68:おじさんたちの密会(2)
「あのー、今日はトウカ殿について話があると聞いてきたんですが」
妻が怖いので一刻も早く帰りたいレイモンドは、恐る恐る手をあげて、3人の会話に割って入る。
「ああ、すまんなレイモンド」
「では本題に入りましょうか、陛下」
宰相がそう言うと、エドワードは姿勢を正した。
「この間、トウカの素性を話しただろう?」
「はい」
「今日はその続きを話しておこうと思う。そして、その上で騎士団に協力してほしいことがある」
「わかりました」
本当は聞きたくないが、ここで逃げ出すわけにもいかず、聞かざるを得ないレイモンドは腹を決めた。
エドワードはグラスを手に取ると、深刻な顔で揺れる水面を見つめる。
「結論から言うと、トウカはアシュタール帝国の前皇帝トグサ殿の末子だ」
その発言に、レイモンドとジュリアスは唖然とした。
「…陛下、先代の皇帝に娘はおられなかったと記憶していますが」
ジュリアスの記憶では、クーデターにより処刑された前皇帝トグサには2人の皇子しかいなかったはず。
「公式の記録では、トグサ殿に娘はいなかった。だが、アイツの左肩には刺青がある。薄くなっていて紋様はわかりづらいが、アシュタール皇族は6歳頃になると家紋をその体に刻むらしいし、間違いないだろう」
アシュタール帝国の皇族には、6歳から8歳頃、その身に家紋を刻む風習があるらしい。
そして、トウカにはその刺青があるとエドワードは言う。
「普段から湿布貼ってたのは肩こりじゃなかったんですね」
トウカが普段から左肩に湿布を貼っている事を知っていたジュリアスは、仕事のしすぎで肩こりがひどいのだと思っていたが、なるほどと腑に落ちた。
「…つまり、彼女はスメラギとアシュタール皇帝の子どもだと」
「ああ」
レイモンドは理解が追いつかない。
「…陛下、何故トウカ殿を保護したのですか」
クーデターで前皇帝の血筋は皆処刑された。年若い皇子も皆、平等にだ。
そんな中、前皇帝の末姫を匿うなど危険極まりない。
エドワードの持つグラスの氷がカランと音を立てた。その音が静かな部屋に響く。
「…ここから先は本人が何も言わないから私の推測に過ぎないが、良いか?」
「はい」
「私は、トウカは革命軍に裏切られたのではないかと思っている」
隠された存在の彼女がどういう経緯で革命軍に与したのかはわからないが、トウカはクーデターの作戦を立てた人物。それは本人も認めている。
「クーデターの計画を考えたということは、革命軍のかなり中枢にいたという事。中枢に皇族の血を引く人間がいる場合、普通ならその者の名の下に新しい国を作る方が、後々にも血統主義の貴族連中を取り込むのにも都合が良いだろう?私が革命軍のトップでも彼女を使う。だがそうはならなかった」
トウカはスメラギの娘。王家に牙を剥く理由など十分にある。加えて帝国には過去のスメラギの弾圧に疑問をもつ貴族も少なくないと聞く。彼女を旗印にする事に違和感はないのだとエドワードは言う。
革命後、名ばかりの皇帝にして実権を握るもよし、本人の才能を活かして皇帝として育てるもよし。
あれだけの才能がある娘だ。生かして使うほうが処刑するよりずっと有益だ。
しかし実際にはクーデター直前、ハルトに支援を求めに行った際に、支援と引き換えに彼女の身柄はハルトに引き渡された。
「同胞に売られたんだろう。トウカの存在は革命軍の中でもごく一部の人間しか知らなかったそうだからな。はじめから交渉材料としてハルトに引き渡すつもりだったのかは知らないが、革命軍は彼女の能力だけ利用して捨てたのだと私は考えている」
エドワードはグラスに入った残りの酒を一気に飲み干すと、レイモンドを見る。
「それで、だ。宰相がトウカを見つけたのはクーデターから半年後の事だ。その時点で彼女を帝国に引き渡せばどうなると思う?」
「…まあ、下手すると匿っていたのかとか難癖つけるくらいはしそうですね」
一同は苦笑いを浮かべた。
あちらが渡してきた娘だとしても、そんな証拠などどこにもない。いくらでも難癖がつけられる。
エフェニア王国に恩義があるとは言え、その辺りは油断はできない。
