88:使節団の到着
小雨が降る中、帝国使節団は最終の目的地へと到着した。
王宮に着いたアオイは貴賓室で雨に濡れた服から正装へと着替え、迎えにきたハルトに連れられて、国王エドワードに面通りするために謁見の間への前室へ足を踏み入れた。
「緊張されていますか?」
「実を言いますと、少し…」
ハルトは「大丈夫ですよ」と優しく微笑み、アオイの肩をポンと叩く。
国境の関所を抜けて以降、このハルトという男とずっと一緒にいるが、アオイから見た彼は『物腰が柔らかでとても優しい人』という印象である。側近のおかっぱ頭の男はどことなく不気味な雰囲気を醸し出していて苦手だが、ハルトには絶対服従を誓っているようなので彼が手綱を握っているのならあまり怖くはない。
「どうぞ、お入りください」
顔の怖い衛兵が、重苦しい扉を開ける。
アオイはすーっと深く息を吸い、それをゆっくりと吐き出した。
謁見の間に入ると、一番高い位置に、複雑な紋様が刻まれた豪奢な玉座に腰掛ける王エドワードの姿があった。その隣には王妃アメリアと王太子ギルバート。
アオイは玉座へと続く深紅の絨毯を一歩ずつ進んだ。
ふと、広間を見渡すと、両サイドには各大臣や補佐官たちがずらりと並んでいる。
その列の一番扉に近い位置に、補佐官の制服を着た真っ白な髪の女性が立っていた。
アオイは目を見開き立ち止まる。
それは特徴からして間違いなく皇帝が探していたスメラギ一族の血を引く姫君だった。
(…え?)
「…え」
そう声を漏らしたのはアオイではなくハルトだった。
彼は想定外というような顔をして、じっとその白い女を見る。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださった。あいにくの天気であるが体調を崩してなどおらぬか?大使殿」
エドワードの声にハッとしたアオイはすぐさま首を垂れて跪き、慌てて名乗る。
「そう硬くならないでくれ。この交流は両国にとってきっと価値のあるものになるだろう」
「は、はい」
爽やかな笑顔で語りかけるエドワードだが、纏う空気は重く、威圧感がある。
腹の中はきっと真っ黒なのだろう。アオイは身震いした。
そのまま形式的な挨拶を済ませたアオイは謁見の間を後にする。
今日は夜の歓迎の宴まで特に予定がない。
早々に動き出そうと思っていたが…。
(あれは、多分姫様だよな…)
謁見の間にいた白髪の彼女がそうなのだろうか。
瞳の色まではよく見えなかったが、歳のころはあっていそうだった。
しかし、皇帝からその特徴の娘を探していると連絡を受けているエドワードが、隠しもせずに堂々とあの場に並ばせておくだろうか。
人違いの可能性もある…。
(ハルト殿下に聞いてみるべきか…)
だが、ハルトも皇帝に嘘をついている可能性がある。
アオイは隣を歩くハルトを見上げ、様子を伺った。
すると、彼の向こう側を歩く側近のおかっぱ頭がひょっこりと顔を出し、不気味な笑みを浮かべる。
「気になりますか?あの白い娘」
アオイはその言葉にドキッとした。
こちらの思惑は確実にこの男にもわかられている。
「そ、そうですね。あの場にいらっしゃったとは国王陛下に近い存在なのでしょうか?女性の身でありながら素晴らしい」
一先ずとってつけたような当たり障りのない返答をしてごまかした。
すると、ミザリはハルトの制止も聞かずにペラペラと語り出す。
「あれはトウカ・グレイルという娘でね、王の補佐官であるジュリアス殿の腹違いの妹なのです。彼女自身も王太子殿下の補佐官をするほど優秀なのですよ」
「トウカ・グレイル…さん、ですか」
「はい。よければ今夜の宴でハルト殿下に紹介してもらうと良い」
「ミザリ…」
ハルトの重く低い声が回廊に響く。
顔は笑っているが明らかに怒っているのがアオイにも伝わってくる。
ミザリは舌を出して「すんません」と謝った。
ハルトは「はあー」と声に出して深くため息をつく。
勝手なことをしたミザリを叱りつけたいところだが、彼のおかげで『大使殿に紹介する』という名目でトウカに近づくことができそうだ。
謁見の間にいたということは、今夜の宴には出席するのだろう。
なぜ帝国に狙われている現状で堂々と姿を見せているのかは理解不能だが、隠していないのならハルトにとっても都合が良い。
「ご紹介しますよ、アオイ殿」
「ありがとう、ございます」
アオイはそう言って微笑むハルトに、なぜか寒気がした。
***
トウカは執務室の窓のサンに肘をつき、ぼーっと外を眺めていた。
遠くの方に見える王城の端の庭園では今夜の宴のための準備が急ピッチで進められていた。
「あれ、間に合うんですか?」
「さあな」
雨が上がるまで待っていたため、準備が追いついていない。そのため、ギルバート付きの侍女だけでなく、補佐官見習いのフィオナすらも駆り出された。
本来ならばトウカも準備に参加しているはずなのだが、ギリギリまでこの部屋で待機するように命じられている。
「いいか、トウカ。今夜は絶対一人になるなよ。化粧室に行くときとかはマリアを頼れ」
「わかってますよ」
ギルバートは、少し煩わしそうに答えるトウカの頭を軽く小突く。
「本当にわかってるか?」
「わかってますって」
トウカは頭を押さえて抗議の目を彼に向けた。
身分の都合上、フィオナは今夜の宴には出席できない。
そのため、トウカは女性ならではの事情で宴の席を立つ時は、マリアもともに連れて行くようにと強く言われている。
先程から何回も同じことを繰り返して言われて、正直耳にタコができそうだ。
「少し警戒しすぎです…」
宴の席では、トウカは補佐官として基本的にはギルバートの側にいる。それはつまり、周りには屈強な騎士たちが待機しているということ。そんな状況下で何かあるとは思えない。
「マリア様に申し訳ない…」
トウカは深くため息をついた。
マリアはおそらく十分な説明もされないままに、『トウカのそばにいる』という危険に巻き込まれるリスクしかない事を強要されている。
「マリアやアーサー、クリスには学園への視察の間も世話になるんだ。割り切れ」
ギルバートは彼女の肩をポンポンと叩いた。
学園への視察の際、ギルバートは使節団を案内するためトウカのそばを離れる。
しかし使節団の護衛以外は学園内に騎士を入れることができないため、彼らは視察の期間中、トウカにべったりとそばを離れないよう指示されている。
頼れるのが学生しかいない以上は仕方がないのだが、口ぶりからして恐らく彼らはトウカの素性を知らない。協力してもらっている彼らに何も説明していないのは、何だか騙しているみたいで居た堪れないのだ。
「言っとくけど強制はしてないからな。みんなお前のためならと協力してくれたんだからな」
「…わかってます」
彼らだって貴族だ。自分の命の価値はちゃんと理解している。その上でリスクを取り、トウカの身を守るために協力してくれるというのだ。
「愛されてるな」
「…うるさい」
ギルバートはニヤニヤと意地の悪い笑みを見せて頬を突いてくる。
トウカはその指を掴むと曲がらない方向に曲げた。
(帝国にもあの男にも手を出されてたまるか)
色んな人が自分のために協力してくれているのだ。
だからこそ、彼女は誰にも奪われるわけにはいかない。
トウカは強い決意を胸に、人差し指を抑えて悶絶するギルバートを引きずりながら執務室を出た。




