68:処刑
宰相への用事を済ませたグレイル兄妹は仲良く王宮の回廊を散歩していた。
「…良いの?こっちの通路から帰ると遠回りだけど」
「良くない。仕事溜まってる」
「じゃあ早く帰りなよ」
正論だが帰る気になれないのだから仕方がない。そもそもお前のせいだろうとトウカはジュリアスを睨む。
「…結局部屋はどうするんだ?」
「しばらくは執務室で寝ます」
執務室の簡易ベッドは硬くて寝心地が悪いので好まないのだが、背に腹はかえられない。
しかし、ジュリアスは与えられた部屋を使うように促した。
「明日から処刑の立ち合い続きだ。できればちゃんとした部屋でしっかり休んでもらいたい」
明日から、処刑の立ち会いがしばらく続く。
叛逆者を捕らえた責任者として、ギルバートとトウカは王や宰相と並び、処刑に立ち会う。
何人もの人が冥府へ行くのを見送るのだ。自業自得の罪人とはいえ、精神的にかなりキツいものになるのは想像に難くない。
「心配するなら殿下の方でしょ?あの人は優しいから」
「こういう事に関しては意外と殿下の方が強い。何年君たちを見てきたと思ってる」
「たかだか5年です」
「5年も側で見てたら色々とわかるものだよ」
ジュリアスは妹を思う優しい兄のような顔をした。その顔が無性に腹が立つトウカは、目を逸らせる。
「落ち着いたら陛下との時間作るから、ちゃんと部屋に帰りなさい」
「検討しておきます」
彼女がこう言うときは大体検討するだけだ。
おそらく執務室で寝るのだろうという事がわかるジュリアスは、小さくため息をついた。
(処刑か…)
明日以降の処刑に関して最も気遣わねばならない人物は、トウカでもギルバートでもない。
トウカは難しい顔をして、ジュリアスに尋ねた。
「…明日、陛下の補佐官で暇そうな人います?」
「オスカー様が休みだったと思うけど」
「では、オスカー様に休日出勤を頼みたいんですが」
「わかった、聞いとく」
「お願いします」
(明日以降、しばらく予定を詰め込んでおこう)
彼女が余計なことを考えずに済むように。
***
翌日、王太子の執務室を訪れた補佐官見習い二日目のフィオナは、扉を開けてすぐに向こう一週間の予定を渡された。
予定がビッシリと詰め込まれたスケジュールを見て彼女は困惑する。
「…こ、これは」
「向こう一週間の予定です。殿下はしばらく学園を休んで公務続きです。ですが、その公務に見習いの貴女を連れて行くことはできませんので、しばらくは補佐官にとって必要な知識を学んでもらいます」
「は、はあ…」
「返事は短く『はい』です」
「は、はい!」
フィオナは元気よく返事をし、敬礼した。
「敬礼はしなくて良いです…」
「あ、すみません」
「今日は陛下の補佐官のうち、一番の古株であるオスカー様に授業を頼んでいます。補佐官業務についての大まかな説明や、補佐官に必要な心得を学んでください。あとは王宮の案内も頼んでいますので、今日は一日、オスカー様の指示に従ってください」
「はい」
「明日以降は、一通りの国政に関する基礎知識を学んでもらうために先生を呼んでいます。あとは、ランドール夫人にマナー講習も頼んでいますので、しっかり学んでください」
「マナー講習、ですか?」
「はい。補佐官は外交の際、殿下の側に立つ事があります。あなたの立ち居振る舞い一つで国同士の争いに発展する事だってありますから、キチンとふさわしい振る舞いができるようになってください」
「は、はい」
トウカは少し大袈裟な表現をしたが嘘ではない。王族の公務の場に立ち会うことの多い補佐官が、外交の場面などで相手を不快にさせることなどあってはならない。
故に補佐官にはきちんとした礼儀作法を習得していること、また、ある程度社交ができる事が求められる。これが貴族籍がないと補佐官になれない理由の一つでもあるらしい。
