『魔王さま』と『勇者』のダンジョン攻略。
昔、小さな昆虫が集団で、自分達より大きな昆虫に襲いかかる場面を見たことがある。
今、僕が見ているのは、その拡大版なのだろう。弱肉強食の法則を数で覆す効率的生存戦略だ。いつの時代も数にものをいわさえれば、大抵の事はなんとかなる。
嘆かわしいのは、僕が何百人束になっても、魔王様に瞬殺されるという厳然たる事実があるだけだ。絶対的な力の前では、小さな存在が群れをなしても何ら意味もなさないという事だ。
その状況が、今、僕の眼前に広がっている風景だ。
なので僕は昆虫の話は忘れようと思った。
しかしながら、僕の目の前に広がる人間達の集団と、その奥にそびえ立つ塔を見る。
「すごい人数の人間だなあ。上手く、あの子が見えない」
魔王さまが感心と憤懣を同割りにしたような声色で言った。
もちろん魔王さまの視線の先には、勇者がいる。そしてその勇者の周りには、多数の人間達が群がっている。
というのは魔王さまの視点から見ての事だ。
実際には、勇者達人間が、天を突くようにそびえる塔の周りに集合しているだけだ。
「勇者の姿が見えないなら、その原因を考えて見てはどうですか?」
「なんだ? トンチの類いか?」
「いや、普通に質問しています」
「あの子の周りの下郎が邪魔だな」
「それは魔王様の感想です。魔王さまが芸術家じゃなくてよかった。生後一年の人間でも現実を見つめた描写をします」
「お前。ちょくちょく私に喧嘩を売ってくる姿勢は何なんだ」
「喧嘩なんて売ってませんよ。もっと勇者よりも目立つものがあるでしょう」
これは本心だった。限りなく敬意を払い、妥協に妥協を重ねて発した発言だ。問題なのはそれだけ念入りに警戒した末の発言でも、魔王さまの邪悪な濾過装置を通せば不敬にあたる発言になることだ。
魔王さまの、とち狂った脳みそに期待する事などはるか昔に捨て去ったが、せめてその視野の狭さだけは改善してもらいたい。
「ん? そういえば。なんだあのでかい塔は?」
「さあ。でもそれが正解です」僕は素直に返答する。「ひいき目に見ても、こんな高原にそびえ立つには不釣り合いな塔ですね。しかも、あれだけ人が集まっているところを見ると、普通の建造物ではないでしょう」
「その塔とあの子と人間共がどう関係あるのか訊いておるのだっ」
魔王さまが声を荒げた。
「分け方が違います。あの塔の周りに勇者を含めた人間達が集まっているんです。なんで単純な要素三等分するんですか」
勇者を視姦できない事によほどストレスを感じているらしい。せっかく、カメラで撮った勇者の写真があるのだから、それを後生大事に抱きしめておけばいいものを、魔王さまは、そこまで発想を広げることは出来ないようだ。
魔王さまの部下、もとい、鉄砲玉としては魔王さまの質問に答えてあげたいが、僕の聴覚を使っても、これだけの喧噪の中から必要な情報を拾う事はできない。
というか、したくない。
どうせ僕にとって悪い目が出るに決まっている。
さてどうしたものか、と僕は顎に手をやって考えを巡らせる。
最初に思いついたのは、紅い女性に偵察させるという事だ。だがすぐにその案は棄却した。紅い女性は翼があり、飛べる分戦力にはなるが、人間の中に混じるには悪い方面に目立ち過ぎるし、オツムの出来も魔王さまと肉薄している。
となると、金髪の少女に頼むか、とも考える。これもあまりいい案とも思えない。
あの塔に群がる人間達はみんな、何かしらの武装をしている。そんなところにエッジの効いたストーカーとはいえ、村娘の彼女に危険が及ぶ可能性は排除したい。
魔王さまにべったりの子供は論外として、神樹さんも期待できない。
となると……。
「はあ」僕は苦しい心持ちで「僕が探ってきましょうか?」と魔王さまに提案した。
「やっと待っていた言葉が出たな」
魔王さまの口角があがり、目をアーチさせた。
「一応、許可を頂きたいのですけど」
「なんだ?」
「前提条件として、僕が勇者と接触するのは……」
「ダメーッ!」魔王さまが発狂するように叫ぶ。「ダメったらダメーッ!」
「そんな大声を出さなくても分かってますよ」僕は耳を塞ぎながら応じる。「あくまでも、確認です。で、勇者たち御一行の人間に接触するのはありですか?」
「ん? それならどうでもいいぞ」
「割り切りが早いのはさすがです」
「そう褒めるな」
「百八十度違う認識でのお褒めの言葉、ありがとうございます」僕はおざなりにお礼を言う。
「にしても、なぜ、あの子の下郎に直接訊く必要がある」
魔王さまにしては真面な質問だ。勇者の仲間の男性二人は、驚くほど僕と親和性がある。そして、知らない人間に訊くよりも、同じ苦行に近い旅に付き合わされている仲という間柄でもあった。
つまり、あの男性二人と僕は面識がある。
だが、魔王さまが、僕と勇者の仲間である盾の男と剣の男と接点があることは、知らない。
知らないし、知る必要もない。
「それじゃあ、行ってきます」
僕は魔王さまの質問には答えず、軽く手を挙げると塔に群がる人間達の元へ走った。
これ以上質問されると面倒だ。
女性の特権は男に質問と詰問をする自由を有する事だが、その特権に翻弄されるのは男だけだ。女性は黙秘権があるが男にはそれすら許されない。男の方は女性に対しては特権も自由もない。さらに言うなら黙秘権もない。男の沈黙は肯定と女性のいいように解釈され、さらに不利な状況に陥るだけだ。
更に厄介なのは男が口を開けば、黙秘以上に過酷な未来が待っている点に尽きる。
となれば、男である僕にできるのは、魔王さまが口を開く前に物理的に逃走するだけだ。
僕は、高原に吹く一陣の風になったような気持ちで勇者達に近づく。人と人の間を縫うように勇者達に接近する。塔の周りには、ざっと百名弱ほどの人間が集まっていた。人間とはいったが中には、僕達魔族のような存在もちらほら見受けられる。
まあ、僕達『魔族』と『人間』の違いなどあまりないのだが。
「やあ」
僕は勇者の前にいる盾の男と剣の男に声をかけた。
僕の声が届いたのか、盾の男と剣の男は振り返り、相好を崩した。
「おおっ。久しぶりだな」剣の男が気さくに手を挙げてくる。
「お久しぶりです……と、いうほど久しぶりではないですね」盾の男が乾いた声で笑った。
「そうだね。それで君達に訊きたいんだけど」僕は早々に話を切り出した。「この集まりはなんだい? 原因はこの塔っていうのは分かるけど」
僕の質問に、二人の顔は曇る。
「それがよ。この塔が突然出現したんだよ」
「うん。それはなんとなく分かる。こんな開けっぴろげな高原に、突然塔が出現するわけないもんね」
「それが突然出現したんですよ」盾の男は額に手を当て項垂れる。「なんの脈絡も無く」
「無理を承知でもう一度訊ねるけど、それは本当かい?」
「本当だよ。夜寝て、朝起きたら塔が建っていた。というか生えてた」
「まるで蜃気楼みたいだね」
まさしく蜃気楼のようだ、と僕は正直な感想を口にする。
この塔は先日までは影も形もなかった。それは間違いない。あの四六時中勇者しか観察していない魔王さまは別として、普通の生物ならば、突然、高原に塔が出現すれば誰もが興味を示すのは道理だ。
「時々あるらしいんですよ」盾の男が説明口調で言った。「こういう、正体不明の建造物や洞窟などが突如として現れることが」
「否定はしたいけど、この世界の事だから否定はできないね」
にしても疑問なのは、この塔に集結している人間達だ。このように高い塔が物珍しいのは分かるが、どこから沸いて出た。
