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『魔王さま』と『勇者』の心霊写真

 カシャという無機質な音が聞こえる。そしてその直後に「でゅふふ」という気色の悪い笑い声が聞こえてきた。

 その声の後、また、カシャという無機質な音が聞こえ、そのあと「でゅふふ」という気色の悪い笑い声が聞こえてくる。

 ここ数日、僕はこの現象に悩まされている。

 その悩みの一大発生源は、無論、魔王さまだ。だが、その問題の種をまいたのは、魔王さまに『カメラ』なる厄介極まる商品を売りつけた万屋だ。

 万屋が関わると、魔王さまの別に磨かなくてもいいストーキング力に磨きがかかる。

 今、魔王さまは右手には勇者ストーキング用の望遠鏡と、左手には、勇者の姿を撮影する『カメラ』が握られている。

 普通、安直な比喩を用いるなら、右手には剣があり、左手には盾があるものだが、僕の魔王さまは違う。

 あくまでも、両手に持った剣をフル活用し、標的に向かって防御を度外視した変態的攻撃を発揮する猛者だ。

 そしてその犠牲者は、勇者ではなく、常に僕だった。

 四六時中、カシャカシャカシャカシャとカメラの音をならし、気色の悪い、品性から随分と距離のある笑い声を垂れ流す。

 もはや歩く公害だ。

 しかし、魔王さまは自身のストーカー行為を『自分は謙虚にも遠くから勇者を見守っている』と思い込んでいる。ぼくが、その真実を魔王さまに気づかせるには、多大なる犠牲を払わなければならないが、犠牲を払ったところで『この部下は無知』とよりいっそう思い込みの世界に没入するだけだ。。

「あの。魔王さま」

「なんだ。今、忙しい」

「その勇者の写真も随分たまりましたし。また以前のように望遠鏡だけのスタイルに戻してはどうですか?」

「私がそれを是とすると思うか?」

「だよねえ」 

 僕は鉛のように重い息をついた。今のは、猛獣に睨まれた小動物が、木の実を猛獣に差し出して『こっちの木の実の方が美味しいから、僕じゃなくて木の実で我慢しませんか』とおおよせ希望が見えない妥協案を提示したに過ぎない。

 そんな薄っぺらな説得が通じるなら、僕はすでにこの無間地獄のような状況に陥ってはいない。

 それに、と僕は最近、平穏な暮らしを諦めつつある。魔王さまの命令とはいえ、魔王さまの命令に従えば従うほど、周りに強大な存在が増えていく。

 魔王さまのストーカーの紅い女性に、僕のストーカーである金髪の少女と神樹さん。魔王さまの行き先に狙い澄ましたかのように現れる万屋、そして、何の因果か、数日前に魔王さまの気まぐれで、廃れた村から助けられた子供。

 子供はまあ、僕にとっては有益に働いてくれている。魔王さまに助けられた子供は、魔王さまに懐き、ずっと魔王さまの服を掴んで離さない。魔王さまも子供に対しては、わずかに残された理性があるのか、子供を邪険に扱わない。そのおかげで、子供は魔王さまの勇者ストーキングのノイズとなってくれていた。

 しかし、他の連中は厄介だった。魔王さまを含め、どいつもこいつも、自己主張が激しすぎる。

 女性というのは僕の統計的に百パーセント自己主張の塊だった。普通、ストーカーと自己主張という言葉は共存するような関係ではないだろう。

 周りがどいつもこいつも自己主張や自己承認欲求の塊だから、僕が自己主張する隙間がないのが痛手だ。

 論理では説き伏せられない。感情論では押しつぶされる。

 僕という人格の強調性はどこに隠れてるんだ? 一人でかくれんぼでもしているのか?

