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『魔王さま』と『勇者』の野盗討伐。

「これでよし」

 夜のとばりが下り、あたりが静寂に包まれる中、僕は一人で頷いていた。

 僕の手の中には、以前、万屋から半ば無理矢理買わされた『紙』があった。送りたい相手に手紙を書き、それを空に飛ばせば、手紙の宛先に届くという道具だった。

 一方通行な手紙であるが、この紙を飛ばした先に、ただいま絶賛行方不明中の勇者がいるはずだ。

 先日、こちらのなんの断りもなしに、突如として平原に塔が出現した。結果的にその塔は勇者達御一行が制覇し、そして、こちらのなんの断りもなしに倒壊した。

 その際、勇者達御一行は、塔の頂上にある祭壇に安置された『翼の形をした謎の道具』が発する光に包まれて、こちらになんの断りもなしに、何処へと消えてしまった。

 そして我らが魔王さまは、こちらになんの断りもなしに勇者を見失ったショックで床に伏せている。

 森羅万象すべてが、こちらの断りなしに進んでいく。

 森羅万象よ。お前は魔王さまを含めて魔王さまか。

 余計な事で僕の手を患わせるのは止めて頂きたい。

 勇者を見失った魔王さまの意気消沈ぶりは、尋常ではなかった。

 瞳には生気がなくなり、まるで死魚の目だ。日がな一日、ぼかんと口を開け虚空を見つめる毎日だった。いつものように思いつきで、僕に無闇に法外な命令をすることもなければ、勇者を見つめて卑猥な笑みを浮かべることもない。

 その末期的症状がもう三日も続いている。

 魔王さまにとってはもう三日という感覚だろうが、僕としてはまだ三日という感覚だ。

 たかだか三日で、ここまで魔王さまにダメージを与えられる勇者には素直に感服するし、感謝もするが、このままでは魔王さまはいつ癇癪を起こして僕に絶望的で破滅的なダメージを与えてくるのか分かったものではない。

 そういう事で、僕は永遠に続いて欲しいこの平和な日々を一時の夢だと思う事にした。

 出来うるならば、魔王さまとのストーキング生活そのものを夢だと思いたいが、現実はそう甘くはない。魔王さまは僕の目の前に存在するし、勇者も存在する。

 この二名が存在する以上、どれほど甘く手放したくない日常でも、かなぐり捨てるのが精神衛生上正解だ。

 僕は勇者に当てた手紙を紙飛行機にして適当に空へ飛ばす。僕の手から離れた手紙は、当然、飛ばした方向にとんでいくはずだが、腐っても万屋が売りつけてきた道具だ。値段はともあれ、品質は本物のようだ。

 僕が飛ばした勇者への手紙は、僕の飛ばした方向とは逆行するように、方向を変え、地平線を目指して飛んでいく。

 手紙が無事飛んでいく様子を見て、僕は「はあ」と鉛のように重い息をついた。

 勇者達御一行があの光に呑まれて絶命している事に、一縷の望みを抱いていたが、手紙が飛んでいったという事は、どうやら勇者達、少なくとも勇者は存命しているらしい。

 僕は胸中で舌打ちをする。やはり、この夢のような三日間は酩酊の幻だったか。

 僕は全ての現実を受け入れて、朝を待つ。

 夢が覚めるのは絶対的原理原則であるように、沈んだ太陽が昇るのも絶対的原理原則だ。僕は朝食の準備を済ませ、ふて寝し続ける魔王さまの肩をゆすった。

「魔王さま、起きて下さい。もう朝ですよ」

「ううん」魔王さまは億劫そうなうめき声を上げ、被っていた毛布を被り直す。「……まだ眠い。あと五時間ぐらい寝かせてくれ」

「五時間も寝たらもうお昼ですよ。僕としては、あと五十時間ほど寝て頂いた方が助かりますが」

 僕は本音を口にする。もはや懇願や嘆願に近かった。

 魔王さまがこのまま永遠の眠りについて頂けるなら、それにこした事はない。

 しかし、永遠の駄々っ子である魔王さまをこのまま野放しにしていては、生きとし生けるもの、ひいては僕にとって不利に働く可能性が高い。

 僕は頭から毛布を被る魔王さまを引っ張り出すように、毛布からわずかにのぞく腕を握りしめた。ここ数日、まともに食事をとっていないせいか、魔王さまの手は可細く冷たい。

「いいから毛布から出て来てくださいっ。魔王さまが毛布の中に引きこもってもう三日も経つんですよ。魔王さまは怒って不貞腐れた太陽神ですか? その毛布は天岩戸の擬態でもしてるんですか」

「なんだその天岩戸とは?」

「僕が知る訳ないじゃないですか」

 僕は素直に解答する。なんだ? 天岩戸とは。僕が訊きたいぐらいだ。

「お前なんかに私の悲しみが分かるわけがない」

「奇遇ですね。僕も分かりたくありません」僕は切って捨てるように言う。

「お前の人情は紙風船か? あの子が消えたんだぞ。うぅ……私のあの子が」

「いつも言ってますが、勇者は魔王さまの所有物じゃありません。いやまあ、魔王さまの気持ち的にはそうかもしれませんが、現実は違います」

「うぅ……もう少し寝る」

「はあ。魔王さまはもう少し大人になって下さい。子供と神樹さんを見て下さい。ちゃんと朝ご飯を食べてますよ」

 僕は子供と神樹さんを見ながら言う。子供も神樹さんも、朝ご飯に作ったスープと買い溜めしておいたパンを行儀良く食べている。

 僕が夢から覚めなくてはいけない理由がこれだった。手持ちの食料では、あと二日持てばいい方だ。

 なんとか魔王さまを毛布から引っ張り出さないと、神樹さまはともかく、子供の方は疲弊してしまう。頼みの綱になるのは、紅い女性と金髪の少女のストーカー二人組だが、こういう時に限って姿を現さない。件の塔の消失と一緒に消えてしまったのか、と淡い期待を抱くが、あの二人がそう簡単に消えるはずがない。

 おそらくは、魔王さまや僕等の食料が尽きた頃合いを日計らって、恩着せがましく食料を持ってくるという底が浅く底意地の悪い姦計でも練っているに違いない。

 となれば、やはりここは魔王さまが自発的に毛布から出来て貰う他ない。

 僕は、断腸の思いで数時間前に仕入れた情報を魔王さまに伝える決意をする。

「魔王さま。魔王さまが毛布から出てきてくれたら、いいお話をします」

「はんっ!」魔王さまは吐き捨てる。「私の心を癒やせる話などあるわけないであろう。どうせ、どこから仕入れてきたかも分からん寓話やたおとぎ話やら、私の実になる事などない話だろう」

 ここまで僕の期待値が低いと、実に清々しい気持ちで一杯になる。

「何を根拠にそこまで言い切れるんですか」

「お前の話はとにかく回りくどく、よくわからん。コレは私の経験則だ。お前の知識はどこから沸いて来るのだ」

「精神的ストレスの極地からですよ」

 魔王さまに指摘されなくても分っている。僕だって、時々、自分が何を言っているのが分からない時があるからだ。僕にすら分からないのだから、脳みそに皺が一本もない魔王さまに分かるはずがない。