「なんとなく、お前の言いたい気持ちもわかるぜ」剣の男が僕の肩を優しく叩いた。「なんでこんなに人がが集まっているのか知りたいんだろう?」
「うんまあ」
「どういうつもりか分かりませんが、この高原近隣にある村や街から依頼があったらしいですよ」
「依頼?」
「この塔を調査してほしいってさ」剣の男がぶっきらぼうに言った。「この塔の正体を確かめて欲しいみたいだ」
「そんな事で人を募集したのか?」僕は唖然とした。「しかも一日でこんなに人が集まるって……皆、暇なのか? というか、君達以外に冒険者ってこんなにいたんだ」
「暇なんじゃねえの? ほらこの世界って娯楽が飲むか食べるかゲームぐらいしかねえし。冒険もその娯楽の一種だよ。だから酒場もあれば宿屋もある」
「なんか、この世界の存在って、おおよそ文明との関係とは無縁なんだな」
「まあ、自給自足が普通ですからね。街同士の交流はあっても、こういった突発的な出来事は珍しいんでしょう」
「そうだよねえ」
僕は盾の男に同意する。たしかにこの世界には娯楽は少ないような気がするが、それでも、自己研鑽で様々な技術を発展させている。
しかしそれはこの世界にある物で作りあげている文化や技術や思想であって、こんな、なんの脈絡も無く出現したこの塔に興味や畏怖を抱いても不思議では無い。
というか、不思議な事がなければ冒険者なんていないはずだ。
「なんか、僕は人生スゴロクの駒になった気分だよ」
この世界は自我でも持っているのか? もし持っているならお茶目をかましすぎている。
「にしても、どうやったらこんな塔が一日で建つんだろうなあ」
「分かりませんねえ。でも、この塔の調査依頼の動機ぐらいはわかりますけど」
「動機?」僕は頭上にクエッションマークを浮かべる。
「ええ。おそらく怖いんですよ。自分達が築いている日常に異物が混じるのが。街や村などの交流なら意思疎通はできますし、交渉もできるでしょう? しかし、今回は違います。突然、正体不明の塔が出現したんです。怖がらない方がおかしい。怖いからその正体を確かめたい。ようは、安心したいんです」
「へぇ」
僕は気のない相づちを打つ。盾の男の言っている事は至極当然だ。どんな生き物でも正体が分からない存在は自分の脅威になり得るから警戒はするからだ。
だが言わせて頂きたい。僕はその平穏を維持する為に日々、最善の努力を払っているが、僕にはこの世界の正体も分からないし、さらに縮小した世界観で見れば、魔王さまについても分からない。
そのせいで、日替わりのように不可解な存在と関係を持ち、魔王さまという無軌道な存在に翻弄され恐怖を抱いている。
たかだた塔が高原に塔が出現した程度では、ぶれにぶれまくっている僕の日常がぶれる事はない。
この世界の存在には、もっとこの世界に対する期待を捨てるだけの度量を見せてもらいたいものだ。
心体ともに鍛え方が足りなすぎる。
「どうしたんだ。そんな、余裕というか人生の全てを諦めた奴にしかできない目をつくって?」
剣の男がおもむろに訊ねてくる。
「いや。なんでも。君達がこのステージに立つべきじゃないと思って」
「何の事です?」
「いや。なんでも。それにしても『依頼』という事は報酬とかあるってこと?」
「残念だがないな。一応、この塔で見つけた物は自分の物にできる権利があるって程度だ」
「はあ」僕は呆れた声を上げる。「そもそも、そんな権利を他者に譲渡する権利なんて、この高原近隣の街や村にないだろ。そいつらは僕の上司である女性か?」
「自分の仲間を侮辱するなよ。こっちだって困ってるんだ。周りを見てみろ」
僕は剣の男性に言われるがまま、周囲の人間達を見やる。どいつもこいつも、塔には感心があるが、塔の中に踏み込む勇気はないらしい。その証拠に、誰一人塔の入り口にたむろしているだけで、尻込みをしている。
「この人達も怖い物見たさで集まっただけでしょう」
「ああ。津波がくるぞって警告が出てるのに、わざわざ、海辺まで見に行く馬鹿者みたいなものか。怖ければ見に行かなければいいのに。にしてもなんで誰も塔の中に入ろうとしないんだ? 間違った道を選んでいるといえ冒険者でしょ?」
「二人人いましたよ。マントを被った女性でした。その女性達は意気揚々と塔に入っ行きましたけど帰ってきたのは、塔の中から響き渡る耳をつんざくような轟音と、その女性達らしきと思しき断末魔だけでした」
「だからな二の足を踏んでいるのか」
「あとはもう、情報待ちみたいなもんだろうな」剣の男が肩をすくめる。「塔の中に入って行った女二人が帰ってきたら、中の情報を聴けるし、中の二人が死んでいる可能性がでかけりゃ、そんな危険を冒してまで塔を攻略するうま味もねえ。だから実質、塔の犠牲者第一号以外は、街や村の依頼を受けた奴なんていないんだよ。例外を除けば」
「その例外には心当たりがありすぎるけど、あの子達だよね」
僕は、男性二人から少し離れた位置にいる勇者と魔王使いの女性を見やった。二人とも、何かしらの遊戯に挑戦する準備運動のような体操をしている。
「ええ。そうです」盾の男はうんざりしたように暗い声を零した。「あの二人は、この塔を登る気満々らしいですよ」
「しかも、依頼は関係なしに、な。好奇心が恐怖を上回るって凄いよな。こう、絶対に自分は大丈夫とでも思ってるのか」
「たしかに」僕は剣の男に同意する。「女性って絶対に自分は大丈夫と科学的根拠不明の信念の元に動くよね。しかもその信念の被害者は大抵男だし」
「ですよね」盾の男はうんうんと頷いた。「いざとなれば男を当て馬にすれば自分は助かるんですから、気楽なものです」
「何かの本で読んだんだけど」と僕はここで記憶を辿り会話を切り上げようとした。「神は男を作り、男が十分孤独でないと知ると、女という伴侶をつくり、そして男をより強く孤独であるように仕向けた、らしい」
「神めっ」剣の男が吐き捨てる。「余計な事をしたもんだ」
「完全に同意です。あなたは男性ですよね」盾の男は謎の確認をしてくる。
「当たり前でしょ。同じ男だし、同じく女性という、越えがたいというか越えたくない壁に苦しめられる仲間でもある」
「と言う事は、あんたの連れもこの塔に入るのか」
「まあ、まず間違いなく。順序は逆かもしれないけど、君達と僕はおそらく同じ運命を辿る」
「「「だぁ」」」
僕らの声が綺麗に唱和した。普通、唱和というの綺麗なハーモニーを奏でるものだが、この唱和は暗雲垂れ込める未来に向かう者たちの不協和音だ。
「それじゃあ、僕は連れの元に戻る」
「ああ。お互い頑張ろうな」
「本当に。お互い不毛な健闘を祈りましょう」
二人の男性は、僕に軽く手を挙げる。僕は二人に背を向けて伝えるべき事は伝えるべきか、と二人に振り返った」
「二人に助言するよ。塔に入ったらあの子……勇者達から離れないでくれ。そうすれば、少なくとも命は落とさない」
「? それってどういう意味だ」
「そういう意味だよ。それじゃあ」
僕はそれだけ言い残すと、今度こそ、二人と別れ、魔王さまの元へ戻った。
魔王さまの元へ戻った僕は、魔王さまに、かくかくしかじか、と先ほど得た勇者達の今後おこすであろう行動についての情報を伝える。
「なるほど」僕の報告を耳に入れた魔王さまは満足気に顎を引く。「つまり、あの塔に群がっているのはただの有象無象で、あの子だけがあの塔の探索に挑戦しようとしていると」
「有り体に言えばそうなりますね。その裏で犠牲になるはかない命もある事に留意して頂ければと」
「いやあ。さすがは私の、私の、私のあの子だ。他の下郎どもと違い勇気と探究心もある」
どうせ勇者にとってはピクニック気分なのだろう、と僕は確信する。
