落ち着いて
続くバッターのスイングも、まるで初戦の緊張などないかのように飛鳥のボールを捉える。
快音を残した打球はライナーですっ飛んで行った。しかしそこは、すっかり元の調子を取り戻した京の守備範囲内だった。強い当たりをノーバウンドで難なくグラブに収めた京は、その勢いのままベンチへ向かう。
「オッケー、ナイスキャッチ!」
飛鳥は大声を出してグラブを叩いた。全員がベンチへと戻る。その足取りはとても軽やかだ。
その様子を見て、環は安堵するわけではなかった。ベンチに戻るや否や、ヘルメットを被り使い慣れた軽めのバットを手に取り、グラウンドへと戻った。投球練習を行う相手投手の球筋を一球一球、ミットに収まるまで凝視する。
「寄川さん。まずは塁に出ることですわよ!」
ベンチから京の声がする。他のチームメイトも思い思いに声援を送ってくれているようだが、環は応えない。時間の許す限り、その球筋を確認する。
やがて投球練習が終わり、バッターボックスに入る時が来た。
環は相手に急かされることなく自分のペースでゆっくりとバッターボックスを均す。そうしてマウンドに目を向け、バットを構えた。
それを待っていたかのように、相手投手は振りかぶる。足を上げて、第一球を投じる。
その時、環の頭にはなにもなかった。ただ、ボールが真っ直ぐ来るのを映像として捉えているだけ。
ついさっきまで珍しく存在した手の震えも、味方の不安げな顔も、そこにはない。ただ、迫るボールがあるだけ。
――よし、いつも通り。
環はボールをギリギリまで引き付け、バットを水平に添えた。唸りを上げてやって来たボールは勢いを殺されフェアゾーンへと落ち、ちょうどピッチャーとキャッチャー、サードの間へと転がる。様々なバントのパターンを持つ環にとって最もオーソドックスな、それでいて余りにも強力なボールの配置。
野手陣は咄嗟に声を掛け合いながらボールへと急行する。環が視認したのはそこまでだった。あとはもう、野手の様子など見ない。視界にあるのは一塁ベースのみ。ただ一点を目指して駆け抜ける。
「セーフ!」
一塁塁審のコールが球場にこだました。減速して後ろを振り返ると、どうやら野手陣は捕球が精一杯で、送球には至らなかったようだ。
「ナイスバント!」
「さすが!」
東高校ベンチから歓声がする。やはり守備時のぎこちなさは感じられない。
これは環にとっては当たり前。だから手を挙げて声援に応えるのは気恥ずかしい。ここは俯き気味にやり過ごすことにする。
だが、直後環は思わず呟いてしまった。
「オーケー。ここからだ」




