81:片思いの終わり
ギルバートの向かった先は、城の端にある帝国様式の庭園だった。
そこはかつて、年に一回の帝国との親善交流の宴が行われていた場所。エドワードがトウカの父親である皇帝トグサと年に一度、交流を持っていた場所。
今年はここで十数年ぶりの宴会が開かれる。
ギルバートは大きな池を囲うように作られた園路を歩きながらトウカを探した。
しばらく園路を歩くと、庭園の入り口から一番遠い場所にある芝生の広場に膝を抱えて丸くなっているトウカの姿があった。
何も言わずに、一人分の距離をあけてトウカの隣に座るギルバート。
「避けてるつもりはなかったんだ。ごめん」
ボソッとそう呟く彼の声に反応し、トウカは近くに置いていたノートとペンを手に取ると、
『無理しなくても大丈夫ですよ』
そう書いたノートを見せた。
「無理してない!俺は…、その、俺が今まで抱きしめたり、押し倒したりしてきたこと、お前にとっては耐え難い苦痛だったんじゃないかと思って。だから… 俺は別にお前のことを穢らわしいなんて思ってるわけじゃなくて…」
『私は別に男性不信になったわけでもありませんし、殿下とあの人を重ねた事は一度もありません』
「うん。でも、その…」
言葉に詰まるギルバート。
微妙な沈黙が2人の間を流れる。
何を言うのが正解なのかわからない。相手を想う気持ちに変わりはないのに、相手の気持ちを確かめることが今はとても怖い。
「もし、お前が俺に触れられるのが気持ち悪いと思うのなら、その、極力近づかないようにするし、だから…」
トウカは小さく息を吐くと、ギルバートに一人分の空間を詰めるように促した。ギルバートは戸惑いつつも距離を詰める。
優しく微笑みを浮かべ、トウカは再びペンを走らせた。
『私は、貴方にされて嫌なことなんてひとつもないです』
「…そういうことを簡単に言うなよ。俺は…お前のこと好きなんだぞ」
ギルバートはチラリと、隣に座るトウカを見る。彼女は驚いたように目を丸くしていた。
「何だよその顔」
『まだ?』
「…まだ」
『どうして?』
「どうしてって…」
『私の過去を知って、どうしてまだそんな事が言えるのですか?』
「しょうがないだろ。好きなものは好きなんだから。お前の過去に何があろうが俺の気持ちは変わらないんだよ。お前は嫌かも知れないけど」
少し不貞腐れたようにそう言うギルバートに、トウカはフッと笑みをこぼした。
「なんだよ。文句あんのか」
『いいえ?何も?』
「悪かったな!性懲りも無くまだ好きで!」
ギルバートは少し頬を赤く染め、外方を向いてしまった。
そんな彼の姿を見て、トウカは何となく吐き出したくなった本音をノートの端に小さく書いた。
『私だって好きですよ。ずっと前から』
そう書いた文字を眺めて、トウカはまたクスッと笑った。
口ではなかなか言えない言葉なのに、文字にすると簡単に書けてしまうことが何だかおかしかったのだ。
トウカは端に書いたその言葉を塗りつぶそうと、再びペンを握る。しかし次の瞬間、彼女の視界はぐらりと揺らいだ。
「…これは俺のとこか?」
芝生を背にして見上げた先には瞳孔が若干開き気味のギルバートの姿があった。
コレ、とは先程ノートの端に書いた言葉である。トウカは反射的に目を逸らせた。
「目を逸らすな」
恐る恐るギルバートをみると、彼は何だか泣きそうな顔をしていた。
違うと言ってこのまま逃げることもできる。けれど逃げる理由はどこにあるというのだろうか。前皇帝の娘であることも、穢れたこの身も目の前の彼は全て受け入れると言っている。
(もういいのかな?)
