうなるのだっ」
「アレはもうでうでもいいでよう。初めから分かりきっていた結果です。最後に期待できるのは、あの金髪の子だけなんですよ。無駄だとは思いますが」
「むう。まあ。お前が他の下郎に告白されるのも見ていて楽しいものではないしな」
「ではよろしくお願いします。僕は遠くで見守ってますので」
僕はそう言うと、手近にある岩陰に身を隠す。
「まあ、そういう事だ。金髪の下郎。私に盛大に告白してみろ」
「ひゃ、ひゃい。そ、そうですか。す、少し、残念ですけど。が、頑張りますっ」
金髪の少女は、両方の手で握りこぶしをつくり、胸に当て、深呼吸をする。
「さあ。この私に告白して、紅い下郎と共に散り腐るといい」
「ち、散る事は前提なんですね。で、でも、お、王子様に直接言うより、まだ、ま、魔王さんの方が上手く言えそうです」
「どんと来るがいい」
「じゃ、じゃあ。魔王さ……い、いや。王子さま。わ、私は、王子様と『太陽と月』みたいな関係になり、なりたい、たいです」
おお。と僕は岩陰から感心する。ありきたりっぽいが、告白のそれっぽい。比較対象がアレなだけにすごく綺麗な出だしに思える。
「ふむ。太陽と月か。その心は?」
「そ、その、出来れば月食中の太陽と月の関係みたいに……二人で合わさりたいです!」
「はいっ。アウト!」
僕は、この少女に最後の期待を抱いたことに後悔しながら、岩陰から姿を表した。
「ア、アウトですかぁ」
「決まってるでしょう。もう、この際、全部一括して三名の告白の評価をしますが」
「「「しますが?」」」
「全員、常軌を逸している。なんで全員が全員アプロローチの仕方が違うだけで、最終的に全部、生物的な欲求に繋がるんだ。不器用とは思っていたけど、むしろ器用だ」
「じゃあ。どうしろと言うのだっ」
「僕が知る訳ないでしょうがっ。駄目だ。目眩がしてきた」
「ちぃ。いちいち、いちゃもんをつけおってからにっ」
「だったら金魚のフンは異性にどういう文言で告白するんだ」
「だから知る訳ないでしょうがっ」
「で、でもこれだと、わ、私達の努力は、ど、どうなるんですかぁ」
そんな事、知った事ではない、と僕は奥歯を噛む。
「くそっ。三人が駄目なら五人だ」魔王さまがとち狂った事を口走り始めた。「おい。緑」
魔王さまは僕の背後にいる神樹さんに声を飛ばす。
神樹さんは、きょとんとした顔で魔王さまを見た。その瞳にはどういう感情が宿っているのか、僕には伺い知ることはできない。
「たぶん訊く相手を間違っているとは思いますよ」
「うるさいっ。おい、緑、お前ならこいつにどういう言葉で告白する?」
魔王さまは人差し指で僕を指指す。
「他者を指指さないで下さい。行儀の悪い」
「知った事か。それで緑はどうなんだ?」
神樹さんは、やはり、魔王さまの質問の意図を理解していないのか、やはり小首を傾げているだけだ。
「ほら見たことか」
「まだガキがおるではないかっ」魔王さまは子供を見やり「こっちに来い」と子供を呼んだ。
子供は素直に魔王さまの元まで、とことこと歩き近づく。
「ガキなら、こいつの事をどう思う? 言葉にしてみろ」
小さい子相手に、よくもまあそこまで高圧的に出られるものだ、と僕は驚きを隠せない。というか、この話題そのもの自体が、この子の情操教育的にどうなのだろう。
僕が、子供の未来に不安を覚えていると、子供はおもむろに魔王さまから離れ、僕の元までやってくる。
子供は、気恥ずかしそうに両腕を背中に回し僕から視線を逸らしてきた。
子供はしばらくの間を開け、僕を見上げ、わずかに口を動かした。
何か言いたいことがあるらしい。僕は、その場でしゃがみ「どうしたの?」と子供の顔に耳を近づける。
「……だ……す……」
「ええと。今なんて言ったのかな?」
「私にも聞こえなかったぞ」
「俺も」
「わ、私も」
「皆は黙っていて下さい」僕は三人の野次馬に注意をし「ゆっくりでいいからもう一度、言って貰っていいかな」と子供にお願いをする。
僕のお願いに、子供は勇気を振り絞るように大きく口を開けた。
「大好き!」
それは、はっきりとした輪郭を持った短くもまっすぐな言葉だった。
「「「なっ」」」
「あはは。ありがとう。僕も君が好きだよ」僕は子供の頭を撫でながら立ち上がり、魔王さま、紅い女性、金髪の少女を見る。「たぶん、これぐらいストレートな方が、相手に気持ちは届きますよ」
そして、そのぐらい単純な言葉の方が、自分の抱えている余計な欲求を隠せる。
「おいっ。卑怯だぞ。それが一番いいじゃないか」
「そうだぞ。俺達の努力は何だんったんだ」
「そ、そうですよぉ」
「まあ、なんというかお疲れ様でした」
僕にはそんな陳腐な感想しか出てこない。
そして、魔王さま達の言葉も思い出す。
努力が足し算。
協力はかけ算。
結果はご覧じろ。
僕はここで、この言葉の訂正を入れた。
努力は足し算。
協力はかけ算。
結果は散々。
本当に今日はとて無駄な時間を過ごした。




