32:学園の開放日(3)
開放日の薔薇園では、複数の名だたる商会が出店を出していた。
平民の一般客に混じり、チラホラと講義後の学生の姿が見える。
皆、従者を引き連れて開放日を楽しんでいた。
「殿下」
トウカに付き合って、新作スイーツを見ていたギルバートは、後ろから声を掛けられて振り返った。
すると、そこにいたのは大量の荷物を持つアーサーだった。
「アーサー、お前を人混みは嫌いだと帰ったじゃないか」
「…アレです」
アーサーは後方を指差す。その先には、真剣に新作の品定めするマリアの姿があった。
ギルバートはアーサーに視線を戻すと、何かを納得したように苦笑した。
「荷物持ちか。従者がそばにいるだろうに….」
「弟の宿命だそうです」
アーサーも苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
そしてふと、辺りを見渡し、愛しの聖女様の姿がないことに気づく。
「ところで殿下、フィーはどうされたのですか?」
「フィオナなら、クリスと一緒だ」
「殿下も一緒に回られては良かったではありませんか」
そう言いながら、傍の侍女に視線を向けた。
侍女を連れ回さずとも、と言外に付け加えているのは明らかだ。
「気を利かせてやったんだよ、クリスはフィオナと2人の方が良いだろ?」
その言葉を一歩後ろで聞いていたトウカは驚いた。
(…クリスの気持ち、気づいていたのか)
フィオナとの関係をずっと友人から進めなかったのは、この事も理由の1つだったのかも知れない。
「…フィオナは殿下と2人の方が良いのでは?」
「まさか。あり得ないよ」
ギルバートは手を左右に振り否定した。
確かにフィオナはギルバートを好きにはならないと宣言したが、アーサーそれを知らない。
今の彼には、ギルバートがフィオナの気持ちに気づかない鈍感な男に見えているのだろう。少し苛立っている様子だった。
(….アーサーもフィオナが好きだからなぁ)
ギルバートがいらないというのなら、彼とてフィオナが欲しい。
そう思うと、何だかアーサーが可哀想に思えてくる。
「お待たせ、アーサー」
買い物を終えたマリアは当然のように弟に紙袋を渡すと、スカートをつまみ、完璧な淑女の礼で挨拶をした。
「御機嫌よう、ギルバート殿下」
「久しぶりだな、マリア」
「学年が違うと、中々会う機会もありませんものね」
穏やかに会話する二人だが、周囲には妙な緊張感が走る。
一部の貴族からは、二人の様子を伺うような視線が送られていた。
「…やはり、会話することもままなりませんわね」
「そうだな」
「最近、少しはマシになったかと思いましたのに」
「なんか悪いな」
「ええ、本当に」
二人はあたりを見回しながら、困ったように笑った。
学園内では、ギルバートがフィオナとマリアのどちらを選ぶのかに注目している。
城では全くと言って良いほど支持されていないフィオナだが、学園内での支持率はフィオナの方が若干上だ。
故にこんな環境下でフィオナにとってのライバルと言えるマリアが、ギルバートと仲睦まじく会話していると、それだけで2人は注目を集めてしまうのは必然といえば必然なのである。
(まあでも、あの聖女が何かやらかしたら、すぐに手のひらを返すかもしれないな)
トウカは2人を遠目から眺める貴族連中を見渡しながら小さく息を吐いた。
フィオナを押している人間も所詮は貴族だ。
口では彼女を支持しつつも、腹の底ではどう思っているのかわからない。
(そういうのわかってなさそうだなぁ)
トウカは主人と似てそういう腹芸には疎そうな彼女の顔を思い浮かべて、苦笑した。
「しかし、見事に噂にならないものですね。いつも殿下のお側にいらっしゃるご令嬢は、もうフィオナさんだけではありませんのに」
マリアはニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、声のボリュームを微妙に上げる。
「彼女は噂になどならないでしょう」
ギルバートの心が傍の侍女兼伯爵令嬢にある事を知らないアーサーは、トウカの方を見て小馬鹿にしたように笑った。
「あら、アーサー。みんな憧れるものでしょう?身分差の恋。貴方だって好きじゃない、そういうの」
「…姉上。それは嫌味ですか」
「さあ?ただ、フィオナさんは有り得るのに彼女は有り得ない、とするのは早計ではないかと思っただけよ。ねえ、トウカさん?」
こちらを向いて微笑んでいるマリアの顔が何故か怖い。
おそらく彼女は、トウカとフィオナが仲睦まじく学園生活を送っている事が気にくわないのだろう。全くの冤罪でしかないのだが、ここで彼女に話を振るのは、その意趣返しか。
トウカは気づかれないようにため息をつくと、仕方なく一歩前へ出て答えた。
「私はフィオナ様とは違い、元平民ですし、長い間殿下の従者をしております。身分差と言っても流石に限界があるでしょう。皆が期待するようなロマンスなど起こり得ませんよ」
