61:お説教
トウカは昔から人より少しだけ勘が良く、人より少しだけ記憶力が良かった。
それせいか、その真っ白な髪色も相まって、未来予知の能力があるスメラギ一族の人間なのかと聞かれることがよくある。
もちろん、髪色からすればありえない話ではないし、家系図を辿ればどこかでスメラギの血が混ざっている可能性はあるが、それを証明する術はない。
だが、トウカは自分がスメラギではないと断言できた。
(だって、予知能力があるのならこんな事にはなっていない)
正座しながら、彼女は不貞腐れたように頬を膨らませる。
あの後、広場を出た一行はそれぞれの後始末に向かった。
護衛以外の騎士とクリストファーは団長に作戦の完了を報告しに一旦騎士団に戻り、ギルバートとトウカは王への報告のため、城に戻った。
慈悲を与えられたフィオナは王宮に保護されているリーナの元へ行っている。
そして報告を終えたトウカは、何故か主人の私室で彼の前に正座させられて、尋問を受けていた。
今回の件、『隠していることも隠していないことも取り敢えず全て話せ』と命じられたのだ。
明らかに怒り心頭な主人を前に、彼女はなす術なく全てを話し始めた。
「私の仕事は職務の範囲外のものも多いですし、加えて記憶力が人より少しだけ良いので、何となくで不正してるのとかわかっちゃうんですよねー」
トウカは過去に仕事で目を通した書類について、その内容を大まかにだが全て覚えている。
故に、彼女がその気になれば職務の中で見た事柄の中から数字や人名、組織名などを繋ぎ合わせ不正の証拠を握ることなど造作もない。
普段はエドワードとの契約上、彼が調べろと言わない限りは不正に気付いても指摘しないが、今回の場合は特別だ。
出来るだけ明るく話しながら、恐る恐る顔を上げるトウカ。
そんな彼女をギルバートは無表情で見下ろしていた。
「だから?」
「だ、だから、ヒューズ中将についてもある程度掴んでいたので、宰相閣下にお願いして、ハルト殿下に連絡を取ってもらったのです」
実はトウカは会議室に宰相や騎士たちを集めたあの日には既に、ミザリ・ヒューズが王太子暗殺の計画に関与しているという証拠もほぼ掴んでいた。
そして、宰相を通じてハルトに『これ以上追求されたくなければ協力しろ』と取引を持ちかけたのだ。
彼は取引に応じ、ミザリ・ヒューズを通じてノイマン伯爵に『早く王太子ギルバートを始末しろ』と圧力かけさせた。
そんな中、焦ったノイマン伯爵に、タイミングよくモートン男爵から『娘がギルバートと音楽祭へ行く』という情報が入る。
伯爵はこの機会を逃してはならないと再び暗殺計画を練るという流れだ。
「で、まんまと罠にハマった彼らは無事音楽祭での暗殺計画を実行し、無事捕獲されたという次第です」
トウカはニコッと笑い、目の前の無表情な主人を見上げる。
「…何故お前が叔父上と繋がっている?」
ギルバートの声は一気に低くなる。
しかし、彼が怒るのは当然だ。何故ならギルバートとハルトはいわば敵同士。
自分の腹心が自分の預かり知らぬところでその敵と繋がっているなど、許せることではない。
「…実は、その、昔色々ありまして…。直接コンタクトを取る事はできないんですけど、宰相閣下を通じてなら話ができると言うかー、あはははは…」
誤魔化すように笑う彼女に、ギルバートは大きく舌打ちした。
「ひぃ…」
「何故叔父上がお前の言葉を聞く?」
「それは…その…」
「叔父上がお前のと交渉に応じる理由は何だ」
「あはははは…」
「笑って誤魔化すな。話せ。叔父上とお前はどう言う関係なんだ」
「…それについては陛下から箝口令が敷かれておりまして」
「ほう?言えないと言うのか?」
「い、今ここでは…」
「へー。そうかそうか。ふーん」
「ち、ちちちち近いうちに、陛下に許可を取りますので!何とぞ…」
ご慈悲をとトウカは平伏する。
そして明らかに不機嫌なギルバートを宥めつつ、ハルトとの関係については、いずれ必ず話すと約束した。
「では、こちらの行動が向こうに漏れていた理由は?」
「実は殿下があの予算申請書を出した辺りから、孤児院の動向については注視していまして…。数ヶ月前にノイマン伯爵夫人が寄付を申し出ていた事を思い出したのです」
トウカはレイモンドにダミーの警備計画を作らせ、その計画を孤児院側にのみ通達させた。
しかし、音楽祭の主催はたしかに孤児院だが、協賛している商店街や劇団も実行委員会の一員だ。
商店街の組合長には本物の警備計画を通達し、孤児院側にはダミーを渡す事でノイマン伯爵に警備計画が行き渡るようにしたというわけだ。
「あの予算申請の件で、院長の中の殿下の心証は悪くなっていましたから、彼は必ず警備計画を漏らすと踏んでまして…。あ、でも、もしかしたら脅されただけかも知れないんですけど…」
少し言いづらそうにするトウカだが、ギルバートは無表情のまま彼女の話を聞いていた。
「では、騎士をすぐに介入させなかったのは何故だ」