「それに、そのタイミングで引き渡せばトウカに待っているのは確実に処刑だ。才能ある若者がその能力を発揮できずに死んでいくのは惜しい。だから、私はそのまま保護したというわけだ」
エドワードは話し終えたことを示すように、グラスをテーブルに置いた。
暫く思い沈黙が流れる。
レイモンドは俯いたまま、徐に呟いた。
「今日は無礼講って聞いてます」
「ああ。無礼講だ」
「一言いいですか」
「いいぞ」
エドワードの許可を得たレイモンドは、すうっと深く息を吸うと一気に吐き出した
「トウカ殿が失脚した大国の皇帝の末姫!?普通じゃないとは思ってましたがここまでとは思いませんでしたよ!なんでそんな娘を王宮で囲ったんですか!大国の第一級の指名手配犯を王家が匿ってるようなものですよ?下手すれば戦争ですよ!?おっも!?重い。重いです陛下!正直聞きたくなかった!!」
言いたいことを吐き出したレイモンドは、肩で息していた。
そんな彼をエドワードは揶揄うように指差す。
「ざんねーん。もう聞いてしまいましたー。道連れー」
「ふざけんなよ!」
思わず国王に殴りかかりそうになったレイモンドを、隣の宰相が諌める。
ジュリアスは、そのまま殴られてしまえと心底思った。
「で?騎士団に協力を仰ぐというのは?」
ジュリアスはジトッとした目でエドワードを見る。
エドワードは視線を逸らし、宰相に助けを求めた。
「実はね、去年のちょうど今くらいの時期に帝国からの書簡が届いたんだよ」
「書簡?」
「『アシュタール前皇帝、トグサ・アシュタールの末姫の存在が明らかになり、その行方を探している』ってね」
宰相の顔がいつも以上に険しくなる。
その視線だけで人ひとりくらい殺せそうな顔をしている。
「かつての後宮医官の遺品から『先代皇帝の姫に関する記録』が見つかったらしいんだよね。そこには姫の出生時の状態や怪我、かかった病の記録と、毒薬投与の記録が記されていたんだって」
レイモンドもジュリアスも耳を塞ぎたくなった。
「で、こっちにお願いしてきたんだよ。母親はスメラギの生き残りで、その姫の容姿は白い髪に灰色の瞳をしていたと記録にはあるらしく、記録が正しければ歳の頃は17か18。それらしき人物を見つけた際は、身柄を引き渡して欲しいと」
ジュリアスは深くため息をつき、エドワードの方を見る。エドワードは一向に目を合わそうとしない。
「だから父の落胤として、この国の貴族にしてしまったのですか」
「そういう面もある」
「そして簡単に手を出せぬように王太子妃にしようと」
「そういう面ある」
「そういう面しかないでしょうが!せめて身内にするときに説明してくださよ!とんだとばっちりだ!」
「言ったらグレイル家は受け入れないだろう」
「当たり前でしょう」
トウカのことは大切だが、彼女を受け入れることで家が危険にさらされるとなっては、話が変わってくる。
「今度褒賞をやるから、それで許して?」
あざとい笑顔で首を傾げるエドワードの額に
ジュリアスは一発、デコピンをかました。
「無礼講だそうなので」
「無礼講なんて言うもんじゃないな」
エドワードは額をさする。
「陛下はトウカ殿に護衛をつけさせようとお考えなのですね」
「そういえば、2ヶ月後のギルバート殿下の誕生日を祝う夜会に合わせて、帝国から視察が来る話がありましたね」
2ヶ月後のギルバートの誕生日、それを祝う夜会に、エフェニア王国はアシュタール帝国の新皇帝を招待していた。
クーデター後、一応毎年招待していたのだが、皇帝がその招待に応じたのは初めてのことだ。今までは祝辞と祝いの品を贈ってくるだけだった。
「現皇帝の来訪は即位以来だから、5年ぶりですね」
「ああ。内政が落ち着いたし、今回はぜひ直接祝いたいから出席させてほしいと言ってきた」
「ま、本当の狙いは何かわからないけどね」
宰相は苦笑した。
今回、ギルバートの誕生日を祝う夜会に合わせて帝国は、王弟ハルトを通じてエフェニア王国の教育制度について学びたいと要望してきた。
「帝国からの使節団はハルトが招く客人だ。こちらからは手が出せない」
