64:トウカの処遇(1)
音楽祭から丁度ひと月後のその日。
麗かな陽気に包まれた昼下がり。官吏達が各々、昼休みをとり始める頃。
王の補佐官ジュリアスは胃が痛かった。
ここ数日で王太子暗殺計画に関与していた人物の処分が全て決まり、それに関連する後始末で、王宮の高官は大忙しだ。
加えて王太子のくだらない企みに手を貸す羽目になり、心身ともに休まる暇がない。
今も自分の昼休憩の時間を使い、諸々の件を報告するために王太子の執務室に出向いた次第である。
「お食事を取りながらで良いので聞いてくださいね」
「ほーい」
そんな彼の気苦労を知らないギルバートは、目の前に用意されたランチプレートを食べながら間抜けな返事をした。
対するトウカは自分の分のランチプレートをメイドに下げさせると、耳だけジュリアスに傾け、手は仕事を片付け始める。
「トウカも食べて良いぞ?」
「いえ、大丈夫です。この後宰相閣下に呼ばれてますから、報告を聞いたらすぐ閣下のところに向かいますし」
ジュリアスが忙しいのなら当然の如くトウカも忙しいのだが、昼休憩を返上する事が普通になっている義妹の姿に、彼は呆れた顔をした。
「3食きちんと食べなさい」
「多分、閣下が棒付き飴をくださいますので大丈夫です」
「飴は食事ではない」
「私の事はいいから、サッサと報告してください。お互い忙しいんですから」
めんどくさそうに義兄を遇らうトウカ。
どうあっても自分の言う事を素直に聞く気がない義妹にため息をつきながら、ジュリアスはとりあえず報告をする事にした。
「まず、開放日の犯人と合わせて実行犯4人と主犯3人、あと夫人達は処刑です。これは前から決まっていた事ですね。あとは、彼らの直系尊属と伯爵家の嫡男は身分剥奪の上、無期限の投獄に決まりました。伯爵領、子爵領ともに一旦国預かりとなります。今後、殿下にはこの辺の仕事が振られるかと思うので覚悟しといてください」
ジュリアスはちらりとギルバートの方を見るが、目を逸らされた。
目を逸らせたところで仕事が振られる事は確定しているし、何なら自分が蒔いた種でもあるので流石に逃げはしないだろうとジュリアスは話を続けた。
「伯爵令嬢は未成年ということもあり、辺境の修道院送り。子爵家の子ども2人については殿下の進言どおり保護します。が、正直反発が多いので、彼らには『監視』付きの人生を送ってもらう事になります。あと、孤児院の院長は解任と投獄が決まりました。横領に関係していた者は全員逮捕済みですが、こちらの件に関しての処理は私にお任せください」
「ジュリアス様、質問良いですか?」
「構わないよ」
「結局、親族は関与していたんですか?」
「夫人達は関与していたが、隠居した前伯爵とかに関しては微妙。というか、これ以上は言えないので察してくれ」
「了解です」
一応、処分される人物は全員関与していた事にされているが、実際は本当かどうか怪しい。
(ノイマン前伯爵は陛下のやり方に反対していた人だし、隠居したのに何かと口うるさいから良い機会だと排除したというのが本当のところかな)
エドワードは、都合よく目の上のたんこぶを排除できるこの機会を逃すような男ではない。
「他に質問は?」
「実行犯はどこの組織の人間だったんですか?」
「最近、西の海に出没している海賊に依頼したらしい。その海賊については今追っているところ。まあ、そっちは軍部の仕事だから不本意だが、あちらに任せる事になった」
ジュリアスは不服そうな顔をするが、海賊等の討伐は軍部の仕事だ。
王弟ハルトも王太子暗殺を疑われた手前、きちんと仕事はするだろうとトウカは言うが、ジュリアスはイマイチ軍部が信用できない。
「叔父上は阿呆ではないし、ちゃんと国のことを思ってる人だ。今回の件がなかったとしても我が国の領海を荒らす海賊を野放しにはしていないさ」
「殿下に諌められると腹が立ちますね」
「何でだよ!本当に失礼なやつだな」
ギルバートは、臣下の失礼千万な発言に思わずランチプレートの肉片にフォークを突き刺してしまう。
それをトウカに『行儀が悪い』と視線で注意されてしまった。
