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本気のバントに敵はない!  作者: 小走煌
2 まだ見ぬ仲間を探して
25/51

本格軟投派

「環」

 打席に向かおうとした瞬間、環はえりかに呼び止められた。

「皆があのピッチャーに苦戦してる理由、分かってる?」

 状況は三回表、既にツーアウト。環のバント安打以外、まだ誰も出塁していない。環は相手投手のそれこそ第一球を仕留めてしまったため、他のチームメイトに比べれば、まだ相手の本気に触れていないと言ってよかった。

「あの秋月あきつきってピッチャー、いったいいくつの球種を持ってるのか分からないわ。バントする前に一度見てみるといいわよ」

 不敵な笑みを浮かべ、えりかはベンチへ戻った。

 今の口ぶりからして、相手の本質は変化球投手。初球のストレートはある程度力強かったように感じたが、それだけが彼女の持ち味ではない、ということか。

 マウンドには、上大岡高校の一番手、秋月やえが準備万端というように立っていた。表情からはどんな攻めを展開して来るかは読み取れない。実際に打席に立ち、肌で感じ取るしかない。

 打席をならして構えを取ると、待っていたというようにマウンド上のやえが振りかぶった。環は早速バントの構えを取ろうとして、める。えりかの一言が頭をよぎったのだ。

 ボールは外角低め、ストレートのような軌道を描いたと思いきや急激にブレーキが掛かり、環から逃げていくように逸れて行った。

「ボール!」

 球審のコールが響く。今のは、シュートかシンカーか。いずれにしても、見たことのない切れだった。

「オッケー、いいボールよー!」

 内野陣がマウンド上のやえに声を掛けた。環は横目でその仕草を確認する。サードもファーストも、どうやらバントは視野に入れているようだ。

 上等じゃない――環はキッとマウンドを睨み、視線で次のボールを要求した。それに呼応するようにやえは第二球を投じる。

 二球目は真ん中やや外寄りのストレートだった。来た。これをまた三塁線に転がしてヒットに――

「なっ!?」

 直後、環は目を見開いた。真っ直ぐ来ると思われたボールが突然軌道を変え、環の元へ向かって来る。稲光にも見まがうその軌道は、スライダー。更に環の構えに反応したか、サードが猛チャージして来るのが視界の端に映った。

「ちっ……!」

 環は即座に作戦を変更した。バットの向きを三塁側から一塁側へ微修正。狙いを三塁前から一塁前に切り替える。ファーストのチャージはサードに比べて甘い。判断が済めば後はボールを転がすのみ。

 刹那のタイミングで全神経を集中させる。ボールは、想定通りバットに当たった。環はすかさず走り出し、一塁線を転がるボールを追い抜いてベースを駆け抜けた。瞬間、一塁塁審が両手を水平に広げるのが見えた。セーフだ。

「惜しい惜しい、ナイスボール、ナイスチャージ!」

「いいぞー環ー!」

 双方のベンチから歓声が飛んで来る。環は一塁ベースに着き、やえの顔を見た。

 相変わらず、表情からは考えが読み取れない。ただ、強豪と言われる高校のピッチャーがどの程度の実力なのか、環は肌で感じ取った。今のケースもファーストのチャージがもっと厳しければ危なかったかも知れないし、そもそも変化球の切れが一級品だった。これは、味方が打ちあぐねるのも分かる。

 ふと、やえと目が合った。その顔に笑みはない。あくまで無表情。だが、その瞳には次こそ打ち取るという決意の色が見えた気がした。

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