60:茶番劇(2)
ステージ前での乱闘の一部始終を見ていたフィオナは思わず悲鳴を上げそうになって、咄嗟に口を塞いだ。
ギルバートはすぐに彼らに駆け寄ろうとする。しかし、そんな彼を護衛のツバルは止めた。
「ツバル、何故騎士は動かない?」
ギルバートは彼を睨みつけると、非難するように問う。
囮の2人が襲われたら、すぐに警備員に扮する騎士たちが取り押さえる手筈になっていた。
しかし、彼らは応戦する2人をただ見るだけで一向に動かない。
「トウカ殿の指示です」
「…は?」
ギルバートの顔が歪む。それもそのはず。
彼はそんな事、一切聞いていないのだから。
ツバルは昨夜、トウカの指示に従い、警備に紛れた騎士に「確保」と合図があるまで動かないようにと伝えた。
歪む主人の顔を見て、後でちゃんと怒られようと彼は思った。
「アイツ何を考えて…」
囮の事と言い、騎士への指示の変更といい、何も話されないのは腹立たしい。
(いつだってそうだ。アイツは大事なことは何一つ言わない)
ここまで来ると、馬鹿にされているようにも思えてくる。ギルバートは思わず舌打ちした。
トウカの狙いは、襲い掛かってきた刺客に対し、大立ち回りをしながら取り押さえることで、騒ぎを大きくする事だった。
彼女の思惑通りに、騒ぎを聞きつけた野次馬がどんどん集まってくる。
警備員が野次馬が中に入らないようにと壁を作るも、自然とステージ前には人だかりができていた。
「何々!?」
「誰かが襲われたって!怪我人も出てるとか!」
「騎士団が来てるらしい」
「通り魔?」
「え!?王子様が襲われたって!?」
「嘘!王子様が来てるの!?」
「どういうこと!?」
「あのお姉ちゃん、怪我してる!大丈夫かな?」
一国の王太子が襲われたという状況、内乱の始まりを予感させるはずのその事態に、怖いもの見たさで集まる人々。
純粋な子どもだけが、負傷した女を心配する。
クリストファーは3人の刺客が騎士団の手に渡ると、手を挙げてギルバートに合図した。
明らかに怒っているギルバートは、彼に止血してもらっているトウカの横を無言で通り過ぎると、ステージ前に立つ。
そして、大きな声でノイマン伯爵とモートン男爵を目の前に連れてくるように命じる。
「な、何をする!離せ!私を誰だと思っているのだ!貴様ら騎士如きが私に気安く触れるなど許されると思っているのか!?」
押さえつけるようにして手枷をつけられた伯爵は、激しく身を捩りながら抵抗するも、結局はその騎士如きにギルバートの前に引き摺り出される。
対するモートン男爵は諦めたように自ら手を差し出し、大人しくお縄についたらしく、とぼとぼとステージ前にやって来た。
後ろ手を組まされた2人は王太子ギルバートの前に跪くように座らされる。
「あれが王太子様?」
「やだ!近くで見ると、とってもイケメンじゃない!」
「あれ、ノイマン伯爵様ではないか?」
「本当だ、領主様が何故ここに…」
騒然とする中、ギルバートは目の前に跪く反逆者を冷めた目で見下ろす。
「申し開きはあるか?ノイマン伯爵」
「な、何のことですかな?ギルバート殿下」
「言わねばわからぬか?王族の殺害はそれを計画した時点で大逆罪だ」
「はて?何のことやら」
「ほう、しらばっくれようというのか」
「…何のことだかわかりませんが、伯爵家当主であるこの私に何の証拠もなくこのような狼藉、許されませんぞ」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべて、伯爵はギルバートを見上げた。
伯爵にとって、王太子ギルバートは取るに足らない人物だ。最近は男爵令嬢にうつつを抜かし、求心力も落ちていると聞く。
故に伯爵は、この浅はかな王太子には何もできないと思っているのだろう。
ギルバートはフッと薄く笑みを浮かべる。
