人魚の海2
「え~と……。巻貝……、巻貝か? なんで巻貝なの……?
巻貝はこっちのもので海は船の行き来とか漁はありとしてこっちも基本的に不干渉……。
……九龍これだいぶきつくないか?
文化圏が違いすぎて協定とかどうとか以前の問題じゃないか?
どんなにガチガチに組んでも多分問題が出てくると思う。義務とか義理とかそういう概念が無さそう。もっとゆるーくした方が後に困らない気がする」
「哎呀、やっぱり無理だたか。めんどっちいコト抜きにして適当に気が向いたら相互扶助程度にしとくアルかな」
「う~ん、むべなるかな。相互理解って難しいね。海じゃ基本的に定住なんて概念もなく弱肉強食だろうしねぇ……」
むっちゃむっちゃとイカゲソを齧りつつ砂浜をホリホリ。でっかい蛤発見。じーちゃんにやるか。
あちらではラーメンタイマーで呼び出した生徒会長を交えつつやんやとしている。だがあまり進捗は芳しくないらしい。まぁ環境が違いすぎて話のすり合わせは一朝一夕で出来るものではないだろう。交換留学生とかそういうところから始めた方が良いんじゃないかというところだ。フィリアはカグラの方へ向かったのであちらの進捗はナカナカと思われるのだが。
実に重たい尻を上げて人魚さんの元へ歩く。僅かに困ったような顔をしている気がする。こちらはこちらで困っているらしい。なんて可哀想。よし、相互理解に私も協力しようではないか。
ようするにだな、今が良ければいいのだ。
「好きにしていいぞ。こっちも好きにするし。
がんばえー」
「あっ! あっちですっごい適当な事を言ってる人がいま~す!」
「クーヤたんそれはそれで後で困るやつ~~~~~~……」
「……ま、よろし。
巻貝はギルド。人魚は海。縄張り認めあう。互いに自由、基本的に敵対無し、都度交渉ネ。海の底に紙を持ち込めるでもなし、今詰めても時間の浪費ヨ。
今は共闘、後は解散。以上ネ」
「……爆速で決まった……俺なんで呼び出されたの……?
寝てたんですけお……」
「うーん、鶴の一声。九龍くんがゆるゆるに」
「終わったかァ?」
じーちゃんがたこ焼き食いながら近寄ってきた。まるで働く気がない。いっそ清々しいまであるな。私もしかと見習っていくべきであろう。
さっとたこ焼きを一つくすねて食らいついた。アッチッチだな。焼き立てと見たね。はふはふ。この身体は熱さにはまぁまぁ耐性があるので実際に熱がっているわけではないが焼き立てのたこ焼きを口に入れればはふはふしないのは失礼というものであろう。大ぶりの蛸足がこりこりとしている。美味い。
あとは照り照りソースの焼きそばも欲しいところだが。
「あら、丁度いいかしら。
よろしくて?」
「!!
マリーさんだ!!」
マリーさんだ!! 大事なことなので二回言う。麗しい……、麗しみが感じられる。月明かりの下、水着姿のマリーさんは黄金に輝く髪の毛も赤く光る紅玉のようなおめめも構成する全てから麗しさが溢れ出している。
真っ白な手の上に乗せられた紙皿の上には焼き鳥が積み上げられているが、その焼き鳥すら麗しく見えてきた。なんというセレブリティとアメージングさ。私の喉をごろごろとしてくる指先がなんとも……おお……。ごろろんごろろんと喉が鳴り始めた。うーん、これはリクライニングタイム。
「エッ。ちょっとまってちょっと待って、聞いてないんですけど。
お前らどこにいるの!? 何してんの!? 海に居るのはわかるけど、マリーたんの水着!?
ていうかよく見たら全員水着!? なんでぇ!? もしかしておにゃのこ達も全員水着!?」
「哎呀、バレたネ。メルトさっさと切るよろし」
「ありゃりゃ。生徒会長、また後でね~」
「ちょま」
ラーメンタイマーは即切られた。どうやらこのリゾート地のことを生徒会長には黙っていたらしい。まぁうるさそうだしな。流石にハブり続ける気は無かっただろうが生徒会長の島から行き来が自由になるまで延々とラーメンタイマーで恨みがましい鬼電してきそうである。なんなら既にラーメンタイマーが鳴っている。女が絡むとうるさいという言葉に過言は無かったらしい。じーちゃんがうるさそうにガチャ切りしている。
「生徒会長は相変わらずか。あのまま一生を終えそうだなァ」
「まぁ童貞のままの方がハングリー精神があって強そうだしいいんじゃないかな?」
「で、マリーベルはどうしたね?」
後ろに立った九龍に両手で包むように顎を覆われた。ゴロゴロ音を楽しまれているのはわかるが鳴るのは止められない。ゴロロンゴロロン。猫好きには残念なことであろうがこの世界に猫というのは基本的に居ない。猫猫族が居るのだから探せば居るかもしれないが。少なくともこの大陸で探索したところには居なかったらしい。触れる家猫など言うに及ばずである。猫代わりにされている。
「準備が終わってよ。カグラの身体では複雑な魔法陣なんて一度が限度でしょう。
それで?
