26:ランチタイム(1)
トウカは何故か急に攻めの姿勢に入った主人が、何かやらかすのではないかと思うと気が気でない。
そのせいか今日は起床から数時間しか経っていないのに、もう疲労がピークに達していた。
「…食堂に行きたくない」
昼休みのベルが鳴り皆が食堂へ移動する頃、トウカは学園にある中庭のベンチで項垂れていた。
いつぞやの主人のように、キノコを生やして。
しかし主人とは違いキノコを生やそうとも、その珍しい髪色のせいで存在感のある彼女は、道行く人々から突き刺さるような視線を浴びせられる。
チラチラと様子を伺いながらも、誰も話しかけようとはしないのは彼女の肩書きがややこし過ぎるからだ。
『社交界の貴公子、ジュリアス・グレイルが寵愛する義妹』
『愛妻家と言われているグレイル前伯爵の落胤』
『頭の弱い王太子を支える補佐官兼侍女頭』
『賢君と名高い国王陛下の寵臣』
お近づきになれれば、これ以上ない後ろ盾が手に入りそうなものだが、迂闊に近づけば面倒ごとに巻き込まれかねない地雷な人物。
それが学園の生徒から見たトウカ・グレイルだ。
彼らにとってはある意味、教祖フィオナよりも危険人物である。
(…まあ、遠巻きにされている方がありがたい)
トウカとしても色々と詮索されたくはないので、特に状況の改善のために行動を起こす気にはなれず、自らの腫れ物に甘んじている。
しかし、その腫れ物になんの抵抗もなく触れようとする者もいる。
「今日はトウカさんがいました!」
そう、その稀有な存在が教祖フィオナである。
「…フィオナ様」
トウカは複雑な表情で、ひょこっと目の前に現れたフィオナを見る。
後ろには数名の取り巻きを引き連れていた。
「もう、フィオナで良いのですよ?身分はトウカさんの方が上でしょう?」
「いえ、色々と面倒なのでフィオナ様で…」
前伯爵の落胤と男爵の娘、階級的にはトウカの方が上だが、元平民と生粋のご令嬢ではそうもいかない。
特に信者アーサーとクリストファーが面倒な反応をすることは想像に容易い。
「何かご用ですか?」
「いえ、なんだかご気分が優れないようでしたので…。ランチ、行かないんですか?」
なんと優しい教祖様か、とトウカは内心嘲笑う。
彼女とてランチに行きたい、寧ろ行かねばならない。なぜならそう約束したから。
しかし食堂へ行けば、必然的に主人を含めた阿呆3人組会わねばならない。
謎に敵視してくる側近候補とそして謎に攻めの姿勢に入った主人など、面倒臭いことこの上ない。
そう思うと身体が動かないのだ。
「この間はそこにギルがいたのです。同じように項垂れていました」
「…そうですか」
意図せず主人と同じ行動をとっていた事に、トウカはなんだか恥ずかしくなった。
フィオナは後ろの取り巻き達に席を外すよう促した。そしてトウカの許可も取らずに隣に座る。
一応、『取り巻きに席を外させる』という気配りができる事には少し感心した。
「何か、ありましたか?」
フィオナは優しく微笑み、語りかける。
花が綻ぶようなその天使の微笑みに、トウカはふわっと自分の心が安らぐのを感じた。
(ああ、成る程…)
トウカはこの瞬間、何故多くの人間が彼女に心を開くのか、理解できた気がした。
弱っている人にとって、彼女の纏う空気は居心地が良い。
どこか身を預けてしまいたくなる、そんな雰囲気がある。
(……似ているんだ。だから、私は嫌だったんだ)
善良で浅はかな聖女が身に纏う空気は、どこか彼女の主人に似ていた。
トウカがフィオナを毛嫌いしていたのはそのせいだったのかもしれない。
傾倒しそうになる。だから無意識に突き放そうとした。
「この前ね、ここでギルとたくさんお話をしました」
何も話そうとしないトウカの代わりか、フィオナは話し出す。
「ギルは失恋したと言っていました。ずっと好きだった人に振られたと」
「…そうですか」
フィオナがニヤリと口角を上げた。
純真無垢な聖女らしからぬその意外な表情に、彼女の別の一面を見た気がした。
もしかすると、浅はかなだけの聖女ではないのかもしれないという淡い期待を抱き、トウカは思い切って尋ねてみた。
「フィオナ様は良く殿下と行動を共にしていらっしゃいますよね?」
「はい、友人ですから」
「それが周囲からどう見られているか、ご存知ですか?」
「何となくは…。みんなには誤解だと言ってるんですけどね」
フィオナは、皆がそれをわかってくれないのだと苦笑する。
「フィオナ様、私には男爵令嬢であなたを王太子妃に押し上げるだけの力があります」
「それはとても力持ちですね!」
王太子付き補佐官の権限がそこまで及ぶ、と暗に伝えてみるも、彼女は子どものように無邪気に「すごいですね!」と言うだけ。
トウカは毒気を抜かれつつも、やはりただの阿呆かと落胆した。
ここで食いついてきたら、野心を持ってギルバートに近づいたと判断できたところだが。
(…もしかして中身まで殿下と同じタイプか?)
ハッキリ言わないと伝わらない女、それがフィオナ・モートンだ。
「…フィオナ様は殿下とご婚約される意思がおありですか?」
トウカは仕方なく核心をついた。
すると、フィオナは一瞬目を丸くして、にっこり微笑む。
そして静かに息を吸いこみ、
「全くありませんっ!」
と、はっきりと言い切った。
満面の笑みで、実に明快にそう答えるフィオナ。
予想外の返答に今度はトウカが目を丸くした。
「ギルの事は好きです。多分恋でした。でもフィーはギルのお嫁さんになりたいと思いません」
「な、なぜ?」
「フィーは、自分のことを好きにならない人と結婚したくありませんもの」
「殿下はあなたに好意をお持ちだと思いますが」
「好かれてはいるでしょうが、恋ではないでしょう?」
「しかし、今後恋情に変わるかもしれませんよ?」
やけに食い下がるトウカに、フィオナは頬を膨らませた。
「トウカさん、私は#噛ませ犬__・__#になる気などありませんからね?」
トウカはその言葉で、ギルバートの『すでに手を回した』という発言を思い出す。
(…え、周知させたというのはフィオナ?)
彼女は、ギルバートが『フィオナを当てがおうとする自分の行動を阻止すべく、先手を打ったのだ』と考えた。
だから現在、フィオナには王太子妃の座につく意思がない。
トウカは早々に、有力な身代わりを一人失ったと絶望した。
(…まさか殿下が先を読んで行動するなんて)
実際にはフィオナが意外と察しが良かったというだけなのだが、ギルバートは意図せず自分の評価を上げることとなった。
フィオナは徐に立ち上がり、隣のトウカに腕時計を見せる。
「今日は残念ながらサンドイッチを持っていません。混む前に食堂へ行きましょう!」
そういってトウカの手を引き、立ち上がらせたフィオナは、そのまま彼女食堂へと連行した。
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