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『魔王さま』と『勇者』の幽霊リベンジ。

「だあ。どえらい目に遭った」

 僕は地面に膝をつきながら、息を整える。

 つい先ほどの話だ。魔王さまが、集合墓場で勇者を盗撮しまくったせいで、勇者の守護霊だか勇者に取り憑いた背後霊だか分からない存在に目をつけられた。

 挙げ句、魔王さまが勇者に絡みつく幽霊に喧嘩をふっかけたせいで、幽霊の反感を買い、そしておそらくではあるが魔王さまは呪われた。

「ちぃ。何なんだあの白い下郎は?」

「そりゃ。幽霊でしょうよ」

「分かっている」魔王さまが僕に唾を飛ばしてくる。「なんで私が、幽霊ごときに背を向けねばならぬのか、と訊いているのだ」

 そんな事を訊かれても、僕に答えようがない。まだ魔王さまは混乱しており、魔王さまの言葉が恫喝か叱責でないだけ僕としては救いがあるが、一から十まで魔王さまのせいなのだから、答えようがないとしか言い様がない。

「そりゃまあ、魔法も効かなければ物理攻撃味も効かない。あげく、最後の手段だった幽霊との対話を魔王さま自身が自爆とも言える底知れぬ浅はかさで台無しにしたんですから、当然の帰結かと」

「本当に、私は呪われたのか?」

「おそらくは……あ」僕はポツリと声を零す。

「何が、あ、なんだ」

「いやですね。僕の予想はどうやら正しかったらしいです」

 僕は脇に抱えて、共に幽霊から逃亡してきた子供と神樹さんをおろし、手に持った荷物から、手鏡を取り出した。

 手鏡を魔王さまに向け、ここを見て下さいと、僕は自分の首元を指指す。

 魔王さまは、子細に僕の首を見て「首がどうした?」と訊ねてくる。

「僕の行動と言動を紐付けして下さい」僕はげんなりしながら「僕の首ではなく、魔王さまの首ですよ」

と続けた。

「私の首がどうした。いつも通り絹のように美しい肌が見えるだけだろ」

 この人の自己解釈というか自己愛には際限がないのか。

「だったら。見て下さい。その目で。魔王さまご自身の首を」

 僕はぐいっと更に、手鏡を魔王さまに近づけた。魔王さまは目を細め、鏡の中の自分を見る。すぐに「おい。この鏡、壊れているぞ」と僕の準備している疑問とは違う疑問が飛んで来た。

「魔王さまの夢のようにですか」僕は即座に突っ込む。「鏡は至って正常です。正常じゃないのは、魔王さまの心ですよ」

「じゃあ。なんだ? 私の首に刻まれている数字は?」

 魔王さまの首には『5・6・4・2・1』という黒い数字が刻まれている。

 魔王さまが幽霊から受けた呪いのメッセージに相違ない。

 魔王さまは、ストーキング相手の勇者に纏わり付く幽霊に怒髪天をつき、身の程知らずにも幽霊に喧嘩を売った。その結果着地したのが、幽霊による『呪い』だ。

 幽霊に呪われるのは至極単純で、幽霊と唯一、意思疎通をはかれるカメラで荒ぶる幽霊を撮ればいい。それだけだ。

 一度撮る事に数字が追加されていき、これも、想像ではあるが『5・6・4・2・1』そして最後の数字である『9』が揃えば、呪いが見事に完成するという算段だ。

 魔王さまはすでに、五回、幽霊にカメラを向けている。あと一回、勇者に向かってカメラを撮影すれば『564219』すなわち『ころしにいく』という情状酌量の余地のない実刑が下さられる。

 論理的にいってそうとしか思えない。

「あ、の、白い下郎っ。私の珠のような肌になんて事をしてくれたんだ」

「まあ、まあ。落ちついて」

「何がだ?」

「いやあ」僕は後頭部を掻く。「これで分かったでしょう? 狙われる者の苦しみというやつを」

 僕は前向きに物事を捉える事にする。今まで、魔王さまは、自分の力に物を言わせて、ガキ大将のような傍若無人さで、勇者をストーキングしてきた訳だ。

 それがここに来て、はじめて自分が追われるというか、追い詰められる側に立った。

 長年、魔王さまに仕えてきた身としては、これ以上、愉快な事はない。

「まあ、とにかく。しばらく勇者をストーキングするのは控えるべきですね。ざまあない」

「お前、今、最後に不敬な事を言ったか?」

「気のせいでしょう」僕は空とぼける。

「とにかく。あの白い下郎をどうにかしなくてはいけないな」

「でも、どうしようもないですよね」

 言いながら、僕は心のなかで自分の言葉を否定する。

 正直に言うなら、魔王さまにも幽霊に対する突破口はある。しかし、安易にそれを教えては、熟慮という言葉をどこかに置き忘れてきた魔王さまの事だ。作戦の即時実行に踏み切るに違いない。