「それで」毛布の中から魔王さまの静かな声が聞こえてくる。「どういう話だ?」

 まあ、どうせはなから切るカードだったので、出し惜しむのも滑稽か、と僕は思い「知ってますよ」と切り出した。

「知っている? 何をだ」

「勇者のいる方角をです」

「はあっ」

 僕の発言を聞いてからの魔王さまの動作はまさに疾風だった。被っていた毛布を投げ捨てると、僕の胸ぐらを掴み、殺意を孕んだ目で僕を睨んでくる。

「それは本当か?」

「本当ですよ」

「なんでそんな重要な事を黙っていたっ。お前には私に対する忠誠心がないのか」

 無論、ない。

 逆にここまで僕を馬車馬のように扱い、よくまあ忠誠心をまでも求められるものだと感心する。

 なんなのだこの理不尽な状況は。

 この地獄のような世界でも、上告するシステムぐらいあるだろう。

「黙っていたんじゃなくて、今朝方判明したんです。つい数時間前にね」

「それで、あの子はどこにいる?」魔王さまが早口で訊いてくる。

「落ち着いて下さい」

「これが落ち着いていられるかっ。それで、あの子はどこにいる?」

「その台詞が落ち着いていない証拠です。僕は勇者がいる場所は知りません。勇者がいる方角が分かる、と言ったんです」

「何か違うのか?」

「魔王さま。馬鹿と言われた経験はありますか?」

「光栄に思え。お前が始めてだ」

「そりゃどうも。とにかく僕が分かるのは方角だけです。場所までは分かりません」

「まあ十分だな。それにしても、どうやってあの子のいる方角が分かったんだ?」

「これですよ」僕は万屋から買い取っていた紙を魔王さまに見せた。「この紙に勇者への手紙を書きました。それがこの紙が飛んでいった方向があっちだと言う事です」

 僕はそう言って、太陽が昇ってきた方向を指さした。

「なぜ、そんな物を持っている事を黙っていた」

「黙ってはいませんよ。魔王さまが勇者しか見てなかっただけです」

「恋は盲目だからな」

「盲目にも度数があればいいですけどね」僕はこれ見よがしに悪態をつく。「とにかく、勇者のいる方角は分かったんですから朝ご飯を食べたら、行きますよ」

「急いで食べて、とっとと行くぞ」

 さっきまで死魚の目をしていた魔王さまの瞳に、ようやく外道の光が戻ってきた。まるで水を得た魚だ。

 一方的に了見を定めた魔王さまの行動は早かった。飢えた動物でももう少し上品に食べるだろうと思えるほど、朝食を下品に平らげると、荷物をまとめて太陽に向かって歩き出す。

 漠然とした印象ではあるが、太陽というのは縁起いいものだと思っていたが、今、僕の目に映る太陽は明らかに不吉の予兆としか思えなかった。

 なぜなら、僕の隣に魔王さまいて、魔王さまが向かう先には勇者がいるからだ。さらに背後には二人のストーカが控えている。

 まあ、通常運転だ。

 いつもと違うのは、勇者が所在が把握できていないという点だ。

 手持ちの『紙』はあと一枚。

 これは僕にとっても貴重な一枚だ。僕に勇者の探索が不可能だと魔王さまが知ったら、僕のことなどあっさりと切り捨てるだろう。

 それはそれで魅力的な処遇だが、そのあとについて回るおまけが多すぎるのが難点だ。

 子供と紅い女性は魔王さまに引き取って貰うとして、金髪の少女と神樹さんはもれなく僕についてくる。今までは魔王さまという邪悪な防波堤で、なんとか保たれていたストーカー達のバランスが壊れる恐れがおおいにあった。

 そうなればもはや僕の手には負えない。

 魔王さまは自分勝手に暴走し、紅い女性も好き勝手に暴走し、金髪の少女も好き勝手に暴走する。そして子供の未来は閉ざされる。

「よくよく考えたら、今の状況って奇跡的に成り立っているんだよねえ」

「何をぶつぶつ言っているんだ?」

 魔王さまが唐突に話しかけてくる。いつもなら勇者を望遠鏡で 覗きだらしのない顔に磨きをかけているのに、勇者がいなくなった途端に手持ち無沙汰になったのだろう。

 今は僕と会話するぐらいしかやる事がないのだろう。

 普段の魔王さまの一挙手一投足には、冷や冷やさせられる。僕に都合の悪いことしか起きないからだ。

いつもの質問の皮を被った詰問とは違い、今回の質問は、単なる暇つぶしの一貫というだけで心穏やかでいられる。

「いや。とにかくこの方角の先に勇者がいるなら、その道中に街の一つや二つあってもよさそうだなって」

 勇者のいる方角は分かるが、どれほど距離があるのかは分からない。その間に街か村があれば、勇者の情報も手に入る可能性もあるのだが。

「そうだな。早くあの子に会いたいなあ」

「会いたいって。魔王さま実際に勇者に会った事ないでしょう。だからストーカーなんてやってる訳ですし」

「ストーカーじゃない守護者だ。それに守護者を職業みたいに言うな」魔王さまは顔をしかめた。「私は『魔王』だぞ」

「だったら魔王らしく振る舞って下さい。未だかつて見たことないですよ。魔王さまが魔王さまっぽかったところ」

「魔王らしいとはなんだ」

「それは、自分の欲望に忠実で」僕は鼻を空に向けながら、つらつらと魔王の条件を口にする。「機嫌屋で癇癪を起こすと辺り構わず当たり散らして、他人の命など軽く扱い、他者には及びもつかない力を自己肯定にのみ使い……あ。まんま、魔王さまじゃないですか」

「だろう?」

 魔王さは勝ち誇ったように胸を張った。

 悔しいが、僕の上司はたしかに『魔王』だ。ただその魔王としての属性の被害が僕に偏っているのが問題な気もする。

 下らない事を考えていると、遠くの方に山の尾根が見えて来た。かなり距離あり、ここからでは子細には分からないが、白く雪化粧をした山の肌を陽光が照らしている。

 考え事をしていて気づかなかったが、塔があった平原よりも随分と気温が低くなっている。

 このまま進めば寒冷地に当たりそうだ。

「山ですね」

「山だな」

「山があるなら、その麓には街か村ぐらいはありそうですね」

「それがどうした?」

 あなたの前世は鳥か何かか、と僕はげんなりとする。つい先ほど、街や村の話題が出たばかりではないか。論を一歩進めれば二歩後退する現象は物理法則を無視したもののように思われた。

「街や村があれば、そこに勇者がいるかもしれないって事です。それに食料も確保できますし。勇者を探すにしても、先立つものは必要です」

「そういうものか」

「そういうものです」

 この魔王さま、本当に勇者を探す気があるのだろうか。魔王さまの勇者に対する執着と盲目さは、その愚かさにおいては宗教にも匹敵するぞ。

 仮にこの先に街か村があるとして、そしてそこに勇者がいないと仮定するなら、まず間違いなくあの雪山を登らなくてはならないのは、勉強の足りていない子供にでも分かる事だ。

「魔王さまは、なんの事前準備もなく雪山を登るリスクは分かってますか?」

「リスク? はは」魔王さまは鼻先で笑う。「私にリスクなんてあると思うか?」

「ありますよ。もし雪山を登るとなると、僕達にリスクがあります。『死』というリスクが」

「私達にはこれがあるではないかっ」魔王さまは胸元から『回復薬』を取り出した。

「本当に魔王さまの正気を疑います。いいですかその『回復薬』は限りなく万能ではありますが、弱点もありますよ」

「弱点?」

「魔王さまは財源不明の財力にものを言わせて無限のように『回復薬』を取り出しますが、それだって有限なんです。無限ではありません。それに、仮に無限だとしても、常に死ぬ状況で使い続ければ、それは生と死の永久ループですよ」