 下らない事ばかりが頭を過る。

 鬱々とした気分を抱えていると「あの子たちは、この村も素通りするらしいな」という魔王さまの声が僕の耳に届く。

「村?」僕は訝しげな声を出した。「村なんて何処にあるんです」

「ほら、あるだろう。あそこに」

 魔王さまは、そう言って僕に望遠鏡を寄越してきた。僕はそれを受け取り「ああ……」と間の抜けた声を出す。

 望遠鏡で覗く僕の視界には、それはそれは夢のような光景が広がっていた。

 勇者達御一行は別段いいとして、問題は、勇者達の通り抜けようと歩んでいる場所だった。

 至る所に岩が重ねられている。形も色々とあり、十字架のようなものもあれば、石で作った囲いの中に文字の書かれた墓石のようなものもある。

 おそらくそのどれもが、死者を弔う為の墓だ。

「これはこれれは。この世界にこんな場所があったなんて」と僕は目を見張り独りごちる。

 僕の眼前に広がっているのは、『墓場』だ。墓場ではあるが、死者の弔い方が雑多過ぎる。たぶん、死者を弔った者達の思想や考えが、そのまま反映されているのだろう。

 他者の宗教観には立ち入らないというのが、この世界のルールらしい。

 いや。それよりも。

 はっきりいって『死』という概念が希薄なこの世界に、こんな場所がある事に驚く。

「何を、ぼうっとしているんだ?」魔王さまが、僕に話しかけてくる。「この、ぺんぺん草の一つも生えていない不毛な村は?」

「ここは、村じゃないですよ」

 僕は望遠鏡を魔王さまに返却し、答える。

「村じゃない? じゃあ、なんだここは?」

「ううんとですね」僕はどう表現すべきか思案する。しばらく考えを巡らせ「そうですね。この世界らしい。各々の宗教観を取っ払った集合墓地と言ったところでしょうか」

「墓地?」魔王さまは首を傾げる。「墓地ってあれか。少し前に行った温泉のある街にあったやつか? 温泉街の元締めの爺さんが、死に別れた女性と再会するために、ずっと座っていた目にあった岩の事とかだろ?」

「まあ、あれは。いや」僕は、言葉を句切る。たしかにあれは紛うことなき墓石だった。「そうですね。あれほどの規模じゃありませんが、今、勇者達が抜けようとしているのはその墓が集合した所ですね」

「ふむ。しかしあれだな」望遠鏡を覗きながら、口を開く。「最近、あの子の旅の先がどんどんと荒廃している気がするのだが?」

 それについては、僕も同意するしかない。なぜ、勇者達御一行は、ここまで死ぬ急ぐような場所ばかり旅をしているのか。理解に苦しむ。

 というか根本的な疑問だが、勇者は何を考えているのか。勇者の母親の病気を治した今、勇者の旅の目的は『母親に旅の楽しい話を持ち帰る』というものだったはずだ。

 それがどうだ。勇者は僕の先手を打つように、森の守り神の怒りを買い○されかけ、その挙げ句『レベル1の聖女』となり、村人にあがめられ、糞の掃きだめのような村を抜け、とうとう、他宗教の墓地が乱立する集合墓地を抜けようとしている。

「面白い土産話だらけですよね!」

 僕はその場で地団駄を踏む。ネタの宝庫じゃないか。

 もしも、と僕の背中に冷たい物が流れる。もしも、この集合墓地でも何かしらの問題が起きれば。

「どうした? そんな悪夢を見てきたような顔をして。腹ぺこか?」

「過去形じゃなくて、現在進行形なんですよっ。あとお腹はすいてません」

 僕は、半ば魔王さまの言葉を無視するように、このあと起きる最悪のシナリオを考える。たとえば、この集合墓地に勇者の先祖に当たる人間が埋葬されていて、墓まりをするためにここまできたとか。その場合、あのくじ運の良いのか悪いのか分からない勇者の事だ。

 十中八九、勇者達御一行は、墓荒らしないし、それに属する者に襲われる。そして、それをどうにかするのを考えるのは僕だ。

 他には何がある? 自称勇者補正で、土葬された者達が勇者達に襲いかかるとかか。そんなの本の世界でしか知らない。が、この世界では、僕にとっては不利に働く傾向にある。絶対にあり得ない事が率先して現実になってくる。あり得ないとは言い切れない。

