続かない
「さあ、ここから巻き返して行くわよ!」
四回表。鼻息荒く息巻くえりかに続いて「おーっ」と掛け声が上がるが、どこか気の抜けた感じがあった。
皆の表情をチラリと見ると、緊張は薄れているようだが、どこか焦っているような、見えない敵に苦しめられているような雰囲気があった。
「では、行って来ますわ」
そう言い残してこの回先頭の京が打席へ向かった。それを見守るように、ベンチはしんと静まり返る。
「ねえ、環」
不意に横から呼ぶ声がした。えりかだ。
「アンタ、あの球をどうやってバントしたの?」
「え、どうって……」
そんなの、ボールが急に曲がったから咄嗟に合わせただけだ。説明なんて出来っこない。
「唯一出塁してるアンタからヒントを得ないと、このままじゃ誰も打てないで終わってしまうわ。それは嫌」
えりかは早口でまくし立てる。その顔はいつになくこわばっていた。そういえば、前の回の守備でタイムを取った時もえりかは気が立っているようだった。あくまで練習試合だというのに、なにがえりかをそこまで追い詰めるのだろう。
でも、だからといって協力しないのもばつが悪い。環はバントを決めた瞬間をどうにか頭の中に再生させた。
「上手く伝えられないけど、とにかくボールをギリギリまで見ること。引き付けるだけ引き付けないと変化球は捉えられないと思う。でもそれだと振り遅れるだろうから、逆方向に打つようにしたらいいんじゃないかな」
先の対戦で感じたことを言葉にして伝える。それを聞いたえりかは腕組みをして考え込む仕草を見せた。
「ただ、球種はいくつもあるから結局後手ね……」
しばらく俯いた後、よし、と言ってヘルメットを選んでいる飛鳥を呼びつけた。
「どしたー?」
「次の打席は球種を一つに絞って、それだけ待って。それから右を狙うようにして。ボールを引き付けるのが狙いよ」
努めて冷静に話すえりかの言葉に、飛鳥は真剣な表情で頷いた。
「任せとけ。打たれた分、ウチが取り返してやる!」
そう言って飛鳥は握り拳を作った。その瞬間、乾いた打球音がベンチに届いた。
「おっ、先を越されてしまったか」
一言呟き、飛鳥はベンチを飛び出した。見ると、センターがボールを捕球していた。ヒットだ。相手のセカンドもショートもボールをほとんど追わずにセンターに任せているところを見ると、きっと見事なライナー性の当たりだったに違いない。静かだったベンチが沸いた。
「飛鳥、頼むわよ!」
すかさずえりかが声を掛ける。飛鳥は頷き、大きく構えた。
初めて一塁ベース以外から見るやえのセットポジション。こうして見ると盗塁出来る隙など全くない。顎を引き視線で一塁ランナーの京を牽制し、投球した。ボール球が二球続き、三球目。
弱くキン、と鳴ったバットは悔しそうに走り出す飛鳥に放られファールゾーンに転がった。問題の打球は力なくサードの前に跳ねる。丁寧な、それでいて素早いサードのフィールディング。二塁はたちまちアウトになり、懸命に走った飛鳥もまた、アウトになった。痛恨のダブルプレー。ベンチからはチームメイト達の溜め息が漏れた。
「アンタ、なに引っ張ってるのよ! 流せって言ったでしょ!」
飛鳥がベンチに帰って来るなり、えりかは鬼の形相で怒鳴った。勘弁して、と言わんばかりに両手を合わせて頭を下げる飛鳥にえりかは構わず詰め寄る。その様子を横目で見て、環は改めてグラウンドに注目した。
上大岡高校の強さの秘訣はピッチャーだけではない。今のフィールディングを見ても、よく鍛えられた守備陣であることは充分に分かる。
「ほんと、初戦の相手じゃないな……」
環は誰にも聞かれないように呟き、溜め息をついた。