「紅い下郎と金髪の下郎は復活しているではないかっ」

「あれはあの二人が異常かつ、回復するタイミングがよかったから何とかなっているだけです。忌々しいことに」

「いずれにせよ。魔王さまと僕はいいとして、子供と神樹さんはどうするんですか。得に子供は人間でか弱いんですよ。十分に準備する必要があります。まあ、まだ勇者があの雪山を登った保証はありませんけど、いずれにせよ慎重に行きましょう」

「ちっ。いちいち正論を言いよってからに」

「お互いに、この先に街か村があることを願いましょう」

「じゃあ。走るぞ。ガキ、私の背中に乗れ」

 魔王さまは子供をおんぶし、足に力を込めた。

「はいはい。神樹さんはどうします?」

 僕は神樹さんに視線を向けた。神樹さんは、しばらく逡巡するような挙動をしたあと、僕の背中に周り、首に両腕を絡めてくる。

「緑は自力で我々についてこれるだろう」

「魔王さま。どうせ本気で走るでしょう。魔王さまが本気で走ったら、僕だってついて行くのがやっとですよ。神樹さんは元々、大地に根を張った『村の守り神』だったんですから、普通の移動速度ならいざしらず、高速で移動するのは無理ですよ。たぶん」

「ちっ。まあいい。とにかく急ぐぞ。目指すは地平線だ」

「了解です。まあ、地平線ではなく山なんですけどね」僕はあしらうように返事をする。

 それにしても、と僕は奇妙な皆騒ぎを覚える。

 雪山か。たしか雪山に関する気味の悪い話を昔、何かの本で読んだよう気もする。

 そんな事を考えながら、魔王さまと僕は同時に山へ向かって走り出した。

 人間では数日かかる距離でも、魔王さまや僕のような人外なら、一日もかからずに山の麓まで移動できる。山の麓には目の前にそびえる山脈同様、深い雪に包まれていた。

 吐く息は白くなり、空中に広がると同時に霧散する。

 いつも思うのだが、魔王さま人外と人間達とではここまで体のつくりが違うのだから、人外と人間の間に何かしらの軋轢や優劣による差別がありそうなものだが、この世界にそれがないの不思議でたまらない。

 これは僕の少ない経験で好き勝手に言わせて貰うが、この世界には例外を除けば、二種類の存在しかいない。

 ストーカーかそれ以外か、だ。

 というか他の存在の思想やそれに伴う行動など、僕にとっては些末事ですらなかった。

 もし仮に、様々な世界を見ることの出来る道具があるとして、それは僕にとって本だったりする訳だが、そこまで物語を読まない僕でも『魔王』が『勇者』に恋をして恒常的にストーキングするなどという見るべき物が何もない物語も神話も知らない。

 ある意味この世界は平等なのだろう。

 平等かつ変則的に優しい世界だ。

 とはいいつつも、生物がいる以上、奪う側と奪われる側がいるのは間違いない。

 魔王さまと僕等が幸運にも山の麓にある村に発見した時には、その村はほとんど死んでいた。

 レンガ造りの建物はあちこち破壊されており、自然や動物によるものではなく、明らかに人為的に破壊されたものだった。

 雪が積もりすぎないように強く傾斜をつけた屋根には煙突があるが、どの屋根の煙突からも煙が上がっていない。

 村の規模そのものはそう大きくはなく、人口は多くて百に届くか届かないか、といった具合だ。

 どう見ても何者か、それも複数人の襲撃にあった事は明白だった。

 まったくもって、せっかくこの世界の良いところを無理矢理に見いだしたのに、その僕の良心を無駄にしてくれる。

「前言撤回だね。やっぱりこの世界はそこまで優しくない」

「何か言ったか?」

「いや、なんでも」僕は自嘲するように返事をする。

「それにしても寂れた村だな」

 魔王さまが、首をひねりながら唸る。

「寂れたというより、寂れたての村という表現が正しいかと」

「似たような意味だろう」

「いや、微妙に違います。たぶん、数日前までは普通に運営されていた村だったんじゃないですか。ほら」

 僕はそう言って、破壊された家屋の軒下を指指した。

 軒下には野菜や魚が干されていた。雪国というか寒冷地によくある食物の保存手段だ。

「食べ物がどうした? 腹ぺこか?」

「ええ」僕は肩をすくめる。「どこかの魔王さまが三日もふて寝していたせいでね。でも僕が言いたいのは、食料があるという事は少なくとも数日前までは、ここに何かしらの存在がいたって事でしょう。移住にせよ避難にせよ食料は持っていくでしょう」

「知ってたぞ」

「分かりやすい嘘をつかないで下さい」

「いずれにせよ。あの子がここにいないのは間違いなさそうだな」

「調べてみないと分かりませんけどね」

「調べるって、この腐り散った村でもガサ入れするのか?」

「ガサ入れって」僕は苦笑しながら「そんな事をする必要はないでしょう」と続けた。

「どうしてだ?」

「そりゃあ。村人に訊けばいいんじゃないんですか?」

「そんな下郎がどこにおるのだっ」

 この魔王さまは一度本当に視力検査と聴力検査を受けた方がいいのでは、と僕は真剣に魔王さまを心配する。勇者以外の事となると、視覚どころか聴覚すらここまでポンコツになるのか。

「そこら中にいるじゃないですか。たぶん、村の襲撃を受けて避難しているんですよ。だから、襲撃してきた奴らに見つからないように煙突からも煙を出さないようにして、息を殺して隠れているんでしょうね」

「そうなのか」

「そうなんですよ。色々と疑問はありますが、寄り合えず村の人達と接触しましょう」僕は降参するようにわざとらしく手を挙げ、村に向かって「村の人達。僕等に敵意はないよ。だから出てきてくれないかな」と声を飛ばした。

 僕の呼び声が凍てつくような空気を震わせる。

 村人が姿を表す気配はない。居留守を使うことは否定しないが得策ではない。こちらに他者に対する良心に1ミリも期待できない魔王さまがいるのだ。

 勇者が村にいない、あるいは、勇者の手がかりがないと分かれば、村人も含め僕までもただではすまない。そういう意味では、ここの村人と僕は悲しい事に同じ立場なのだから、もう少し、歩み寄ってくれてもよさそうだが、そんな心の声が村人に届くはずもない。

「返事はないな」

「そうですねえ」

「この村は私に喧嘩を売っているのか」

「いや。そりゃ村の人達も警戒するでしょうよ。あからさまに襲撃されたての村なんですよ。どこの馬の骨とも知らない村外の存在に心を許す訳ないでしょう」

「私は魔王だぞ」

「それをどこの馬の骨とも知らない存在というんですよ。というか『魔王』とかいう肩書きがある分余計に信用できないでしょう」

「こんなガキを背負った魔王がどこにいる」

「話をどこに持って行きたいんですか?」僕は呆れ果てるように言う。「話が無軌道すぎる。どういう着地点を希望しているのかさっぱり分からない。とにかく、魔王さまは黙っていて下さい」

