79:頼られたいフィオナとわからないエドワード
フィオナはトウカの執務室で1人悶々としながら書類にペタペタとハンコを押していた。
「絶対おかしいのはわかるんだけどなぁ…」
3日ほど前からギルバートとトウカの様子が明らかにおかしいことはフィオナも気付いていた。おそらくジュリアスもユイも。
だが、皆そこに自分が踏み込んでも良いのかがわからず、悶々としていた。
普段の喧嘩なら揶揄いつつ仲裁に入るが、今回は明らかに違う。
「ただの喧嘩じゃないのが丸わかりなんだよぉ」
2人の間に流れる空気が明らかにぎこちない。何事もなかったかのように取り繕っているのが丸わかりだ。
おそらくこのまま放置すればどうしようもないほどに拗れてしまう。
(悩んでいるなら話してくれれば良いのに…)
トウカは頑なに他人を頼らない。
自分にできる事は少ないが、もう少し頼って欲しいとフィオナは思う。
先ほども残業しようとするトウカに「残業を代わる」と言ったが、
『心配かけてごめんね、でも大丈夫だから。ありがとう』
と、そう書いたノートを見せて彼女は優しく微笑んだ。化粧では隠しきれないほどに顔色が悪いくせに。
何とかハンコを押すだけの仕事をもぎ取り、彼女を部屋に返したがフィオナは釈然としない。
フィオナが欲しい言葉は『ありがとう』でも『大丈夫』でもない。『助けて』のひと言だ。けれど彼女は決してその言葉を言わない。
トウカ・グレイルがそんなに強い女性でないことをフィオナは知っている。
彼女は何でもできるし、権力者相手にも怖気付くことなく気丈に振る舞うため強い女性に見えるが、実際は驚くほどに繊細だ。
強がりで優しくて脆い。
「踏み込んで良いのかな。わかんないよ…」
フィオナは机に突っ伏した。
トウカは他人との間に明確な線引きをしている。彼女の言動の一つ一つが、これ以上は入ってくるなと言っている。
昔の数ヶ月前のフィオナならそれでも無遠慮に踏み込んでいただろうが、今の彼女は昔より少し臆病になっていた。
「地雷を踏んでしまいそうで怖いのだろう?」
「そうです。地雷踏んで嫌われたくないんです…って、え?」
フィオナが驚いたように顔を上げると、そこにいたのは国王エドワードと頭を押さえて項垂れる補佐官ジュリアス。
「へ、陛下!?」
驚いたフィオナは思わず平伏した。
「ああ、そういうのは良いから。顔を上げなさい」
「は、はい」
フィオナが立ち上がり顔を上げると、何やら悪いことを企んでいそうな笑顔のエドワードがいた。彼女は直感的にその笑顔を『怖い』と感じる。
「残業おつかれ」
「いえ…」
「ところでフィオナ・グレイル。君に頼んだことは覚えているか?」
「…トウカさんとギルバート殿下の仲を取り持つこと、ですか?」
「正解。どうだ?うまくいきそうか?」
「それは…」
最近、この王のことがわかってきたフィオナは、今2人の関係がこじれていることを知っていて、あえて聞いているのだという事を察した。
(何が言いたいんだろう…)
エドワードがジュリアスの前に手を出すと、彼は2通の封筒をその手の上においた。
エドワードはそのうちの一通をフィオナに手渡す。
「これは君宛に出された文だ。差出人はトウカ・グレイル。今夜、君の元に届くはずだったのだが、私がその地位と権力を駆使して拝借してきた」
「はあ…」
偉そうに言うが他人宛の手紙を横から手に入れるなど、それはあまりよろしくないタイプの職権濫用ではないだろうか。フィオナは怪訝な顔をした。
「大丈夫だ。中身は見ていない。おそらく私が見て良いものではないからな」
「そう、ですか…」
では何故に拝借してきたのか。エドワードの意味不明な行動に慣れていないフィオナは混乱していた。
しかし、エドワードはお構いなしにフィオナの前で2通めの封筒の封を切る。
「そしてこちらはトウカが欲しがっているローゼンシュタイン公国への入国許可証だ」
彼はそう言うと、近くの島国への入国許可証をフィオナに見せた。それは元々、1年後も彼女の意思が変わらなければ渡す予定だったものだ。
「おそらくトウカは近いうちにこれを渡せと言ってくるだろう」
「どう、して…」
「わからん。何があったかなんてあの娘は話さないからな」
だがおそらく既に出国の準備は進めているだろう、エドワードは不敵な笑みを浮かべた。
「私はトウカを手放したくはない。だがこれ以上この国にいて、夜会の時のように傷つくのなら引き止めるのが正解とも思えない。だから君の意見を聞きにきた」
「…それは、どういう意味でしょう。何故私なんかの意見を?」
「トウカは君を信頼しているようだ。私の勘が正しければ、おそらくその手紙にはとても大事な事が書かれている。君がその手紙を読んで、もう彼女を解放してやってほしいと思うのならその許可証を渡して欲しい。そうでないのなら、なんとしてでも引き止めてくれ」
エドワードは「頼む」と、許可証の入った封筒をフィオナに握らせた。
「陛下…」