「それでどうします?」
「どうしますとはどうします?」
「答えは分かりきっているんですけど、どうせ勇者が塔に入ったら、魔王さまも塔に入るんでしょ?」
「当たり前だろうが」
「そうなりますよね。それでどうします?」
「だからどうすますとはどうします? と訊いているんだ」
「選択肢は単純に二つです」僕は人差し指を二本立てる。「一つはいつも通り勇者達の後をストーキングする方法。これならいつも通り勇者に気取られずに、ストーキングできます」
「もう一つは何だ」
「勇者達よりも先に塔に潜入する事です。こちらは、もし、というかどうせこの、やんちゃが過ぎる世界に現れた謎の塔のことですから、塔の内部に、なにかしらの罠やら魔獣やらが出てくる可能性は確実ですから、その罠や魔獣を先回りして潰しておけば、勇者達は無傷で塔を制覇できます」
「ううむ」魔王さまは悩まし気に唸る。「お前はどちらがいいと思う?」
「前者であれば、魔王さまの保護下にあると知らない勇者の自尊心が潤います。自分達の力で塔を制覇したという自尊心が。後者は、勇者を自分が身をていして守ってやったという魔王さまの自尊心が潤います。どちらせよ結果は変わりませんが過程が違いますね」
そう、どう転んでも結果は変わらない。手順という些細な問題だけだ。
どうせ、勇者の行く先々に立ち塞がる罠や魔獣の類いは、魔王さまというか僕が処理する羽目になるのだから。
「あの子の成長を見届けるのも尊いが、あの子にわずかでも危険が及ぶのは、遺憾中の遺憾だしなあ」
「だったら、三つ目の案がありますよ」
「なんだ」
「魔王さまがあの塔を魔法的な何かで吹き飛ばせば万事解決です。何より、僕の負担が最小限ですむ」
「馬鹿者っ」魔王さまが僕を叱咤した。「そんな事をしたら、せっかく勇気を振り絞って塔の制覇に挑戦しようとしているあの子の勇気を無下にすることになるだろうか」
「勇気ねえ……」僕は感情のない声出した。「これは賭けてもいいですが、勇者はあの塔を新種のアトラクションか何かと勘違いしていますよ。見て下さい勇者のニコニコ顔を。おおよそ、正体不明の塔へ挑戦する人間の顔じゃないですよ」
「だからここからだと、あの子の姿が見づらいのだ」
魔王さまが駄々っ子のように苦情を口にした。
「なんか便利な魔法とかないんですか?」
「そんなもん知らん」
「はあ。しょうがないなあ」
僕は魔王さまの隣にいる子供に近づくと「一瞬だけ魔王さまを借りるね」と断りを入れる。子供は素直に頷くと、魔王さまが着ているドレスの裾から手を放し、一歩、距離を空けた。
「良い子だね」
僕は子供の頭を優しく撫でる、子供は気持ち良さそうに目を細め、微笑んだ。魔王さまにも、この子供の百分の一ぐらいの純粋さがあればいいのに、とありもしない現実に思いをはせながら、腕を魔王さまの膝の裏と肩に回し抱きかかえる。
所謂『お姫様抱っこ』というやつだ。
「お、おいっ」魔王さまがバタバタを両足を振った。「何をするんだ」と狼狽にも似た声を出す。
「暴れないで下さい。とりあえず、僕が垂直にジャンプするんで、魔王さまは勇者の様子を望遠鏡でご覧になって下さい」
「ちょっ。ま」
僕は魔王さまの言葉を無視して、全力で跳躍した。魔王さまとはいえ、女性なので思っていたより軽い。飛び上がる際に、想像以上の浮力が体に伝わり、どうにもこそばゆくなる。塔に群がる人間達が眼下広がり、塔の大体の高さも把握した。
下から見れば天を突くように見えたが、塔は上にいくほど細くなっており、円錐状の建物であることがわかった。
「ざっと百メートルぐらいですか。今まで勇者をストーキングする為に越えてきた山々に比べれば、まだマシですね。それで、魔王さま。勇者の様子は見えましたか」
「バカッ。お前が跳躍しすぎたせいで無失ったわ。早く下りろ」
「自然落下を待ちましょう。その間に勇者を探して下さい」
「お前、地上に下りたら覚えていろよ」
「はいはい。魔王さまはさっさと勇者を探して下さい」
僕は自然落下に従い、地上に降り立った。魔王さまをおろし「どうでした。勇者の姿は見えましたか?」
「はあ。はあ。まあ見えたな」
「どうでした?」
「なんか食料というか……お弁当の準備ををしてたな」
やっぱりな、と僕は予想通りの勇者の挙動に納得した。
所詮は魔王さまの庇護下にあるレベル1の勇者ならぬ聖女だ。どこまでも太平楽な構えを崩し気はないらしい。そしてその脇を固める魔法使いの女性も、盾の男も、剣の男も、魔王さまの甘やかしにより、戦闘力は一般人と大差はないだろう。
「で、あの遠足気分で塔に臨む勇者はどうします」
「うむ。私の自尊心よりも。あの子の自尊心を満足させる方が先決か……それに、あの塔を制覇すれば、今まで以上に周囲の評価も上がるし、レベルも上がるかもしれないしな。いつも通り最低限の助力をしつつ、あの子を見守ろう」
「魔王さまが勇者のストーカーである限り、勇者のレベルが上がる可能性は皆無ですが、いつも通りという事ですね」
「そういう事だ。それに、お前の話だと、塔の中で手に入れた宝は見つけた者に所有権があるのだろう」
「まあ、この辺の街や村の人間が言っていることなので、見つけた者勝ちでしょうね」
「こういう塔などの場合、上の階に行けばいくほど貴重な品が手に入るもんなのか?」
「ううん。たぶん。あまり冒険小説とかは読みませんが、基本的には上の階に行けばいくほど、拾得できる道具のレベルは上がるんじゃないんですか? 後は塔の頂上にだけ、ものすごいお宝があるとか……ああ」とここで僕はポンと手を鳴らした。「もし、あの塔に攻撃力の高い武器とかが落ちていれば、それだけで、勇者達の強さの底上げにはなりそうですね」
ある意味盲点だった。勇者達自身を強くせずとも、装備する武具によって、かりそめの強さを手に入れさせる事はできる。
そうなれば、僕の普段の苦行にも似た労働も、わずかながらに軽減させる期待も見込めた。
「では決まりだな」魔王さまは、ほぞを固めたようだ。「あの子の安全を第一に、あの子の塔の攻略を助力するぞ」
「勇者達にとっては、なんとも難易度の低いダンジョン攻略ですね」
「そうとなれば、ある目立ちせぬように変装するぞ」
「変装とは?」
「鞄を出せ」魔王さまが僕に命令する。「この間の煌びやかな街で買ったマントが入っているはずだ」
「はあ」
僕は命じられるままに、鞄を差し出した。鞄を受け取った魔王さまは、がさごそと鞄を漁り、奇妙な布きれを取り出す。
その布きれを見た僕は額に手をやった。確かに魔王さまが僕の鞄から取り出したのは、フードのついたマントだった。問題なのは、そのマントに装飾された宝石の数々だ。あまりに装飾過多なマントは、身を隠すための意図とは随分と距離のある代物だ。
魔王さまはマントを羽織り、我が意を得たり、とでも言いたげに僕を見た。
「どうだ?」
「論外です。余計に目立ってどうするんですか」僕は地面い唾を吐きたい衝動に駆られる。「いつも通りの魔王さまでいて下さい」
「そうかあ。結構地味なマントだと思うんだが」
「言いたいことは枚挙に暇が無いので挙げませんが、せめて目立ちたくないというのであれば、これを着て下さい」
僕はそういうと、紺色のマントを三枚鞄から取り出した。これなら、魔王さまも子供も神樹さんも目立つ事なく、塔に入れるだろう。
「私にそのぼろ切れを着ろと?」
「失礼な。一般的なマントです」
「というか、お前の鞄はどうなっているんだ?」魔王さまが、どうでもいい時に素朴な疑問をぶつけてくる。「鞄の大きさに比例しない量の物品が入ってないか」
