人魚の海3
我が脂肪をもちもちタフタフとしてくる連中を追い払ってクロノア君に飛びついてへばりつく。クロノア君は基本的になすがままなので安全なのだ。しかしクロノア君は普通に喋れる筈なのにまた喋らなくなってしまったな。本人的に何かこだわりがあるのかもしれない。まあ喋りたくなったら喋るだろう。しばらくクロノア君の背中でごそごそと身繕いしてから落ち着くためにココナッツジュースを吸い上げる。よしよし。私の脂肪もちゃんと無事である。あいでんてぃてぃーとも言える大事なルーズスキンであるからして。
それよりもだ。あちらではクロウディアさんも混じえて精霊話をしている。ラーメンタイマーのガチャ切りにじーちゃんだけは専念しているがそれ以外のメンバーで。となれば私も一応、まぁ……問題ないとは思うが確認しておく必要があるだろう。根本的な問題だ。
そいつは私が踏みつける事が可能なのかどうかという話である。以前の私なら気にもならん差だったとは思うが。踏みつけたって気付かないくらいだっただろう確信がある。しかし首輪の存在を認識してしまった以上はちょっと不安なのだ。本当に三原天霊とかいう存在なら多分だがちょっとデカい。
「アスタレル的にはどうなのさ。その深海の大星雲とかいうのは」
地面に卵排出のごとく落とした腕輪から一時的にホテルから呼び出した悪魔に意見を求めておく。
その辺の知識はこいつが強そうだしな。他の連中は未だ山になってエーンエーンとしているだけだし。
「別に一から十まで世の理を語ってもよろしいですがネ。
そちらの後輩共が泣くのでは? 私は別に構いやしませんが」
「こうはい……?」
視線で示された方向を眺める。マリーさんとクロウディアさんが青いお顔でぶんぶんしていた。なるほど魔王の後輩。
そしてお二人はアスタレルからの答え合わせという卑怯な手段での知識入手がかなり嫌らしい。真面目だな。まぁ他者からの知識で満足できる性質ならば魔王になどなれやしないか。
それならばとにかくマリーさんとクロウディアさんの楽しみを奪わない程度にしてもらいたいところである。
「必要な事だけほどほどに頼むぞ」
「お求めならば御意に。しばしお待ちを」
言いつつ何某か思い出すようにちらりと地面を眺めてから口元に指を当てて暫く。
脳内でまとめ終わったのか少しばかり首肯した。
「…………そちらの吸血鬼の認識でも概ね問題ございません。詳細は省きます。
自我が芽生えたせいで些かご自身の重量について客観視出来なくなっているようですが今の暗黒神様であっても幾ら巨大であろうが精霊なぞ踏みつけられれば動けやしませんヨ。そもそもこれは首輪とは一切関係のない話です。これは存在そのものが持つ因果律の重さ、特異点として持つ運命のシュヴァルツシルト半径、情報量と影響力、処理能力、霊子密度、そういった複合的要素を踏まえた規模の問題です。重量、体積、質量に近い話ですよ。レベル1でも主人公は主人公、魔王は魔王、デブはデブ。攻略対象であれば攻略対象です。物語そのものへ与える影響力に差はない、そういうことです。役職による世界権限ですよ。
もし首輪が上限規模ならば今の暗黒神様が今のレガノアの神域を奪うなどと出来るはずもないでしょう。つまり、関係のない話でございますよ。領域を奪い取り神威を引き剥がし霊跡を埋め立て加護も恩寵も権能も上から押さえつけてモブ化させるというのは馬乗りになり殴って黙らせる、理不尽極まりない単純暴力です。
首輪によって落ちているのはそれで言えば体積と重さの話でございますよ。……付け加えて落ちた上で宇宙一つに等しいのですが。まぁそれでも反動の大きさは元来持っている存在質量と規模を考えれば遥かに規模が落ちていると言えます。出力の低下により影響範囲も極小、こちらはご理解されているようですが精々がその肥えたおみ足の下程度です。
ま、要するに暗黒神様が認識しておられるところの踏みつけ。この威力は実霊重量や物的質量には基本的に依存しておりません。暗黒神様が持つ神格のままの威力を維持しております。首輪の影響を受けているのは有効範囲のみです。そして範囲内に入れば逃れる術はほぼありません。例えばの話でございますがひっくり返ってどの姿になって踏んだとて踏まれた側に掛かる圧力は同じです。ですが足が届く範囲は変じます。霊的コストが0である姿などであればそれこそ直接その器で物理的接触を伴う踏みつけ対象程度にまで落ち込むでしょう。
更に申し上げますが両義精霊、極天霊。所謂暗黒魔天に白光魔天がこの物質世界における最高責任者ですが、それも元来は暗黒神様にとっては塵も同然。その下である源祖精霊、三原天霊など論ずるに値しませんね。言っておきますが三原天霊という存在がもつ規模は私よりも下でございますヨ。私だけではなく悪魔の内でも何匹か同等の連中はおります。天陽がいい例でしょう。最高神、高位天使、そういった上級霊素体出自でありながら地獄所属となった悪魔は珍しくありません。
……ああ、暗黒魔天の元へ行かれた際は暗黒神様が下界への不正顕現に近い状態であり肉の器という物質界管理品を使用しているので特攻も入り脆い肉の器の維持は出来ておりませんでしたが。
ですが肉の器が消し飛ばされようとも暗黒神様のご霊体は全くの無傷だったでしょう。寝ていたと認識されている程度には。もし本気で両義精霊が暗黒神様に攻撃を試みたとて傷一つつきゃしません。不可能です。微生物が遥か遠くの星に手を伸ばすより絶望的です。
三原天霊なぞ、逆に踏み潰し過ぎぬようにご注意が必要かと。完全なる霊体生物ですのでうっかり攻撃されれば反動であちらが死にかねません。そうなればこの惑星にそれなりの影響が見込まれます。暗黒神様が意識せぬのであれば核までは及ばぬかと思いますが。これは私にも自信はありません。1秒で塵も残さず消し飛んでも驚きはありませんのでご注意されたほうがよろしいでしょう」
「今、手間暇掛けて時間と言葉も尽くして私がデブって言った?」
「気の所為では?」
ほんとか? そうか? そうかも……?
