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【修正中】有能侍女はポンコツ王子の初恋を終わらせたい  作者: 七瀬菜々
第2章 フィオナ・モートンの消失
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28:侍女トウカは生き急ぐ(1)

 トウカの機嫌は日に日に悪くなっていた。

 学業の片手間で処理するしかないために、追いつかない補佐官業務。

 毎朝、起こしに行くたびにハグを要求してくる浮かれ気分の主人。

 そして何より、毎日昼食を共にするせいでフィオナに懐かれ、結果的にマリアの不興を買っている事実。

 これらが、彼女の精神に大きな負荷をかけているのだ。

 編入からひと月。そろそろ本格的に、主人の婚約者探しをしなければならない時期だ。

 だが、今のトウカには心身ともに余裕がなかった。




「…流石にそろそろ、休みが欲しいかもしれない」


 執務室の机に積まれた書類の山の間で、トウカは机に突っ伏した。そして羽ペンをいじる。


 学園は休日だろうと彼女に休日はない。

 本日の予定も、平日にできていない仕事の山を処理するため、朝から職場に缶詰だ。

 

「このままじゃ、侍女復帰は厳しいなあ。」


 『学業に慣れるまで』侍女の仕事を休んでいるが、一向に慣れる気がしない。

 学園の講義内容自体は、優秀な彼女にとっては取るに足らないものだが、なんせ課題が多い。レポートに追われ、仕事が捗らないのだ。


 そこまで考えて、トウカはふと何かに気がついたように体を起こした。



(もしかしたら、このまま侍女解任もあり得るかもしれない)


 それはかねてより、上司ジュリアスに進言していたこと。それが叶えばトウカの負担は大幅に軽減される。

 新人だったユイも侍女として大分仕事に慣れ、本来の能力を発揮してきている。ランドール夫人も頼りになる。

 トウカが学生になるに伴い、新しく配置された臨時の侍女も働き者らしい。侍女を休んでから、彼女の元に特に大きな問題が報告された事は無い。


(…私がいなくとも問題はなさそうだな)


トウカはフッと笑みをこぼした。

 問題が報告されないのは問題が起きていないからだ。

 それはおそらく、先の宣言の夜以降、ギルバートが理想とされる王太子に近づこうと、努力しているからだろう。

 彼は、彼女が『夫にしたい』と思えるような男になろうと必死になのだ。だから特段、大きな問題が起きていない。


「良いことなんだけとな…」


 長い間、手のかかる王太子をずっと世話してきたからか、彼女はその成長をとても嬉しく感じる一方で、もう自分が必要なくなったのではないかと寂しくもある。


 それはまさに。


「あれだ、子が巣立つ時に感じる親の心情だ」


 トウカは自嘲めいた笑みを浮かべて呟いた。

 烏滸がましい事この上ない感情だが、自分もそろそろ子離れせねばならない、そう思った。



 少し休憩しようと、トウカは背伸びをして窓辺に立つ。

 下を見ると、すぐそこの庭園では、いつもギルバートの護衛騎士が主人に剣の稽古をつけていた。

 真剣に稽古するその姿は、普段の頼りない王太子ではなく、凛々しく頼り甲斐のありそうな王太子だった。


「…かっこよくなっちゃって」


 トウカは窓の桟に頬杖をついて微笑んだ。

 すると、ギルバートはこちらに気がついたのか、満面の笑みでブンブンと大きく手を振ってくる。

 先程までの凛々しい姿とは打って変わって、子供っぽい。


(こういうところは、いつまでも変わらないなぁ)


 それが可愛くて愛おしいと思う。

 トウカは手を振りかえして、その笑顔に答えた。


「さ、仕事するかー。」


 少し心が晴れた彼女は、再び書類の山へと立ち向うことにした。



***


「無理…ジュリアスのバカ。許さない。無理。鬼畜。悪魔」


 トウカは再び机に突っ伏した。

 机の山は半分になったが、終わる兆しが見えない。

 

 この怒りを誰にぶつければ良いかわからないトウカは、此処にはいない上司のせいにし、八つ当たりした。

 するとタイミングよく、コンコンと扉のノックする音が聞こえ、彼女はビクッと飛び跳ねた。

 