 他者の事情を差し置いて、自分の欲求を満たすことを最優先にする魔王さまの事だ。余計な事を察せられるわけにはいかない。

 僕は了見を定め慎重に言葉を選ぶ。

 すでに賽は投げられている。あとは、僕がどれだけ匙を投げるまで時間稼ぎをするかだ。どうせ僕の破局は目に見えているのだから、できうる限り先延ばしにしたほうがいいに決まっている。

「お前。何か案を出せ」先手を打ってきたのは魔王さまだ。

「案?」

「あの白い下郎をどうにかする案だ」

「勘弁捨て下さい」僕は降参するように両手を挙げた。「魔王さまに、どうにもできない以上、僕にできる事なんてありません」

 白状すれば、嘘だ。そもそも、魔王さまに出来る事は、力業での解決ぐらいで、作戦立案などの頭を使う作業など、どだい向いていない。破壊からの『回復薬』という通り一辺倒な行動しかとれない魔王さまに対して、幽霊は天敵といえた。

 魔王さまの知能の低さに、僕は内心でほくそ笑む。

「お前、よく本とか読んでるだろう」

「読んでますけど。本の知識だけでは、どうにもならない事もありますよ」

 当然の反論だ。本を読んでいるだけで、万事が解決するなら、僕は魔王さまの部下をすでに百回は止めている確信がある。

 魔王さまには自覚がないかもしれないが、今、僕の目の前にあるのはコップの中に注いだ水が、表面張力でなんとか零れていない状況と同じだ。

 あと一滴でも水がコップの中に入れば、まず間違いなく水は零れる。その水は真水ではなく、魔王さまの欲求という汚れきった汚水なのだから、余計に厄介だ。

 すでに、幽霊のせいで、勇者をストーキングできないストレス導火線に火がついている魔王さまだ。

 小人閑居して不善をなす、というが、魔王さまに思考する暇を与えるのは得策ではない。得策ではないが、打開策もないのが痛かった。

 自棄を起こした者ほど手の施しようのない存在なのだと僕は知っている。

 どうする。どうする。と自分の中の自分が、僕に問いかけてくる。

 何かいい案はないか? 魔王さまにとってではなく、僕にとって都合のいい案だ。

 どうせ誰も僕を助けてくれないのなら、せめて、僕ぐらい僕を助けろよ。

 思考を深くすればするするほど、時間は経つのが早くなるらしい。

 どのぐらいの時間、様々な案を自身に提案して否定したのか分からないが、魔王さまはおもむろに「目には目を……」と呟いた。

 くそっ。と僕は奥歯をつく。僕が考えあぐねている間に、魔王さまは、ない頭を振り絞って何かを思いついたようだった。

 限りなく水分を含んでいないスポンジでも、一滴ぐらいは水が出るものなのか、と僕は感心と絶望を同居させた感情を抱く。

「耳に入れたくはないですけれど、あえて訊きます」僕は探るように言葉を発する。「たぶん間違った言葉を使おうとしているとは思いますが」

「目には目を歯には歯を……とかいう言葉があるだろう?」

「ありますね。おそらく魔王さまの期待している意味ではないですが。その言葉は『やられたら、やりかえせ』って意味ではないですからね」

「そうなのか? お前はいつも私に言ってくるだろ」

「いやまあ。その言葉って魔王さまの暴走を止める為に使ってるんです。魔王さまがその言葉を使うと『やられたら、やりかえす。ただし百倍返し』になるでしょう。どう考えても幸せな未来は望めない」

「私は最後まで言ってないが?」

「最後まで言わせたくないから粘っているんです。どうせ責任を取る必要もないので言いたい放題言わせて頂きますが、僕の為を思うなら黙っていて下さい」

「お前ではない立場から好き放題言わせて貰うが、今の私ではあの白い下郎には勝てない。ということは、私があの白い下郎と同じ存在になれば、私でもあの白い下郎に勝てるのではないか?」

 この魔王さま。最短ルートで正解に辿り着きやがった。僕は頭痛を抑えるように目頭に手をやる。

「つまり、魔王さまは幽霊となってあの白い幽霊と戦う、と?」

「そういう事だ」魔王さまはふんぞり返る。「あの白い下郎と同じ土俵に立てば、なんぞ恐るるに足らず」

「はあ。やっぱりそう来ますか。でも、いいんですか?」

 僕はにじり寄るように、この議題の先延ばしをもくろむ。

「何がだ?」

「いやね。あの幽霊と同じ土俵に立つという事は『死ぬ』という事ですよね?」

「だからどうした?」

「僕も分かりかねるのですが。死んだらどうなるんです? 実際問題として」

「そんなの。あの白い下郎のように幽霊になるのではないか?」

「本当にそうなんですか? 死んだ者がすべて霊魂となるなら、この救いようのない世界が、幽霊だらけになりますよ。魔王さまが死んでも幽霊になる保証はありません。温泉街でも見たでしょう。別の形で生まれ変わる事例を。僕としてはとても都合がいいですが、魔王さまにとっては幽霊になれないリスクは避けたいのでは?」

