65:トウカの処遇(2)
麗かな陽気に包まれた昼下がり。
王太子ギルバートの執務室の空気は、最高に重かった。
理由は勿論のこと、ギルバートが先ほど解任したばかりの己の元侍女を揶揄うように笑いながら、さらなる爆弾を投下したからだ。
「…今、何と?」
「補佐官の方は暫くはそのまま続けてもらうから安心しろ、と言った」
「…暫く、とは?」
「後任が育ったらそちらの方も解任する」
「…後任?」
その言葉にトウカの眉間の皺は深くなる。
補佐官まで解任されては、彼女はギルバートのそばにいる理由を失ってしまう。
「…侍女の解任といい、殿下は私を側仕えから外したいのですか?」
「その通りだ」
「どうして?」
「お前が言ったんじゃないか、守られるのが嫌なら側仕えから外せば良いと」
「それは…そうですが」
トウカは今、自分がどんな表情をしているかわからなくて顔を伏せた。
正直、本当に外されるとは思っていなかったのだ。
(少し驕っていたのかもしれない)
彼女は無意識にギルバートが自分を手放す訳がないと思い込んでいた。
ずっと自分の手を離そうとしなかったのは彼の方なのに、こんなにアッサリと側仕えから外すなど、それほどまでに音楽祭での勝手は彼にとって耐えがたい事だったという事だろうか。
考えても仕方ないことが、一瞬のうちにトウカの頭を駆け巡る。落ち着けと自分に言い聞かせるように、目を閉じて深く深呼吸した。
すると…。
「…あ」
ピンとある事を閃いたトウカは顔を上げると、満面の笑みで「仕方がありませんね」と答えた。
その表情に、今度はギルバートの方が顔を顰める。
「…随分と余裕だな。無職になるかも知れんのだぞ?」
「解任までの間に次の仕事でも探します。幸い、私は優秀なので何とかなります」
「そういう事を自分で言うなよ。可愛げないぞ」
「可愛げなど元より持ち合わせておりません」
「ちょっとは焦れよ」
「どこに焦る必要が?仕事が見つからなくとも、私にはどこかに嫁ぐという選択肢もありますし、ご心配には及びませんわ」
ギルバートの発言が、自分の気持ちを試すためのものであると考えたトウカは、自分に縁談の話がある事をバラして揺さぶりをかける。
単純な主人は案の定、わかりやすく動揺した。
「…は?嫁ぐだと?」
「こう見えても私、結構モテるんですよ?伯爵家の令嬢になってから、婚約の申し出は多数いただいております」
「なっ!?聞いてないぞ!?」
「言ってませんからね」
「言えよ!」
「なぜわざわざ私の縁談をお伝えする必要が?」
「伝える必要あるだろう!こっちは求婚してんだぞ!?」
「そういえばそんな事言われましたね」
「てめぇ…」
ギルバートはわなわなと肩を震わせる。
先程まで意地の悪い笑みを浮かべてトウカをからかっていた筈なのに、あっという間に立場は逆転してしまった。
「…俺のそばにいられなくなる事は、お前にとってそんなにも簡単に割り切れるものなのか?」
「そりゃあ、寂しくはありますけれど…。でも殿下が決められた事でしたら従うしかありませんよね?」
王太子に解任だと言われれば、それに逆らう事などできない。
悔しそうにするギルバートをトウカはニッコリと微笑みながら見下ろした。
「…あ、あまり俺をみくびるなよ!?」
余裕綽綽な彼女の態度に、上目遣いで肩を震わせながら一生懸命反論しようとするギルバートの姿は、さながら狼に立ち向かう兎のようだった。
2人がそんなやりとりをしていると、それを仲裁するかのようにコンコンと扉を叩く音がする。ギルバートは小さくため息をつき、入室を許可した。
「失礼します」
そう言ってゆっくりと扉を開けたのは、見覚えのあるピンクブロンドの髪の少女。
