人魚の海
大きな金ダライにちゃぷんと浸かる人魚さんがココナッツにかじりつく。
見た目に反してちょっと、いや、だいぶ咬合力があるらしくバツンと音をたててココナッツは齧り取られた。そしてそこには大きな歯型だけが残っている。実はサメなのかもしれない。
暇つぶしにブラシで鱗をワシワシと洗いながらヒレを眺める。ぬるんとしたヒレは虹色に輝いており時折びちりと跳ねて水を飛ばしてくるのでなかなか油断ならない。む、鱗に虫を発見。摘んで捨てた。ある程度磨きあげ、乾いたらまずそうなので柄杓で海水を掛けておけばヨシ。しかし、人魚というものは見れば見るほど細かいところがどうなってるのか気になってくるな。人体部分と魚体部分の間は一体どうなっているのだろう。あと内臓。
人体の七不思議ともいえる深淵の知識を前に考え込む私の横でヤンキー座りしながらヒレを摘み上げた九龍が顎に指を当てて話を反芻でもしているのか視線をうろうろとさせながらふむと声を漏らす。
「…………よーするにアル。
人魚族からの同盟の提案、いうことアルな?」
「……………………多分?」
通訳はこの私だが自信はない。
言語が違いすぎて陸上で使用されている意味に変換出来ない単語も多く、無理やり意訳すればこうだろう的なものなので。そして私は当然ながら意訳は苦手なのである。というか異界人は言語に関してなんか特殊なスキルがあった筈だが。人魚族相手だと通用しないのか?
私の疑問が顔に書いてあったのか、ああと頷いて何やら考えるように上を眺めている。
「……なんだたか、言語スキルいうらしいがランクあるヨ。異界人なれば基本的に持ってるヤツあるが。
生徒会の連中昔この世界にあったとされるバベルの塔いうのがそういう技術指してたんじゃねーか言うてたネ。
4000年以上前、世界が崩落する前の話よろし。別世界との交流方法が確立されてたんじゃないか、その名残の技術じゃないか、いう話だたよ。世界と世界を隔てる次元壁、嘗てその中にそういう言語変換なり共感覚言語なりの機能持った人工物を設置したんじゃねーかいう考察だったアルかな。それが今も動いてるいう推測ネ。実際、私達でなくとも西大陸北大陸南大陸、どの大陸、どの種族、どの集落でも大抵がある程度お互いの言葉通じるであるからな。人跡未踏の秘境に住んでたようなどう考えても独立言語つかてる当たり前の集落連中同士でも会話出来る。
古い、形違うあれど言語の構成自体も基本的には同一アル。どれほど昔かは知らんアルが、この惑星に文字も言語も一度統一された形跡あるは確かヨ。私達が持つ言語スキル、それがスキルいう形ではなく結界に近い形でこの惑星そのものを覆う規模で展開されていたことある、いう説よろし。まぁ異世界与太話アルな。
ま、今となっては確認のしようも無し。
で、私の言語スキルは中の下よろし。メルトもそうネ。総司は中の中。この辺りはセイトカイチョーが一強ヨ。
セイトカイチョーなら人魚族相手でも情報ロスゼロで会話出来たであろうが。いねーもんはしょーがねーアルよ。こういう時はクーヤ翻訳頼むネ」
言いつつ駄賃のように小さな魔石が与えられた。通訳代らしい。取り敢えず取っておく。貰えるものは貰っておくのである。
「ほーん」
ようするにだ、どうやら次元の狭間におもしろアイテムがある説があるらしい。世の中はまだまだ探索しがいがあるようだ。回収して止めたらそれこそバベルの塔崩壊みたいなおもしろおかしい大波乱が起きそうだな。収集がつかなくなりそうなのでやらないが。
人魚さんの背中に柄杓で海水を掛けつつ空を見上げる。夜明けの気配はまだないが。それにしても同盟かぁ。よくわからんが良いのではないだろうか。海中はどうにも陸上とは勝手が違うようであるし、今後も島を目的にこんな海産物大襲来なんてされていたら命が幾つあっても足りやしない。人魚さんがこの辺りを牛耳って頂ければそこは落ち着きそうだしな。詳しい内容はわからないが、なんか適当に良い感じにするだろう。人魚さんの言ってきた同盟的なものの内容というのもこの海域を自分達の縄張りにしたい、その替わりにこの海での守護を請け負うし今チャレンジ中の精霊召喚にも手を貸そうという感じのようだし。
つまるところあの海産物達は力で来たが、人魚さんは交渉で来たというわけだ。
実際、彼ら彼女らとて猛烈に屈強かつ長生きであるから今は生存するにあたり別段どうともなっていない。だがそれは問題が表面化するのが遅いというだけでしかないのだ。何故なら種族と環境という条件において生命のサイクルが超長期の生物群であるからという理由に過ぎないからである。世代交代の時期がくれば地上の生物と同じく詰むであろう。となればなるほど、ラムレトが言う通りこのような島があるのであれば今のうちから縄張りに入れておきたいともなるのもわかるというものだ。うむうむ。
納得して頷く。そして納得がいけばもう充分だ。後はもうお偉い様同士でのお話となるのであろうし、私はちょっと小腹が空いている。なんか漁りに行くか。あっちではじーちゃんがブラドさんを捕まえてなんか焼かせてるし。サザエか?