彼は不貞腐れた顔をしながら肉を口に運び、飲み込むと話を変える。
「…例の件は?」
「…滞りなく」
「そうか」
「例の件とは?」
「フィオナ嬢の件だ」
「どうなったんです?」
キョトンとした顔で尋ねてくる義妹に、申し訳ないような気持ちを覚えながらも、ジュリアスは彼女の質問を無視した。
「報告は以上です!で、君にはこれ!」
そう言うと、ジュリアスはいつものファイルから茶封筒を取り出し、それをトウカに手渡した。
「…なんでしょう?」
「いいから開けなさい。そして後は殿下と話しなさい。僕が代わりに宰相閣下のところに行ってきてあげるから。じゃ!」
「え、ちょ…ジュリアス様!?」
ジュリアスは封筒を渡すと、トウカの話も聞かず、そそくさと逃げるように部屋を出て行ってしまった。
封筒を手にしたまま、呆然とするトウカ。
「何なんでしょう?」
「とりあえず開けてみろよ」
「はあ…」
ギルバートはニヤニヤしながら、封筒を開けるように促した。
トウカは何だか嫌な予感がしながらも、封を切る。そして、そこに入っていた紙を広げた。
「…何ですか、これ」
その灰色の瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いた彼女は、ギルバートの方を見る。
ギルバートは最後まで残っていたランチプレートのブロッコリーを頬張りながら、彼女の持つ紙切れを指差した。
「何って、辞令だ。トウカ・グレイルを王太子付き侍女の任から解く」
トウカは思考が追いつかない。
王太子の側について4年。浅慮なこの男の行動の後始末に奔走し、まともに休む暇もないくらいに忙しなく過ごしてきたが、それなりに充実していた。
そんな彼女の侍女生活は、紙切れ一枚で唐突に終わりを告げた。
(….なんで?)
辞令を言い渡す紙切れを握る手が震える。
書類を見る限り、必要な人物のサインがある。
これは正式な手続きを経ての解任だった。
まるで、抗議する事も許さないと言っているみたいだ。
動揺するトウカに対し、ギルバートはどこか満足げな表情をしていた。
「侍女頭はランドール夫人が引き継ぐ事になっている。問題はないだろうが、引き継ぎだけ頼む」
「…本気ですか?」
まるで、なんでもない事にようにそう言う彼にトウカは驚きを隠せない。
「なんだ?不満か?」
「まあ、なんの前触れもなく急に言われては、多少の不満があってもおかしくはないでしょう」
「前触れもなく?おかしいな?俺はお前に罰を与えると言ったはずだが?」
ギルバートは椅子の背もたれに寄りかかると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
トウカはその表情にかなり不快な気分になった。
「それで侍女の解任というわけですか」
「そうだ」
「…わかりました。すぐに引き継ぎに取り掛かります」
到底納得などできてないが、すでに決まった事なので彼女にはもうどうしようもない。
元々補佐官との兼任はオーバーワークだとは思っていたし、ここ最近はまともに侍女としての仕事も出来ていなかった。解任も致し方ない。
「なんだよ、怒ってるのか?やめたかったんだろ?侍女」
「それはそうですが、こんな急な解任は少々不服です」
「そうか、不服か」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか」
「別に?」
「…悪趣味」
ニヤニヤとトウカの反応を嬉しそうに伺うギルバート。
この反応からするに、おそらくこの間の一件で色々と勝手をした事への意趣返しだろう。
解任するなら前もって言っておいて欲しかった所だが元々解任を望んでいたし、ランドール夫人とユイが2人で侍女の仕事を回していたから、多少性急な引き継ぎになっても問題ない。
これでギルバートの気が済むならそれで良い、とトウカは呆れたようにため息をついた。
しかし、彼女はこの面倒くさい主人を本気で怒らせていた事を忘れていた。
彼が用意していた罰はそれだけではなかったのだ。
「まあ、そう不貞腐れるな。補佐官の方は暫くはそのまま続けてもらうから安心しろ」