 これも何かの本で読んだが、なんとかの法則とかいうやつだったはずだ。

 何の本だったか。

「だからっ。今は、本の話なんてどうでもいいんだってっ」

 僕は頭をくしゃくしゃと掻きむしり、冷静になるように努める。

「ああ、もう」魔王さまが苛立ちを表に出し僕を睨んだ。「さっきから何なんだ。静かにしろ。やっぱり腹ぺこか?」

「ち、が、い、ま、す!」僕は明確に魔王さまの言葉を否定した。「くそっ。前からも横からも後ろからも圧力がかかってくる」

 とにかく、嫌な予感しかしないのは確かだ。確かだが手の打ちようがない。

 なんの策もなく地雷原に突撃して、無傷でいられるのは魔王さまぐらいだろう。

「まあ、落ち着け。とにかく、あの子を見失わない程度に、護衛するぞ。お前は、私の先を歩いてくれ」

「? 魔王さまはどうするんです」

「私は、撮りためたあの子の写真を確認する」

「はいはい」

 僕はため混じりに返事をして、魔王さまの代わりに、勇者を追跡する。魔王さまの勇者ストーキング付き合わされた末、不本意に会得した超聴覚で、勇者達御一行の足音とその周辺の様子を探る。

 勇者達の周囲には他者の気配はない。という事は、墓荒らしの類いに勇者が襲われる心配は無い。一番あり得ない可能性も探る。墓場に土葬された屍が動くような音も聞こえにない。

 とりあえず、ありえない二つの可能性は確実に潰せた。

 僕が安堵の息を漏らしていると、背後から魔王さまの「ん?」という不穏な声が聞こえてきた。

 再度、僕の背中に冷たい物が流れる。

 まさか、というか、案の定というか。分かりきっていた事だが、本当の敵は背後にいたとは。僕はぎこちない挙動で魔王さまを見やると、「どうかしましたか?」と訊ねた。

 どうせろくな案件ではあるまい。

「いやな。これを見てくれ」

 魔王さまが、勇者を映した写真を僕に手渡してくる

「これがどうかしたんですか? いつも通りの勇者達じゃないですか」

「よく見ろ馬鹿。あの子の周りに何か映っているだろう」

「勇者の周り」

 僕は目を細め、写真に映る勇者を見る。たしかに、勇者の周りには白い霧のようなものが、勇者を包み込むように映っていた。

「土埃とか霧とかじゃないんですか? あとは墓場で土葬されたご遺体から出るガスとか?」

「死体からガスとか出るのか?」

「何かの本で読みました」

「そうか」魔王さまは深々と頷き「そのガスとやらは人型をとるものなのか?」と来た。

「は?」

「次の一枚を見て見ろ」

 とここで、魔王さまの足下にいる子供が、魔王さまのドレスを引っ張った。

「ん。お前もみたいのか?」

 魔王さまは、その場でかがみ込み子供にも見えるように写真を見せる。

 子供と神樹さんも加わり、二枚目の写真を見る。写真を見た瞬間僕の口はひとりでに動いていた。「もう勘弁してよ」

 魔王さまの見せた写真には、もはや言い訳のたたせようがないほど、ばっちりとドレス姿の女性が映っていた。

身分が高そうな出で立ちの女性で、まさしく霧のように透けており、向こう側の景色が見えている。

 魔王さまとタメをはるレベルで、勝ち気そうな美女が、愛おしそうに勇者の首にうでを回していた。

「マジか……これって」

「なんだお前。この白い下郎を知っているのか?」

「知る訳ないじゃないですか? でも多分、この写真に写っているのは幽霊ですよ」

 僕は言いたくもない事実を口にした。勇者達がこの霧の女性に気づいている素振りがない点、僕の耳でも捉えられなかった点から考えれば、それぐらいしか考えられない。

「お前は、子供か?」魔王さまが吐き捨てるように言ってくる。「幽霊なんているわけないだろ?」

「たぶん、その台詞。生まれ変わって勇者と結ばれたいって言っている方の言葉ではないです」

「どこにいるのだろうな。そんな不埒な輩は」

「どこにいるんでしょうね」

 僕は魔王さまにジト目を向ける。そして違和感を覚えてた。魔王さまの手が小刻みに震えていた。怒りにより戦慄いているというよりは、純粋な恐怖から来る震えのように思われた。