トウカの答えにギルバートはあからさまに不機嫌な顔をした。そんな顔をされても実際にロマンスなど起こり得ないのだから仕方ない。
「そうかしら?貴女なら求められる知性も品性も持ち合わせてるでしょうに。あちらより」
『あちら』とは言わずもがな、あの男爵令嬢のことである。
マリアは意地の悪そうな顔をして男二人を見た。
彼女の発言に苦笑するだけのギルバートとは違い、アーサーは食いついてしまう。
「姉上!フィーを侮辱することは許しませんよ!」
「私はフィオナさんの事だとは言っていないけれど」
「なっ!?」
「反応するという事は、貴方にとっての彼女は品性も知性もないという事かしら?」
まんまと姉の誘導にハマり、口を滑らせたアーサー。
昔から、彼はこの姉にしてやられてばかりだ。トウカはその姿に、城に遊びに来ていた頃の彼らを思い出し、無意識に笑みをこぼした。
しかし、マリアは弟で遊んでいるだけだろうが、皆の視線もある。
注目を集める中、顔を真っ赤にしている彼が流石に可哀想になったトウカは、仕方がないと口を挟む。
「マリア様、もうその辺に。これでは流石にアーサー様が…」
ハッと気づき、思わず口を押さえた。
マリアの学園入学以前、カーライル姉弟が城によく遊びにきていた頃は、アーサーの事も名で呼んでいた。
二人のやり取りに懐かしくなり、つい無意識に名を呼んでしまったが、トウカは彼に名を呼ぶ事を許されたわけではない。
(…あ、やばい。やらかした。)
チラリと見たアーサーは難しい顔をしていた。
トウカはすぐさま頭を下げようとしたが、彼は片手を上げ、制止する。
「アーサーで構わない。昔はそう呼んでいたでしょう」
「…マリア様に何か言われました?」
トウカは不服そうに名を呼ぶ許可を出したアーサーに近づき、そっと耳打ちした。
彼は無言を貫くが、それが肯定となっていることには気づいていない。
おそらく、日頃のトウカへの尊大な態度を姉に叱られでもしたのだろう。
名で呼ぶことを許可し、形だけでも友好的に見せることで、姉からの叱責を回避しようという魂胆が見え透いている。
「…マリア様、怒ると怖いですものね」
「僕はまだ何も言っていない」
「言わずとも察しはつきます」
「やはり君はいけ好かない」
「奇遇ですわね、私もです」
トウカはにっこり笑った。
その顔が腹立たしく、アーサーは姉にバレぬよう舌打ちした。
そんな2人のやり取りを側で見ていたギルバートは静かに腕を組み、トントンと組んだ腕を指で叩く。苛立っているのが丸わかりだ。
「ヤキモチですか?」
「マリア。お前の弟、近くないか?」
「随分と余裕がございませんのね、殿下」
「余裕があったことなど、一度もない」
「あら、そうでしたの?学園の聖女様にうつつを抜かすくらいには、余裕がお有りなのかと思っておりましたわ」
「…だからフィオナとはそういう関係じゃない。わかっているだろう」
ギルバートは幼馴染の嫌味に気まずそうに答える。
マリアはその答えを、「へー」と興味無さそうに右から左へ受け流した。
「ま、余裕がないのは無理もありませんわね。この間振られたところですもの」
「…おい、何故知っている」
その件を知る者は少ないはず。
「グレイル伯爵が嬉々として教えてくださいましたわ」
「あいつっ!」
情報の漏洩元は、ジュリアス・グレイルらしい。やはり油断のならない男だ。
「…ジュリアスとどこまで進んでるんだ?」
「殿下よりかは進んでおりますし、殿下よりかは希望があります」
本当は一ミリも進んでなどいないが、マリアは見栄を張った。
「言っておくが、俺の方はほぼ両思いだ」
「叶うことのない両思いほど、辛いものもありませんわね」
「不吉な事を言うなよ」
「事実でございましょう?」
2人はアーサーを揶揄うトウカを見つめた。
「殿下。あの子、本当はとても高貴な生まれなのでは?」
「何故そう思う?」
「アーサーが所作が妙に洗練されていたと。私も学園での彼女を見てそう感じました」
それはギルバートもずっと感じていた事。
いくら王宮勤めが長かろうと、彼女のそれは、そう簡単に身につくレベルの所作ではない。
いつ何処で身につけたものなのかは大体察しがついているが、確証はない。
彼女に『正直に答えろ』と命令すれば、すぐにでも確証は得られるが…。
「マリアはジュリアスから何か聞いていないのか?」
「何も。あの方は私が知って問題のない範囲の話しかしてくださいませんもの」
マリアはどこか寂しそうに、目を伏せた。
ジュリアスが自分との間にハッキリと線を引いている事を、マリアは知っている。
(…ジュリアスは知らないのか、それとも言わないだけなのか)
かつての補佐官がどこまで把握しているのかもわからない自分に、ギルバートは自嘲めいた笑みを浮かべた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




