69:国王捕獲作戦(1)
処刑からひと月半。
エドワードがトウカから逃げ回るせいで、トウカは抗議することも出来ていない。
廊下でバッタリ顔を合わせれば、光の速さで逃げていく事が何度かあり、王すらも逃げる女としてトウカは皆から恐れられ始めていた。
「解せません」
あちらが勝手に逃げているだけなのに、『王族すらも怯えるほど怖い補佐官』とトウカに話しかけられると、一瞬怯えるような反応をとる人間が増えた。
何もしてないのに、冤罪もいいところだ。
「…なんというかごめんなさいね」
「いえ、王妃様が謝罪なさることなど何もございません。というか、本日は私にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。助かります」
「このくらいお安い御用よ」
王妃アメリアは穏やかに微笑んだ。
その微笑みは、この温室の柔らかな空気にとてもよく似合う。
「綺麗なところですね」
フィオナは感嘆のため息を漏らした。
色とりどりの花々が咲き誇るこの温室は、エドワードがアメリアのために作ったものらしい。
柔らかな陽の光に包まれてた温室は、この空間だけゆっくりと時間が流れているようだ。
本日、トウカはそんな温室にエドワードを捕獲するための罠を仕掛けた。
その罠がここにいる王妃アメリアだ。
彼女が『陛下とお茶がしたいです』とでも言えば、あの男は音速で仕事を終わらせてココにやってくる。
トウカはノコノコと最愛の妻につられてやってきた国王を捕らえるつもりだ。
「トウカさん、私にはとても荷が重いのですが」
「フィオナ、そんな事でどうするのですか。一人前の王太子殿下の補佐官になるには、陛下を捕まえるくらいできなければなりませんよ。ジュリアス様もオスカー様も陛下を捕獲する術は心得てますよ」
「ちょっとよくわからないです。なぜ王太子殿下の補佐官が陛下を捕獲できなくてはならないのですか?」
「あの方の血を引いているという事は、ギルバート殿下もいずれ、ああなるという事です」
「ものすごく不敬な発言だという自覚はおありですか?」
トウカの不敬な発言に、フィオナは顔面蒼白だ。
フィオナにとって王エドワードはその前で顔を上げることすら難しいほどに、威圧感のあるちょっと怖い人。
そんな人を軽く馬鹿にするような発言をするトウカはやはり只者ではないと、フィオナは思う。
そんな顔面蒼白のフィオナに、王妃アメリアは優しく語りかけた。
「今日、あの子はどうしているの?」
「…ギルバート殿下ですか?」
「ええ」
「殿下でしたら、午前は学園で補講を受けていらっしゃいます。午後はこちらに戻られて来週の夜会で着用する衣装の最終チェックの後、執務室でお仕事の予定です」
「また補講?」
「最近、公務に気を取られすぎて学園の勉強が疎かになっていましたからね。必然と言えば必然ですが」
呆れた顔をするアメリアに、トウカは辛辣に言い放つ。
もう少しオブラートに包んでくれとフィオナは心の中で嘆くが、トウカのコレは通常運転だ。
王家の信頼を得ている彼女は多少の無礼も許される。というか、逆にそういう取り繕わない正直なところが信頼される所以でもある。
「いつもごめんなさいね。あの子、容姿は陛下に似たけれど、頭の出来は私に似てしまったから…」
アメリアは伏し目がちに呟いた。
王妃アメリアは温和で優しい女性だ。
外交などの場では彼女の持つ朗らかな雰囲気が場を和ませる事も多く、重宝されている。
その反面、あまり頭が良いとはいえず、ギルバートと同じで書類仕事は苦手。
トウカが城に来た頃、まだギルバートが出来の悪い王子と陰で言われていた頃のこと。彼と同じように、アメリアは非難されていた。
流産を繰り返し、なかなか子どもができない体質の彼女に『王妃として最も重要な役割も果たせない女』と中傷したり、唯一できた子どもが彼女に似て頭の出来が悪い事を揶揄したり…。彼女に聞こえるように、意地の悪い貴族連中は陰でそう罵っていた。
「そうですね、ギルバート殿下は王妃様によく似ていらっしゃいます」
トウカは追加のお茶を入れると、優しく微笑んだ。
「優しくて努力家で、太陽のように明るくて、人を惹きつける魅力のある方です。それに、まだまだ未知なる能力を秘めていらっしゃるので、一緒にいると楽しいし飽きません。意外と度胸がありますし、懐も深い。流石は王妃様と陛下のご子息です。きっと立派な王になられる事でしょう」
アメリアは貴族連中の嫌味も陰口も全て受け止めつつ、いつも穏やか笑みを浮かべて毅然とした態度でそれらの言葉を軽く遇っていた。そして、どれだけ侮られようとも、王妃としての務めを全うしようと常に努力してきた。
トウカはそんなアメリアを尊敬している。
もちろん、努力が全て実を結ぶわけではなかったけれど、今では多くの臣下から支持を集めているのも事実だ。
彼女の姿は、ギルバートとよく重なる。
アメリアは、トウカの言葉に「ありがとう」と微笑んだ。
「トウカちゃんは本当によくギルバートの事を見てくれているわね。あの子を好いてくれてありがとう」
「へ!?好いてませんよ!?」
「え?そんな恋する乙女みたいな顔してあの子のことを語るのに?好きじゃないの?」
アメリアをフォローしたつもりが。いつの間にか雲行きが怪しい。
フィオナはブンブンと首を縦に振って同意している。
「いやいやいや。忠義です忠義!私のギルバート殿下への好意は忠義からくるものです!恋愛的に好きとかそういうことではなく…」
「そうなの?残念だわ。貴女なら王妃教育も特に必要ないから楽だと侍女長は喜んでいたから、てっきりもう覚悟を決めてくれたのかと」
「…え、侍女長様が?」
トウカの知る限り、侍女長は血統を重んじるタイプだ。
そんな彼女が、伯爵の落胤とされているトウカを認めるはずがない。
「トウカちゃんが思っている以上に、着々と外堀は埋まっているわよ」
「…そんなぁ」
アメリアは憐れみの目でトウカを見る。
「もしギルバートとの婚約が本当に嫌なら言ってね。私が陛下を説得するから」
「…アメリア様、私は…その…。」
言葉を詰まらせるトウカ。
その様子を見て、ここで『嫌だ』と即答できない時点でギルバートのことを好きだと言ってるようなものだとフィオナは思った。