 それは、神樹さんも一緒だ。神樹さんは全体を壊れた何かのように大きく震えさせている。

 この人達。幽霊が怖いのか? そんな疑問が頭をもたげる。そして不条理も感じた。

 人間である子供はともかく、魔王さまも神樹さんも、どちらかといえば幽霊側の存在だろう。

 これはこれで、この状況は都合がいいのではないのか、と僕は半ば本気で考える。

 普段の魔王さまなら、勇者の首に腕を回す存在など、脊髄反射で粛正しているはずだが、今の魔王さまは愉快な事に幽霊に尻込みしている。

 できれば、このまま永遠に尻込みしておいてもらいたい。

 どうやら僕の淡い期待は、裏切られる為に存在するらしい。

 あきらかに目に見えない何者かの意思が、僕に不幸を届けているとしか思えない。

 僕の産物が不幸なのか、あるいは、不幸の産物が僕なのか、哲学的な疑問すら覚える。

「なあ。お前」

 魔王さまが、どす黒い声を僕に飛ばしてくる。

「なんですか? 魔王さま」

「幽霊というものは、魔法が効くものなのか?」

「たぶん、無理じゃないですか。僕もよく分かりませんが、すでに死んでいる訳ですし」

 そう。そして勇者の首に腕を回している幽霊の体はすでに朽ち果てている可能性が高い。体が朽ちていれば魔王さまお得意の、粛正からの『回復薬』を使いその場での出来事は何もなかった、というヤクザ的理論的コンボは通用しない。

「というか魔王さま?」

「な、なんだ?」

「不敬だとは思いつつも、面白いのでヤジらせて貰いますが。怖いんですか?」

「怖いわけあるかっ!」魔王さまは虚勢を張る。「私に怖いものなどないっ」

「でも、神樹さんや子供ちゃんと同じように、がっつり震えているじゃないですか」

「こ、これは。あれだ。武者震いだ。あの子に近づく存在はもれなく粛正対象だからな」

「武者震いって」僕は呆れたように頬をかく。「そもそも、魔王さまって直接敵に手を下す事はしないですよね。たまにあるけど」

「それはそれとして、あの白い下郎は、あの子の何なんだ?」

「それを僕に訊きますか? 僕だって何でも知ってる訳じゃないんです。でもまあ、可能性があるとすれば、幽霊なわけですから……」

「ですから。なんだ?」

「前向きに考えれば、勇者の守護霊とか?」僕は鼻を空に向け応じる。「それがたまたま、写真に写ったとかですかね」

「守護霊だとっ」

 魔王さまは眉間に皺を寄せる。本当に情緒がコロコロとサイコロの目のように変わる方だと、僕はある意味羨ましさすら感じた。

「まあ、幽霊がいるという事を前提……というかたぶんこの世界には幽霊はいますよ。今まで色々と見てきたでしょ。それを前提に考えれば、勇者の守護霊という説が僕としてはもっともありがたいです」

「じゃあ、後ろ向きに考えれば誰だ? あの白い下郎は?」

「言いたくないなあ」僕は露骨に嫌な顔を見せた。

「いいから言え」

「そりゃ、悪い方に考えれば、ここは集合墓地な訳でしょ。幽霊の一人や二人いても不思議じゃないですし。その中には勇者の事を気に入って取り憑く物好きもいるかもしれませんし」

 次の瞬間、僕の胸ぐらに衝撃が走った。魔王さまが両手で僕の胸ぐらを掴み、そのまま宙づりにしたのだ。呼吸のできない僕は、魔王さまの両手を叩いて「ギブギブ」と訴える。

「お前っ。ふざけるなよ」

 僕はいたって大真面目だ。少なくとも魔王さまよりは情緒は一貫している。

「な、何がですか?」地面に下ろされた僕は、咳混じり魔王さまに問う。

「あの、白い下郎が、あの子の守護霊だと。あの子を守っていいのは私だけだろ。あぁん」

 そんな事言われても、こちらが困るし、勇者を守る権利など魔王さまにはない。この方は本当に『魔王』と『勇者』の関係性を理解しているのか。

「それに問題なのは、あの白い下郎があの子に取り憑いている場合だ」

 魔王さまは口角に泡をたて叫ぶ。

「何が問題なんですか?」もう、本当に切りがないと僕は諦観しながら訊ねた。「たぶん。あの幽霊。勇者に危害は加えませんよ?」

「たぶんであって絶対じゃないだろ。それに、あの子の許可なく、あの子に取り憑いているということは、だ」

「取り憑いている段階で許可も糞もないですけどね。それで?」

「それじゃあ、まるでストーカーではないかっ」

 この方は本当に何を言っているのだろうか、と僕は魔王さまの正気を疑う。

「でも、守護霊だったらそれはストーカーではないのかと。なにせ守護霊なんですから」

「守護霊もストーカーも似たようなもんだろうがっ」

 ぜったいに違う。なに、この魔王さまの千変一律な単調な鳴き声は?