彼が良いと言うのなら、もうその腕に飛び込んでも許されるのではないだろうか。トウカは知らぬ間に、無意識にコクリと頷いていた。
ギルバートは喜びのあまり、ぎゅっとトウカを抱きしめる。
「本当に?嘘じゃない?本当にか?」
何度もそう尋ねる彼に、トウカはその都度首を縦に振った。
声が出ないとこういう時に不便だ。
トウカはペンとノートを取ろうと芝生の上を手探りで探す。
けれど彼女のその手はギルバートの一回り大きな手に掴まれて、芝生の上に押し付けられた。
「好きだよ。ずっと好き。好きよりも大好き。いや、むしろ愛してる」
指を絡ませ、耳元でそう囁かれたトウカは身を捩る。彼女は声が出ないために、筆記用具が手元に無いと一方的に言葉を受け入れるしかできない。
とりあえず離してくれと口をパクパクと動かしていると、ギルバートはそれに気づいた。
しかし、なぜか一瞬の内に口を塞がれた。
(は?)
唇が重なっていることを自覚したのは、少し空いた口からギルバートの舌が滑り込んできた時だった。
ふざけるなと思うが、声が出ない。
トウカは声にならない声を漏らしながら必死に彼の体を押し返す。
(ここ外だから!この馬鹿!)
心の中で必死に訴えるももちろん届くわけもなく…。
興奮した様子のギルバートが落ち着くまで耐えることも考えたが、『好き』と言われたことに有頂天の彼がこのままキスだけで終わるとも思えない。
仕方がないと、トウカは再び手探りでノートかペンを探した。そして見つけたノートを手に取ると、その角で目の前の男の頬を思い切り叩いた。
「いって!角!お前、それ角!」
頬を押さえて抗議するギルバートに、顔を真っ赤にしたトウカは手に持つノートを彼の顔面目掛けて投げつけた。
「調子に乗るなバカ!外!ここ外!」
「なんだよ、外じゃなきゃいいのかよ」
「そんな事誰も言ってないでしょうが!大体どこでこんな技覚えてきたんですか!童貞のくせに!童貞のくせに!童貞のくせに!」
「童貞は関係ないだろ!」
「私はそんな子に育てた覚えはありませんよ!ほんと誰に似たんだか!陛下か!?陛下なのか!?」
「育てられた覚えもない…こともない…?……てか、お前、声…」
「あ…ほんとだ」
ギルバートは目を丸くしてトウカを見つめる。
トウカは自分の喉に手を当てて、「あーあー」と声を出した。
「…治りました、ね?」
キョトンと首を傾げるトウカに、ギルバートはボロボロと涙を流しながら飛びついた。
「トウカぁああ!」
「やだ、泣かないでくたさいよ」
「良がっだあああ!また声が聞けてええ!」
こんな風に泣くギルバートを見るのは、学園の入学試験をパスした時以来だ。トウカは困惑しながらも心配をかけたことを反省し、彼の背中をぽんぽんと叩いた。
「ご心配をおかけしました。すみません」
「本当にな!」
「小言は後で聞きます。先に陛下のところに報告に行かないと…」
「いや、おま…、そこは明日で良いだろう。というか、この流れで俺を置いていくのか。薄情者」
「こういうのは早い方が良いでしょう。この前の夜会のことも報告できていませんし」
やはりどこまでも行ってもトウカはトウカである。気持ちが通じ合ったのに、声が出るようになったのに、そのことに対して感動した様子もなくすぐに仕事モードに入ってしまった。
納得のいかないギルバートはその場を立ち去ろうとするトウカを肩に担ぎ上げる。
「おろしてください」
「だめ。このまま部屋に連行する」
「部屋って、私の部屋であってますよね?」
「…何にもしないから」
「やだ」
「本当、誓うから。多分とか言わないから。絶対だから。約束するから」
「やだ」
「お願い」
「…やだ」
「一生のお願い」
「一生のお願いはこんな事に使うものじゃありません」
大人しく俵担ぎされている時点でトウカに抵抗する気がないことは明白だが、ギルバートは頑なに許可を取ろうとする。
トウカは深くため息をつくと、「約束ですよ」と呟いた。
エンダアアアアア_(:3 」∠)_
【お知らせ】
今後、毎週金曜日に複数話をまとめて投稿するようにしてみようと思います。
特に深い意味はありませんが、ある程度まとめて読めた方が良いかなーと思いまして…
今後ともよろしくお願いします(´⊙ω⊙`)




