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本気のバントに敵はない!  作者: 小走煌
3 高める日々
36/51

バントの四番!?

「ほう、もう試合をするのか」

 驚いた表情の有江先生に対して、えりかは自信たっぷりに頷いた。

「色々試したいの。それに、試合で得られる経験値ほどチームのレベルアップに必要なものはないわ」

 よく通る声で話すえりかの瞳はらんらんと輝いている。さっきまで迷いの中にいたのが嘘のようだ。

「……よかろう」

 短い沈黙の後、有江先生はひとつ頷いた。

「私もそんなにツテがあるわけじゃないんだが、そのありありと感じ取れる意欲を削いでしまうのは教師としていかがなものかという気もするしな。ヤツを利用してちょうどいい相手を見繕って貰うことにするよ」

 ヤツ、というのは恐らく上大岡高校の顧問のことだろうと環は直感した。有江先生によほど大きな弱みを握られているのだろうか。

「まあ待っていろ。いい相手が見つかるといいな」

 有江先生は不意に微笑を浮かべたと思いきや、すぐに真面目な顔に戻って環とえりかに退室を促す。部室の鍵を閉めるためだった。

「さあ、ここからがお楽しみよ!」

 勢いよく立ち上がりながらえりかは言う。妙な方向に行かなければいいが、今は様子を見よう。環は心の中でひとり納得し、部室を後にした。


 有江先生は、翌日には試合の話を持って来た。それから二週間後の日曜日、環達東高校の面々は市内の高校へと出向いた。優勝候補には全く挙がらないものの、そこそこ手堅い野球をすると県内では評判の相手だ。

 上大岡高校と違い近場の、それもそこまで強くないであろう相手をあっさり見つけてくれるとは、有江先生の限られたツテというのは強力なものらしい。環はウォーミングアップの最中、有江先生の行動力の裏に隠れた熱意を感じずにはいられなかった。

「集合!」

 えりかの一声で東高校ナインがベンチ前で円陣を組む。そこで発表されたオーダーは第一戦とは大きく異なっていた。

 一際目立つのは、下位打線に集まっていた未経験者のセンター佐藤先輩が二番、ライト高橋先輩が五番、レフト鈴木先輩が八番と分断されている点だ。三番ショートの京、九番サードのえりかは変わらないが、二番だったキャッチャーの奏が四番に、五番だったセカンドの綾香が七番に、そして前の試合四番を務めたピッチャー飛鳥が六番にそれぞれ打順を変えている。

 しかしこれだけ大幅な変更があったのに、環は相変わらず一番ファーストだった。自分のやることは変わらないから打順などどうでもいいが、えりかの発案したこの編成が吉と出るか凶と出るかは、なんとなく見ものだと思った。

 お願いしますの挨拶から、試合は目まぐるしく動いた。

 打球は全ポジションにまんべんなく飛び、内野陣は流石の動きを見せた。外野の先輩方はところどころ危なっかしいプレイはあったものの、大きなエラーをすることなく九回をやりおおせた。

 一方、攻撃は思うように繋がらなかった。ランナーは度々出るのだが、まだバッティング練習もろくに行なえていない先輩方に要所で回り、チャンスはことごとくついえた。環はしっかりバントを決めて全打席出塁したが大量得点には繋がらず、チームは一点差で辛うじて勝利を得た。


「あーっ、ダメ! 全然ダメだわ!」

 試合も終わり解散した後で訪れた部室にはえりかの声だけが空しく響く。二人だけのこの状況、まるでデジャブだと環は思った。

「懸念はあったけど、やっぱり先輩のところで打線が切れるわ。しかも飛鳥が露骨にやる気なかったし。クリーンアップを外れたからね、きっと」

 えりかの愚痴に環は無言で相槌を打つ。確かに今日の飛鳥は元気がなかった。重要どころを任されることでモチベーションを上げるタイプなのだろう。

「それに、奏もちょっと硬かったわ」

「そうだっけ。あまり分からなかったけど」

 環の言葉にえりかは首を強く横に振った。

「いいえ、普段の力みないスイングが見られなかった。あの子、責任感が強いんだと思う。四番っていう打順が妙にプレッシャーになっちゃったみたいね」

 打順が関係ある人にとっては四番というものは重いものなのだろうか。環はプレッシャーというものをなんとなく想像してみたが、上手くいかない。

「とにかくこれじゃダメ。練り直しよ」

 そう言ってえりかは机に白紙を広げる。この白が字で埋め尽くされるまであと何分かかるだろう。環はぼんやり明かりの灯る天井を見上げて溜め息をついた。


 二週間後。

 環達は県の南方へやって来ていた。次なる相手との試合のためだ。

 結局あの日は方針が定まらず、それからえりかとは打線の話をしていない。そんな状況ながらえりかは自ら有江先生に次の試合を要求した。本人の中で考えがまとまったのか、それともぶっつけ本番なのか。

「じゃあ本日のオーダーを発表します。一番レフト、鈴木先輩」

 一瞬、環は耳を疑った。自分が一番じゃない。前の試合でも動きがなかったからてっきり自分は動かされないものだと思っていたのだ。

「二番センター、佐藤先輩。三番ライト、高橋先輩」

 えりかは次々とオーダーを読み上げていく。先輩方を今度はなんと上位に固めて来た。

「続いて四番、ファースト環」

「えっ」

 環は思わず声が出てしまったことにコンマ数秒遅れて気づいた。

 私が四番。いや打順は関係ないけど、四番ってもっとこう、強打のイメージでは? 四番が全打席バントするけどいいの?

 えりかは構わず九番までオーダーを発表した。その表情は真剣そのもの。どうやら間違いの類ではないらしい。

「……まあ、いいか」

 環はぼそりと呟き、グラウンドを見た。打順がどこだろうが自分のやることは一つ、バントだ。


「うーん、これもダメね」

 何度目かの二人きりの部室。試合は勝ったもののえりかは首をかしげてばかりだ。思えば前回はチーム初勝利で今回は二勝目。順調に勝ちを積み重ねているような気がするが、えりかの表情がすぐれないせいであまり感慨が湧かない。

「未経験者を上位に固めて初回を捨てる作戦だったんだけど、なんだか本末転倒な気がして来たわ」

 えりかの深い溜め息が部室に充満する。環ももうなにがなんだか分からなくなっていた。

「もっとこう、シンプルでいいんじゃない? よく打つ人から順に並べるとか」

「……それもそうね」

 環の意見に同調したものの、えりかは相変わらず渋い顔だ。

 環自信は四番という打順にひるむことなく全ての打席でバントを決めきった。それにチームも勝っている。傾向としてはよさげなのだから、そこまで打順にこだわる必要もないのではないか。

「……いいわ」

 不意にそう呟き、えりかはすくっと立ち上がった。

「考えがまとまらないからいったん打順にフォーカスするのは止めとく。気が向いたらまた相談するから」

 えりかは気だるそうに帰り支度を始めた。結局、この二試合の間、えりかから喜びの感情を読み取ることは出来なかった。

更新が遅くなってしまい、すみません。

また続けていきますので宜しくお願いします。

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