27:ランチタイム(2)
食堂へ着くとフィオナはそのまま堂々と二階席へ向かった。
そこは暗黙の了解として、高位貴族しか使用が許されていないエリアだ。
学園側は『学内ではその身分に関係なく対等である』としているが、そんなものは建前。あってないようなルール。
(こいつ…)
トウカはフィオナの行動に眉をひそめた。
おそらく彼女は、学園側が提示する建前を真に受けている。
それ故の分不相応な行動。立場を弁える気もなんてサラサラない。
しかし、そんな彼女の振る舞いを咎める者がここにはいなかった。
ちらほらと険しい顔をする者もいるが王太子の庇護下にあるから手が出せないのか、何も言わない。
多くの生徒が彼女の振る舞いを許容している。
(…やはり信者は多そうだな)
トウカは直感的にそう思った。
1階席を通るとき、皆が彼女に笑顔を向け、彼女と話したがっていた。
それにここ数日の学園内の様子からも、彼女が特別であることは明らかだ。
彼女の周りにはいつも自然と人だかりができる。
正直なところ、教会は教祖フィオナに布教活動の仕方を教わるべきではないかと思うほどに、学園内で彼女を支持する声は大きい。
1日の大半をこの学園で過ごす学生にとってこの場所は、少々風通しが悪く窮屈な場所だ。
ここの生徒は皆、社交界に出るためのステップとして勉学に励むだけでなく、人脈を作り、情報を収集しながら下手を打って足元をすくわれぬよう慎重に生活している。
只でさえ裕福なだけの窮屈な貴族社会で生きてきた彼らには、この学園も息苦しいのだろう。
そんな中で、尚も純真無垢でいられるフィオナは彼らの救いなのだ。
手っ取り早く縋れるものが現れたのなら縋りたくもなる。
二階に上がっだところで麗しの公爵令嬢と目が合った。
マリアは不服そうにフィオナに手を引かれる彼女を見ている。
そしてパクパクと音を出さずに口を動かせた。
《う・わ・き・も・の》
その後すぐに、ふんっと首を背けた。
(えー、何それー。かわいー)
ヤキモチだ。ここ最近、ずっとフィオナと行動を共にしているから。
そんな麗しの公爵令嬢の可愛らしい嫉妬に心が癒されつつ、トウカはいつの間にやら主人の元にたどり着いてしまった。
「遅かったな、二人とも」
「すみません、お待たせしましたぁ」
間の抜けた声で、既に食事を始めていたいつもの面子に挨拶するフィオナ。
ギルバートは二人を笑顔で受け入れる。
しかし傍らのアーサーとクリストファーは、学園の聖女に手を引かれた元平民に侮蔑の目を向けた。
「フィオナ、また連れてきたのか…」
険しい顔つきに低い声でクリストファーは言う。
「フィー。何度も言うけれど、彼女はここに踏み入れることの許されない身分の人間だよ?」
一方こちらは優しい笑みを浮かべるつつも、声色は穏やかじゃないアーサー。
彼の胡散臭い笑みはトウカが苦手とする上司を彷彿とさせ、彼女は不快な気分になる。
いつもならこの辺りでフィオナの「そんなこと言ってはいけません、ぷんぷん」というあざと可愛い忠告が入り、ギルバートが二人に冷ややかな目を向けて終わるところだ。
しかしここ数日、主人に色々としてやられて虫の居所が悪いトウカは、ついつい口を滑らせた。
「学園内ではその身分に関係なく対等である、と聞き及んでおりましたが、アンダートン様もカーライル様も随分と気にされるのですね?」
嘲笑うように言う彼女を二人は鋭い目線で睨みつける。
対するフィオナとギルバートは少し驚いた顔をしていた。
「そんなものは建前だ。本気にする馬鹿はいない」
クリストファーはその馬鹿が近くにいることに気づいていない。
フィオナ対してはその建前を利用するくせに、他者がその建前を利用することは許さない。つくづくダブルスタンダードな男である。
『そんなことを本気にする馬鹿』であるところのフィオナは彼の言葉を聞き、気まずそうに俯いた。
「では、伯爵家の私よりも身分が下であるフィオナ様が此方にいらっしゃるのも分不相応だと仰るのですか?」
「フィーは殿下がお認めになられたのだから問題ないよ」
アーサーは冷静に穏やかな笑みを浮かべて言う。
フィオナは殿下が認めたがお前はそうではないとでも言いたいのだろう。
やはり視野が狭いな、とトウカは思う。
トウカ・グレイルというか娘がどれほど王太子ギルバートに重用されているかを知っていれば、彼女がここにいる理由など想像がつきそうなものなのに。
「では私も殿下の命令でここにおりますので、問題ございませんわね」
トウカは堂々とした態度でギルバートに視線を送る。
「ああ、問題ないよ」
ギルバートは嬉しそうに答えた。
敵意剥き出しの二人を見下ろし、トウカはニッコリの微笑む。
「着席してもよろしくて?」
普段とは違う、貴族令嬢として堂々と振る舞う彼女に二人は悔しそうに「構わない」とだけ答えた。
しかしそうは言うものの、目の前の円卓に空席は二つ。
アーサーの隣か、ギルバートの隣か。
数秒悩んだ末にトウカはギルバートの隣の席の椅子を引く。
「お待たせして申し訳ありません、フィオナ様。さ、どうぞ?」
トウカは笑顔でフィオナに座るよう促した。
その姿に傍のギルバートは心底不服そうな顔をする。
「えっと…フィーがこっちで良いのですか?」
「良いのです」
フィオナは不思議そうにしながらギルバートの隣に腰掛けた。
そして不本意だがトウカはアーサーの隣に座った。
面子が濃いからか、先程までの不穏な雰囲気がそうさせるのか、気がつけば彼らは食堂の視線を独り占めしていた。
***
食事中、アーサー・カーライルはふと、隣に座る元平民の所作が妙に洗練されていることに気づく。
「君は入学前にマナーなどの一通りの教育を受けたのか?」
「いいえ?なぜそう思われるのです?」
仕事が忙しくテーブルマナーを習う暇などトウカにはない。
彼女は王宮の忙しさをなめるなよ、と口から出そうになるのをぐっと我慢した。
「元平民にしては所作が洗練されているからね、少し気になっただけだよ」
「…特別に訓練せずとも、王宮勤めが長いと自然に身につくのものです」
「そういうものか…?」
シレッとそう言う彼女にアーサーは疑問を抱いた。
(これ程の洗練された所作、訓練せねば身につかない筈だが…)
アーサーは過去、姉がその所作が当たり前になるまで厳しいレッスンを受けていた事を思い出す。
マナーだけでなく一つ一つの所作や話し方、使用人に対する接し方まで高貴な者の振る舞いとして、トウカのそれは完璧だった。
(…この女、何者だ?)
昔から王太子ギルバートの傍にいる侍女。
君主エドワードが重用する侍女。
憧れの補佐官ジュリアスが認めた侍女。
隣に座る謎多き伯爵令嬢をアーサーは疑惑の目で見つめていた。