「お前、舌鋒鋭く言うな。というか、お前、私の事嫌いだろ?」

「いえ。そんな事は」僕は半分嘯く。「しかし、魔王さまが死んだらどうなるかなんて、僕には分かりませんし」

「だったらっ」魔王さまが語気を強める。「だったら、死ぬスペシャリストに話を訊けばいいだろう」

「死ぬスペシャリスト?」

 そんな奇天烈な言葉は初めて聞いたが、誰なのかはおおかた想像はつく。

 僕の心中を知ってか知らずか、魔王さまは「出てこいっ。紅い下郎に、金色の下郎」と二人のストーカーを呼び出した。

 来なくても良いのに、紅い女性は上空から、金髪の少女は物陰から姿を現す。

「お呼びでしょうか主様」と紅い女性。

「え、えと。何かご、ご用でしょうか?」金髪の女性はおどおどと、魔王さまに質問をぶつける。

「二人とも律儀にまあ」

 勤勉かつ律儀なストーカーほど手に負えない存在はない。ストーカーという属性を取り除けば、この二人はどれだけ周囲に利益をもたらすのか。ある意味、大変もったいない逸材だった。

「お前ら、死ぬのは得意だよな?」魔王さまは唐突に切り出す。

「人に物を訊ねる態度じゃないですよ」僕は冷静に指摘する。「得意というか今まで、この者達を○してきたのは魔王さまでしょ」

「不可抗力だ」

 もはや暴君に何を言っても無駄か、と僕は腕を組みこの後の展開を見守る。

 すでに、賽は投げられ、僕は匙を投げた。

「それで主様。俺に何かご用ですか?」

「え、えと。何ですか?」

「お前ら、幾度となく死んでいるよな?」

「はいっ」紅い女性は折り目正しく返事をする。「ごちそうさまです!」

「わ、私は死にたくて死んだわけじゃ……」金髪の少女は真っ当な反論をする。

「とにかく、だ。お前らに訊きたい事がある」

「なんなりとお訊ね下さい」

「な、なんですかあ」

「『死ぬ』とはどういう感じだ」

「もう、倫理も糞も無い質問だ」僕は本気で卒倒しそうになる。

「主さまから頂ける物なら、なんでもご褒美ですっ」

「お前は黙ってろっ」僕は紅い女性に唾を飛ばす。「発言ひとつひとつがサイコなんだよ」

「わ、私は、その怖いです」

「ううむ」魔王さまは唸る。「どう説明すればいいか。おい。お前が説明しろ」

「はあ。結局、僕が説明しなくちゃいけいないんですね」

「言い換えれば、そういう事になるな」

「言い換えなくてもそうなりますよ」僕はげんなりしながら言い、二人を見た。「魔王さまが仰りたいのは、死んだ後『回復薬』で蘇生するまでの間に、何か体験したか、という事だよ。ほら、例えば、自分の死骸を鳥瞰した、とか、そういう不思議な体験をしたことは?」

 ここは奇抜な宗教の座談会か? なんで僕がこんな意味の分からない会議の進行を務めなくてはならない。疑問を挟む余地はいくらでもあるが、絶対的強者である魔王さま相手に逆らう余地がないのがつらいところだ。

「ううん。そうだな。俺は死んだと思って気づいたら生き返ったって感じだな」

「うん。なんとなく期待通りの答えだよ。だって○されたら秒で魔王さまの『回復薬』で蘇生させられるもんね」

「わ、、私も。似たような感じです。ま、魔王さまに○されたら、すぐに……」ここで金髪の少女が言葉を句切った。「そ、そうだ。ま、魔王さまとは関係なく、一度死にかけた事がありました」

「ほう」魔王さまが興味あり気に金髪の少女を見る。「それはどういう事だ?」

「わ、私。じ、自分が住んでいた村で一度死にかけた事がありまして」

「何故だ?」

「む、村の外に山菜を採りに行って、あ、誤って毒キノコを採ってしまいまして」

「それを食べちゃった……と」僕は呆れ口調で言う。

「は、はい。見事に毒キノコを、た、食べて一瞬だけ死にました」

「それで、どうだったのだ?」

「じゅ、十分ほど死んでいたらしいのですが、運良く蘇生してしまして。その間の体験なんですけど」

「何か特別な事でもあったのか?」

「し、死んだおばあさんが、か、川の向こうにいました。そ、それで、おばあさんが『まだこっちに来てはいけない』って。そ、そこで目が覚めました」

「ふむふむ。つまり、その川を渡れば確実に死んでいた、と」

「たぶん。そうでしょうね。これは予測の範囲内ですが、生物の『死』が確定するのがその者による境界線を渡るかどうか、という事になりますね。金髪の少女の場合は『川』だったと」