「収納の方法さえ工夫すれば、ある程度無理はききます。とにかく、目立ち無くないなら、三人ともこれを着て下さい」
「お前は着ないのか」
「僕は元々、そんなに目立つタイプじゃないので」僕はやんわりと断る。
「そんなものか?」
「そんなもんです。じゃあ、三人ともこのマントを着て下さい」
僕は魔王さま達にマントを手渡した。子供も神樹さんも素直にマントを羽織った。その様子を見た魔王さまも渋々、マントを羽織る。
「なんか……ダサいな」
「我が儘言わないで下さい。勇者を遠くから守るんでしょう?」
「ふむ。あの子の成長には代えられないか」
「我慢も大事です。僕なんて常に我慢しかしてないんですから」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでも。それじゃあ、行きましょうか」
「うむ」
魔王さま達と僕が塔に向かおうとすると、「あいや待てれい!」という馴染みのある声が聞こえてくる。どうせ来るだろうと思っていたので驚きもせず、声の方を見やる。
どうせ驚かないと高をくくっていたのは、どうやら、僕の慢心だったらしい。
僕の予想通り、声の主は魔王さまのストーカー筆頭の紅い女性だった。その脇には、僕のストーカーの筆頭の金髪の少女も控えている。
「我こそは百を学び百を知らぬ真の屑!」と赤い女性。
「そ、そして、わ、私の方こそ百戦錬磨の真の屑!」と金髪の少女。
二人は申し合わせたかのように、訳の分からぬ台詞を口する。
「適切な自己紹介ありがとう」僕は心からお礼を言う。
「ていうかお前ら打ち合わせでもしてたのか?」魔王さは呆れたように腕を組んだ。
僕は、二人の姿をマジマジと見つめ、「ていうかさ」という言葉を出だしに使い、「なんで二人ともそんなにボロボロなの?」と二人が現れた瞬間から抱いていた疑問を口にした。
僕の目にいる二人は、まさに満身創痍だった。全身の至る所に切り傷や擦り傷が刻まれ、肩で息をしている。今しがたの阿呆を絵に描いたような登場が、二人の生物としての体力的限界だろう。
「そういえば、お前が言うまで気づかなかったが、この下郎達はなぜそんなボロ雑巾みたいなのだ?」
「僕を見ながら訊かない下さい。というか、魔王さまも少しは勇者以外を見て下さい」
「あの子以外はどうでもいいが、まあいい」魔王さまはそう言って胸元から『回復薬』を二つ取り出し「ほれ」と二人に使用した。
魔王さまの『回復薬』で、二人の傷はみるみる回復していく。疲労感も消えてったようで、荒れていた息づかいも整ってきた。
二人が落ち着くのを待った僕は、タイミングを見計らって「それで、なんで君達はそんなにズタボロだったの?」
「○しても死ななそうなのにな」
「それは魔王さまが○しても、即座に蘇生させるからでしょう。すでに折れている話の腰ですが、話の腰を折らないで下さい」僕は魔王さまにジト目を向け「で、なんで二人ともあんなに傷だらけだったんだ?」と続けた。
「ふん」紅い女性が鼻を鳴らし僕から視線を外した。「なんで俺が、金魚の糞に説明せねばならないんだ」
「いいから話せ」魔王さまの苛立ちを隠さず紅い女性に命令した。
「はい!」紅い女性は背筋を伸ばし返事をする。「実は、主様に先んじて、そこの人間の少女と共にあの塔に潜入しまして」
「お前らが?」魔王さは怪訝そうに言う。
この展開は、どう答えても紅い女性には暗雲が垂れ込める事だけは間違いない。その確信と同時に「ん?」と頭に引っかかりを覚える感覚になる。
デジャヴか、何かか?
「はいっ。あの憎らしい勇者達も塔に入ろうとしていたので、先に、めぼしいお宝を回収して主様に献上しようかと」
「は?」魔王さまのこめかみに青筋が浮かぶ。「それはあの子の成長を妨害しようとしたのか?」
無限にある返答の中でも、『勇者』と『塔』という最悪のキーワードを使った紅い女性に、同情する。
せめて傷の言い訳は「転んだ」の五文字にとどめておくべきだった。これなら、解釈は無限大だ。ただその言い訳のあと「何故、転んだ」と問われ、馬鹿正直に答えたら心証は最悪で、機転を利かせて、虚偽の申告で、嘘に嘘で固めれば、その罪は重くなるという理不尽な未来が待っているのだけども。
「それで、あの塔には宝とやらがあったのか?」
「え、えと。無かったです」金髪の少女が話に割って入る。「あ、あったのは沢山の罠と、魔獣? みたいな化け物がいただけで、宝物らしい宝物はありませんでした」
「それは嘘ではないな?」
「は、はい。あ、あったら。お、王子さまに渡しています」
「でも、それじゃあ、帳尻というか話の辻褄が合わないじゃない?」僕は精一杯、二人を助けるために言葉を発する。「なんで、二人で塔に上ったのさ。君は僕に宝をあげたい。赤い女性は魔王さまに宝をあげたいって動機が一致してないんじゃないかな」
仮に僕に塔で見つけた道具や宝を渡しても、ガキ大将の理屈で、魔王さまの物になるだけだ、と思うがその真実を口にすると、話が永遠に終わらないので黙っておく。
「と、塔で見つけた物は、魔王さんのストーカーさんと、均等に分ける約束でした」
「まあた。不利な条件を呑んで。君、いつか身を持ち崩すよ」
「不利な条件ではないぞ。金魚の糞」赤い女性が内に針ふくんだような物言いで言ってくる。「俺だってそこまで不義理じゃない。約束は守るさ。それに塔の探索に当たっては、役割分担もしていた」
「役割分担?」
「は、はい。そうです」金髪の少女はコクコクと頷く。「塔に仕掛けてあるかもしれない罠は、わ、私が解除して、塔に出るかもしれない魔獣などは、ま、魔王さんのストーカーが退治するっていう」
「君、罠を外したり出来るの?」僕はわずかながらに驚く。
「は、はい。わ、罠を外すというよりは、村にいた頃によく、獲物用の罠を仕掛けていたので、だいたいの、罠の位置は、予測できます」
「君がストーカーでよかった」
もし、金髪の少女が背後から迫るストーカーでなく、先回りして罠を仕掛ける狩人だったらと想像すると、ぞっとしない。
「そ、それでもいくつかの罠には引っかかりましたけど」
「そして魔獣やらなんやらは、俺が引き受けたと言う訳だ」紅い女性が胸をはる。
「だから二人とも平等に傷だらけだったというわけか」
僕はなんとなく腑に落ちる。
しかし、飛翔能力があり魔獣と戦い合える紅い女性に、罠を見破れる上に仕掛けられる金髪の少女。二人とも、味方にせよ敵にせよ手を持て余す存在なのは間違いない。
魔王さまも含めて、女性というのは男性の手には負えないのか? それが真実なら生まれる前に、神でも悪魔でもいいから前情報として教えて欲しいものだ。
「それで」魔王さまが話を区切るように咳払いをし「結局、塔の中はどうなっていたんだ?」と続けた。
「はい。主様。塔の中は螺旋階段とでもいうのでしょうか、壁にそって登っていくありきたりなものです。そして要所要所で、フロアがあり、そこには魔獣や、奇妙な絡繰り人形のような物が待ち受けていました」
「奇妙な絡繰り人形?」
「はっ。仕組みは分かりませんが、岩で出来た巨人だったり、氷で出来た巨大な鳥だったりですかね。あと骸骨の剣士に戦いを挑まれもしました。まあ、その辺りは俺にも分かりかねますが、とにかく今まで見たことのない異形なものでした」
よくそんな所見殺しの相手をしたな、と僕は心の中で拍手する。
「よくお前、そんな所見殺しみたいな奴を相手にしたな」
「はいっ。お褒めに預かり光栄です。ただ」とここで紅い女性が言葉尻を濁しながら「塔の最上階へのフロアを守っていた相手には手も足も出ませんでした」という。