うーん……。腕を組んで考える。デブ呼ばわりされたような気がしたのだが……話も長かったので半分ぐらい抜けてしまったので絶対に言ったとも言い難い。
お腹を見てみる。………………むにゅり。摘んでみればふにゃふにゃと皮が伸びた。流石の私もこれには危機感を覚える程の伸びである。
「決めたぞ。ダイエットする」
「無理では?」
「する!!!」
できらぁ!!
何だその目は。私だってやろうと思えばダイエットだって出来る。節制し、運動を心がけて脂肪を燃焼させるのだ。スリムでかるーい幼女になってみせる。覚えているがいい。私こそがスーパーダイエッター、ブラックローリングロイヤル暗黒神ちゃんなのだ。
やる気を漲らせて拳を突き上げる。
「食べすぎないし運動するし、私は痩せる!!」
「自らの足で立っていることすら放棄しておられるように見えますが」
「そんなことは……!!」
「…………………………」
ない、言いかけて拳を降ろして無言でクロノア君から降りた。その場で足踏みを繰り返して腿を持ち上げる。
まぁ、なんだ。今のはたまたまなのだ。
「そもそも神の身で何故肥えておられるのかが謎ですが。
神は初めから完成されたものであり変質、成長は無いというのが普通ですので。いつものひっくり返りとも異なりその肉体が間違いなく肥えておられる。まぁそこは暗黒神様であるからという理屈で説明は付きますが。
……ふむ、精神、自己認識の変化により肉の器にもまた変化がある、と。首輪のコストをオーバーしているわけでもなく、これはつまり理外の事象に他ならない。
神のいつも通りの理不尽というわけですか。程々にしておいて下さいネ。でなければギャン泣き致します」
「死ぬほどめんどくさそうだな」
聞いていたのかいないのか、しゅるんと風のような音を立てて黒い渦が巻いて羊は姿を消した。
いつの間にやらエーンエーンと泣いていたアニマル共も消えているし。……まぁ静かになったしいいか。
話は長かったがつまるところ、例の精霊が本当に三原天霊とかいう存在でも私の手が届く範囲にくれば問題なく踏みつけられそうであるという事だ。
とは言っても、私が踏みつけにしたところでどれほどのデバフなのかいまだに私にはちょっとわからんままなのだが。カミナギリヤさんも結構なデバフっぽい事を言っていたしイースさんも似たような事は言っていた。それなりの効果はあるらしいのだが私が実際に戦って踏みつけ前と踏みつけ後と比較できたわけでもなし、よくわからんのである。
この島の戦力を考えてみる。うーん。お偉いさん達は特に戦力追加投入は考えていないようだし実は療養中のウルトはホテル。カグラだって精霊召喚後は後方に引っ込めと言われまくっていた。フィリアもカグラの付き添いである。カミナギリヤさんは防御担当、火力は魔王ズと異界組であり冒険者のおっさん達とギルド嬢達は完全に斥候、偵察、見張りといったサポート役に全振りしている。
「…………ふむ…………」
召喚される精霊はマリーさんによればどうなっているかわからない状態だ。最悪、あのうなぎのようにこちらが召喚したが私を見て敵に回るという可能性もマリーさんは考えておられただろう。海産物と精霊とギルドの三つ巴という状況悪化パターンである。
だが現状、あくまでも対海産物を想定した布陣のままであり、そこに対精霊へリソースを割く様子はない。半端に割くくらいならばという潔さすら感じる。人魚さん達と話しながらも特に別で指示を出す様子もない。
というよりもまぁ…………もにゅもにゅと口を動かす。これは私や悪魔への信頼だとか信用だとか期待だとか、そういった感情による状況なのだろう。ならば私も出来ることはやっておきたいものである。
フミフミと足踏みしつつクロノア君を見上げる。
…………………………よし、保険をかけておこう。ただし無理は強いない程度に。
「なんか程々に剣使えます?」
「…………貴女の為なら」
引退済み物質界史上最強人類最高戦力が再ログインした。保険にしては過剰な気がしなくもないが。