「そうなのか?」

「思想の言語化は苦手ですけどたぶん。もしかしたら、金髪の少女を『死』から『生』へと引き留めたのは、金髪の少女の守護霊的な存在だったり。それが金髪の少女のおばあさんの幽霊だったという可能性も」

「では、この『回復薬』がなくても、生き返られるということか?」

「僕にだって分かりませんよ。出来るかもしれませんし、出来ないかもしれません。だいたいその『回復薬』の存在自体が異常なんですよ。どうみても自然の摂理に反しているし。まあ、いずれにせよ魔王さまを○せる存在なんていないし、死んだ魔王さまに『回復薬』を使ってくれる者がいるとは思えない」

「この場に沢山いるではないかっ」

「あのですねえ」僕は嘆息混じりに、できうる限りかみ砕いて説明する。「いいですか。この集団は自分の欲望と願望と思惑が入り交じって奇跡的にバランスがとれている集団なんです。例えば、紅い女性さん?」

「なんだ。主様の金魚のフン」

「仮に魔王さまが亡くなったらどうする? 『回復薬』を使うか?」

「無論、使わない」

「はあっ!?」魔王さまが爆竹が爆ぜるような声を出す。「何故だ?」

「それは主様がお亡くなりになれば、俺は従者として主様の後を追って自害します。そして来世こそは主さまと結ばれます」

「ほらね」僕は諦観気味に肩を上げた。「魔王さまと同程度の知性の持ち主では、こういう結果になるんです。それに、ねえ君」僕は金髪の少女に目を向ける。

「は、はい」

「君は、魔王さまが亡くなったら魔王さまに『回復薬』を使う?」

「そ、その」金髪の少女は眼を泳がせて「たぶん。使いません」

「はあっ!?」魔王さまが愕然とした声を上げた。「何故だっ」

「だ、だって。魔王さま。すぐに、わ、私達を○するじゃないですか。そんな、き、危険な人を蘇生させる人はいませんよ」

「ほらね」

「お前がいるだろう。お前が」

「僕も使いませんよ。たぶん」

「何故だっ。お前は私の部下だろう」

「部下だからですよ。魔王さまの目的というか至上命題は『人間に生まれ変わって勇者と結ばれる』でしょう? 魔王さまが死ぬ可能性は限りなく低いでしょうし、運良く死ねたら生まれ変わりにワンチャンかけるのもいいかなって」

「お前は誰の味方なんだっ」

「そりゃ、たぶん魔王さまの味方ですよ」

「たぶんって何だ。たぶんって。それにまだ、このガキと緑がいるだろう」

「子供はまだ小さいから僕らの言っている事は理解できないですよ。神樹さんに至っては一度は自分を雷で焼き殺そうとした相手ですよ? 魔王さまの言うことをきいてくれるとは思えませんし、神樹さんも、半分本能で生きているみたいな方ですから『回復薬』を使用できるかどうか……」

「こんなの死んだ者にぶっかければ良いだけだろ」

 魔王さまの表情に焦りの色が見えてくる。それが反省の色だ、と伝えてあげたいが、こちらも時間稼ぎはしたいので、次の言葉を探す。

「それにですよ。かりに魔王さまが幽霊になれたとしても、どうやって勇者に取り憑いた幽霊を勇者から引き離すんですか? そもそも、幽霊同士って意思の疎通ができるんですか? できたとしても、魔王さまの幼稚な挑発に怒って『死の呪い』というお茶目をかましてくる奴ですよ。言ってみれば魔王さまが魔王さまを説得するに等しい課題です。僕なら泣き寝入りします」

「ぐぬぬ」魔王さまは押し黙る。

 常日頃の行いの報いともいえるが、そんな下らない指摘はあえてしない。正直に白状するなら、今僕は、僕の破局を遅らせるよりも、魔王さまを詭弁で翻弄する事のほうが楽しくなってきていた。