というか、ほとんどあの塔を制覇するまでに至っていたという事か、と僕は驚愕する。
「そうなのか? 赤い下郎のようにしぶとい奴が手こずる相手なんているのか」
「魔王さま。それ絶妙に貶しています」
「はい。最後のフロアを守っていたのは複数の魔獣とも、絡繰りとも、そのどちらかにも属していない存在でした。魔法も物理攻撃も全く通じず、おめおめと敗走してしまいました。できる事といえば、金髪を抱きかかえて塔の窓から脱出する事が精一杯で……」
「わ、私なんて。その時、す、すごい悲鳴を上げちゃって」
「俺だって、はらわたが煮えくり返って咆哮したから似たようなものだ」
「あれお前らだったのか!?」
「ん? お前にしては口が悪いな」
「はい」
馬鹿みたいに長話になったが、ここに来てようやく、頭に引っかかっていた謎が解明された。
塔に上って悲鳴を上げたのは、間違いなくこの二人だ。そして、塔の下にたむろしている人間達が二人の姿を見ていないのは、紅い女性が金髪の少女を抱えて遙か上空から逃げたからだ。
「何の話だ? 金魚の糞」
「君達がすでに塔の犠牲者という伝説に組み込まれてたって事だよ」
「な、なんの話でしょうか?」
「いや。知らない方がいい」
アクティブなストーカーってすぐに巷間にぎわせる存在になれるんだ、と感心すら覚える。
「なんかよく分からんが」魔王さまは無関心に切り出した。「つまり、下郎達はあの塔をほとんど制覇したという事だな」
「はい。その通りです。そして、そこの金魚の糞の予想が正しければ、塔の最上階に極上のお宝があるかと」
「一応、その話は聞いてたんだ。まあ、たぶんだけどね。それでどうします? 魔王さま」僕は魔王さまにお鉢を回した。「勇者の後に続きますか?」
「当たり前だ。あの塔はまだ完全攻略されていないんだろう。それに、赤い下郎が手こずるのだから
あの子にも被害が及ぶかもしれん。私達は陰ながらあの子を守るぞ」
「結局そうなるんですね」
「当たり前だ。行くぞ」
まあ、最後のフロアの敵に関してはなんとなかなりそうな気がしないでもないが。
魔王さまは、塔に向かって大股で歩き出す。僕は、紅い女性と金髪の少女の様子を窺う。二人とも、何か共有の意思を持っているようで、静かに僕らを観察してきた。
その態度に納得した僕は、「魔王さま」と魔王さまを引き留める。
「なんだ? もうあの子は塔に入っているかもしれないんだぞ」
「十中八九ね。でもまあ、塔のほとんどの罠や魔獣や絡繰りは、後ろの二人に突破されてる訳ですし、ある程度の安全は確保されているので、急ぐ必要もないでしょう。それより『回復薬』を二つほど頂けますか?」
「? 別にいいが、何に使うんだ」
魔王さまは懐から『回復薬』を二つ取り出し、僕に手渡してくる。ずしりと『回復薬』の重さが手の平に伝わってくる。魔王さまこそ、こんなにかさばる『回復薬』を体のどこに仕込んでいるのか、僕の鞄よりも謎だとは思わないのか。
そんな不毛な議論をしても意味はないので、僕は受け取った『回復薬』を紅い女性と金髪の少女に手渡した。
「なんだコレは?」紅い女性が不服そうに言ってくる。「俺達の傷は、主様の、主様のおかげで癒えたぞ」
「まあ、持っておいた方がいいよ。たぶん。もしかしたら役に立つかもしれないし」
たぶん、と、もしかしたら、が結婚すれば、確実、になるもんだ、と僕は口の中だけで呟く。
「おい。早くしろ。置いていくぞ」魔王さまが僕を急かしてくる。
「はいはい。今、行きますよ」
ほとんど攻略されたも同然の塔だが、おそらく最後は全てが繋がる。
「しかし。本当に高い塔だな」
塔の真下に来た魔王さまが塔を見上げながら、なんのひねりもない感想を口にした。
依然として塔の周りには人間達がたむろしていたが、さきほどより数が増えたような気もする。紅い女性と金髪の断末魔のせいで、誰も塔へ入ろうとする者がいない分、ただの、物見遊山の類いなのだろう。
周りの人間に、もうこの塔は最後の難関を除いて攻略済みですよ、と伝えたらこの塔を登る者は何名ほどいるのだろう、と考えるが、どうせそんな度胸のある奴は少ないだろう。
問題なのはその少ない奴に『勇者』が含まれている点だ。
「とっと目的をすませましょう。もう、すでに情報過多でお腹いっぱいなんです」
「うむ。じゃあ行くか」
魔王さまは、ずんずんと大幅で進み、塔の入り口に入って行く。
魔王さまに続き塔に入った僕は「おおっ」と声を上げた。
塔の内部は紅い女性の報告通り螺旋階段状になっており、壁には等間隔に陽光を取り入れる為の窓がある。
僕が驚いたのは、塔の内部の惨憺たる様相だった。
まるで盗掘にでもあったかのように、あちこちが破壊され、地面には大きな岩の塊がいくつも落ちており、クレーターのようなものが出来上がっていた。
さらに床の至る所には深い穴が空いており、恐る恐る穴を覗いてみると、鋭い刃が覗いている。
壁面を見てみると、罠が発動したような穴が多数見受けられ、その反対側の壁を見やるとその罠から発射されたと思しき巨大な鉄の矢が、数十本も刺さっている。
螺旋階段も所々破損しており、おそらく、トラップを踏んだ侵入者を塔から一階まで案内して穴に落とす親切な罠もあったらしい。
一階にして、侵入者を○しにかかっているのがありありと伝わってくる。
「ほう。あの金髪の下郎、中々やるなあ。この罠だらけの塔を最上階一歩手前まで進むとは」
「なんかあの少女が魔王さまや僕達人外を相手に、ストーカー行為を成立させている理由が分かりました」
なんというか、この塔を造った存在に憐憫の情を覚えるほど、見事に全ての罠が解除されている。
「これなら、あの子も塔のてっぺんまで、あっという間だな。それにしても、やはり高いな。あの子の体力で大丈夫か?」
「まあ、大丈夫じゃないですか。さっき魔王さまを抱いてジャンプした時に見ましたけど。それこそ高さはありますが、限りなく円錐に近いつくりでしたし、上に登るにつれ、階段の段数も少なくなりますしね。それに……」
「それに?」
「最悪、勇者の体力が無くなったら、魔王さまがこっそり『回復薬』を使えばいいだけの話ですし」
それ以前に、勇者には大の男が二人も仲間にいるのだから大丈夫だろう、とも思うが、その情報はあえて魔王さまには伝えない。
魔王さまの視野の狭さにはある意味感謝するしかない。
「それもそうか」魔王さまは馬鹿正直に納得する。「では我々も行くか。おいガキ」
魔王さはそう言うと、腰をかがめて子供を見る。
「?」子供は魔王さまの行動の意図が分からないのか、小首を傾げ、魔王さまを見やった。
「何、ぼさっとしている。ガキの席はここだ」
魔王さまは、自分の背中を顎で示した。子供も魔王さまの言葉の意味を理解したのか、遠慮がちにゆっくりと魔王さまの首に手を回す。
魔王さまを絞め○すなら今だぞ、と僕は無垢な子供に念じるが、当然ながらそんな願い届くはずもなく、子供は魔王さまの背中におぶさった。
「へえ」僕は表向きでは感心の声を出し、心の中では舌打ちをした。
「どうした。そんなにニヤニヤして」
「いえ、なんでも。魔王さまも子供には甘いなと思いまして」
「失礼な奴だな。とにかく行くぞ。もしかしたら金髪の下郎が取りこぼした罠に、あの子が引っかかるかもしれん」
「可能性は低そうですが。まあ、行きますか。最後のフロア以外は消化試合なんですし。神樹さんも行きますよ」
僕は背後にいる神樹さんを見やる。神樹さんは小さく頷き返事をしてきた。
魔王さまは、子供を背負いながら螺旋階段に足を乗せた。