 神出鬼没の上司が、先ほどの八つ当たり発言を聞きつけて現れたのではないかと身構える。


「…ど、どちらさまですか」

「俺だ」


 その声にトウカは心の底から安堵した。


 「どうぞ」という返事と共に入ってきたのは、神出鬼没の上司ジュリアスではなく、最近男らしくなってきた主人ギルバートだった。


「良かったぁ」

「何が?」

「ジュリアス様ではなくて」

「何故?」

「まあちょっと。それよりどうしましたか?」


 トウカは曖昧に誤魔化してギルバートが訪ねてきた理由を聞く。

 するとギルバートは何も言わずに彼女に近づき、ジッと顔を見つめた。

 そして無言のまま彼女を担ぎ上げ、執務室の奥にある仮眠用の簡易ベッドへと連行した。


「ちょ!?何ですか!下ろしてくださ…ぶふっ」


 トウカは乱暴に寝台に放り投げられた。

 仮眠用のせいか、ベッドは少し硬い。

 思いの外ダメージを受けた彼女は、枕に顔を埋めたまま抗議する。


「せめてもう少し色気のある運び方が良かった。俵担ぎって…。雑…。」

「では次回から、優しく横抱きにして運ぶ事にしよう」

「次回など無くて結構です」


 上半身だけ起こしたトウカは、キッとギルバートを睨みつける。


「何なんです?淑女(レディ)をベッドへ放り投げるなど紳士にあるまじき行為ですよ」


 先程、主人の成長を喜んだところなのに台無しだ。

 ギルバートはそう言う彼女を無視して、そのまま後ろに押し倒した。



「…仕事があるのですが」


 目の前の男を生暖かい目で見上げながら、トウカは机に置かれた書類の山を指差す。

 しかし、そんな抗議も無視され、唐突に手で目を覆われた。


「目、閉じて」

「何で…」

「命令だ」


 そう言われると弱い。

 身分の差を利用してくるギルバートに少し腹を立てつつも、彼女は従うしかない。


「…マジで何なの」

「いいから」

「最近調子乗りすぎ」

「黙らないと口塞ぐぞ」


 ナニで、とは言わない。

 口を塞がれたくないトウカは黙るしかなかった。


 そのまま数分が経過した頃、スースーと静かに寝息が聞こえ始める。

 ギルバートはゆっくりと彼女から手を離した。


「寝たか…」


 ふぅ、と小さく息を吐いてギルバートはそのまま寝台に腰掛け、辺りを見渡す。


 机の上は大量の書類が山を作り、仮眠スペースには、学園の制服や課題が乱雑に置かれている。

 よく見ると、ベッドの側にある小さなテーブルには、化粧品など必要最低限の日用品も置かれていた。


「こいつ、いつから部屋に帰ってないんだ?」


 これではまるで、執務室で生活をしているようだ。


 ギルバートはたまにこの頑張り屋の侍女が心配になる。

 彼女が少し手を抜いたところで、誰も文句など言わないのに、いつも完璧にこなそうとする。

 そこにある書類の山の中には、他に投げても問題ない案件も多いはずだ。

 皆は彼女の行動を、陛下への忠義や愛国心からくるモノだと言うが、ギルバートにはそう見えていない。

 彼には彼女が生き急いでいるように見えているのだ。

 過労死するほどに仕事をする姿はまるで、それで死ねるなら本望とでも言っているように。


(…危ういなぁ)


 ギルバートは、寝息を立てるトウカの髪を優しく撫でる。


 初めて会った時は、この珍しい色の髪に見惚れた。

 別に一目惚れだったわけではない。

 けれど、数度会話を交わせばすぐ、その聡明さに、気高さに心惹かれた。


「そういえば、はじめから妙に所作が綺麗だったな」


 アーサーも言っていたが、彼女の所作は初めから洗練されていた。

 ギルバートはふと、過去にジュリアスから、彼女が『アシュタール帝国の内乱に巻き込まれ孤児となった』と聞いた事を思い出した。

 そこから導き出されるのは、彼女が帝国でも身分の高い家の子どもだった可能性だった。



「お前、もしかして帝国の貴族だったのか?」


 眠るトウカに語りかける。もちろん返事などない。

 ギルバートは複雑な表情を浮かべた。

 これは今の今まで考えないようにしていたこと。

 しかし、こう考えると色んなものが繋がる。



 トウカが現れた時期。洗練された所作。

 そして、普段からの言動の理由。



(…アシュタールは貧富の差が激しく、それにより民の不満が爆発し、クーデターへと至ったとされている。高貴な生まれならば、先のクーデターにおいて、トウカは民にとっての敵だったはずだ)


 トウカはギルバートに出会ってからずっと、彼に王侯貴族としての責任を説いてきた。

 政治は民のためにあるべきだと説いてきた。

 おそらく、彼女は後悔しているのだ。


 当時まだ子どもだった彼女が、貴族による腐敗し切った政治を知らなくても不思議ではない。

 見た目だけは栄えた王都では、 誰かがそれを教えてくれなければ、知ることも叶わないのだから。


 トウカはよく『無知は罪』だと言う。

 彼女は無知だった自分を恥じているのだろう。そう考えるといろんなことが腑に落ちる。



「だから、知られたくはないのか?」


 ギルバートは今更、踏み込むべきか迷いはじめた。

 彼女にはまだ謎が多い。

 どうやって戦火の中を逃れてきたのか。

 どういった経緯で、彼女は王に保護されたのか。

 なぜ王は、『帝国の貴族』という面倒くさい身分の彼女を保護したのか。


 しかし、それを知ったところで、どうすることもできない。

 知ろうとも知らずとも、彼女の答えは同じ。

 答え合わせをして、正解だろうと不正解だろうと、彼女はギルバートを受け入れないと言っている。


 けれどギルバートとて、知ろうとも知らずとも答えは変わらない。


(こんなにも、どうしようもないほどに好きなのに。どうして諦めねばならない?)


 確かに王太子であるギルバートにとって、民にその座を追われたアシュタール帝国の元貴族など、立場的には少々厄介だ。

 だが妻にできないわけではない。それに彼女はもう王国の貴族だ。問題はないはず。




 ギルバートは深い眠りにつく彼女を愛おしそうに、けれど時折、苦しそうに見つめる。

 欲しくて欲しくて仕方がないのに手に入らない侍女。想いは同じはずなのに。



 溢れそうな想いに、ギルバートは無意識に口づけようとした。

 そして、残り数センチのところで思いとどまる。


「……あっっっぶね」


 ギルバートはハッと気がつき、額に手を当てて項垂れた。

 胸の動悸がみるみる高まり、治りそうもない。

 奪うように奪われるように、もう2回もキスしたのだから今更といえば今更なのだが、彼とて、紳士として寝込みを襲うのはまずいと思うのだろう。



 ギルバートは気持ちを切り替えるかのように、自分の頬をパチンと叩き、深く息を吸った。そして、


「よしっ!」


 と気合いの一言を吐き出し、勢いよく立ち上がると、そのまま部屋を出た。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


果たしてトウカさんはどこの誰なんでしょうか?

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