「落ち着いて下さい。魔王さま」

「だいたいから卑怯だろう? あの子には見えない上に、ゼロ距離であの子を見守れるんだぞ」

「卑怯かどうかの尺度は人それぞれかと。それに、魔王さまにだって利はあります」

「よおし。言って見ろ」

「勇者には、あの幽霊は見えませんが。勇者には魔王さまを視認することができます。これは大きな利点です」

「だったらなんで、私はこんな遠くからしか、あの子を見ることができない」

「それは魔王さまの性格の問題でしょう」

「粛正しようにも魔法も肉体言語も有効ではない相手に、どう戦えばいい?」

 簡単な話だ。魔王さまが勇者を諦めればいい。僕は頭の中にあるノートにある『こうはなりたくはない上司』の項目に『魔王さま」と書き込んだ。

 ここまで来ては滑稽を通り越し、愉快でもある。

「とりあえず。放置でいいんじゃないんでしょうか。実質、勇者には無害そうですし」

「お前。それ本気で言ってるのか。私がこの立ち位置に至るまでに、どれだけ辛酸をなめてきたと思っている」

「辛酸、ですか」

「ああ。そうだ。あの子に気づかれないように、私の周囲にいる鉄砲玉を使い創意工夫してあの子をまも……」

「ちょっと待って下さい」僕は魔王さまの言葉を遮る。「今、僕とかその他のストーカー達を鉄砲玉と表現しました?」

「ん? ああ。言ったな。お前もよく私に言うじゃないか皮肉めいて『僕達を鉄砲玉みたいに扱うな』とか」

「それは、使われている側が言うから機能する言葉なんです。使っている側が言っていい言葉じゃありませんよ」

 そこまで言って、これがストーカー集団という組織の限界だなと思い至る。

「そういうものなのか?」

「そういうものです。はあ。これからは部下の扱いにも気をつけて下さい。それじゃあ。いつか皆に見放されますよ」

「お前もか?」

「ええ。僕もです。仮に、魔王さまの夢が叶って勇者と一緒になれた時も同じです。魔王さまの夢が叶ったあかつきには、そのあたりの事を考えてあげて下さい」

「むぅ」魔王さまは頬を膨らませながら「……分かった」と納得してくれた。

 ここは曇天模様の下で生物の倫理観を教える学校か何かか? なんで、こんな集合墓地のど真ん中で、道徳や倫理を説かなくてはならぬのか。

 だがまあ、幽霊効果か墓地効果かは知らないが、いつもよりは比較的楽に魔王さまをやり込めることができた。

「じゃあ。話を本題に戻しますよ」

「うむ」

「現状。僕らに出来る事は限りなく少ないです。相手は幽霊。こちらの戦力は僕以外は幽霊のせいで戦意喪失していますし」

「たしかに。紅い下郎も金色の下郎も、白い下郎相手には文字通り手も足も出そうにないな。というかこういう時に限って現れんな」

「それに、幽霊の真意も気になります。なんで、あの幽霊は勇者にまとわりついているのか。意思の疎通が図れない以上……」

 そこで、僕はおもむろに「魔王さま」と魔王さまを見やった。

「なんだ?」

「その望遠鏡で、幽霊の姿は見えますか?」 

 魔王さまは僕の言われるがまま、望遠鏡で勇者を覗き見た。「見えないな」

「やっぱり……というか、もしかして。魔王さま。そのカメラで勇者を撮って貰えますか」

「ん? まあ、あの子の写真が増えるのは困らないが」

 言いながら、魔王さまはカメラを構え勇者を撮影する。カシャという無機質な音のあと、カメラから紙が出てくる。

 しばらくの間、紙を見ているとゆっくりと撮影された写真が浮かび上がってきた。

 そこには、勇者の首に腕を回す白い女性の幽霊が映っていた。問題なのは、幽霊の体勢だ。最初の写真では幽霊が勇者の首に腕を回している姿だけが映っていたが、今回は体勢が違った。

 勇者の首に腕を回しながらも、自身の顔だけはカメラ目線になっており、挑発的に目尻を細め、小さな下をペロリと出している。

「これは……はっ」

 墓場らしからなぬその場の気温の上昇に、僕は迷うことなく魔王さまの顔色を見た。

 地獄の底から這い上がってきた鬼のような形相を浮かべている。

 最初にあった、あの幽霊に対する怯えはどこに消えた?