髪を後ろで一つにまとめ、補佐官の制服を身に纏った見覚えのある少女は、花のような笑顔でトウカの前に立つ。
「補佐官見習いとして本日よりトウカ様の元で勉強させていただきます。フィオナ・グレイルと申します」
よろしくおねがいしますね、と笑う少女の姿に、トウカは開いた口が塞がらなかった。
「…聞いてないんですけど」
「言っていないからな」
どこかで聞いたことのある会話だ。
「え?グレイルって…え?どういう…え?」
動揺しすぎて珍しく挙動不審な動きをするトウカにフィオナは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ。その動きなんですか?」
「なんだ、知らなかったのか?彼女は最近、グレイル伯爵家の養子となったフィオナだ。お前の妹だぞ?」
「…は?妹?は?」
「いえ、私は前伯爵の落胤ではなくジュリアス様の娘扱いになりますから、妹ではなく姪ではないでしょうか」
「ああ、確かにそうだな」
「どっちでも良いし、意味わかんないし」
「大丈夫だ。トウカの時と同様に、フィオナは爵位の継承権は放棄してるし、ジュリアスの子が伯爵位を継ぐからその辺は心配ないぞ?」
「その辺は別に心配してないし」
突然のことで頭が追いつかないトウカは、先程報告を済ませた後、そそくさと逃げるように部屋を出た義兄の姿を思い出した。
こんなホイホイと訳ありの女を身内にして、グレイル伯爵家は一体どこを目指しているのだろうかと、トウカはため息が止まらない。
(何考えてんだよ、あの人)
ジュリアスとしてはエフェニア王家に振り回されて貧乏くじを引かされているに過ぎないのだが、そんな事を知らないトウカはグレイル伯爵家に何かよからぬ思惑でもあるのではと勘ぐってしまう。
ひとり悶々とする彼女の事などお構いなしに、再び主導権を取り戻したギルバートはさらに追い討ちをかけた。
「来週末からアーサーもお前の下につける」
「…はい?アーサー様は学生ですよ?何言ってんですか?阿呆ですか?いや、阿呆なのは存じてますけどね」
学生で城に上がるなど、普通はあり得ない。
混乱しているトウカはいつにも増して口が悪くなる。
「阿呆阿呆言うな。学生をしつつ、休日は補佐官見習いとして城に上がる事になったんだ。これは宰相からの申し出だ。将来、俺の補佐ができるようしっかり教育してくれと宰相からの伝言だ」
突然同時に二人の教育係を任せるなんて許されるのだろうか。
結局、侍女を辞めても2人の教育で忙しくなるのは目に見えている。この城の人間はどこまでもトウカをこき使うらしい。
「…まさか侍女の解任って、教育係のためですか?」
「まあ、そうだな。教育係もして侍女もして補佐官もして、ついでに学生もとなると、流石のトウカも過労で死ぬだろうと泣く泣く解任したと言うわけだ」
「ふざけんなよ。もうちょっと丁重に扱えよ。この国の王侯貴族は人のこと何だと思ってんだ。こちとらか弱い乙女ぞ」
「お前のどこがか弱い乙女だ。まあ、早く育てればその分だけお前が楽になる。がんばれ」
「そういう問題じゃないし、簡単に頑張れとか言うな。ふざけんな」
「口悪くなってんぞ」
「うるさい」
ギルバートはクツクツと笑いながら、「そろそろトドメだ」とフィオナに視線で指示を出す。
フィオナは少し困ったような笑みを浮かべながら、ポケットから一つの鍵を取り出した。そして、それを申し訳なさそうにトウカに手渡す。
その鍵はどうにも見覚えのある形状をしていた。彼女の記憶が正しければ、これは王宮の奥で使用されるはずの鍵。
「…どこの部屋の鍵か、聞いた方が良いですか?」
「知りたいなら教えてやる」
「いや、知りたくないので遠慮します…」
「俺の私室の向かいの部屋」
ギルバートは『罰だ』と言うと、ニッコリと微笑んだ。