彼が右手を上げると、ツバルに付き添われたフィオナが分厚い一冊のファイルを持ってステージ前へと現れた。
「フィオナ…?」
モートン男爵は驚いたように娘の顔を見た。
ギルバートは彼女からファイルを受け取ると広げて一つ一つ読み上げ始める。
「ノイマン伯爵。お前の罪は全部で3つだ」
ルイズ男爵家へ不当な圧力をかけた罪。
伯爵領の税収について国に虚偽の報告をし、国に不正に補助金を申請した罪。
そして学園の開放日、賊を雇い王太子ギルバートを亡き者にしようとした罪。
ルイズ男爵家への不当な圧力については、マリアが指示された通り学園で伯爵令嬢に近づき、その証拠を得て来ていた。
マリアはギルバート暗殺の計画に関しては何も掴めなかったと悔しがっていたらしい。
また、補助金の不正申請については元々、伯爵領は税収が落ち込んでいると報告が上がっていたため、申請が妥当なものか調査を進めていた。そして詳しく調べてみると、実際には税収は落ちておらず、それどころか公道の整備などのために支援した金すらも伯爵家のために使用されていた。
この場に集まった民の中には、手広く商会を経営していたルイズ男爵家へ圧力をかけた事で、そこから派生して職を失った人間も、他領に遅れをとっている伯爵領から王都へ出稼ぎに来ている人間もいる。
これら二つの件に関して、被害を被った民からは罵声が上がった。
特に職を失った若者は、警備員に押さえつけられてしまうほどに怒りを露わにしていた。
「覚悟はできているのだろうな?」
低く重い声で告げるギルバート。
しかし、往生際の悪い伯爵は違う違うと叫ぶ。
「違うんだ!聞いてくれ!本当に悪なのはこの男だ!国民の税で生活しているくせに、その金で贅沢な暮らしをしている!そこにいる男爵令嬢にドレスや宝飾品を貢いで、財政を圧迫している!」
後ろ手を組まされたままの伯爵は、ここに来てもまだ逆転できると信じているのか、集まった民に向かってギルバートの悪事を主張し始めた。
しかし集まった民は皆、蔑みの目で伯爵を見る。
そして当のギルバートは『好きな女にはドレスを贈るものである』という事をはじめて知ったらしく、何やら感動していた。
応急処置を終えたトウカが「殿下、そろそろ」と耳打ちすると、ギルバートはハッとして、騎士に嘘を喚き散らす伯爵を連れていくよう命じた。
そして、残ったモートン男爵の前に立つ。
「さて、モートン男爵。お前の罪は伯爵から金を受け取り、私の暗殺を企てた事だが…。申し開きはあるか?」
ギルバートは蔑むような目をして、モートン男爵を見下ろす。
男爵はただただ、彼の横に立つ娘の姿に呆然としていた。
「な、なぜ娘が…」
「フィオナ嬢は、父であるお前の企みを事前にこちらに知らせてくれた」
「そ、そんな馬鹿な…」
男爵の知るフィオナは、夢見る浅はかな聖女のフィオナだ。
仮に自分の悪事に気づいても、真正面から『そんな事はやめた方が良い』と説得しに来るはず…。男爵は困惑していた。
フィオナはそんな父の前に出ると、彼を見下ろしながら、顔を歪ませる。
「お父様。お父様のしようとしたことは、許されることではありません。私は私の正義に従い、お父様の企てを騎士団に知らせました」
「何故だ…何故だフィオナ!」
「何故ですって?」
「お前さえ黙っていればお前も私も平和に暮らせたのだぞ!?それを何故!」
「何故と問いたいのはこちらです!何故このような馬鹿な事をしたのですか!?王太子殿下の暗殺を企てるなど、許されることではありません!何故…」
父の言葉に被せるように叫ぶと、フィオナはその場に崩れ落ちた。それをトウカが支える。
「モートン男爵。何故お前は娘をも巻き込んだ?」
「ま、巻き込むつもりは…」
「巻き込むつもりはなかったとでも言うつもりか?娘を利用して私を殺そうとしていたのはわかっている」