「おい」

「なんですか?」「

「この白い下郎。どう見ても、私に喧嘩を売っているよな」

「多分」

「そうか。そうか」 

 魔王さまのこめかみに今まで見たことがないタイプの筋が走った。

「ま、魔王さま。少し落ちつて。あの幽霊には魔法は通じないんですよ」

「あれが白い霧にしろガスにしろ。ここいら一帯の温度をさげれば、通用するかもしれんだろうがっ」

「魔王さまにしては悪くはない案ですが、勇者達はどうするんですかっ?」

「手加減はするさ。生物に害を与えない程度に外気を下げれば、あの子に害は及ばない。過程が全てだ。結果は後からついてくる」

「ああ。駄目だこりゃ」

 たしかに、あの幽霊に質量があるならば、そして、魔王さまが手加減という事ができるなら、幽霊の様子見にはなる。

 なんでここに来て、冷静になるかなあ。魔王さま。

 できれば、脳みそすっからかんのままでいて頂きたかったのだが。

 僕の願いを他所に、魔王さまは何かしらの魔法を発動させたのようだ。集合墓地の気温が加速度的に低くなっていく。

 魔王さまの怒りと反比例するように、僕らの体温は目を見張る勢いで下がっていのを実感する。

「魔王さま。そろそろいいでしょう」僕は魔王さまを制止した。「こっちには、小さな子供もいるんですよ。これぐらい気温を下げれば十分、効果の程が分かります。

 魔王さまは子供を見ながら「そうか」と納得したようだ。

「で、幽霊の様子はどうです?」

「うむ」

 魔王さまは、もう一度、カメラを勇者達に向け撮影する。カシャという音と共に、紙が出てきた。気温の問題なのか、中々、勇者達の姿が浮かび上がってこない。魔王さまがひらひらと、写真を振るとようやく勇者達の姿が浮かび上がってきた。

「どうです」

「ちょっと待て、もうすぐ凍えている白い下郎の姿が浮かび上がってくるはずだ」

 魔王さまと僕達が写真を見てみると、僕の予定通りの写真が撮れていた。

 写真には少しさぶそうに両腕で自分の体を抱きしめる勇者と、その勇者の首に腕を回しこちらを見ている幽霊の姿があった。

 ただし、今回、映し出されたのは僕の深い絶望と、魔王様の劇的な怒りを買うには十分すぎるものだった。 

 幽霊は、カメラ目線でこちらを見ていおり、小さな舌を出していた。ここまでは、先ほどと同じだ。先ほどと違うのは、片腕を勇者の首からはなし、その腕を自分の胸元で曲げ、人差し指を目の下にあて、下に引っ張っている事だ。

 簡単に言うと、あっかんべえ、のポーズだ。

「あ、あのっ。腐れ下郎がっ」

 すぐさま、幽霊に襲いかかろうとする魔王さまを羽交い締めにする。「落ち着いて下さいっ」

「落ち着いていられるか。こんな他人をおちょくった行為をするなんぞ、恥ずかしくないのか?」

「魔王さまも結構頻繁にやってますっ。それよりも、今、勇者達の前に飛び出しても、魔王さまの不利にしかなりませんよ」

「どういう事だ。三部構成で説明しろ」

「勇者達も幽霊は見えていない。魔王さまは勇者達に見える。勇者の周りで一人で暴れる変質者。それが今の魔王さまが行おうとしている事です。そんな事をしたら、物理的な距離どころか心の距離も永遠に縮まることはありませんよ。いいんですか?」

「言い訳あるか!」

「だったらここは、堪えましょう」

「ちぃい」魔王さまは地響きが起きそうな舌打ちをする。

「魔王さま。こんな言葉があるのかは僕も存じかねますが。もう少し上品に舌打ちをして下さい」

「ち。それで、お前に何か策らしい策はあるのか?」

 なんでもかんでも、僕に厄介な案件を投げるな、と言いたいが、どうせ何も言わなくては役立たずとか罵られるのは目に見えいるので、魔王さまの置かれている現状だけを伝える。

