こだわり
価値なんてない。
えりかの言葉が環の頭の中をグルグルと回る。なにか関係のないことを考えて追い出そうとするも、一向に出て行く気配がない。
環は諦めてグラウンドに目をやった。この暑い中、体力を奪われることもいとわず声を張り上げて守備体勢を取る相手チーム。なぜそんなに必死なのか、と問いかけたくなるが、きっとその行為こそ、トーナメントを勝ち抜くために相当鍛えてきた証なのだろう。
勝つことへの執着。それは相手も、そしてえりかも持っている。恐らく他のチームメイトも大なり小なりあるだろう。環は自分の手のひらを見詰めた。バントばかりしてきたから、特別マメがあるわけでもない。皆の手のひらをじっくりと見たことなんてないが、きっとマメだらけに違いない。だって、それだけの練習をしてきたから。
皆はきっと、勝つためにバットを振ってきたのだろう。でも、環がバントしてきた理由はそれとは少し違う。あくまで環は、自分の存在を証明するためにバントを決めてきたと思っている。そして、その目的はこれまで充分に果たされてきた自負がある。
しかし、今マウンドにいる相手はそれを許してくれない。山中千鶴。憎らしい敵だが、確かにその実力は本物だ。試合どうこうより、バントを決められないことが環の心をギュッと締めつけている。
打席には京が立っている。チーム一と言っていい腕前を持つ彼女だが、やはりこの打席も千鶴の剛球に手が出せていない。それはそうだろう。あれは簡単に打てるものではない。自分とは別ベクトルで、きっと京も、そしてえりかも苦しんでいるだろうと思った。
環は溜め息をついた。もう、皆楽になるべきだ。理想と現実の乖離に苦しむことなんてない。諦めれば、それだけでなにもかもが楽になる。これ以上戦っても余計に苦しむだけで、いいことなんてない。そうだ。適当に振ってさっさと帰ってくれば――
瞬間、鈍い打球音が鳴った。
「ファール!」
球審が両手を広げる。ボールは一塁側ファールグラウンドを力なく転がった。
会場がざわめく。ベンチから一気に声が上がる。まるで海をさまよっている中に救助船が現れでもしたかのように、興奮と安堵が混じっている。
環は京の目を見た。諦めてなどいない。燃えるような瞳からは、自分の目標へのこだわりがひしひしと感じ取れた。




