模索
環とえりかの二人以外誰もいない部室で、えりかの声だけが短く響いた。
打線を決め直す。
確かに様々なパターンを試すのは大いに結構だし、振り返れば前にもえりかはそんなことを言っていた。しかし、たったの一試合で今の打線に見切りをつけようというのか。
「このままの打線じゃ点を取れない。上大岡高校との試合でそれが明らかになったわ」
「そう? 相手の方が一枚上手だっただけじゃない?」
えりかの考えに環はすかさず自分の意見をぶつけるが、えりかの考えは違った。
「いいえダメ。前の試合、あたしは今の打線に少なくとも二つの欠点を見つけたわ」
えりかは環を見据えてそう言い切る。その目は自信たっぷりだ。環はそんなえりかの考えに少し興味が湧いた。
「ほう、どんな欠点?」
「まずは、四番に据えた飛鳥。彼女が思いの外フリースインガーだったこと」
えりかはためらいもなくチームメイトを欠点に挙げた。
「四番はチャンスに回ってくることが多いし、あたしも実際そうなるように一番から三番を組んだ。それで、実際にランナーがいる状況で飛鳥に回りもした。でもそんな状況で、飛鳥は状況を生かすバッティングを出来ずにいたわ。あたしの指示も実行出来なかったしね」
右方向を狙え、というえりかの指示に承知したにもかかわらず真逆の方向へ打球を転がしてしまい、思いっ切り咎められていた飛鳥の姿を環は思い出した。
「ああいうタイプは下位に置いて好きなように打たせるのがいいし、その方が本人も生きるはずよ。まあでも、ウチの戦力を考えたら七番とか八番に置くわけにはいかないんだけどね」
ふーん、と環は相槌を打ちながら、えりかの観察眼に感心した。ただ勝ちたいだけではなく、どうすれば勝てるのかを常に考えていなければ出ない意見だろう。
「そして欠点二つ目。経験者を上位に固めることで下位打線が手薄になるわ」
「でも、それはしょうがないんじゃない? ウチの人員を考えたらどうしてもそうなるでしょ」
「そうなんだけど、だからこそ知恵を出し合って切れ目のない打線にしなきゃいけないのよ」
そう語るえりかの目は相変わらず真剣そのものだ。知恵を出し合う、とえりかは言うがそんな妙案が自分に浮かぶとは思えない。
「そうか……難しいね」
「そう、難しいのよ」
えりかはそれきり黙ってしまった。畳の匂いが香る和風の部室に沈黙の時間が流れる。いい意見などなにも出せる気がしないが、このまま黙っていたって不毛なだけだ。環はとりあえず適当な案を提示することにした。
「下位に先輩達を固めるのがまずいんなら、経験者の間に挟んでみたら? 三番、六番、九番とか」
「うん、それもそうね」
苦し紛れの案なのに、えりかは意外にもすんなり受け入れた。
「でもそれだと、三番に未経験者を置くことになるのよね。それもどうなのかな……」
「その辺は適度にずらせばいいんじゃない。二番とか」
「二番か……それもそれで……いや、アリか……?」
ブツブツと、呪文でも唱えるようにえりかは独り言を繰り返す。
メンバーは限られているのだから、打線など雰囲気で組めばそれなりに形になりそうなものだが、えりかは細部までこだわる。でもそれこそが、えりかの勝つことへの渇望なのだろう。こんな風に、なにかに一生懸命になれるのは少しだけ羨ましくもある。
その時、突然部室のドアが開いた。
「おうどうした、まだ残ってたのか」
開いたドアの入口から声を掛けて来たのは有江先生だった。次の瞬間、えりかが机をバンと叩いて言った。
「今、新しい打線が閃いたわ。先生、次の試合組める?」