「むぅ」 

 僕は魔王さまを宥めるともう一度、村人達に声をかけるべく息を吸い、肺に空気を溜める。

「すみません! 僕達旅の者でして! 子供に暖をとらせてあげたいのですが、どこか場所を提供していただけませんか?」

 僕の再度の呼びかけにも村人からのいらえはない。当然だ。僕だって魔王さまを普通の存在だと誤った認識をもっていれば、沈黙を守る決断をする。

 それに見た目的には人間と大差のない魔王さまと僕だが、僕の背中にはどう見ても人間ではな神樹さんがいる。美人だが、全身が緑色に淡く光っているという事が、悪い方に目立っている。

 ここまで緊張感がなければ、神樹さんも神秘的な人外という意味で、言い方向で目立つ事もあるのだけど。

 僕は耳に意識を集中させ村の様子を窺う。先ほどとは違い、衣擦れの音や足音が聞こえる。扉も窓も開く気配はないが、崩れた壁の隙間から突き刺さる視線は確かにある。

 それに、若干名ではあるが息を殺し切れていない存在もいる。息があらい。それも興奮というよりも苦しさを息づかいで抑えているような呼吸音だ。

 これは……。

「ほら見ろ。ダメじゃないか」

「何がほら見ろなんですか」  

「お前は、なんでもかんでも回りくどいんだよ。私みたいに常に堂々としていれば、なんとかなるんだ」

「僕の記憶に合致するものがありませんが。とにかく、活路は見えましたよ」

「活路?」

「魔王さま『回復薬』をいくつか下さい」

「べつに構わんが」

 言いながら魔王さまは『回復薬』を胸元から取り出し、僕に渡してくる。

 僕は『回復薬』を受け取り、隠れている村人達に見えるように頭上に掲げた。

「ここに『回復薬』がある。怪我人全員分のだ! これを渡す代わりに、子供が休める場所を貸して欲しい」

 魔王さまがそれこそ阿呆のように、『回復薬』のストックを持っていて良かったと僕はつくづく思う。

 それに、この世界の存在は死に対する恐怖は小さくとも、さすがに、痛み、や、苦しみ、などは回避したいに決まっている。

 それが身内や同じ共同体の仲間ならなおのことだ。身内が苦しむのを見たい存在など少ない。

 勇者にしたって、仲間と共に冒険に出たのは、勇者の母親の病気を治す為だった。

 魔王さまが湯水のように使っている『回復薬』は、実際にはそれほど貴重なものなのだ。

 怪我人が多数いる村人が食いつかない筈がない。

 これは予想ではなく確信だ。

 しばらくの沈黙のあと、壊れかけた建物の扉がきしむ音をならし、ゆっくりと開いた。中から村人と思しき人物が出てくる。

 痩身の老人で、枯れ木のように生気がないが、特に外傷があるようには見えない。

 風采から判断するに、この村の代表なのだろうか。

 しかし、老人の護衛のような存在もない。

 こちらから誘っておいて何だが、無防備にも程がある。

「あ、え、あの」

「その薬」僕の言葉を遮るように、老人が僕の持っている『回復薬』を指指し言ってくる。「本当に本物ですか?」

「ええ。本物だよ。何なら僕で試してもいい」

 僕は老人にそう提案する。痛いのは御免被るが、まずは信用を得る方が優先すべき命題だ。

 命題? 何の? 誰の為に? 

 もはや考えるだけ不毛だ。考えれば考えるほど僕の精神が摩耗するだけだ。

 僕が露骨に億劫そうな表情を浮かべていると、僕の首に腕を回している神樹さんの力が強くなっていく事に気づく。目だけで背後の神樹をさんを見ると、表情からは見て取れないがその虚無的な瞳はわずかに揺れていた。

「神樹さん心配してくれてるんですか?」

 神樹さんは小さく頷く。

「おい。何、緑と良い感じに意思疎通してるんだ」

「神樹さんが僕の事を心配してくれてるんですよ。とりあえず、魔王さまは僕にそこそこのダメージを与えて下さい。その後、『回復薬』を使いましょう」

「なんで私がお前を傷つけなくてはならんのだ」

「今まで十分やってきた事でしょう。村の人達に信用してもらう為です。ちゃちゃっとやって下さい。僕に自虐趣味はありませんから」

「……なんかヤダ」

「ここに来てなんでですかっ。今更、心の奥底で熟成に熟成を重ね腐らせた良心でも見つけてきたんですか?」

 勘弁してくれ、と僕は項垂れる。こちらが引いたレールを悉く破壊するのはそれほど楽しいか?

「今、私がお前に危害を加えたら、まるで私が荒くれ者みたいじゃないか」

「魔王さまはすでに荒くれ者なんですよ。過去が現在に繋がってるだけです」

「お前。私に口答えするのか」

「説得してるんです。それもこれ以下以上の説得ですよ」

「以下なのか以上なのかはっきりしろ」

「だあ。もう」

 なんだってこんな場面で、魔王さまは、持ち前の我が儘を遺憾なく発揮するのか。嫌がらせの類いにしか思えない。

 魔王さまと僕が言い争っていると、村の老人が「もうよいっ」と魔王さまと僕の口論を止めに入った。

「「ああっ」」

 魔王さまと僕は村の老人を睨み付ける。

 魔王さまと僕に睨まれた老人は、今し方見せた威厳らしさを隠すように萎縮した。

「あなた達の誠意は十分に伝わりました。それで、村の怪我人を直して頂けるというのは本当ですか?」

「そこは保証します。だから、この子供の休める場所と、知っていればいいんだけど、ある情報を知りたいんだ」

「ある情報?」老人が眉をひそめる。

「とりあえず、怪我人の治療から始めましょう。情報を提供するかしないかは、あなた達の判断に委ねますから。怪我人の治療の方が先決でしょ。その辺りの事情も訊きたいですし」

「そうですね。ではまず、怪我人のいる場所へ案内します」

 老人は、こちらへ、と言うように僕達に背を向け歩き出す。

 ここまでは、順調といえば順調か、と僕は安堵する。

 魔王さまと僕等が通されたのは、村の外れにある礼拝堂のような建物だった。何かに祈りを捧げる場所ということが分かるぐらいで、その祈る対象である像やシンボルのようなものは見当たらない。

 ただ石造りの長椅子が並べられ、その先には床から一段底上げした程度の教壇のようなスペースがあるだけだ。

 長椅子の上には十数名ほどの村人が寝かせられており、苦しそうに息を荒くしている。その誰もが例外なくどこかを物理的に負傷しており、その傷に布を巻いただけのお粗末な処置だけを施されているようだった。

 負傷者の中には、女性もいれば子供もいる。

 治療、というよりはただの止血もどきと表現した方がいいのかもしれない。

 その現状を目の当たりをして、僕は唖然とする。

「ううん。すごい光景ですね。魔王さまはどう思います」

「ふんっ。知るか。生物が虫のように息をしているだけだろう。まさに虫の息というやつだな」

「熱いメッセージを有り難うございます」

 僕は軽はずみに言う。

「それで、ここにいる者達は助けて下さるのですか?」

 老人が疑わしそうな声色で言ってくる。

「約束は守りますよ。ね、魔王さま?」

「どうでもいいがな。それで、人生の絞りカス」魔王さまは感情のない声を出し、老人を睨み付けた。「負傷者はここにいる奴は、これで全部か?」

「人生の絞りカス……ですか」老人はどこか不服そうに呟くが表だった反論はしなかった。「そうです。怪我人はここにいる者が全てです」

「死人はいるか?」

「いえ。幸い人死には出ておりません」

「ちっ。使えんな。あの幽霊の下郎の話が本当かどうか確かめるチャンスだったのに。一人ぐらい死んでおけばいいだろうに」

「先手を打って言わせて貰いますが、魔王さま、不謹慎が過ぎます。それに幽霊の話って『勇者をストーキングしている幽霊』の事ですよね。たしか、一度、その魔王さまと幽霊とで意思疎通をした時に言ってた『幽霊になる方法と生まれ変わる方法』とかなんとかの話ですか?」