「とりあえず、魔法にしろ、物理攻撃にしろ。幽霊には通じないでしょう。だから、魔王さまを含め僕達にあの幽霊と勇者を引き離すのは困難です」

「では、どうすると言うんだ?」

「幸い、幽霊は、魔王さまの事に気づいています。それに、この場で唯一、幽霊と意思疎通ができるのが、魔王さまが持っているカメラです。だから、そのカメラを使って、幽霊を説得しましょう」

 一体、なんの説得なのか、自分で言っていてもよく分からないが、とりあえず魔王さまをなだめるのが先決だ。

「なるほどな。つまり、私の戦わずして、あの白い下郎を屈服させればいいんだな?」

「上手くいく可能性が見いだせないのが悲しいですが、おおむね、その通りです」

 これもうアレだぞ。魔王さまが上手く立ち回らなかったら詰むゲームだぞ。

 さすがは魔王さま、と言うべきか、所詮は魔王さまと言うべきか、魔王さまは、勇者と距離がある事を良いことに、大声で「おおぃ! 白い下郎。さっさとその子から離れろ! でなければ粛正してやるぞ!」と叫んだのだ。

 勇者が、魔王さまの声も姿も知らない事が唯一の救いだった。耳に意識を集中させる。勇者達御一行は、魔王さまの雄叫びには気づいたようだが、それが自分たちに向けられたものだとは思わなかったようだ。

 まあ、これまで幾度となく、無自覚に生き延びてきただけはある安穏な反応だ。

 問題なのは、幽霊だ。幽霊だけは僕では気配の探りようもない。

 幽霊はこちらの事を認識しているようだから、間違いなく、今の魔王さまの発言は幽霊には届いている。さあて、幽霊の反応はいかがなものか。

「魔王さま。もう一度、勇者達を撮影して下さい」

「ん。分かった」 

 魔王さまは返事をして、勇者を撮影する。カメラから紙が出てきて、勇者達の姿が浮かび上がる。

 写真を見て「おおっ」と声を上げたのは魔王さまだ。

「良い予感はしませんが、見せて下さい」

 魔王さまから写真を受け取り、僕も魔王さまと同じ反応をする。「おおっ」

 写真には、満面の笑みを浮かべ片手を広げて、こちらに手を振っていると思しき幽霊の姿があった。

「随分と、友好的そうに見えるが?」

 僕は、全面的に魔王さまに賛同する。

 何てことはまずない。

 自分の事を○す、と宣言しているに等しい発言を受けて、友好的な笑顔で受ける相手が存在がいるか?