魔王さまが足を進める度に螺旋階段が乾いた音を鳴らす。僕らも魔王さまに続くごとに足音がなり、その音が塔に反響し、足音と足音がぶつかり合い、波紋のように広がっていく。
しばらく螺旋階段を上っていくと、広い空間に出た。ここが紅い女性の言うフロアらしい。
フロアには戦いの形跡があり、至る所に魔獣の死骸が転がっていた。どの死骸も丸焦げになっており、生きていた頃の原型はとどめていない。
十中八九、紅い女性が仕留めたのだろう。
「ふうむ。これが赤い下郎の言っていたフロアにいる魔獣とかいうやつか」
「まあ、そうでしょうね。先を進みましょう」
「その前に、あの子は今、この塔のどのあたりまでいるか分かるか?」
「人を探知機みたいに言わないで下さい。誰のせいでこんな煩わしい特技ができたと思っているです」
「私のおかげだろ」魔王さまはあっけらかんと言い切る。
「そういう事にしておきます。ちょっと待って下さい。あと、誰も喋らないで下さい。耳に集中できませんから」
「あい分かった」
魔王さまの返事を聞き、僕は目を閉じ意識を耳に集中させ、勇者達の足音を探した。この塔の中にいるのは魔王さまと僕達を除けば、勇者達御一行だけなので、比較的楽に見つけられた。
多少、音の反響で正確な場所はぶれるが、大体の位置は分かる。
「そうですね。結構上の階までのぼってますね。五十メートルぐらい上でしょうか」
「もう、そんなに登ったのか?」
「さっきも言いましたが、この塔は円錐状になってますから、上の階に登るほど登る速度は加速度的に速くなっていきます。しかも、紅い女性と金髪の少女のおかげで、罠もなければフロアで待ち構えている敵もいないんですよ。まさしくピクニック感覚ですよ」
「私達も急ぐぞ」
「そんなに急がなくても、魔王さまの方が早いのですからそのうち追いつきますよ。どうせ追いついても、魔王さまは勇者に直接会う気なんてないんですから、その焦りは無駄以外の何物でもありません」
「先にあの子が最後のフロアに辿り着いたらどうするのだっ」
「先に塔に入った上に、塔の最上階までは一本道ですよ。魔王さまが勇者を守るにせよ、どうせ後手に回るしか選択肢はないんです」
「ぐぬっ。お前、いらぬ真実ばかり無慈悲に指摘しおって」
魔王さまは不機嫌になりながら、フロア抜け、螺旋階段を上っていく。
その先の道のりは語るべき物は何もない平坦なものだった。ただ、罠を解除された螺旋階段を上り、退治されたフロアにいる魔獣や絡繰りを尻目に先に進む。
ただそれだけだ。
魔王さまと僕達が歩む道には、塔を探索する達成感もなければ高揚感も生まない。
「暇だな」
魔王さまがようやくその事実に気づいたのか、ぼやく。
「そりゃあ。ただ階段を上がっているだけですからねえ」
「あの子もそろそろ、この塔に飽きてくれないかな」
「たぶんないですね」
「なんで言い切れる?」
「魔王さまには黙ってましたけど、勇者達の偵察をしている時に見かけたですけど」
「何をだ」
「勇者は、塔に入る前に嬉しそうに準備運動してましたよ? それに、魔王さまもご覧になった通り、お弁当まで持参してます。たぶん、見晴らしの良い塔の頂上でお弁当を食べる気満々だと思います。だから、高確率で、金髪の少女と紅い女性が突破できなかったフロアにぶち当たります。その場合、勇者達が無傷で生還できる可能性は皆無です。つまり、勇者のピクニックを達成させられるのは……」
「あはははっ。私だけと言う事か」魔王さまは呵々大笑する。
「そうやってテンションを上げそうだから黙ってたんです。僕だって今すぐこんな塔から出て行きたいですよ。まあ、今更戻るのも面倒ですけど」
「そういえば、塔を制覇したとして帰りはどうするんだ」
「この塔の制作者がご都合的で紳士的であるなら、塔の頂上から、一気に地上まで抜け出されるギミックとかがあればいいんですけどね。なければ、お家に帰るまでが遠足です理論で、もう一度、このクソ高い塔を下る事になります」
「なんだかなあ」魔王さまは大きく深呼吸をし「飽きたっ」と力強く言い放つ。
「僕はその言葉を心の中で、二百回ぐらい言いましたよ」
「何か面白い事しろ。上司命令だ」
魔王さまの発言に僕は目の前がぐにゃりと歪む感覚に陥る。何だって僕は、この魔王さまの部下なのだろうか。
「僕には面白い事は出来ませんが、おそらく、もうすぐ面白い事が起きますよ」
僕は予言者のように言い、塔の壁面にある窓を指さした。予言では無く明確な予測だ。
「? 何が起きるんだ」
「まあ、耳を澄まして、見てれば分かります。あと五秒といったところでしょうか」
僕は再び目を閉じ、秒数を数える。「五、四、三」
僕が数を数えるごとに、塔の外から風の着る音と、女性二人の悲鳴が聞こえてくる。
「何か、聞き覚えるのある声が塔の外から聞こえてくるな」
その瞬間は瞬きするよりも短い光景だった。陽光を取り込む為の窓の外を二つの影が悲鳴と共に、落下していく。
僕の動体視力では、視認できないが、落ちていった者達が誰ぐらいは音と悲鳴で分かる。
紅い女性と、金髪の少女だ。
「おいおいおいおい」魔王さまが早口で僕に言ってくる。「なんで、下に置いてきた赤い下郎と金髪の下郎が、塔の上部から落ちてくるんだ」
「まあ、ずるをしようとしたんでしょうね」
「ずる?」
「あの二人にはこの塔の最後のフロアは突破できなかった。しかし、塔を制覇をして、存在しているかどうかも分からない塔のお宝は欲しかった。どうせ『お宝は山分け』という約束で、もう一度、紅い女性は金髪の少女と手を組んだ」
「それがどうして、ずるになるんだ」
「飛んだんですよ。空を。そうすれば、塔の罠や敵を無視して塔の頂上まで到達できる」
「じゃあ、なんであの下郎らは落下していったんだ?」
「昔の神様の話なんですけど、まあ、簡単に言えば蝋の翼を得た人間が、太陽に近づきすぎて、その翼が溶けて落下して死亡したっていうものです」
「あの紅い下郎の翼は蝋ではないだろう」
「ただの比喩ですよ。あの紅い女性なら、まず間違いなく塔に向かって飛ぶと思ってました」
「だったら最初からそうすれば良かったではないか」
「それは最初の目的が『塔で回収した道具や宝を魔王さまに献上する』というものがあったからです。でも実際には塔に登る過程でめぼしい道具も宝もないと知ってしまった。だから、手っ取り早く空を飛んで塔の頂上を目指したわけです」
「なぜ金髪の下郎を連れて行ったのだ」
「そりゃ、罠を回避する為じゃないんですか? 罠のほとんどは解除されますが、塔の頂上に罠がないとも言えない。それに塔を造った存在だって、頑張って多種多様かつ夢のような罠や魔獣や絡繰りやらを配置にしたのに、外から攻略されたらたまったもんじゃない。だから外部からの侵入者用の罠ぐらいは、貼っておきますよ。こればっかりは、紅い女性と金髪の少女の傲慢による軽はずみな決断の結果です」
「お前、だからあの二人に『回復薬』を渡したのか?」
「まあ。あの二人が、魔王さまと僕と後をストーキングしてこない段階で、おおよそのストーリーは出来てました。さすがの僕だって、あの二人を見殺しにはしませんよ」
「お前、性格悪いな」魔王さまが呆れるようにように言ってくる。「それにしても、神なんて信じないお前がよくそんな話知っていたな」
唐突な質問に、僕は混乱する。そういえば、なんで僕はそんな下らない教訓染みた神話を知っているのだろうか。
最近よくある自問自答だ。
経験則で予想したのなら分かるが、わざわざ、こんな話を僕がたとえ話に出すか?