「で、クーヤどうするネ?
どっちでも好きにするヨ」
「なんでこっちに来た……?」
逃げ出そうとしたところをとっ捕まってしまった挙句に謎の質問がきた。
私に聞いてもしょうがないだろ。そんな小難しい話を振ってこないで欲しい。小難しい話を振られたので小腹どころか大腹が空いてきた。私のイカ腹が可哀想だと思わないのか。許せん。ジタバタジタバタ。
「いや~、これはクーヤくんだねぇ。僕らと同盟組みたいならとっくに接触あったっしょ。
クーヤくんの異文化交流とこの島があったから来たんだろうし、そうなるとギルドっていうかクーヤくん個人への話だと思うよ。海の人って結構個人主義っていうか、群れ主義っていうか……ギルドみたいにルールで動いてる団体ってあんまり理解出来ないみたいなんだよね。相互共生なら理解して貰えること多いんだけど。
翻訳して貰っておいてなんだけどね」
「島はラムレトのじゃん。私に言われても困るぞ」
この島は確かに作ったのは私という事になるのだが、既にラムレトに給料として支払われたものである。つまり私の裁量する物件ではない。
「島はそうだけどねぇ。島の周囲の海に関しては僕のものでもないっていうか。
住みたいなら住めばいいんじゃないかなくらいしか言う事なくない?
だって海中だよ?」
「まぁそれもそう」
「その辺りはこの人魚くんもわかってるだろうし、完全にクーヤくん個人にお伺い立ててるだけだよコレ。
クーヤくんが爆弾落としたりちょっとえげつない物を渡してきたりしたから多分この辺りを管轄する大物みたいに思われてるんじゃないかな」
と、それまで黙って聞いていたフィリアがこくりと首を傾げた。
「そもそもこの島……生物、のように思われているのではありませんこと?
言ってしまえば巨大な死骸のようなものでございましょう?
あの海産物モンスターとの争いの事も人魚族のみでは手に負えないからこそ精霊召喚の手助けをするとおっしゃっているのでは?
同盟というニュアンスよりも共闘の方が近い気がしますわよ。
この島がクーヤさんの本体として認識されており、一緒に海産物モンスターと戦おうというお誘いではありませんの?」
「あっはっは、クーヤくんの意訳だしありそぉ。なるほど、それなら確かにクーヤくんにこうやってお伺いしてくるだろうね。
つまりサメとコバンザメみたいな関係になろうってお話だね。僕らのこともコバンザメだと思ってるんじゃないかな」
「まぁありそうっちゃありそうアルな。この前クーヤに冒険者用の国語テストと道徳テストやらせたら赤点だたよ。
特に国語の意図を読み取る系壊滅的ネ」
「無茶言うな」
とんでもない勘違いしてないかそれは。人魚さんにちょっと説明したほうが良いかもしれん。
私はあんな海産物共と戦えるような屈強な存在ではない。あともう養えない。そこをわかって貰わねばならん。ぷくぷくと泡を出している人魚さんに向かって言い聞かせるべく指を立てる。
「えーと……」
まずはそうだな……人魚さんにもわかりやすくしよう。組織とかそういうのはあんまり理解されないっぽいしな。ビシッと九龍を指さす。
「父です」
「逆であろ」
謎の突っ込みが来たが無視して続けるようにラムレトをビシッと指さす。
「うーん……母です」
「マジ?
ついに僕の性別もどっか行ったか~」
ついでにフィリアを指さす。
「…………うーん…………ペットの犬です」
「なんでですの!!!」
ギャースとフィリアが火を吹いたが無視して人魚さんに向き直る。
「であるからしてお話は父と母にお願いします。そしてこの島は母にあげた巻貝なのでもう私のものではありません」
僅かに不思議そうな顔をされたが、まぁまぁ理解はされたらしく金ダライの中で小器用に体勢を変えてラムレトへと向き直った。
「え?
これ僕は母の設定のままいくのかい?
流石に草」
「翻訳大人しくセイトカイチョーに繋ぐアルか。
おもたよりクーヤに翻訳適正無いネ」