 いるわけがない。

 どう考えてもあれば、こちらに敵意を丸出しにし、それを隠す気もない笑顔だ。どんな殺戮者でも、獲物を相手にするときは友好的な笑みを浮かべるのと同じだ。

「魔王さま。もう一度、勇者を撮って下さい」

「なんでだ?」

「いいからっ」 

 僕は魔王さまを急かす。

「分かったよ。わがままな奴だな」

 魔王さまは、さらにもう一枚、勇者を撮影し、その写真を僕に見せた。

 幽霊は、妖艶な笑みとカメラ目線はそのままに、手の平をこちらに向け、更にもう片方の手を一本立てている。

「これは……」

「なんか指が一本増えたな」

「えと、魔王さま」

「今度は何だ?」

「もう一度、写真を撮って下さい」

「だぁ。なんなんだ」

「魔王さまの脳みそは玉か何かですか? いいから勇者を撮って下さいっ」

「分かったよ。もうっ」魔王さまは珍しく僕の語気に押されたのか素直に勇者にカメラを向け撮影する。

 カメラから紙が出てきて、勇者達の姿が浮かび上がり写真となる。

 そこに映されていたのは、相変わらずカメラ目線でこちらに手をむける幽霊の姿だ。ただ先ほど違うのは、立てている指の本数が違う。

「ん? なんぞ。さっきと違って、こちらに向けている手が違うな」

「正確には幽霊が立てている指の本数ですね。この写真では四本の指が立てられています」

「? なんか増えたと思ったら減ったな」

 僕の額に脂汗が滲んでくる。

「もう一度、勇者を撮影してみて下さい」

「分かった分かった。お前もかまってちゃんだな」

 魔王さまは僕の言うとおりに、勇者達を撮影する。ここまで僕に素直に従ってくれるという事は、その実、自身の心の内奥では、何かしらの不安を抱いているのだろう。

 魔王様の持つカメラから、写真が出てくる。

 当然の帰結として、幽霊の姿も映っている。そして、幽霊が魔王さまに向けている指の数は二本だ。

「ううん」魔王ささは首を傾げた。「今度は、二本に減ったな」

「そうですね」僕は空笑う。喉が渇き、上手く声がでない。

 確かに、指の本数は重要だが、それ以上に恐ろしいのは幽霊の笑みだ。目も口も笑っているが、どちらも好意的な笑みとは言いがたい。

 どう考えても敵意の笑みだ。

 勇者は、余計な存在を引きつける電波でも発しているのか。

「魔王さま。これが最後のお願いです。最後にもう一度だけ、勇者を撮って下さい」

「お、おい」魔王さまが「なんか。お前怖いぞ」

「怖いのはあの幽霊の方です! いいから早くっ」

「なんだよう。分かったよう」

 魔王さまは渋々、勇者達を撮影する。

 次の一枚で、僕がとる事が決定する。

 魔王さまは、この度、最後の一枚となる写真を僕と一緒に見た。

 写真には、幽霊が殺意丸出しの笑みを浮かべ、口元で一本の指を立てている姿が映っていた。

 全てを察した僕は、神樹さんと子供を脇に抱え、逃走する準備をする。

「どうした? もう写真を撮らなくいいのか?」

 この魔王さまは、IQという概念をどこかに捨ててきたのか。

 僕は奥歯が砕けんばかりに口に力を入れる。

「もう。じゃないんです。これ以上はカメラをいじらないでくだい! とにかくずらかりますよ!」

 僕はそう言うが早いか、集合墓地に背を向けて、子供と神樹さんと共に、この場からの離脱をはかる。

「はあっ!」魔王さまが、僕と並走しながら訊ねてくる。「どういう事だ?」

「まだ、分からないんですか。あの写真。ほとんど幽霊から僕、というか、魔王さまへの死のメッセージですよっ」

「だーかーらー。どういう事だっ」

「いいですか。魔王さまが幽霊を撮った三枚目を一枚目と考えて思い返して下さい。一枚目の幽霊が指し示した指にの数は『五』です」僕は舌を噛むのいとわず言う。「それで、二枚目は『六』。そして三枚目は『四』。その次は『二』。そして、さっき撮った写真に写っていたのは、邪悪な笑みを浮かべながら、人差し指を一本つまり『一』を示していました。じゃあ、あの幽霊は次、何本の指を立てる思います」

「私にそういった質問を繰り出すとは愚行だな」魔王さまは余裕然とした表情を浮かべる。「分かるか訳がない」

 僕は走りながら、「だったら教えてあげますよ。幽霊が出した指の数を順番に並べると「5・6・4・2・1』です。このまま、魔王さまが写真を撮ったら次に幽霊が指し示す指の本数は何だと思います?」

「……0とかか?」

「十中八九『九』ですよ!」

「なんでそんな事言い切れる?」

「数字の言葉遊びです。遊びなのか幽霊がそれでしか意思疎通をする気がないのか分かりませんが。「56219。数字をそのまま語呂合わせば『ころしにいく』になります。あの幽霊、確実にこちらを○りにかかってますよ。だから最後の一枚だけは絶対に撮らない方がいい。呪いの執行する合図みたいなものです」

「ふん。そんなもの私の手にかかれば」

「手も足も出ないから、離脱してるんですよ。魔法も効かない、物理も意味がない、意思疎通が出来ても説得も話し合いも出来ない。まるで、魔王さまが敵として出現された気分だ。分かりましたか。とにかく今は逃げるしかないんですよ」

「ぐぬぬっ。つまり?」

「残念ですが。今回は魔王さまの完敗です」

「くっくそぉぉぉ」

 魔王さまは絶叫しながら集合墓地から離脱した。

 追ってきているかどうかは分からないが、とにかく、この場を離れるしかない。

 僕は初めて知った事がある。

 現時点では、魔王さまにも倒せない相手がおり、その相手が魔王さまと同じく、勇者のストーカーになる可能性がある事を。

 出来れば、幽霊には勇者の守護霊であって貰いたいが。

 たぶん、僕の願いは叶わないだろう。

 そしてこれは、魔王さまのストーカー生活、初めての敗戦だ。

 心の奥底で、全方位に、ざまあみろ、と思う自分がいる。

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