自分の振る舞いが国を左右するかも知れないことを知ったフィオナは、少し怖気付いたような顔をした。
その反応に、トウカは複雑な心境になる。
「…貴女には平民として普通に過ごす道も用意されていたはずです。何故わざわざ#王宮__ここ__#に残ったのですか」
ここは学園よりずっと、さまざまな陰謀が渦巻く一筋縄ではいかない場所。
貴族特有の迂遠な言い回しや、貼り付けた笑顔の下で行われる腹の探り合いが苦手なフィオナが王宮で生きて行くことは容易ではない。
ましてや、彼女は叛逆者の娘だ。悪意を向けられることもあるだろう。
ここでは学園のように直接的な攻撃はされないかも知れないが、嫌がらせの内容は学園よりもずっと陰湿だ。
もし、平民になって市井で生活をすれば、そんな悪意を向けられることなど、恐らくはないだろう。
むしろ王太子を命を救った英雄として、民に受け入れられたはず。
(この子にはここよりも、明るい日の下の方がずっと似合う)
トウカはそう思った。
しかし、フィオナは強い意志を宿した目で彼女を見る。
「殿下にいただいたこの命を、私はこの国のために使うつもりです。それが御恩に報いるために、私ができる唯一のことです」
「そ、そうですか…」
「トウカ。フィオナの覚悟は本物だ。過度な心配は逆に失礼だぞ」
ギルバートまでもがフィオナの意思をフォローするように、話しかけてくる。
ここまで言われてはトウカも覚悟を決めねばならない。
彼女は小さく息を吐くと、背筋を伸ばした。
「わかりました。ではこれに目を通しておいてください」
そう言って、トウカは名簿をフィオナに渡した。
「これは?」
「王弟派とされる人物のリストです。せめて印のつけている人物の名は覚えてください。記憶したら、火にくべて処分を」
「はい」
「貴女を利用しようと近づいてくるかもしれません。気をつけてください」
「承知しました」
「貴女の覚悟に敬意を表して、私は貴女を守ることを誓います。何か少しでも不安な事があれば、すぐに報告してください」
『守る』と強く言い切ったトウカに、フィオナは顔を赤らめた。
ギルバートは男前な事を言う想い人に、複雑な心境だった。
***
処刑は3日間に分けて行われた。
これは立ち会い人の精神的な負担を考えてのことだ。
この国の刑場は騎士団の敷地内にある地下牢と繋がっている。
円形闘技場のようなその刑場はかつて、貴族たちが娯楽として罪人同士に本気の殺し合いをさせていたそうだ。
勝ったら減刑、負ければ死。
そんな極限まで追い詰められた人間の本気の殺し合いを見て、楽しんでいた時代があったらしい。
薄暗い刑場に入ると、ギルバートは法務部の官吏に促されるがまま、代々王族が極刑の囚人を見送ってきた席に座る。トウカはその隣に立った。
少し遅れて刑場に来たエドワードは、トウカの顔を見ると少し気まずそうな顔をしたが、すぐに表情を戻してギルバートの隣の椅子に座った。
宰相と法務部の大臣はエドワードの側に立ち、官吏を下がらせた。
彼らが見下ろす先には、広い刑場の真ん中にポツンと置かれた絞首台がある。
「はじめてくれ」
エドワードの合図で、看守が一人ずつ死刑囚を連れてくる。
手足に枷をつけられた囚人は、最後まで抵抗しようと暴れる者もいれば、王に暴言を吐く者、大人しく絞首台に登る者もいて反応はさまざまだった。
中でも、ノイマン伯爵とその夫人は最後まで執拗にギルバートを罵っていた。
『お前など王の器ではない』
『ハルト殿下こそ玉座に相応しい』
『出来損ないの王子が』
幼少期からずっと影で言われていた言葉だ。
ギルバートは彼らをじっと見つめながら、顔色一つ変えることなくその言葉に耳を傾けていた。