「それに、生まれたての赤子が気まぐれで描いたような、いい加減なこの世界において『死』の定義はかなり曖昧かと」

「? どういう事だ」

「つまりですね」僕は人差し指を一本立てる。「この世界には『死』という結果に至るまで時間制限があるのかもって事です。魔王さまは、感情の赴くまま気に食わない下郎を粛正して、秒で『回復薬』を使い蘇生してますが。金髪の少女の場合は毒キノコを食べて死亡してから、十分ほどの時間的猶予がありました。金髪の少女の場合は、そのタイムリミットが『川』を渡りきり祖母の元に行くとなると、『川』を渡りきったら『回復薬』でも蘇生できない可能性があります」

 これはあながち的外れな推理ではないのではないかと思う。病気や死を克服する『回復薬』であっても解決できない、完全なる『死』が 存在するなら、何かしらの規則があるはずだ。

 それが、死体の損壊具合なのか、あるいは別の要因が必要なのか分からないが、今、僕達が掴んでいる情報からいえば、死体の保存状態は必要十分なものだと思われた。

 死体の保存状態がそれなりに原型を保っていて、死亡しても魂がなくならなければ蘇生は可能だ。

 問題は、幽霊になる方法だが、これは単純に死ねばいい。ただそれだけだ。

 そうすれば否応なく、何かしらの幽霊的存在にぶち当たるだろう。

 それがどのような形になるのかが分からない。金髪の少女の場合、死後体験という形で祖母との邂逅し、その後、蘇生した。生きている状態と死んでいる状況、その合間にあるのが『幽霊』という存在だ。

 その幽霊が『死』という先にどういう形を取るのかは僕には分からないし興味もない。

 それが金髪の少女の前に現れた祖母のような形なのか、勇者に取り憑いているのか守っているのか分からない形なのか。この情報だけで幽霊の存在を証明できるのだろうか。 

 いや、たぶん証明になる。

 実際、温泉街の一件を含めれば、三つの事例があるのだから。

 僕の関わり合いのない所で問題は山積しているが、どちらにせよ、魔王さまが幽霊になり、白い幽霊と対話するには、魔王さまが死ぬしか道はない。

 理想を言えば、僕の仮説通りこの世界での完全なる『死』にはある程度時間を要し、それまでに、なにかしらのきっかけ、金髪の少女の言うところの祖母の幽霊の助力や、魔王さま御用達の『回復薬』を力を借りなくては蘇生はできないという特定条件が揃う事だ。

 どういう条件が満たされれば幽霊になれるのかは、死んだ事のない僕には分からないが、魔王さまが幽霊になり損ねても僕としては一切の痛手はない。

 魔王さまの事を第一に考える僕からすれば、老婆心ながら魔王さまはこのまま永眠して来世に期待して頂けると非情に助かる。

 それが、この混乱に満ち満ちた状況を円満に解決する唯一の光だ。

「お前、今、とんでもなくややこしい事を、そして、自分にとって都合のいい事を考えてないか?」

 魔王さまは、目ざとく僕の思考を読み、僕の事を睨み付けてくる。

 僕が魔王さまの教育係なら、百点満点を下しているところだ。

「気のせいでは?」僕は本心を心の奥底に隠しながら答える。「いずれにせよ。魔王さまが、あの幽霊と同じ土俵……つまり、幽霊になる為には死ぬしかありませんが、僕達はそのタイムリミットが分からないんです。この場に幽霊の姿を視れる者などいないんですから、魔王さまが亡くなった後の様子を確認する術はありませんし。夢物語ですが、僕が魔王さまに『回復薬』を使う気があったとしても、タイミングがわかりませんし」

「じゃあ。私にどうしろというんだ?」

「諦める? とか」

「い、や、だ!」

 魔王さまはその場で転げ回って駄々をこねるのでは、と心配するほど目に涙を浮かべて叫ぶ。

「魔王さま。もう少し魔王としての威厳を持って下さい。我が儘を言って良いのは子供とペットだけです」

「うすさいぞ。お前」

「まあ。もう一回、勇者を写真で撮って幽霊の呪いを完成させて死ぬというのも手ではありますが。その場合は、僕でもどうなるか予想がつきません」

「ちぃっ! それでは私があの白い下郎に屈した事になるだろうがっ。何かないのか? 飲んだら一時的に死んである程度時間が経ったら復活できるような薬は? お前、料理とか得意だろ」