かといって、何かの本で読んだ記憶もない。
とはいえ、いまそんな事を考えても無駄か。勇者達との距離も随分と近づいてきたし、随分と塔を登った。おそらく、最後のフロアは目と鼻の先にある。
「そんな事どうでもいいじゃないですか。とりあえず悲劇の皮を被ったした喜劇も終わった訳ですし。とっとと塔を登り切りましょう。そろそろ、勇者達御一行も最後のフロアに足を踏み入れる頃なんじゃないんですか」
「なんか、煙に巻かれたような気もするがそうだな」
魔王さまは一応の納得を見せ、階段を登っていく。
さきほどの紅い女性達の悲劇の皮を被った喜劇は予定どおりだったが、螺旋階段を上り最後のフロアと思しき空間に広がった光景は予想外だった。
当たり前だが、フロアには勇者達御一行がすでに到着しており、フロアの敵と抗戦していた。予想外だったのは、勇者達御一行は、フロアの敵に対して苦戦を強いられているが、全滅していない事だった。
僕の予想では、すでに勇者達御一行は、フロアに現れる敵に全滅させられているはずだった。
当たり前だ。
紅い女性の話が本当なら、このフロアの敵は物理も魔法も通用しないはずだから、逆立ちしたって勇者達に勝利の目はない。しかし、勇者達は一人を除いて傷だらけではあるものの、誰一人死亡していない。
いっその事、全員が死亡していてくれれば、勇者達の亡骸を回収して、魔王さまの『回復薬』でどうにかなったものを。
正直なところ、わざと塔を登るペースを操作して、勇者達と魔王さまの距離を一定にしていた。
死亡してもすぐなら、『回復薬』で蘇生できるし、適当な言い訳もでっち上げることもできた。
だが案に相違して、勇者は無傷で、他の魔法使いの女性と剣と男性と盾の男性は、傷だらけだが五体満足で生きている。
「あの子の様子はどうだ」フロアに続く螺旋階段に隠れている魔王さまが訊いてくる。
「残念な事に勇者は無傷です。他の人達はそこそこダメージをくらっているようですが」
「あの子が無傷ならそれでいい。それで、あの子の敵はなんなんだ?」
「ちょっと待って下さい。すぐに答え合わせをします」
僕は言いながら、勇者達が戦闘している相手を観察する。
物理攻撃も魔法も効かない、という紅い女性の情報でおおよその見当はつけていたが、勇者のみが無傷という事実だけで、予想は確信に変わる。
このフロアの敵は幽霊だ。
壁面に飾られた無数の絵画から、女性の幽霊が飛び出し、勇者達に襲いかかっている。女性の幽霊達は高笑いを上げながら、獲物をなぶる猛獣のように勇者以外を痛めつけている。
勇者の仲間も尻尾を巻いて逃げれば良いのに、と思うが、そのあたりは幽霊達も考えているようで、一体の幽霊は完全に勇者達の退路を防いでいた。
「で、あれがこの塔における最後の敵か?」
「そうでしょうね。物理攻撃も魔法も通じない。あのストーカー二人が逃げ切れたのは、紅い女性が窓から逃げるという反則技が出来たからです」
「で、どうする? この状況」
「どうせ勇者を助けるんでしょう。それにしてもあれが幽霊なら、なんで他の生き物に見えているんだ。墓場の幽霊は、誰にも見えなかったのに。なんか幽霊の厄介な性質だけを都合良く性質を切り抜いたようですね」
「じゃあ、まとめて消すか?」
「いや、だからあれが幽霊なら魔王さまの天敵ですよ。墓場での一件を覚えてないんですか」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「ううん。僕の考えが正しければなんですけど」僕は間延びした声を出す。「たぶん幽霊という存在に上位互換とかが存在するなら、以前、というか今も勇者をストーキングしている幽霊は無敵に近いです」
「私が手こずるぐらいだからな」
「違いがあるとすれば、あの幽霊達は通常の生命でも視認できている点と、標的に物理的な攻撃を加えられる点です」
「それで?」
「つまり少なくとも、質量はあるって事ですよ」
「だーかーらー。それで何だ?」
「いやだから逆もまた然りなんじゃないかなって。具体的に言いますと、幽霊側の物理攻撃は無視する事にして、勇者が無傷なのはあの墓場の幽霊が、勇者を守っているって事じゃないんですか。墓場の幽霊はあの絵画の幽霊達を威嚇しながら、勇者を守っている。墓場の幽霊は自分を認識していない相手を攻撃できなかったですしね。ちなみに物理攻撃もできない。でも、実際問題、魔王さまが幽霊に呪われた時も、首筋に呪いにの刻印を物理的に刻まれた訳ですし」
「だあ。まどろっこしいな。だから何なんだ?」
「いやだから、あのフロアの幽霊達も勇者のストーカーである幽霊の姿が見えているのでは、という訳で。なので魔王さまや僕ができるというかする事は何もないと思いますよ? たぶん、この戦いもすぐ終わります」
「お前は遠回りの天才か? もっと分かりやすく言え」
「我が儘ですね。説明も面倒なので、まずはあの絵画の幽霊達の首筋を見て下さい。その望遠鏡で」
魔王さまは渋々、望遠鏡を取り出すと絵画の幽霊達に向けた。すぐに思い当たる事があるのか「これは……忌々しい思い出が蘇ってくるな」
「絵画の幽霊達の首筋には何がありました」
「……数字が並んでた」
「で、その数字は?」
「3・7・5・6だな」
「じゃあ、墓場の幽霊が見えるカメラで、勇者を撮影してしてみて下さい」
「わ、分かった……」
魔王さまは首からかけているカメラを勇者に向けると、シャッターを切った。無機質な音と共に紙が出てきて、ゆっくりと勇者と墓場の幽霊の姿が浮かび上がってくる。
浮かび上がってくる画像には、絵画の幽霊から勇者を守るように手を広げている、墓場の幽霊の姿があった。
さすがというべきか、絵画の幽霊のある意味では薄っぺらい悪意の笑みとは違い、墓場の幽霊が浮かべているのは邪悪そのものを体現するような、深く重い笑みだった。
さらに注目すべきは、墓場の女性が広げている腕の手の平の形だった。魔王さまが撮影したのはまさに奇跡の一枚だ。魔王さまが撮った写真には、あと数秒で最後の数字が示される墓場の幽霊の手の平の指が映されていた。
「ね? あと一秒も待たずに、あの絵画の幽霊達は全滅です」
「たしかにな。あの最後の数字は……」
「「4」」魔王さまと僕の声が唱和する。
魔王さまと僕が声を重ねた瞬間、絵画の幽霊達はわずかに苦悶の表情を浮かべ、霧が霧散するように消え去る。まさに瞬殺だ。壁の絵画を見てみると、どれも無残に破かれており描かれていた女性の名残はない。
突然消え去った絵画の幽霊達を見た勇者達御一行は、目を丸くして警戒を解かずに周囲を見渡している。
おそらくはこれで、この塔は完全攻略されたはずだ。
主な犠牲者は紅い女性と金髪の少女だが、被害は最小限とも言える。
「なあ?」魔王さまがひそひそと僕の耳元で呟いた。
「なんです?」
「ぶっちゃけ。あの幽霊の下郎って最強なんじゃないか? 指で37564って示しただけで対象の相手を呪い○せるんだぞ。しかも任意の相手を複数同時に」
「いえ」僕は言下に否定する。「たぶん、相性の問題じゃないんですか。あの勇者のストーカー幽霊が最強なのって、相手にも認識されてるからですよ。今回は、勇者のストーカーの幽霊と絵画の幽霊との相性が抜群だったんんでしょ。こんな特殊勝利する条件そうそう揃いませんよ。普通の存在には幽霊なんて見えないんだし。だからこその、魔王さまと幽霊の不平等条約でしょ」