「ああ、そう言えばトウカが、君の処刑をどうしても回避したいと頭を下げにきた事があった。その時に君のことを『友人』と言っていたよ」
含みのある笑顔で意味深な台詞を残して、エドワードはさっさと部屋を出て行ってしまった。ジュリアスは申し訳なさそうにフィオナの頭を撫でると、エドワードの後を追う。
「何だったんだろう…」
エドワードはまだフィオナの手には負えない。彼の意図もわからぬままフィオナはとりあえず手紙の封を切る。
手紙に書かれた文章を見て、フィオナはギルバートの元へと走った。
***
フィオナに手紙を託したエドワードは王宮の回廊を遠回りして、王城自慢のバラ園に来ていた。
そこは昔、一回り歳の離れた弟のハルトが歩き出したころ、彼の手を引いて散歩した思い出の場所。
鼻歌まじりにバラ園を散策するエドワードの背中を眺めつつ、ジュリアスは呆れたようにため息をつく。
「本当に息を吐くように嘘をつく人ですね」
「何のことだ?」
「手紙、本当は中身を見たんでしょう?」
「まあな。しかし当然の処置だろう。トウカはハルトと接触したのだから、その後の行動に検閲が入るのは仕方がなかろう」
「接触したのではなく、接触してきたのですよ。あちらから」
「結果としては同じ事だ。あの夜会で何があったのかあいつが話さない以上、こちらとしては行動を監視せざるを得ない」
「話さないんじゃなくて話せないんですよ」
「わかっている」
「無理に聞き出すそうものなら多分壊れます。あの子はそんなに強くない」
「…知ってる」
治療師からは、トウカの精神状態を考えると、今は無理に夜会のことを聞き出すべきではないと念押しされている。
しかし、トウカがあの夜会での事を話さない限り、彼女がハルトと繋がり何かを企んでいる可能性を考えねばならない。
エドワードもジュリアスは複雑な心境だった。
「…なんて書いてあったんですか?手紙」
「別に。胸糞悪い内容しか書いてなかったぞ」
「聞かない方が良いですか?」
「勝手に知った私が言うのもおかしな話だが、知らなくて良い事なのは確かだ」
少なくともエドワードは知りたくなかった。弟が行った卑劣極まりない所業など。
「間違っても本人に聞くのはやめておけ。それこそ壊れる」
「…わかりました」
手紙の内容は何となく予測できるが、ジュリアスは知らないままでいることにした。
庭園をしばらく散歩していたエドワードは近くにある東屋に立ち寄ると、ベンチに寝転がり空を見上げる。
「あいつ、こんな事するやつだったかな」
ハルトは確かに、昔から滅ぼされた帝国の神官に興味を持っていたし、この力があれば国の未来は明るいとよく口にしていた。
だが既成事実を作り、少女を従わせようとするような男ではなかった。
少し思い込みが激しいところはあるが聡明で、何より王族としての誇りを大切にしていたからだ。
ハルトは王家の名を汚す様な真似はしない。そう思っていた。
「いつからこうなったんだっけ?いつからハルトは変わったんだっけ?」
一回り歳下のハルトは幼い頃からずっと、兄であるエドワードを慕っていた。
27歳でエドワードが即位したときも、当時15歳だったハルトは『一緒にこの国を盛り立てていこう』と声をかけ、他国に留学し、多くの知識を得て兄王を支えようと努力した。
身贔屓などではなく、ハルトは次期王に相応しいほどに優秀だった。だから息子であるギルバートが成長を見せなかった場合には、ハルトに玉座を明け渡す事も考えていた。
王の子が王になる必要はない。相応しい人間が王になるべきだ。
そう思っていたのに、いつの間にかハルトは兄王と敵対する様になっていた。
「あーもう!!俺にはもう弟がわかんねーよ!!」
突然に叫ぶエドワードに対し、ジュリアスは至って冷静に「僕はいつも陛下がわかりませんけどね」と返す。
すると、40過ぎた王様は、いじけた子どものように膝を抱えて丸くなってしまった。
「40超えたおっさんが恥ずかしいですよ」
「おっさん言うな。俺は永遠の17歳だ」
「はいはい」
「うちの補佐官が冷たい」
「素が出てます。しまってください」
「優しくない。優しさがほしい」
「王妃様のところに行けば良いのでは?もう今日の予定はありませんよ」
「ジュリアスの優しさがほしい!」
「やめてください。気持ち悪いです。甘える陛下とか吐き気しかしませんからほんと」
「お前、不敬罪で死刑にしてやるからな」
「はいはい。できるものならどうぞ」
ジュリアスはめんどくさそうに遇らいつつも、しばし王の幼児退行に付き合ってやった。
暫く拗ねてスッキリしたエドワードは「はあー」と深く長いため息をつくと、立ち上がり背伸びをする。
そしてジュリアスを見据えた。
「ジュリアス。私は、場合によってはハルトを始末せねばならん。王として今度こそ」
「…そうですね」
「急がなくても良いが、軍部を統括できそうな人間を数名見繕っておいてくれ」
「御意」
エドワードは掴みどころのない王の顔をして、城に戻った。