「料理と劇薬を並列にしないで下さい。そんな都合のいい物を作れるなら、もっと他人の為になるものをつくってますよ」

 僕がそう言って、魔王さまは宥めている時だった

 どのあたりから、その場にいたのかは定かではないが「そうね。そうね」という聞き覚えのある声がその場の空気を震わせた。

「くそ」響いてくる声を耳に入れ、「またハイエナが現れたよ」と毒づいた。

 声の発生源に目を向けると、当然のように万屋が僕らの前に屋台を設置し待機していた。

 魔王さまを『いい鴨』と呼び、ことある事に魔王さまに厄介なアイテムを売りつけ、主に僕を翻弄する邪悪な生命体だ。

 金を取るという意味では、他のストーカー達よりも上位に位置している。

「出たな。万屋」さすがの魔王さまも、警戒の色を見せた。「何しに来た」

「魔王さま達が困ってるのをたまたま聞いて、話しかけただけなんで」

 この万屋。こっちの事情を全部把握している。こんな商売に向かない僻地で、たまたま、社会不定業者の鏡達による会議が聞こえるわけないだろう。

「ちっ。お前に頼る程、私は落ちこぼれていないわっ」

 それは正しい。魔王さまは、万屋に頼る前から上昇が不可能なほど挙動においても品性においても、落ちるところまで落ちている。

「そうね。でも、魔王さまは死たいんで?」

「万屋、お前、私の話を聞いていたのだろう。私は『死んでも確実に蘇生する方法』を探しているんだ」

「ならとっておきの商品があるんで」

 万屋はそう言って屋台の下に姿を消し、ごそごそと何かを探している。

「なんでも都合良く持ってるなあ」

 前回は、勇者と文通ができる折り紙のようなものと、事の発端になったカメラを売りつけてきたが、今回は何が出てくるのだろう。僕の中で、悪い意味での期待値が膨らんでいく。

 万屋は、「あったんで」という声を共に屋台の下から姿を出すと、怪しげな小瓶を台の上に置いた。

 その場にいる全員が、覗き込むように台の上にある瓶を見る。

 小さな小瓶で、中にはなんとも形容しがたい色の液体が入っていた。どうひいき目に見ても毒にしか見えない。

「これは?」魔王さまが万屋に訊ねる。

「これは『仮死薬』なんで」

「死にたいのか? 貴様」

 魔王さまが万屋の胸ぐらを掴む。万屋は「そうね。そうね。ちょっと話を聞いて欲しいんで」と苦しそうな声を上げる。

「万屋。君今、この露骨に怪しい液体を『仮死薬』って言ったか? 仮死って仮に死ぬと書いての『仮死』って事か?」

「そうなんで。この薬を飲んだら一時的に死んで、一刻ほどで、蘇生するんで。今の魔王さまにはぴったりの品だと思うんで」

「…………たしかに」

 魔王さまはどういう納得をしたのかは分からないが、万屋の胸ぐらから手を放した。

「魔王さま。ここから先は慎重に話を進めて下さいよ」僕は魔王さまに耳打ちをする。

「分かっている」魔王さは小声で、返事をすると万屋を睨み「これが本物である証拠があるのか」と質問した。

「本物なんで。今まで、魔王さまに役に立たないものを売った事が私にあったんで?」

「むぅぅ」

「落ち着いて下さい魔王さま。万屋。あんたが売ったカメラのせいで、魔王さまは絶賛死の呪いを受けて最中なんだぞ。どう責任とってくれるんだ?」

「道具は使い方しだいなんで。魔王さまが呪われたのだとしたら、それは、魔王さまの使い方が道具の制作者が想定していた斜め上の使い方をしたからなんで」

「地味に正論なのが釈然としないなあ」

「だったら。この『仮死薬』の効果を証明してみせろ」魔王さまが万屋に詰め寄る。「まずは、お前がその『仮死薬』とやらを飲め。それで効果が確かなら信じてやる」

「…………」万屋が沈黙する。

「どうした? 飲んで見ろ」

「…………で」万屋が霞むような声を出す。

「なんと言ったんだ」

「これが最後の一本なんで」

「ほら見たことか」僕は額を抑えながら突っ込む。「この間も見たぞ、この下り」

「万屋。お前、私の事を騙そうとしてないか?」

「そ、そんな事ないんで」

「あこぎな商売をしている奴ほど口が回りますからねえ」

「そうね。そうね。その疑いも、もっともなんで」万屋は降参するように両手を挙げる。「だったらこうすればいいんで。魔王さまが、この『仮死薬』を使い、上手く蘇生できなかったら、私を殺してくれてもいいんで。この場の人達が集まったら、私なんて瞬殺できるんで」

 言っている事はフェアに見えるが、どうせ万屋の事だ。もし殺されても、自身を蘇生させる手段、あるいは、この場から逃亡する道具ぐらいは用意してるだろう。

 賭け事っていうのは常に仕掛ける側が有利になるように仕組まれている。

 さて、魔王さまはどう出るか。

「……いくらだ?」魔王さまはゆっくりと口を開く。「その『仮死薬』いくらだ?」

 魔王さまもよほど切羽詰まってるのか、元々ない判断力が限りなくゼロに等しくなったのか、万屋の口車にまんまと乗った。

「そうね。そうね。特別価格で『回復薬』十個でいいんで」

「よしっ。買った」

「まあた、『回復薬』を通貨みたいに使ってからに」

 まあ、いいや、と僕は苦笑する。僕が破局するまでの時間は十分稼いだ。あとは、魔王さまの行く末を見届けるだけでいい。

 魔王さまは、万屋に代金? を支払うと『仮死薬』を受け取った。まじまじと、『仮死薬』を見て、こちらを見やった。

「おい。これを飲んで仮に一刻で蘇生しなかったら、私はどうなると思う」

「たぶんですけど。完璧に『死ぬ』んじゃないですか。でもまあ、さきほども言いましたが、完全に死んでも幽霊になって勇者のストーカーを続けられる可能性もありますし、生まれ変わって勇者と結ばれる可能性もあります」