「それは…」
「そしてお前の計画により、彼女は危険にさらされた事もある」
「そんなつもりはなかっ…」
「そもそもだ。たとえ娘を利用せずとも、王族の暗殺はそれを企てた時点で、一族郎党処刑されるのが常だ」
ギルバートは言い訳する暇も与えず淡々と事実を告げる。
そしてモートン男爵の胸ぐらを掴み立ち上がらせると、声を荒げた。
「お前がこれを企てた時点で彼女はとうに巻き込まれている!どういうつもりで伯爵に与したのかは知らんが、この件に加担した時点でお前は家族を道連れにしたも同然なんだよ!」
ざわめく群衆。
その中から、ポツリぽつりとフィオナへの同情の声が聞こえ始めた。
「お前の娘はそれをちゃんと理解している。それでも己の首を差し出す覚悟で、騎士団に使いを出したのだぞ…」
ギルバートは掠れた声でそう言うと、男爵の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
男爵はその場に膝から崩れ落ちる。
ここにいる誰も、彼が今どういう心境なのかを量り知ることはできない。
ただ、彼が国を裏切り、娘を裏切った事だけは明白だった。
フィオナはゆっくりと、ギルバートの前にひれ伏す。
「申し訳ございません、ギルバート王太子殿下。謝って済む問題ではない事もわかっています。それでも私は、謝罪せねばなりません。父の罪は私の罪でもあります。私はモートン男爵の娘としてどんな処罰も受ける所存です」
そんなフィオナにギルバートは優しく声をかける。
「お前は父の企みを知らなかったのではないのか?」
「はい」
「では何故そう主張しない?」
「知らなかった事こそが罪なのです。貴族の娘として、父の謀反に気づけないなど、許されぬ事です」
「ならば、お前は処罰を甘んじて受け入れるというのか?」
「はい。どんな罰でも受け入れる所存です」
フィオナは力強く言い切った。
その声は、もう震えてはいなかった。
そんな彼女の真剣な覚悟に、集まった民衆からは少しずつ慈悲を求める声が上がり始める。
ギルバートは静かに息を吸うと、大きな声で吐き出しした。
「モートン男爵の娘、フィオナは叛逆者の娘である。だが同時に私の恩人でもある。彼女はたった1人の家族を失う事より、己の首が飛ぶことより、国家のためを思い最善を尽くしてくれた」
そして一呼吸おき、集まった民に向かって宣言する。
「私は彼女に慈悲を与えようと思う。もちろん無罪放免とはいかない。だが、彼女の勇敢な行動に最大限の敬意を払い、処罰する事をここに約束する」
それは、彼女を処刑することはないという宣言だった。
ギルバートの堂々たる宣言に、あたりは歓声に包まれた。
フィオナは顔を上げ、口を開けたままポカンとしていた。側に寄り添っていたトウカは、そんな彼女の様子にクスッと笑みをこぼす。
トウカは彼女に慈悲が与えられることを事前に知らせていなかった。
トウカ達が、彼女の処刑回避のために動いていることを事前に知らせて、彼女の言葉や反応が大衆に嘘のように聞こえてしまうことを避けるためだ。
数秒固まっていたフィオナだが、民衆から拍手が上がると、ハッとして、またすぐに平伏した。
そして「ありがとうございます」と繰り返し感謝を述べていた。
その後、ギルバートは辺りを見渡し、ニッコリと微笑むと、
「せっかくの音楽祭に水を差してしまいすまなかった。皆、この後の祭りを存分に楽しんでくれ」
と言い残して従者を引き連れ、すぐにその場を去った。
ギルバートが去ってからも、彼やフィオナを称える声は止まなかった。
そして、まるでフィオナの処刑回避を祝うように賑やかな音楽が鳴り始める。人々は思い思いに歌って踊っていた。
こうして、ギルバート達は個人的な心情でフィオナ・モートンの処刑を回避した事を有耶無耶にした。