「それは、なるべく人を集める必要がありましたので…。アレです。ちょっとしたパフォーマンスです」
その言葉にギルバートの眉はピクッと動く。
「ほう、パフォーマンスとな?」
「そうです。あっさり捕まえてしまっては人が集まらないと思いまして…」
元々、王弟派でも過激な思想を持つミザリ・ヒューズの派閥が狙っているのは、王弟ハルトを玉座に据える事。
暗殺などと言いつつも、衆人環視の中でギルバートを亡き者にしようとするのはそのためだ。
彼の首を刈り、捏造した王太子の悪事を大衆に見せつけて扇動し、王家に叛旗を翻すことがこそが彼らの目的。だからトウカはその策略を逆に利用した。
大立ち回りで騒ぎを大きくし、観客を集める。そして、ギルバートの首を刈りに来た刺客を見事に返り討ちにし、叛逆者を晒し者にする。その方が叛逆者たちは、見ているものにより無様に映る。
エドワードの治世の元で平和を謳歌するエフェニア王国の、それも特に王の政策の恩恵を直に受けている王都で、王族に恨みを持つ民は少ない。
王家に牙を剥き、さらに不正を行なった事を白日の元に晒された伯爵に感情移入する者など、この街にはいない。
「後は観客の前で、父親の犯罪に巻き込まれたフィオナ様への同情を誘い、殿下が寛大なお心で慈悲を与え、大団円。というわけです」
「へえー」
「ハッピーエンドですね!殿下!」
誤魔化すようにニッコリと笑うトウカを、ギルバートはギロリと睨む。
その表情にトウカは思わず身構えた。
「い、いやぁ、怪我しないつもりだったんですよ?でもちょっと失敗しまして…。本当は腕を掴んだつもりだったんですけどね」
トウカは、「おかしいなぁ」と首をかしげる。
「あ!ほら、肉を切らせて骨を断つって言うでしょ?」
「つまりわざとってことか?」
「…嘘です」
反省の色が見えないトウカに、ギルバートは深くため息をついた。
怪我をした事もそうだが、そもそも聞いていないことが多すぎる。
囮の件も、騎士団への指示変更も、敵の総大将ハルトに連絡を取っていた事も全部聞いていない。
都合よく音楽祭で暗殺計画を実行してくれることに疑問を持たなかったこととか、フィオナの囮が必要なことを思い至らなかった自分が悪いといえば悪いかもしれないが、それでも一言あってしかるべきだろう、と彼は思う。
信用がないのか、めんどくさいから言わなかっただけなのかはわからないが、ギルバートはかなり怒っていた。
般若の顔をしたギルバートは、正座したトウカをジッと見つめる。
(まずい。実にまずい)
彼をここまで怒らせたのは初めてだ。
トウカは頭上からの圧がすごくて、俯いたまま顔を上げることができない。
「お前が恐ろしく有能なことと、お前が約束を破ったことは別だとは思わないか?」
「…思います」
「結果的に、お前は俺の命令を違えたわけだが…。そういう経緯があったから、自分は無罪放免だと主張するか?トウカ・グレイル」
「し、しません」
ギルバートに無断で色々とやらかした上、怪我なんてしないと豪語しておきながらあっさりと怪我をした彼女が、言い訳などできるわけもない。
「お前にはそれなりの罰を与える。覚悟しておけ」
低く言い放つギルバートに、トウカは小さく「はい」と答えた。
***
扉口で普段と立場が逆転している2人を見ながら、いつもの衛兵2人とユイはハラハラしていた。
「トウカ様はもう少し反省してる素振りを見せないと…」
「というか本当に反省してほしいですよね。僕はギルバート殿下に同情します」
「俺も」
「ところで、罰って何だろうな」
「添い寝とか?」
「まあ、トウカ様にとってはある意味罰ですね」
お説教を盗み聞きながら、普段、罰を与え慣れていない王太子がどんな罰を用意するのか、とても気になる衛兵とユイ。
そこにランドール夫人が現れる。
「ユイはまた仕事をせずに盗み聞き?」
「ち、違いますよ!?トウカ様が色々やからしちゃって、殿下にお説教されてるので外に控えてるだけですー!」
「お説教?トウカさんがお説教されているの?」
「はい…。そうなんです」
ランドール夫人は珍しい事もあるものだと、部屋を覗く。
するとユイの言う通り、主人の前で正座し、長々とお説教されているトウカの姿があった。
「うーん、どうしましょう」
「どうかしたんですか?」
「クリストファー・アルダートン様がお見えになってて、至急トウカさんに取り次いで欲しいって仰ってるのよ。今、ここの手前の応接室でお待ちいただいてるんだけど…」
困ったように頬に手を当てて首を傾げるランドール夫人。
ユイはその名前に修羅場の気配を察し、急いでギルバートの前からトウカを連れ去り、クリストファーの元へと連行した。
光の速さでトウカを連れて行かれたギルバートは数十秒停止した後、すぐさまユイの後を追いかけた。
唐突な爆弾投下です。
軽く、幕間1をご覧いただいた方が良いような気がしなくもないです。すみません…