「どちらにせよ。あの白い下郎をどうにかする事が肝要か」

 魔王さまは、逡巡するように黙り、胸元から『回復薬』を取り出した。それを僕に手渡してくる。

「今度はなんですか? もう、腹は決まったんでしょう? 潔く行きましょうよ。というか逝きましょうよ」

「今から、私はこの薬を飲む。一刻以内に蘇生しない場合は、ダメ元でこれを使って私を蘇生させてくれ」

「さっき言いましたよね。嫌ですって」

「……お前を実の部下のように信じているぞ」

「実の部下ですよ」

 僕の反論を他所に、魔王さまは『仮死薬』の蓋を開けると一気に飲み込んだ。魔王さまの喉がなり、魔王さまは目を瞑る。薬の効果はすぐに出たようだ。

 魔王さまは、力なく僕に倒れかかってくる。僕は魔王さまを抱き抱えて、地面に寝かせた。

「ど、どうなんですか? ま、魔王さま」金髪の女性が訊いてくる。

「本当に飲んで大丈夫なんだろうな」

「うんん」

 僕はとりあえず、魔王さまの脈拍を確認した。見事なまでに脈はない。普通。脈がない状態で一刻も経過したら、蘇生はされず『死ぬ』のではないか、とも思うが、なんでもありのこの世界だ。

 どうせなんとかなるだろう。

「非の打ち所ないほど、死亡してますね。魔王さまが飲んだ薬の効果は一刻ですから、しばらく様子をみましょう。本格的に死んだなら、都合の良い集合墓地もありますし。そこに埋葬しよう」

「じゃあ、俺は主さまのとなりに埋葬してくれ」

「わ、私は。現状維持で」

「神授さんはともかく、この子はどうしよう」

 僕は魔王さまの傍らにしゃがみ込む子供を見やる。

 子供は、魔王さまの事を心配そうに覗いている。

 様々なヘドロにヘドロを練り込んだような思惑が交錯するこの場において、唯一、純粋な存在だ。もしこの子から魔王さまを取り上げたらどうなる、とようやく僕の中に良心が戻ってきた実感を得た。

 魔王さまの事は脇に置いておくとして、この子供の事を思えば、極めてに遺憾だが最悪、賭に出て、魔王さまを『回復薬』で蘇生するしかない。

 なんだって、こうも僕の願望通りに物語は進まないのか、ほとほと嫌になる。

 とにかく、僕らは魔王さまを見守るしかない。

 待機する時間、というのはどうしてこうまで長いのか。僕はふとそんな事を思う。魔王さまに意味不明極まる命令を実行している時には、光のような速さで時間が過ぎるのに、こうやって黙って待機するとなると、全く時間が進まない。

 魔王さまが仮死状態になって約半刻ほどたっているが、全く時間が経過した気がしない。

 魔王さまは今、何をしているのだろう。野次る程度には現状を知りたい気持ちが出てきた。

「ああ。そうだ。魔王さまのカメラを使えば、あの幽霊の様子が分かるんじゃ」

 そう思い立ってからの行動は早かった。僕は魔王さまが握りしめているカメラを半ば剥ぎ取る形で拝借すると、勇者達のいる方向にカメラを向けた。

 が、よくよく考えれば、勇者に取り憑く幽霊から逃げてきたのだから、カメラに撮影範囲内に勇者の姿が映るはずもない。 

 それに、そこまで必死になって、魔王さまのしでかしている行動をリアルタイムで見るのも心の負担になる。

「やっぱり、待つしかないか。おい、万屋」

「なんで?」

「お前が、僕達に殺されるまで、どのくらいだ?」

「そうね。あと、もうちょっとなんで」

「そのもうちょっとを訊いているんだが、ああん」紅い女性が万屋に詰め寄る。「確実に、主様が亡くなられたか分からなければ、俺も主の後を追えないだろう」

「君、ぶれないねえ」 

 僕は紅い女性に尊敬の念すら抱く。ともあれ、僕を含めて、紅い女性に金髪の少女。魔王さまと付き合いが長い者ほど、理由や動機はどうあれ、魔王さまの死を望んでいるというのはいかがなものか。

