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本気のバントに敵はない!  作者: 小走煌
3 高める日々
33/51

懐かしさ

 皆が他愛もない話で盛り上がる中黙々と着替えを済ませグラウンドに出ると、すぐにウォーミングアップが始まった。

 ランニング、キャッチボールを終え、早速それぞれの練習メニューに入る。えりか、京、綾香、三年生トリオはグラウンドの空き部分を使ってノックに、そして環は誰もいないバッターボックスに入った。

「よっしゃ、厳しく行くから覚悟しな!」

 マウンドに上がった飛鳥が大袈裟に指差しする。ここから地獄のバント大会が始まるのだ。

「うりゃ!」

 掛け声と共に放たれるボールを、丁寧に三塁線に転がす。次は一塁線。また三塁線。そして一塁線。まっさらなグラウンドを白いボールが埋め尽くしていく。

 こんなに集中的にバントをしたのはいつ以来だろう。家からほど近い空き地、兄と二人だけの空間で飽きるまでバントをした日々が脳裏によぎる。

 思えば最初は下手だった。ボールはしょっちゅう後ろに飛んだし、空振りすることもあった。それでも、幾度も幾度も回数を重ねることでどんなボールでもバント出来るようになった。一塁線と三塁線には、環の上達を物語るように数多のボールが転がっている。

 ここまでの技術を得るまでの道のりは長かっただろうか、それとも短かっただろうか。ただ一つ言えるのは、あの日々は紛れもなく充実していたということ。正直なところ、どんどん上手くなる自分に酔いしれていた。そしてなにより、あの日々は兄とのかけがえのない時間だったということ。

 ふと、兄の顔が頭に浮かぶ。肩を壊してしまって笑顔を見せなくなった兄。まるで抜け殻のような兄を見るのは、やはり今も慣れないし辛い。それだけに、兄とただひたすらバントをして過ごしたあの日々がまるで永遠だったかのように思い出されるのだ。

「環いー、ちょっと容赦なさすぎないか?」

 不意に自分を呼ぶ声がして我に返る。マウンドには飛鳥が呆れたように腕組みをして立っていた。

「環ちゃん、うますぎるの……」

 キャッチャー役の奏が呟く。その視線に釣られて足元を見ると、おびただしい数のボールが転がっている。一塁線と三塁線に集中していて、ファールゾーンには一球もない。

「とりあえずボールなくなっちゃったからさ。拾ってまたやろうぜ!」

 飛鳥がとたんに元気を取り戻し、マウンドを降りてボールの海に向かう。それにならうように奏もボールを拾い始めた。

 不思議なものだ、と環は思った。兄との時間を奪った野球を憎んだはずなのに、結局はその技術を活かしてバイトもするし部活もしている。自分でもその行動原理がよく分かっていないが、なんとなく、今はこれでいいと結論づけて足元のボールを拾った。

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