そちらの人魚族はどうしたのかしら」
「本命アルか。ちと起動は待つヨ。人魚から提案あたね。
あの海産物と縄張り争いしてる様子ネ。こちらと共闘決めた上で精霊召喚に干渉する言うてるよろし。
どうか?」
「人魚族が、かしら。それも王族が精霊召喚へ干渉をする、ということね。
…………わたくし達の天魔の時代でも滅多に無かった話よ。
その様子ならクーヤが原因ね。運がいい、と言うべきかしら。ほぼ確定で召喚出来るものが決まったわ。今、この島の条件下ならば失敗はまず無いと言っていいでしょう。
恐らく召喚されるのは深海の大星雲と呼ばれるものよ。巨海精族が相手だもの。人魚族の方でもそれを想定しているでしょう。海というエリアに於いて最大最強と言い切っていい太古の精霊ね。記録された顕現回数は僅か二度。記録と言っても神話に近いけれど。一つは北の白龍族の神話ね。世界を呑んだ大洪水を引き起こした存在とされてその名が残っているわ。もう一つは南の樹霊族の民話。打ち上げられた人魚を救った際にその名を持つ精霊に由来するものを渡され、それを使って精霊を呼び出し敵を押し流したという内容よ。残念ながら渡された、というものに関しては何もわかっていないわ。
……神話でない話でもっとはっきりしているものがもう一つ。ロードがそのようなものを見たことがあるとおっしゃっていたの。あの方は……ご本人が思う以上に高齢よ。わたくし達の時代から見てもほぼ神話の世界の住人だもの。ただ、わたくしが聞いた限りでは恐らくそうだろうと言うだけでこちらは確証はないの。
精霊学の歴史は長いけれど、それでもこの精霊に関しての研究は殆ど進んでいないと言っていいわ。海に属する者達が扱う特異な力、幾度か行われた大規模な観測実験。結果としてそういった精霊が存在しているという事だけはわかっている。これはわたくし達の時代でも、そして今でも変わらないわ。どこの海でも、どの時代でもよ。揺らぎと魔力属性、神の工芸品を用いた鑑定、その全てが同一の存在を示したわ。つまり、海全域そのものを神性呪力圏、支配領域としている単一精霊がいることは確定しているの。
……深海の世界に基本的に神というのは存在しないわ。少なくとも観測された試しは無いの。海を司る神というのは数多く居るけれど、それはあくまで地上で産まれた神々ね。
クーヤやレガノアのような次元違いの例外と言える神はともかくとして、物質界の中にある一つの惑星内で産まれ得るのは意識集合体の神が大半。深海に棲む生命達に意識集合体を生み出す下地はないというのが定説。
けれど、深海の大星雲と呼ばれる存在は汎ゆる可能性を踏まえた上で観測できる範囲から必然的に浮かび上がる姿は精霊としてはあまりにも巨大よ。意識集合体の神々でも余程格が上でなければ話にすらならない。
……深海はわたくし達にとってあまりにも遠い世界すぎる。ほぼ未知の領域と言えるでしょう。直接その目で深海世界を見た者は存在しないわ。水圧に耐えられる魔法と身体、深海の危険な海精族、どれをとっても嘗ての魔王ならあるいはという程度。でも仮説は幾つかあるわ。その中で最も興味深いのが四源精霊の上、アッシャー……物質界層の更に数次元上にある三原天臨界を基盤として存在するという三原天霊の一基ではないかというものよ。意識集合体の神々すら及ばない領域に在る精霊。四源精霊よりも上の存在となるわ。物質界では四源精霊が精霊と呼べるものの最高位。これ以上ともなれば世界の管理者側、と言える存在になるのでしょう。呼ばわるのならば天霊、神霊……星垓、そういった名前になるのかしら。
この三原天霊が如何なるものかを研究する者は多いけれど。
天の精霊、地の精霊というのが概ね共通するわ。そして多くの仮説があるのが残りの一基。人の精霊、狭間の精霊、星の精霊、魂の精霊……色々あるけれど。海の精霊、そして深海の大星雲こそがこれである、というものがあるの。そして海というのは精霊学や神学、魔導において一般的な海だけを指すものではないわ。空間、境界。そういった意味合いをも併せ持つの。真っ白な紙に直線を引く。天が産まれ、大地が現れる。海とはこの直線よ。そういうものなの。
深海の大星雲が本当に三原天霊であるなら、この惑星だけではなく汎ゆる惑星に存在するのでしょう。
勿論、海というもの全てに大元が実際にいる訳ではないわ。あくまで三原天臨界に彼の存在は在る。精霊学に傾倒する者風に言えば海とは彼の影が惑星に落とした影である、となるのでしょうね。仮説通りなら今回の精霊召喚で呼び出されるのはこの海の影が実体化したものとなるでしょう。三原天霊であれば本体は有り得ないわ。それでも充分と言える力を保持しているのは間違いなくてよ。
以上、わかったかしら?」
「あっ、間に合ってまーす」
流れるようなスパルタお勉強会突入。マリーさんは自分が教鞭をとるなんて早々ないとおっしゃっていたが実は教鞭を取ること自体はかなり好きな部類なのだろう。語り合いが好きというか。オタク気質とも言う。
「あー、そういう話はクロウディアにするヨ。問題点は?」
「それはシンプルね。レガノア降臨後から深海の大星雲が顕現した事例は存在しないわ。
あまりにも霊体として上位過ぎるの。どんな影響を受けているのかわからない、というのが最大の懸念点となるでしょう。カミナギリヤのように自己を保っているのか、あるいは多くの神々がそうであるように白化しているのか。
人魚族もそれは理解しているでしょう。だからクーヤを頼ってきたのだわ。いざとなればクーヤに神性領域諸共に踏みつけて欲しいという話なのでしょう」
「クーヤくん、もっとご飯食べるかい?
もっと重量が欲しいってさ」
「クーぼんがそれ以上食うと酒樽じゃろ」
「ジューブンよろし。この頬を見るヨ」
「ムギィィイイイィィィィィイイイ!!!!」
タフタフするんじゃない。暴れた。