 僕らがまんじりともせず、地面に横臥する魔王さまを観察していると、魔王さまの体に変化が起きた。

 魔王さまの首筋に刻まれた、白い幽霊の呪いである数字が、徐々に薄くなっていったのだ。呪いの数字は、魔王さまの肌に溶け込むように完全に消える。

 この異変が示すのは何だ、と僕は喉を鳴らす。もうすぐ魔王さまが死ぬ兆しなら、不本意ではあるが『回復薬』での蘇生も可能かもしれない。

 それならば、魔王さまに懐いている子供にとっては良いことだ。

 魔王さまが完全に死んだとなると、僕は魔王さまという足枷から解き放たれ、さらに、紅い女性は自害してくれるし、万屋はこの場で殺される。

 一番、ダメージが少ないのは金髪の少女だ。

 僕のストーキングは続行するだけでいい。多数の障害物がなくなったぶん、フットワークは軽くなる。

「さあて。どう出る」

 僕らがそれぞれの邪心を胸に秘めて、魔王さまを見守っていると「うぅ」という魔王さまのうめき声が聞こえてくる。

 魔王さまはうめき声を出した後、ゆっくりと瞼を開き、むっくりと上半身を起こした。

「ちっ」

「くそっ」

「あ、ああもうっ」

 様々な声がその場に響く。言葉の形は違えど、本質は同じだ。

「魔王さま。ご無事だったんですか?」

「主さま。よくぞご無事で」

「ぶ、無事でよかったです」

 こうまで、おのおのが心にもない事を言えるのには芸術性すら感じる。

「私は、どの暗い死んでいた? というか。私の無事を喜ぶ声の前に、私の蘇生を残念がる声が聞こえた気がしたが」

「「「気のせいです」」」

「そうね。そうね。それで、幽霊さんとはどうなったんで」

 たしかに、それは気になる。

「ああ。その事か」魔王さまは、呪いの数字が浮かび上がっていた首筋を手でなぞりながら言う。「結論から言えば、あの白い下郎はあの子の守護霊じゃなくて、あの子を気に入って取り憑いたただの幽霊だった。本人から訊いたから間違いない。それで私は白い下郎と調停を結んできた」

「調停ですか?」

「調停というか条約みたいなものだな」

「意味が分かりません。もう少し詳しくお願いします」

「まずは白い下郎が私にかけた呪いを解くことを約束させた」

「それだけですか」強欲を絵に描いたような魔王さまがその程度で納得する訳がない。

「そんな訳あるか。白い下郎には、あの子に過度に接触しないように条件をつけた」

「今の所、魔王さまにしか利益がないように思えますが」

「大事なのはここからだ。白い下郎はあの子に触れられない。というか、物質に触れられない。出来るのは、下郎自身を視認できる相手を呪う事ぐらいだ」

「十分えげつない力だと思いますよ。とくに魔王さまにとっては天敵だ」

「だが、私以外には無力な存在ともいえる。例えば、あの子が、その辺のドブネズミにも引けを取る下郎に襲われた場合。白い下郎ではあの子を守る事はできん」

「確かにそうですけど」

「だから、あの子に降りかかる火の粉は、物理的に私が排除する、という約束もした」

「それっていつも通りって事ですよね」

「それだけじゃない。あの白い下郎には特別に、あの子に対する接近許可も出した」

 それは、魔王さまの許可はいらないものだし、魔王さまが高飛車に言うことでもない。

「それはそれは」

「あと、あの子の情報はお互いで共有するという事で話は落ち着いた。おおまかに言えば、そういう取り決めだな」

「なんという不平等条約ですか。ちょっと、あの幽霊が可愛そうになってきた」

「あと」と魔王さまはニヤリと笑った。

「なんですか。その気色悪い笑いは?」

「今回、幽霊になって白い下郎と会話したが、『幽霊になりこの世界に止まる条件と、死んで生まれ変わり、意中の相手と巡り会える手段が分かった」

 満足気に不適な笑みを浮かべる魔王さまを見て、僕は間の抜けた顔をつくる。

 幽霊になってこの世界に止まる方法と、死んで生まれ変わって意中の相手と巡り会える方法。

 それは、ここ半日、僕が悶々と考えていた事ではないか。

 それを、この魔王さまは、推論や論理ではなく、たかだか一刻の幽霊との対話で手に入れたというのか。

 正直、生まれて初めて、魔王さまの底知れぬ勇者への執着に恐怖すら覚えた。

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、魔王さまは「では、我々の日常に戻るとしよう」と意気揚々と足を進めた。

 今回の考察結果。

 勇者のストーカー二人が共闘するようになりました。 

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