剣呑
「なんだって?」
環は思わず目の前の得体の知れない相手を睨みつけた。
ユニフォーム姿ということは、大会の参加者であることは間違いない。わざわざ難癖をつけるからにはさっきの試合を見ていたのだろう。視線できつく威圧しているのにまるで臆する様子を見せない。なにを考えているか分からないぼんやりした目を逸らさない。
ふと、環の脳裏にいつかの場面がよぎった。あれは確か、知らない街。
一人で歩いていてふらっと入った喫茶店。
コーヒーと共に現れたシルエットが目の前の姿と次第に重なっていく。
「……お前か」
環は思わず呟いた。思い出した。あの喫茶店のウェイターこそ、この女に違いなかった。
女はあの日の無愛想そのままに、じっと環を見る。やがて唇を重そうに動かして言った。
「ウチが、勝つ」
それだけ言い残して女は立ち去った。あとにはジワリとした湿気だけが残る。すると、入れ違いにえりかがやって来た。
「環、アンタ……アイツと知り合いなの?」
心なしかえりかの声が震えている。
「いや、見たことあるってだけ。でも、間違いなく良いヤツではないな」
「良いヤツじゃないどころか、この大会の最重要人物だわ。アイツは」
去っていく後ろ姿を見詰めながらえりかは言った。
「山中千鶴。誰もが認める大会ナンバーワン、押しも押されもしないスーパーエースよ」
緊張の消えない面持ち。こと野球においてはどこまでも冷静でどんな相手でも立ちどころに弱点を見つけるえりかがここまで相手を手放しで褒めるのは珍しい。
「そこまで凄いのか」
「そうよ。そして、あたし達が決して避けて通ることのできない相手。攻略法は今のところ見つかってないわ」
ただでさえ炎天下なのに、突然のこの重苦しい空気が余計に息苦しくさせる。環はふと、あの日のことを思い出した。コーヒーを片づける時、あの女は密かに鍛えていた。あんな環境でもトレーニングするのなら、きっとどこでだって己を鍛えているに違いない。場所を厭わない鍛錬が彼女をそこまでの地位へと押し上げたということか。
「でも、相手がどうとか関係ない」
環は言った。あの女がどこまで凄いのかは見たこともないし知らないが、環には、自分にバントできない球はないという絶対の自信がある。例え千鶴がどれだけの剛球を見せつけたとしても、誰も捕れない位置にあっさりと転がすイメージが湧いてくる。
「倒すよ。なんか無駄に絡まれてシャクだし」
「……そう。アンタがそう言ってくれるなら心強いわ」
えりかはくるりと振り返り、チームメイトのいる場所へと歩き出した。環はその背中をジッと見詰めた。自分は自分のミッションをこなすだけ。例え相手がどれだけ有名でどれだけ強力でも、自分の本気を出せれば、敵じゃない。絶対に。




