夏だ!海だ!戦争だ!!2
奇襲に近い遠距離攻撃による初撃も凌ぎきり、向こうも弾が尽きたか。しかし間隙の静寂は一瞬。
こちらを押し切るべく続けざま島へ上陸を果たさんとする海産物が荒れる波間からにょきにょきと顔を出しながら浜辺へ猛スピードで向かってくる。人海戦術による第二波、しかしギルド側とてそれをただ待つだけの連中ではない。
塹壕や盾の後ろで各々、迎撃の為の一斉攻勢へ転ずる準備は既に終えている。先ほどの面攻撃での脱落者など一人も存在していない。海上でジェットクジラしていた魔王ズも迎撃の為だろう、あの質量の攻撃の間を縫って既にビーチへ上がりあちらを観察するように優雅に歩いている。
荒れる海の中は勿論見通せる筈もなく、ざぶりざぶりと海上へと顔を出し続ける全く未知の生命体である不思議海産物達は巨体も相まって既に海面を埋め尽くすような圧迫感だ。それこそ目の前の海から無限に湧き出てくるのではないかとすら思えてくる絵面を前にしてビーチには唾を飲み込む音一つ上げられぬような緊張感と生存本能に訴えかける原初の恐怖が場を支配している。しかしそれを飲み込んで、受付嬢達も冒険者達も誰一人としてパニックを起こすことなどなく冷静に射程ギリギリにまで引きつけんと無言のままに堪えている。それは偏に、一番前で耳をかっぽじって足を組んで緊張感の欠片も見えない様子で立っているギルド総裁とその横でやることなさそうに右手に火かき棒持って左手で肩を揉んでいるじーちゃんが居るからだろう。
絶対に突破されることはないという信仰にも似た信頼がこの場を支えている。
やがて接近と共にこちらに届き始める奇妙な緩急ある音。ふんぐ、る、たぐ、いん、だか何だか、恐らくは彼らなりの言語なのだろうが会話と言える程の意味がないのか私にもそれは鼻歌のようなものとしか聞こえない。かと言って知性がないなどとは思われないが。単にこちらを会話に足る生物と見なしていないだけだろう。鬨の声というか、士気を上げる為にただ声を発しているだけだ。
うーん、私はどうするか……。今からどてどて走って言いつけておいたコンシュルジュ業務に励んでいる悪魔連中が居るホテルまで行ってもその間が不安だ。しかし、あいつらいつもタイミング悪いな。何かしか私が用事を言いつけている間になんか起きるぞ。呪われているのであろう。地獄から出て物質界で活動中の悪魔連中は基本的にこちらからは遠距離連絡不可能であるし。ラーメンタイマーでも連絡先として表示されないので無理なんだろう。これは恐らく物質的な枷である首輪のせいなのでどうにもならない。
まぁとにかく犬小屋は堅牢な防御陣地足りうる強度なのであるし、すぐ横にクロノア君とラムレトが立っているのは大きなアドバンテージだ。ここは下手に動かず、ここできちっと籠城しておくのが安牌か。夜勤担当ではない一般コンシュルジュ業務は日が落ちるまでなので日が落ちれば悪魔共も何匹かは自由だしな。犬小屋はそこまで保てばいいのだ。とは言っても、悪魔が来たところで隠蔽の意味がないので悪魔パワーで派手に、などとは出来ないのが歯がゆいところだ。東大陸なら構いやしないが、リゾート地を安心できない戦場にしてたまるかという話だ。
「うーん…………」
海底人を見回す。人数的には勿論、正直なところレベルという数値上の戦力の点においても圧倒的な彼我の差である。なんせ不思議海産物連中を右からピックアップしても左からピックアップしてもどいつもこいつもレベルは最低三桁後半である。ようするにブラドさんやクロノア君クラスの古代海底人がアホみたいな数で来ているということだ。こいつぁヤバい連中だぜ!
神様に近いような強さとは言うが、近いだけであって恐竜と同カテゴリらしいので変な理不尽能力はないと見て良いとは思うが。生物として死ぬほど屈強な海底人と思えばいいだろう。……あのサイズのゴリゴリマッチョだと思うと恐怖感が倍増するな。それに、勇者ぱーちーの精霊などのようなものと違って物理属性という事でもあるのでちょっとあの触腕とかが私の身体に掠りでもすると多分私は即死するヤツである。
犬小屋は幸いにもビーチを見渡せるような緩やかな丘陵のてっぺんに作られているので戦場となるであろうビーチ全体が見通せている。ほんとにそこで良いのかと言いたくなるが最前線の波打ち際にギルドの一番偉い連中、そして魔王ズがやや距離をとってその後ろ。そして更に後方に冒険者が各々の武器に合わせてだろう、少し前に出る、ちょっと後ろと各自判断で位置取りを決めておりそして最後方がギルド嬢達だ。私? 私はただのワンちゃんなので。
しかし、水平線まで埋めるんじゃないかと思えてくるような海産物ウェーブと、先鋒を務める海産物が古代海底人的にはただの雑兵だなとわかる程度には奥から次々に姿を現す海産物達の強さのレベルがクレッシェンドで恐怖なのでちょっと悩んできた。私がここに居るとラムレトとクロノア君が子守りをさせられているので戦力が減ってしまう。多少の危険は承知で私だけで撤退すべきかもしれない。
悩んでいる時間はそう無い。既に先鋒の海産物は浅瀬にまで到着しており泳ぐというよりも砂底を蹴る動きに転じている。会敵まで数十秒も無い。ええいままよ、身動ぎしたところでそれを察知したらしいクロノア君がすっと犬小屋の出口を塞いだ。ここに居ろと言いたいらしい。いやでもなぁ。
取り敢えずやれる事としてラーメンタイマーを本で出しておく。
伝令役としてホテルでゴロゴロしている連中に変なのが攻めてきたと伝えて援軍となって貰うのだ。ウルトが良いだろうか。暇してるだろうし起きている筈だ。もしもし、こちら暗黒神ちゃん、ペドラゴン応答せよ!!
