31:学園の開放日(2)
講義が終わる頃には開放日も終盤に差し掛かっていた。
劇団はすでに最終の公演に入っており、一部すでに撤収作業を始めている商会もある。
人の数も徐々に疎らになり始めた頃、ギルバートの我儘に付き合わされたトウカは、意図せず、はじめての開放日を経験することとなっていた。
正門前のベンチに腰掛け、果実酒片手に道行く人々を眺める二人。
傍には強面の護衛騎士が1人が無表情て立っており、もはや景色に溶け込んでいた。
トウカは果実酒をひと口飲み、毒味をしてからギルバートへ渡す。
ギルバートは嬉しそうにそれを受け取り、隣に座る彼女に話しかけた。
「初デートだな」
「違います」
「どこに行きたい?」
「ユイが待っています」
「ユイは笑顔で送り出してくれたぞ?サロンの給仕室で、購入した新作スイーツと観劇した劇団のパンフレットを楽しみながら時間を潰してくれるそうだ」
がっつり開放日を満喫したらしいユイは、主人と侍女のデートを後押ししたらしい。
(…余計なことを)
トウカは深くため息をついて、ギルバートの方を見る。
「…フィオナ様はよろしいのですか?」
「フィオナはデート楽しんでと言っていたぞ?」
不満気なトウカに対し、喜びを隠しきれないギルバート。
浮かれ気分でいつにも増して頭上に花を飛ばしている。
「フィオナ様は従者も連れずに開放日を見て回っておられるのでしょう?大丈夫なんですか?」
今日はいつもとは違う。
いくら貧乏男爵家の娘といえど、身分関係なく人が出入りするこの開放日に、貴族の令嬢が従者の1人もつけていないのは危険だ。
祭りの雰囲気に酔った不躾な男共に声を掛けられるかも知れないし、スリに合うかもしれない。
そしてそれらをフィオナ1人で上手く対処出来るはずもない。
「クリスが側についている。護衛も1人貸したし、問題ない」
「それでマルクスがいないのですか。また勝手な事を…。言っときますけど、彼は殿下を守るために騎士団から派遣されているのですよ?」
「こちらには腕の立つ侍女がいるからな、戦力は落ちていない」
「…私の能力は、人を護衛するためものではなく、殺す為のものです。どちらかというと軍人寄りなので当てにはなりませんよ」
確かにトウカは、常に王太子のそばにいるため、彼を守る術を身につけている。
しかし、力のない18の女にできるのは、隙をつき一撃で確実に相手を仕留める事のみだ。
例えば、この人混みの中で酔っぱらいに絡まれたりしても、適度に加減して不審者を捕縛したりなどはできない。
故に彼女は、この場では何の役にも立たない。
「まあ酔っぱらい程度なら、自分でどうにかできる。それくらいは鍛えているから心配するな」
「…チッ、わかりましたよ」
「舌打ちすんなよ、可愛くないぞ」
「元から可愛くありませんから」
トウカは悪態をつきながらも渋々諦めた。
ギルバートとて、護身術くらいは習っており、警戒さえ怠らなければ対処はできる。
何よりも、開放日を楽しみにしている主人に、これ以上水を差したくない。
ギルバートは果実酒を飲み終えると、傍の護衛騎士キースにゴミを捨ててくるよう促した。
本来は側を離れてはいけないはずの護衛だが、空気を読んだのか、もしくはあらかじめ示し合わせていたのか、何も言わずに立ち去った。
その状況に、トウカは怪訝な顔をする。
(…キースは後でシメよう)
隣でそんな物騒なことを考えているとも知らず、ギルバートは彼女の前に自分の手を差し出した。
「ん」
「……あー、うん」
トウカはジトッとした目で一瞬彼を見てから、その差し出された手を思いっきり叩いた。
「痛っ!何でだよ!」
「虫がおりましたので」
そう言って、こちらの要求が分からないフリをして拒否するトウカ。
そんな彼女に、いつかのフィオナの言葉を思い出したギルバートは、どストレートに要望を伝えた。
「手を繋ぎたい」
「…最近、直球勝負に出るようになりましたね」
「フィオナが言わなければ伝わらないというのでな」
「ホント厄介だな。あの小娘」
「口に出てるぞ」
その指摘にトウカは態とらしく咳払いする。
「とにかくです!手なんて繋ごうものならあらぬ噂を流されかねません。もう少し考えて発言してください」
妙齢の男女が手を歩くなど、特別だと言っているようなものだ。
「手を繋ぐくらい友人でもするぞ」
「子どもじゃないんだから、するわけないでしょう」
「女子同士はよくしている」
「男女では見かけないでしょう?」
「フィオナとアーサーはよく繋いでるぞ」
トウカはまさかの発言にギョッとする。
妙齢の男女が手を繋いで歩くなど(以下略)
アーサーはフィオナを王太子妃にと望むくせに、愛称で呼んだり手を繋いだり。まるで自分の恋人であるかのような振る舞いだ。
「カーライル様は何を考えているんでしょうか」
「さあ、何も考えてないんじゃないか?」
呆れたように聞くトウカに、ギルバートは予想外に辛辣な返しをする。
トウカは自分が思っていたよりもちゃんと友人の事を見ている彼に感心した。
「どうしてもダメか?」
「当たり前じゃないですか。嫌ですよ、こんな人目の多いところで」
「それは人目がなければ良いということ?」
「そういうのを屁理屈と言うんです」
感心した端から上目遣いで甘えてくる主人に、トウカは「もう知らない」と言って立ち上がる。
すると、カサっと何かが落ちた。
ギルバートはそれを拾う。
「…あ」
「トウカ…。お前…」
ふと落とし主の方を見るが、顔を真っ赤にして俯いていた。
ギルバートはそんな彼女の姿に、フッと笑みが溢れる。
「開放日、本当は行きたかったんだな」
彼が手にしているのは、地図の数カ所に印がついた開放日のパンフレット。
彼女は興味ないそぶりを見せながらも、やはり年相応には祭りを楽しみたかったらしい。
恥ずかしさで震える彼女の手を取ると、ギルバートは優しく尋ねた。
「どこ行きたい?」
「…薔薇園」
「了解」
口を尖らせながら答えるトウカ。
そんな可愛らしい彼女の姿に、ギルバートは思わず破顔した。
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