本当にあの絵画の幽霊と、勇者のストーカーである相性は抜群だった。
「そんなもんか?」
魔王さまは、どことなしにむくれているようだった。よほどあの幽霊に、勇者を守られたのが悔しいらしい。
「ま、いつもいつも、魔王さまが勇者を守れるとは限らないと分かっただけで、この世界は辛うじて平等に出来ているんだなって思いますよ」
「ちっ」
「あ。勇者達が最後の螺旋階段を登って行きますよ。追いましょう」
僕は魔王さまの機嫌をとるように促す。
「そうだな。まだ最後まで何があるか分からないしな」
気配を消し、魔王さまと僕達は勇者達の後を追う。フロアを抜け最後の螺旋階段にさしかかり、視線を上に向けた。わずかな陽光が光源だった塔の内部と違い、目映い光が目を刺激してくる。
本当にもうすぐ塔の頂点らいしい。
「屋上には何があるんだろうな?」
「さあ?」
「あの子に有益になるお宝とかあればいいのだが」
「さすがに何かはあるでしょう」
「そうだな。せっかくあの子が頑張ったんだからな。努力する者は報われるというし」
それは著しく誤っている結論だ。なぜなら、勇者は弁当を携えてほぼ危険のない塔を登っただけだ。本来であれば、真に報われるべきなのは、紅い女性と金髪の少女だが、その二人だって己が欲に駆り立てられた結果、塔の藻屑となったのだから、ある意味では報いを受けたとも言える。
さて、他者の犠牲の下、あの勇者が手に入れるのは何なのか。
それは僕も気になる。
僕は、勇者達御一行様が塔の屋上に消えるのを見届けると「魔王さま。行きますよ」身をかがめながら螺旋階段を登った。
螺旋階段を登るごとに太陽の光が強くなり、魔王さまと僕達は勇者に気取られぬように、ひょっこりと頭だけを出し、塔の屋上をうかがい見た。
塔の頂上は緑に包まれていた。青々とした芝が敷き詰められ、至る所に色とりどりの花が咲いている。今まで登ってきた塔は何だったのだと苦情を言いたくなるほど、静謐な風景が広がっている。
その空間の中央には、祭壇のような物が設置されている。その祭壇の周囲に勇者達御一行がいた。
祭壇の上にある何かを訝しみながら眺めている。
「この角度からじゃあよく見えんな」
「魔王さまには望遠鏡があるでしょう。それならなんとか見えるんじゃないんですか?」
「そういえばそうだな」
魔王さまは望遠鏡で祭壇を見る。そして「んん?」と眉間に皺を寄せ唸った。
「何か見えましたか?」
「なんか。キラキラ光る翼のようなものが浮いてるな」
「キラキラ光る翼?」
「ああ。先っぽがとがって、その先がさらに光ってる。なあんかどっかで見たことあるような……」魔王さまは、そこまで言って「おおっ。お前がいつも使っている道具に似ているな」と納得する。
「僕がいつも使っている道具」
「ああ。お前が料理レシピを書いたり、宿屋でサインをする時に使う」
「ああ羽ペンですか。でも、そんなものがなんで塔の頂上、しかも祭壇に祭られてるんでしょう」
「私が知るか。あ、あの子があのキラキラのペンを手に取ったぞ」
「なんとも無警戒な……」
僕が呆れ半分感心半分の心持ちで勇者を見ると、とんでもない光景が目に入ってきた。勇者の手の中にある翼型のペンらしき物から、さらに輝きが増し勇者達御一行を包み込んだ。
そして光が消えると同時に、勇者達も光に飲み込まれるように姿を消した?
「はあっ!?」魔王さまが教練気味に叫び「あの子はどこへ消えた?」
「知る訳ないですよ。たぶんあの祭壇にある翼の道具を取った事で福音というかそういう物を授かったんじゃないんですか。前向きに考えると塔の外に転送されたとか」
「その根拠は?」
「根拠なんてないですよ。この世界に根拠を求めること自体が安易な考えなんです」
僕が適当に返事をしていると、突然、塔が激しく揺れ始めた。揺れは激しさを増していき、螺旋階段もフロアの床も崩れていく。
「これが根拠です。たぶん勇者があの祭壇に祭られた道具を手に入れてしまったから、塔そのものに存在意義がなくなって自壊し始めたんですよ」
「本当にあの子は無事なのか?」
「だから分かりませんって。とにかく逃げますよ。塔の攻略は帰るまでが攻略です」
僕は背後にいた神樹さんを抱えて、塔脱出の準備をする。
「私達はまたこの塔を下らねばならんのか?」
「そりゃそうでしょう。少なくとも勇者達がこの場から消えた以上、この塔に留まる意味はありません。魔王さまは、子供をお願いします」
「本当にあの子は大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ですって。それにこの塔さえ出れば、勇者の安否を確認する方法だって僕は持ってますから」
「本当だろうな?」
「こういう時、他者を疑う者が真っ先に死ぬんです。まあ、魔王さまは死なないでしょうけど」
下らないやりとりをしている間にも、踏破どんどんと傾いていき「絶対に倒壊しますからね」という塔の意思がひしひしと伝わってきた。
「とにかく塔から逃げればいいんだな」
「そうですよ」
「だったら話は早いだろ?」
「はっ?」
「この塔が崩れることを望んでいるなら、潔く逝って貰おう」
魔王さまは手から謎の光る玉を発生させた。玉の周囲には、パチパチと弾けるよう火花と音が爆ぜている。
「馬鹿じゃないのかっ。普通に逃げればいいんですよ。魔王さまと僕の足なら、子供と神樹さんを担いでも余裕で逃げれますって」
「あの子のいない塔など、この世界には不要だ。散々人を見下しおって。ただの中古物件がっ。消し炭にしてくれるわっ」
「やっばっ」
僕は魔王さまから子供を引ったくるように脇に抱える。と同時に魔王さまの懐から『回復薬』を三つ拝借すると、二人を抱えてフロアの床を蹴破り最短ルートで、塔からの脱出を計る。
頭上から、激しい雷鳴と共に「あははっ。消えろ消えろ消えろ。こんな中古物件その辺の魔獣の巣になればいいんだ。中古物件は粛正だあ」と訳の分からない魔王さまの咆哮が聞こえてくる。
十数回フロアの床を蹴破り、一階に辿り着く。頭上から大きな岩の塊や罠の名残であろう槍が降ってくるが、それらを回避しながら、塔の外へ躍り出た。
周囲を見渡す。あれだけ美しかった高原は見る影もなく、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
倒壊する塔と、塔の上空から空を割るような轟音と共に飛来する雷から逃げ惑う人々たちで埋め尽くされてる。
「これ絶対、何人か人死に出てるんじゃない?」
僕は引きつった笑いを浮かべながら、逃げ惑う人々に紛れるように塔から一気に距離を取った。
塔から少し離れた高台に避難し、子供と神樹さんに「二人とも大丈夫かい?」と安否を確認する。
二人とも、僕の脇でコクコクと顎を引いて返事を寄越してくれた。
崩れゆく塔と、逃げ惑う人々を見て、僕はある昆虫の風景を思い出す。
小さな昆虫が自分達より大きな昆虫に群がり、戦う姿だ。
記憶の脇に置いていたが、眼前に広がる光景を見て、やはり、小さな昆虫がいくら集まっても大きな昆虫には勝てない事もあるだな、と思い、この昆虫の光景を見た責任者は誰か知らないが、僕は、もう一度昆虫の話は忘れる事にした。