「ああ」魔王さまは首肯する。「まあ、万屋の『仮死薬』がなければ確かめようもないし、もしあの薬があったとしても、死んで数日も経っていたら意味はないとは思うが、一応、訊いてみただけだ」

「そういえば、幽霊になるには色々と条件があるみたいでしたね。面倒なんで、詳しくは訊きませんが」

 それに生まれ変わるにしても、形は様々なようであるし、魔王さまとしては死んで間もない幽霊に話を訊きたいという、よこしまな動機もあるのだろう。

「死にたての幽霊に話を訊いても、幽霊のスペシャリストであるあの幽霊の下郎より、有益な情報は得られないと思うから、どうでもいいと言えばどうでもいいがな」

「どっちなんです?」

「いずれにせよ。あの子の事を知ることが第一だ。とっとと、この下郎どもを回復させるぞ。おい、人生の絞りカス」

「さきほどからさすがに失礼ではないかっ」

 さすがに老人もこうも言われたい放題では、気が済まないようで語気を荒げる。

「ああっ?」魔王さまは鋭い眼光でもって老人を射貫いた。「下郎が。人生の絞りカスではなければ、何なんだ? 人生の出がらしか? どっちがいい?」

「い、いえ申し訳ありません」老人は即座に萎縮する。「ではせめて下郎でよろしくお願いします」

 おそらくこれが、魔王さまに対する人類の精一杯の抵抗だろう。

 魔王さまは不機嫌な顔をそのままに、胸元から大量の『回復薬』を取り出した。

「村の動ける奴らを呼んで、この『回復薬』でとっと治療しろ。あとこのガキの休める場所もすぐに用意しろ」

「は、はい。仰せのままに」

 老人は深々と頭を下げると、そそくさと礼拝堂から出て行った。

 僕は、老人の力のない背中を見つめながら「やっぱり魔王さまは、魔王さまですね」

「そう褒めるな」

「嫌味ですよ」

「ふんっ。村の下郎どもを治療する約束を果たしたら、今度はこちらの番だ」

「いつも思ってたんですが。魔王さまの財源ってどこから発生してるんですか? というか、どこから『回復薬』を仕入れてるんですか?

「企業秘密だ。誰にだって隠し事の一つの二つはあるだろう」

 その反応を受け、もはや隠しすぎて自分でもなんで隠せているのか分からなくなっているのだろう、と僕は苦笑する。

 村人全員が全快するのに、そう時間はかからなかった。

 村の動ける人間が怪我人に魔王さまの『回復薬』をぶっかけるだけの作業だ。時間がかかるわけがない。

 ただ、その治療を実現できたのは、魔王さまの理不尽なまでの財力と『回復薬』の賜物なのだが。

 通常であればそうはいかない。

 村人達全員が無事回復した事に対して、魔王さまと僕等を除いた全員が歓喜していた。それこそ、この世の奇跡を目の当たりにしたような湧き上がりぶりだ。

 その様子を見ながら、僕は改めて自分が今まで身を置いてきた異常な環境を自覚する。

「魔王さま?」

「何だ」

「魔王さまのストーカー行為も稀に他者を笑顔にさせる事があるんですね」

「何の話だ?」

「周りを見れば分かりますよ」

 僕は顎をしゃくり、魔王さまに周囲を見るように促した。

 魔王さまの周囲には、村人達が集まっていた。その誰もが魔王さまに羨望の眼差しを向け、口々に「ありがとうございました」だとか「なんとお礼を言えばいいか」だとか、嘘偽りのない感謝を述べている。

「なんだこいつら。急に気持ちの悪い奴らだな」

 魔王さまがやや当惑するように、村人達を見やった。

「魔王さまが他者から感謝されるなんて、死ぬよりも難しいですものね」

「お前、はっ倒すぞ」

「半分冗談です」

「残り半分はなんだ?」

「さあ」僕は空とぼけ「とはいえ、当然の帰結だとは思いますが、あれだけ湯水のように高価な『回復薬』を使って無償で治療をしたんだから、そりゃ、感謝されますよ」と続ける。

 恐ろしいのは、魔王さまのその悪魔的な無知と想像力のなさだった。魔王さまに多少なりの悪知恵があれば、今頃、変な宗教を開くこともできる。

 勇者に目はくらんでも、欲には目をくらませないという一貫した態度には、驚愕に値した。

「それで」ゆっくりと切り出したのは老人だった。「この度は本当になんとお礼を言えば」

「下郎等の言葉に何の価値もないっ。それよりも、この私に群がる奴らをどうにかしろ。鬱陶しくて適わん」

「は、はい。すぐに」

「いや。僕達が移動した方が早そうですよ。ここは寒いですし。子供も随分と眠そうだ」

 僕は魔王さまにそう提案する。魔王さまの背中では、子供が眠い目をこすりうつらうつらとしている。

「ふむ。ということだ。場所を変えるぞ。おい。マントを出せ」

 魔王さまは僕に指示を出してくる。僕は指示をされる前から鞄から取り出しておいたマントを、魔王さまの背中にいる子供に優しくかぶせた。

「お前、仕事早いな」

「魔王さまの思考を先読みしているだけです。何事も段取り八分ですよ」

「ふむ。とっとと移動するぞ。老いた下郎、温かい場所に案内しろ」

「お、老いた下郎……いえ、なんでもありません」

「にしても、今日はこんな狭い村をよく移動するな」

 だいたいは魔王さまのせいですよ、と僕は苦笑した。

 魔王さまと僕達が案内されたのは、老人の自宅と思しき建物だった。暖炉には火がくべらているが、必要最低限の火力に抑えられているためか、室温も少し肌寒い。

 僕は、魔王さまから子供を預かると、ベッドの上に寝かせる。

 肌寒いと言っても、先ほどの外気温が触接伝わってくる大きな礼拝堂とは違い、それほど大きな面積ではないので、布団にくるまれば自身の体温で暖はとれる。

 子供が完全に眠った事を確認した魔王さまと僕は老人を見やった。

「しかしまあ、随分と慎重ですね」僕は老人に問いかける。

「慎重ですか?」

「あまり他者に干渉するのは趣味じゃないんですが、暖炉の火の量ですよ。どうにも不自然だなと最初から分かってましたが、あなた達、なんで身を隠してたんです。この火の量も、煙突からあまり煙を出さないようにしているからでしょう」

「どういう事だ?」魔王さまが挟まなくてもいい口を挟んで来た。

「本当に魔王さまの目は曇りに曇ってますね。村の惨状を見たでしょう? この村の人達は数日前に何かしらの存在に襲われています。だから、村は荒れているし、あれだけの怪我人もいた。かと言って逃げる当てもないから、息を潜めていたって感じです」