彼らの視察日程も警備も全て軍部任せになるとエドワードは言う。
「一応こちらにも事前に予定は送られてくるし、その中に私との会談も含まれる予定。ハルト曰く、帝国側はこちらと同盟を結びたいと言ってきているらしい」
「同盟ですか…」
「あちらは大国。国土も広く、特にこちらが持たない鉱山物資を多く保有している。同盟を結ぶことは我が国にも大きな利益がある。だが…」
「対価としてトウカの身柄の引き渡しを要求してくる可能性があると」
「そういうこと」
ジュリアスは頭が痛かった。
帝国はこちらにトウカがいることを知っている。
何故ならハルトに彼女を売ったのは他ならぬ革命軍だから。
そして、クーデターの一件でハルトと帝国の繋がりは強い。帝国が恩義を感じているのはエフェニア王国そのものではなく、王弟ハルトという人物。
「ハルト殿下は何をお考えなのでしょうか?」
レイモンドはボソッと呟いた。
帝国との繋がりを強固なものにするのはエフェニア王国にとって有益なこと。
しかし、それを王弟が主導となり行うことに何か裏がある気がしてならない。
「わからん。いつからか、私は弟の考えてることが読めなくなった」
昔はあんなに自分を慕ってくれていたのに、いつの間にか対立するようになってしまった。
いつから道を違えたのか、エドワードにはもう分からなかった。
「…いっそトウカ殿を手放すという手もあるのではないですか?」
レイモンドは帝国にトウカを引き渡してはどうかと主張する。
現皇帝はエフェニア王国に恩義がある。『前皇帝の娘とは知らなかった』とシラを切り通せなくもない。
ジュリアスは険しい顔をしながらも、その考えは彼の頭にもあった。
しかし…
「私はトウカを手放す気はない」
エドワードはハッキリと言い切った。
「あいつは知らないだろうが、私はこれでもアレが可愛くてな。処刑されるとわかってて帝国に送り出したくはない」
父の顔でそう言うエドワードに、ジュリアスもレイモンドも驚いた。
いつも合理的で、必要ないものは無慈悲に切り捨てる王が自分の感情で1人の少女を手放したくないと宣言したからだ。
「陛下にとって、トウカちゃんはもう娘なんだよ」
宰相はニコッと笑って、エドワードの心情を補足した。
「大国の皇帝相手にシラを切りとおすつもりなんですね」
「そういうこと」
ジュリアスは深くため息をついた。
正直面倒くさい。
だが、彼とて義妹が可愛い。
そして、彼は王に仕える補佐官。王の希望は叶える為に存在する補佐官。
「わかりました。もうどこまででもついて行きますよ」
「ジュリアスのそういうところ好きだぞ」
「嬉しくありません」
腹立たしいので、ジュリアスはもう一発デコピンをかました。
「レイモンド。視察の間、トウカに護衛をつけたい。視察の行程に学園も含まれているからできれば学園でも」
エドワードは額を押さえながら、レイモンドに頼む。
しかしレイモンドの反応は微妙だ。
「それはうちの愚息も巻き込もうということですか」
「ダメか?」
「いえ、あいつは喜んでお引き受けすると思いますし、私も息子が引き受けると言うのなら異論はありません。しかし…」
「どこまで伝えるか、ですか?」
ジュリアスは言い淀むレイモンドの言葉を捕捉した。
クリストファーがこんな重大な秘密を隠し通せるとは思えない。
それはここにいる皆、同じ意見だった。
「王太子の婚約者となったから護衛つけるってことで良いのでは?ほら、学園の御令嬢からのやっかみもあるだろうし」
娘のマリアも過去に、彼女が王太子妃候補である事を妬んだ令嬢から嫌がらせを受けていたことを知る宰相は、そう提案した。
「なんか可哀想な気もするけど」
「それでいきますか…」
ジュリアスとレイモンドは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
トウカがギルバートの婚約者になると言う事は、クリストファーの失恋を意味する。そして、クリストファーは失恋したのにトウカの護衛をする事になるのだ。
(ごめんよ、クリス)
レイモンドは報われない息子の恋心をいずれ供養してやろうと思った。