「もしもーし!!」
ジリリリン。
あの船の時と違い、正気なのが影響しているのかすぐにガチャリと音がしてウルトと繋がる。
「………………ん?
なんだかキラキラした物からクーヤちゃんの声がします。
あ、ラーメンタイマーですか? 声だけが移動してて面白いなぁ」
海産物はもう来る、すぐ来るあと数秒で九龍とじーちゃんと接敵する。もう細かいところは置いておいてとにかく叫ぶ。出来れば空気を読んで悪魔連中とかにも声を掛けて欲しいし元気そうな冒険者連中も補充して欲しい!!
「ウールトー!! すぐ来るのだ走って来るのだ今すぐ来るのだ変な連中が攻めて来たのだ!!
ジューシィなたこ焼きとイカ焼きと貝汁滴るハマグリパーティにして酒蒸し巻貝に茹で上げられた蟹だーーーーーっ!!」
「…………?
あはは、よくわからないですけど美味しそうですねー」
通話が切れた。
「今の絶対通じてなくて草。あ、ぶつかるよ」
九龍とじーちゃんに先鋒の持つ槍が触れるか触れないか、そこで後ろから引かれたように魚兵士の動きが止まる。ずるりと正中線でその身体がズレた。動かぬ魚兵士を軽く九龍が蹴ると賽子のように細切れとなって波の中に落ちて消えていく。手にしている、無理な負荷によりあちこち折れ曲がった火かき棒を見つめたじーちゃんがポイとそれを投げ捨てた。迫ってきていた海産物達はそれを見て何を思ったのか。僅かばかり動揺したかのように動きが鈍った。
そしてそのタイミングで狙いすましていたかのように受付嬢達が引き絞っていた魔法が一斉に放たれた。今まで私が見てきたトップクラス連中と比較すれば然程の威力が込められているとは思われない火の壁であったが、それも放たれた直後の話だ。クロウディアさんが砂浜に足先で丸く円を描く。受付嬢達が放った魔法を燃料にして更なる魔法が編み上げられていくのが目に見えてわかった。赤い光がクロウディアさんの周囲で渦を巻いて明らかな意図を持った模様を描き出す。
燃え盛る火の中にあっても尚眩い、目を焼くような閃光が断続的に煌めいた。
「ギャボーーーーッ!!」
白く膨らむ爆炎がさながら溶岩のように海へと流れ込む。熱波と水蒸気が周囲を満たした。一拍置いて焦熱を孕む爆風がビーチ一帯を吹き荒れる。犬小屋が揺れた。はやくクールタイム終われと抱えたラーメンタイマーを叩きながらその衝撃に耐える。
現状、クロウディアさんは魔王ではないのだが、それでもぞっとするような威力だった。鬼ヶ島でも思ったがクロウディアさんの魔法は頭がおかしいとしか思われない威力をしてないか? いやまぁ、多分だが今の常軌を逸した威力は受付嬢達の魔法を踏み台にした事で出た火力とは思うが。それでもおかしいのはおかしいのである。マリーさんの魔法は自前の魔力だが、クロウディアさんはきっと周囲の魔力を上手いこと使う事に長けているのだ。実際、ステータスとかこっそり見ると封印されていた頃のマリーさんより魔力値自体は低いのである。魔王ではなくとも技術は技術、失われるようなものではない。周囲に燃料に出来る踏み台エネルギーがあるという前提ではあるだろうが、自分の技術で小器用に最大瞬間出力を上げているのだろう。技術なので当然、維持や乱発は出来ないのだろうとは思うが。
炎が舐める海面はぶくぶくと沸騰し、焼けた砂と海面から放たれるその熱が蜃気楼のような揺らぎで景色を歪める。
「…………やったか!?」
「サメ映画みたいな綺麗なフラグ台詞言うね?」
言う通り、フラグを立てたせいか熱湯となった海の中にゆらゆらと立ち上がる巨躯。一、二、三、その数は見る間に増えていく。真っ赤な身体からブシュゥと蒸気を吹き出し、金色に輝く目がぎょろぎょろと動いた。そして一斉にそのヒレを震わせ、大きな音を立てて海面を叩きながら祝詞を唱え始める。
んぐい、がい、んなむ、ふるる、これにも意味は無いのか先ほどと同じく伝わってくる意志はない。
「奥に何か来たね」
「ン…………?」
言われて奥の方を見やる。確かになんかクソデカいのが居るな。巨体が過ぎてこちらに近寄れていないようだが。
視線を向けて情報を抜き切る前にそいつは静かに海底へと戻っていった。それに付いていくように海産物達もまた一匹一匹、海へと戻っていく。諦めたわけではあるまい、単に体勢を整えに戻っただけだ。思ったよりも抵抗されたから一筋縄ではいかないと見たのだろう。次は準備をして攻めてくる筈だ。
「ところでさっきのデカブツってレベル幾つだった?」
「まぁ一万かなぁ……」
今まで見た物質界生物の中で最高記録だな。さ、逃げるか。