「お前、すごいな」

「魔王さまが極端に鈍いだけです。普通に考えれば分かります。そうでしょ。老人」

「はい」老人は力なく頷く。「仰る通りです。うちの村は数日前に野盗に襲われました。もともと、誰も立ち寄らない山の麓にある村ですから、平和に暮らしていたのですが……それが突然」

「襲うにはあまり戦略的価値がない村に見えますが。それに、よく死亡者が出ませんでしたね」

「それが奇跡が起きたのです」ここで、なぜか老人の声が高くなる。

「よおし。雲行きが良い感じに怪しくなってきたぞお」僕は気合いを入れるように、肩をぐるぐると回した。

「我々の村が野盗に襲われ、多数の負傷者が出た時、空から目映い光と共に『天女様』がご降臨なされたのです」

「ほら見たことか」僕は心の中で地団駄を踏んだ。「それで」と平静を装い老人の話を促す。

「『天女様』の姿を見た野盗達は、その神々しいお姿に恐れをなし、この村から退いて行ったのです。あれこそ、神の起こした奇跡とでもいいましょうか」

「だあっ。くそっ」僕は弾けるような声を出し頭を抱える。

「どうした? 腹ぺこか?」

「胸焼けしそうなぐらいお腹いっぱいですよ」

「どうされたのです」老人がおずおずと訊ねてくる。

 この人生の絞りカス。本気で村に現れたのが『天女様』だとか思っているのか。だとしたら、魔王さまと肩を並べるレベルで頭が悪い。

「それで……。その『天女様』って、腰まである黒髪であどけなさの残る女性だったりしますか?」

「おおっ。よくご存じでっ」

「あと、その『天女様』とやらはもう一人の女性と、二人の男性の付き人がいませんでしたか?」

「ええっ。そうですとも。光の中から現れた『天女様』は純白の羽と共に現れ、三名の使途様を従えてました」

 僕は自分の中にある怒りという感情が、理性というくびきを破壊しようとしている事を自覚する。

「そ、それで野盗達はなんでこの村を襲って来たか言ってましたか?」

「え?」

「答えて下さい。僕が冷静であるうちに」

「ひっ」老人が上ずった声を上げる。「たしか『この村にお宝を持った旅人が来たはずだ。そいつを居場所を教えろ』とかなんとか、意味の分からない事を申してましたな」

「最後に質問です。その野盗達が襲ってきた方角は、魔王さまと僕等が来た方角と同じですか?」

「え、ええ。その通りです」

「ああ……。ダメだこりゃ。なんで、この世界の存在は他者の話に耳を傾けるという事を知らないんだ。そして、なんで目の前で起きている異常な状況に疑問を持たない」

「おい。どうしたんださっきから」魔王さまが僕の肩を揺さぶってくる。

「はあ。僕にとってはどっちも悪い事実なんですけど、魔王さまにとっては良い事実と悪い事実があります。どっちから訊きたいですか?」 

 ほとんど自暴自棄からくる台詞だった。

「まあ、良い事実から聞こうか」

「勇者の明確な手がかりは掴みました。勇者はこの村に訪れています。訪れているというか舞い降りています」

「それは本当かっ!?」魔王さまは前のめりに言ってくる。

「本当です。しかも、勇者はこの村では『天女様』とか言われているようですよ」

「あの子が『天女様』だと?」魔王さまは相好を崩した。「そうかそうか。あの子が『天女様』か。この村の奴らは見る目があるな」

「びっくりするほど節穴ですよ。本当に嫌になるくらい」

 言葉と吐くのと平行する形で、僕は思考を整理する。整理するまでもないが、この村を襲った野盗とやらは、あの塔の頂上から勇者達御一行を包み消え去った光を見ている。

 そして、その光が消えて行った方向も、だ。

 塔が崩れるあの混乱の中、光が飛んでいった先に塔でお宝を入手した存在がいるという考えに至ったのは少ないはずだが、若干名はいるだろう。

 それに塔を制覇したら、塔が崩れるなどとも思っていないので、塔を制覇した存在が塔から出てきたら身ぐるみを剥がそうと考える輩もいるのも当然だ。

 そういう奴らが結託して、勇者達御一行が飛んでいった先に向かい、運悪くぶつかったのが、この村だ。

 僕はチラとベッドの上で寝息を立てる子供を見る。

 あの子供がいた村だって、無法者というかならず者の集まりがつくったような村だった。

 そう考えれば、なりふり構わず、お宝の所持者を狙ってくるのは自明だともとれる。

「それで、あの子はどこにいるんだ?」魔王さまが鼻息荒く詰め寄ってきた。

「近い近い。もう、この村にはいませんよ。ですよね。人生の絞りか……老人」

「はい。『天女様』は野盗達をその光で退けたあと、山へ向かわれました」

「なぜあの子を引き留めておかなかったのだっ。絞め○されたいのか下郎」

「我々も引き留めました。どうか、この村を今しばらくお守り下さい、と。ですが……」

「ですが……だと。おい下郎。その先の言葉は慎重に選べよ。たたでさえ短い人生がさらに短くなるぞ」

「いえ。『天女様』は、もう私達にできる事はありません、と言い残しただけでして」

「あんたらよくもまあ、そんな人間を『天女様』だとか祭り上げられたなあ」

「ですが。これも『天女様』のお与えになった試練かと思いまして」

「だったら、この村の怪我人を助けた魔王さまは何者なんだよ。通りすがりの神か何かか?」

「ふふ」魔王さまは照れくさそうに細い指で、鼻をこすった。「神とか言うな。こそばゆい。私は魔王だ。それ以下でもそれ以上でもない」

「あなたは、ただのストーカーなんですよ」

 もうダメだ、と僕は全ての感情をかなぐり捨てたい衝動に駆られる。

 右を見ても魔王さまという馬鹿、左を見ても馬鹿、後ろを見れば野盗という馬鹿。上を見たら『天女様』と村人に持ち上げられている勇者という馬鹿。

 この世界はどうなってるんだ。『聖女』の次は『天女様』だと。毎度毎度訳の分からぬ肩書きばっかり増やしやがって。しかも、勇者は依然としてレベル1だぞ。

 そんなポンコツを絵に描いたような勇者達御一行に、あんな険しい雪山を越えられるわけがない。

 そこまで考え、僕ははたと気づく。

「……これってやばくないか?」

「ん? 何か言ったか」

「いや。なんでも」

 僕は即答した。これ以上、魔王さまに余計な情報を教える訳にはいかない。

 とにかく可及的速やかに、現状を打破してあの腐れ勇者の後を追わねば。

「どうしたんだ。難しい顔をして」

 どうする。どうする。と内なる自分が囁いてくる。どうやってこの場を綺麗に納める事ができる。

 本来、魔王さまに伝えようと思っていた悪い情報とは『勇者はもうこの村にはいない』という事だった。しかし、そのカードはすでに切ってしまっている。

 更に厄介なのは、勇者達御一行はピクニック感覚で雪山へ向かったという事だ。何の装備もなしに雪山に挑むのは自殺行為に等しい。

 そんな事を知れば、魔王さまは何の躊躇もなく勇者の後を追うだろう。

 勇者達御一行と同じく食料も雪山を越える装備もなしで、だ。

 しかも、今後村を蹂躙すると考えられる野盗共もセットでついてくる事になる。

 ただでさえ、背後に控えるストーカー二人を持て余しているのに、そんな面倒な事はごめんだ。

 今あるこちらの手札は、魔王さまという究極のカードはある。