そして処刑最終日の昼下がり、少し疲れた顔をしたトウカとギルバートは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「行くか」
「…はい」
「行ってらっしゃいませ」
フィオナは深々と頭を下げて、刑場へと向かう2人を送り出した。
二人が廊下の角を曲がり、その姿が見えなくなると、彼女は神に祈るように手を組み、静かに目を閉じた。
(今日、父の刑は執行される)
愛されていた記憶はないけれど、愛していた記憶はある。
フィオナは冥府へ行く父に、数秒だけ祈りを捧げた。そして顔を上げると自分の頬を叩き、気合いを入れる。
「よし!ランドール夫人のところに行かなきゃ!」
トウカはここ数日、フィオナのためにマナー講習や補佐官に必要な知識を習得するための座学の予定を詰め込んでいる。
立派な補佐官になるために必要な事だからと彼女は言うが、おそらくは自分が余計な事を考えずに済むようにそうしてくれたのだろう。
それがなんとなくわかるから、フィオナには感傷に浸ってる暇などない。
彼らに与えられた命だ。使うのなら彼らのために使って死にたい。フィオナ・モートンは今日を持って、心身ともに新しく生まれ変わるのだ。
フィオナが前に向かっで進み出したころ、刑場では最後の囚人の刑が執行されようとしていた。
「次、モートン元男爵です」
大臣の言葉を合図に、看守に連れられ入場したモートン元男爵は、暴れる様子もなく絞首台へと上がる。
大臣が罪状を読み上げ始めると、彼は目を閉じて、静かに自分の罪を聞いていた。
取り調べの際、モートン元男爵は「娘に苦労させたくなかった」と話していたという。
資金繰りの厳しい男爵家。
娘に、満足に貴族の令嬢らしい生活をさせてやれない事を悔やんでいた彼は、お金に目が眩み、悪事に手を染めたらしい。
『あの子の兄の事を私は見捨てました。そして、妻が彼の後を追うように死んだ時、とても後悔したんです。だから、最後に残った家族だけは守ろうと…』
モートン男爵の供述が本心かどうかはわからない。もしかすると、家族への愛情がある事を見せ、同情を誘い慈悲を乞おうとしたのかもしれない。
しかし彼の供述を信じたとしても、彼のとった行動はフィオナの事など考えていない自分勝手なものだ。
たとえ娘への愛情が本物だったとしても、許されることではない。
最後、言い残した事はないかと聞かれたとき、彼は「娘に愛していると伝えてほしい」と頼んだ。
執行人は「わかった」とだけ答え、刑を執行した。
処刑が無事終了し、執務室に帰ってきたトウカ達にフィオナは何も聞かなかった。
2人も、彼女が何も聞かないから何も言わなかった。
「お疲れ様でした」と優しく微笑み、ランドール夫人の指導を受けながら、ぎこちない手つきで2人にお茶を入れたフィオナの目は少しだけ赤かった。
***
結局、モートン元男爵の最期の言葉はフィオナには届けられていない。
それは、エドワードが彼女に与えた慈悲だった。
フィオナは父からの愛情を感じていなかったからこそ、彼の謀反を告発できたという面もある。その真意がどうあれ、父の愛情を知った彼女は自分の決断した事を悔い、苦しむかもしれない。
だから、エドワードはモートン元男爵の最期の言葉を聞かなかったことにした。
彼女の中で、父の謀反が過去になることはない。
父の存在は一生彼女に付き纏う。
けれどもう、決して目を閉じたりしない。耳を塞いだりしない。
たまに家族を思い出し、泣く日があったとしても、逃げる事はもうない。
『正しく生きる』ために、フィオナはモートンの名と決別し、フィオナ・グレイルとしての人生を歩み始めた。
2章完!