 それだけで十分と言えば十分だが、とにかく、今後の憂いは断っておきたいし、雪山に挑むにせよ万全の体制を整えておきたい。

 どう、魔王さまを誘導するか。

 簡単に言えば、塔のお宝を持つ勇者達御一行を追う野盗をどうにかして、なおかつ、山越えの為の装備をこの村で入手すればいいだけの話だ。

「おお」僕は手をポンと鳴らす。「超簡単じゃないか」

「どうした? あの子に追いつく算段でもついたのか」

「ええ。残念ながら。それには魔王さまの協力が必要ですが」

「なんだ?」

「魔王さま。少し耳を貸して下さい」

「ん」

 魔王さまは、僕に片耳を向けてくる。僕は耳打ちをするように、小声で自分の考えた作戦を魔王さまに伝える。

「という事でお願いします」

「なるほどな」魔王さまは納得するしたのかしてないのか判然としない様子で納得し「おい、下郎」と老人に声を飛ばした。

「な、なんでしょうか?」

「とっととこの村の暖炉に最大火力で火をくべろ」

「は?」老人は口をあんぐりと開きすぐに「そんな事をすれば野盗に襲ってくれと言っているようなものじゃあ……」

「それでいい。あと白旗も揚げて『天女様』を引き渡す、とでも言ってやれ」

「それでは、ますます野盗が集まるのでは」

 老人の不安気な疑問を聞き、魔王さまは、にんまりと白い歯を見せた。

「あの子のストーカーは全員、粛正だ」

 その言葉を鵜呑みにするなら、その粛正対象はご自身も入るのでは、僕は思うがあえて口にしない。

 撒き餌というのは、こうも見事決まるものなのか、と僕は作戦を立案した身でありながら驚く。

 村中の暖炉に火をくべると同時に、煙突からはもうもうと煙が上がった。

 と同時に、村人の総意で勇者もとい『天女様』を野盗達に差し出すという情報も流しておいた。

 結果、かなりの人数が村の周りに集結している。

「随分とまあ、簡単に集まるっものですね。馬鹿みたいに」

 魔王さまと僕達、あと村人全員は礼拝堂に集合していた。

 さすがに村人全員ともなると、礼拝堂でも手狭ではあるが、どうせ、この窮屈さもつかの間の我慢で終わる。

「実際に馬鹿だからおびき寄せられて来たんだろ。か弱いあの子をストーキングするとは下郎にも程があるな」

「誰かピカピカの鏡を持ってきてくれないかな」

「何か言ったか?」

「いや。なんでも」

「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか?」老人が未だに疑わしさの色を隠さない瞳をつくり、魔王さまに訊ねた。「村に集まった野盗は、村人の倍はいますが」

「結構集まりましたね。倍って事は約二百人ぐらいですか」

「結構いったなおい」魔王さまが首の骨を鳴らしながら、忌々しげに言った。「あんなゴミどもがあの子に近づこうなどとは。不敬にも程があるぞ」

 魔王さまは、ご自身と勇者をどのような存在に、位置づけているのか分からない毒を吐いた。

 正直、類は友を呼ぶというか、なんというか、動機や目的は違っても、魔王さまも野盗もやっている事は変わらない。

 ただ表にいる野盗の連中と魔王様ではその個体の力の差があまりにも違い過ぎる。

「あ、魔王さま動かないで下さい。まだ、装飾が済んでませんから」

 僕は今、魔王さまをできうる限り上品に着飾る事に集中していた。魔王さま自身は別段、着飾らなくても悔しいことに十分美人なのだが、今回の目的は、魔王さまを野盗達に『塔を制覇したお宝持ちの冒険者』に擬態してもらう事だ。

 つまり、今回の魔王さまの役割は『お宝を持った天女様』のふりをした『野盗を一方的に蹂躙んする』というダブルヘッダーになってもらう事だ。

 しかも、そこに裁判官と執行人もかねているという、最も敵に回してはいけないタイプの存在になっている。

 礼拝堂の外からは、荒っぽい野盗達の威勢の良い言葉が飛び交っている。

 その威勢の良い声がもうすぐ悲鳴に変わるのだから、外の野盗連中には同情しかない。

「なんというか。じゃらじゃらとして動きづらいな」

 魔王さまが僕に苦情を言ってくる。

「仕方ないじゃないですか。魔王さまには、お宝を沢山持っているって野盗達に思わせたいんですから、実際に、お宝を全身に纏っていた方が信憑性が増すでしょう。にしても、あの豪華な街で買いまくった貴金属や宝石がここで役に立つとは意外でしたね」

 まさかあの豪華な街で、成金よろしく買い占めた宝石がこんなところで役に立つとは、物事はどう繋がるか分からないものだ。

「なんというか……すごい煌びやかですな」老人が順当な意見を口にする。

「そりゃ『天女様(仮)』ですからね。目立つにこしたことはない」

「そうですか。それで、あの女性一人で本当に大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫です。むしろ僕等が加勢した方が状況は悪くなるし、圧倒的力の差を分からせられなくなります」

「そ、そうですか」

「心配しなくても、秒で終わります」

「はあ……」

「よしできた。くっ」僕は思わず魔王さまから目をそらし笑いを堪える。「よくお似合いですよ」

 僕の目の前には豪華絢爛な装飾を施された魔王さまがいた。全身そのものが宝の山となっているその姿は思った通り、神々しいを通り越し滑稽だ。

「お前、馬鹿にしてるだろ?」

「いや。そんな事ないですよ。ぷ。まあいいじゃないですか。それぐらい目立たないと、勇者のストーカー達を粛正できませんよ。あ、あと。できる限り魔法はなしでお願いします」

「何故だ?」

「今の魔王さまの精神状態だと、この村ごと消しかねませんからね。表にいる野盗達を完全に制圧しつつ、この村に手を出せば自分達が痛い目を見る、と分からせるだけでいいですよ」

「生死は?」

「問いませんよ。どうせ、先に攻めてきたのは向こうです。遠慮なくやっちゃって下さい」

「なら楽で良いな。お前の言うとおり秒で終わる」

 トントン拍子に進んでいく魔王さまと僕の会話を村人たちは、呆然と眺めている。

「魔王さま。段取りは簡単です。外に出て」

「下郎共を根絶やしにする」

「以上です」

「では行ってくるぞ。ガキを怖がらせるな」

「分かってますよ」僕は魔王さまに返事をし「村人のみなさーん」と礼拝堂にいる村人達に大きな声を飛ばした。

「どうしました?」老人が訊ねてくる。

「いいから」僕は老人の言葉に重ねるように大きな声を出した。「これから、この魔王さまが礼拝堂の外に出ます。そしてすぐに扉を閉めるので、トラウマになりたくなかったら女性と子供は耳を塞いで下さい。助言という警告は以上です」

「ふむ。まあ、男がどうなろうが知った事ではないから、注意勧告はそんなところで良いだろう」

「それじゃあ行ってらっしゃいませ魔王さま」

「うむ。では下郎共、扉を開けろっ」

 村人の男性陣は、礼拝堂の扉を魔王さまが一人通れるかどうかの幅に開いた。魔王さまはその扉の隙間から外へ出る。

 魔王さまが外に出た事を見届けた村人の男性陣は、そそくさと扉を閉めた。

「じゃあ。皆さん。耳を塞いで下さい」

 ほとんどの村人達は僕の指示通りに行動してくれた。中には僕の指示を聞かずに目を開けたまま、かつ耳を塞がなかった村人もいたが、それは本人の自由意志なので、僕の預かりするところではない。

 僕はすやすやと眠る子供の元まで行くと、起こさないようにそっと子供の耳に手を当てた。

 ぐっすり寝ているから、秒で終わる外の惨劇には気づかないだろう。

 僕は目を閉じ、礼拝堂の外に意識を向けた。

 礼拝堂の向こうからは、悲鳴にもならない野盗達の断末魔と、魔王さまの高笑いが聞こえてくる。 

 野盗討伐はまさしく秒で終わった。

 一瞬だが永遠に思える阿鼻叫喚が収まると、そこに残されたのは、静寂という無だった。

 村人達は、恐る恐る耳を塞いでいた手を外し、周囲の様子を窺っている。僕の指示を無視して耳を塞がなかった村人は、耳を塞ぐ代わりに頭を抱えて床に膝をつきブルブルと震えていた。

 気持ちは分からなくもない。耳を塞がなかった者たちが聞いたのは、野盗達の悲鳴だけでなく、骨が折れる音、肉がひしゃげる音、そして何かが破裂したような生々しい音などの情報が、秒で脳に直接たたきこまれたのだから。

「これは一体……」老人が床で震える村人達を見て、困惑するように言う。

「僕は言いましたよ。耳は塞げって。こればっかりは自業自得です」

 僕と老人が下らないやりとりをしていると、礼拝堂の扉がゆっくりと開く音がした。おおよそ礼拝堂に響いていけない類いの乾いた不吉な音だ。

 扉の向こうには、当然、魔王さまが立っている。全身を鮮血で染め、不気味に笑うその姿は、魔王らしい風格を醸し出していた。

 僕は慌てて、鞄から手ぬぐいを取り出すと「魔王さま。その返り血は拭いて下さい。せっかく村人達の聴覚を守ったのに、今度は、視覚から攻撃する気ですか?」と魔王さまをいさめる。

「失礼な。この村を守った英雄の凱旋だろうが」

「一人芝居で完結する凱旋なんてないと思いますけど、とにかく、その猟奇的な姿だけは止めてください。まとまる話もまとまらない」

「ちっ。どいつもこいつも我が儘だな」魔王さまは不平を垂らしつつも、僕から手ぬぐいを受け取り、自身に付着した血を拭き取り「温かいお風呂に入りたい。おい、下郎、湯を沸かせ」と老人に我が儘を繰り出す。

「は、はい。ただちに」

 魔王さまの傀儡と化した老人は、村の若者を連れて、止めておけばいいのに礼拝堂の外へ出て行った。その直後、老人と村人達の悲鳴が村中に木霊したのは言うまでもない。

「ふう。さっぱりした。人助けしたあとの風呂はいいものだな」

 村人達に用意させた風呂で、湯浴みを満喫した魔王さまが最初に放った言葉がそれだった。

 礼拝堂の敷地内で血を洗い流す行為そのものが、知性ある生き物としてどうかと思うが、なんとも言いがたいのが口惜しい。

「人助けねえ」僕は魔王さまに意味深な目を向ける。「ご自身の敵を殲滅、粛正、あるいはみな○しの間違いでは」

「意味するところは同じだろ?」

「ううん。そうですけど……そうなのかな?」

「そうなんだよ」魔王さまははっきりと言い切る。「それで下郎。約束の報酬は容易できているか?」

「は、はい。おい。この方に例のものをもってこい」

 魔王さまの下僕にまで魂のレベルを落とした老人は、村の若い男達に指示を出した。村の若い男達も「はいっ」と返事をして手際よく行動する。

 もうここまでくると、この村は魔王さまの領地と言ってもいいのではないかとすら思う。

 村の男達が大きな袋を持ってきて、魔王さまと僕の前に中身を広げた。

 中身はこの雪山を越えることに必要な『食料』と『登山道具一式』だった。

 食料はおおよそ二十日分。登山道具一式は、魔王さまと僕、そしてあと追加で五人分用意してもらった。

「ふむ。どうだ。これだけあれば、あの子に追いつけそうか?」

「追いつそうとかではなく、追いつかなきゃいけないんですよ」僕は魔王さまの言葉を訂正した。「たぶん勇者は雪山を舐めすぎです。さっさと追いついた方が得策でしょう」

「そうなのか?」

「そのうち分かりますよ」僕は嘆息気味に応じる。

「では早速、この村を発つぞ。あ、ガキには目隠ししろよ。ちょうど気持ちよく眠っているし、今がチャンスだ」

「魔王さま。この子供には優しいんですね」

「あ、当たり前だ。私は慈悲の権化だぞ。ガキの教育上よくないだろうが」魔王さまは落ち着きなく言う。

「外のあの光景を作ったお方がまあ」僕は大仰に驚いて見せた。「とはいえ、あの野盗の連中は野放しにしておくのは世界の害悪でしかありませんでしたしね。同情の余地はなし、か?」

「そういう事だ。荷物をまとめたらとっとと出発だ」

「もう行かれるのですか?」

 老人は目を輝かせて言ってくる。

 目は口ほどに物を言う。老人と村人から伝わってくるのは、村を救って貰った事に対する感謝もなければ、魔王さまがこの村を出て行く名残惜しさなど皆無の、安堵の純粋結晶ともいえる感情だ。

「当たり前だろ? あの子のいないこんな村に用などない」魔王さまはそこまで断じ「あ、そうそう」と老人に切り出す。

「な、なんでしょうか」

「おそらく、この後この村に、背中に羽を生やした紅い髪の下郎と、人間の金髪の下郎が来ると思うから、この食料と山越え用の装備一式を渡してやれ」

「は、はい」

「魔王さまは優しいのか、優しくないのか」

 僕は呆れ口調で突っ込みを入れる。

 そしてすぐに自分の疑問を否定した。

 魔王さまはただ、視野が狭いだけなのだろう。あと度数も悪い。

「あ、あの」老人が弱々しく魔王さまに進言した。「あの、この村にある生き物だったアレはどうすればよろしいので?」

「知るか。村の若い奴らに運ばせて、数体は串刺しにして村の入り口にでも見せしめにさらせばいいんじゃないのか」

「は、はあ」

「発想がもう」僕は額を抑える。「なんかありましたよね。敵軍の兵のアレをアレで突き刺して、敵軍を恐れさせたって話」

「何の話だ?」

「? 何の話でしょう。何かの本で読んだのかな」

「お前の言う事はよくわからん事が多いな。あと回りくどい。じゃあな、人生の絞りカス……下郎の方が良かったか?」

「いえ。私ごときは、人生の絞りカスで十分でございます」

「そうか」魔王さまは力強く頷く。「どちらにせよ二度と会うことはないと思うが達者でな。おい、行くぞ。目指すはあの子の元だ」

「了解です」

 僕は更にかさ増しした荷物を背負い、返事をする。

 しかしながら、と僕は今更ながらに思う。

 子供と神樹さんを除けば、勇者も紅い女性も金髪の少女も視界に入ってこなかった事案は久しぶりだ。

 ただいつも以上に疲労感はある事案でもあった。


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