夏だ!海だ!戦争だ!!
もぐもぐと焼き上げられた貝を頬張りつつ食べ物入れを漁りながらクロノア君にもお裾分けしておく。
金色ビキニという古典的な水着を着たグラマラスな金髪エルフの受付嬢がビーチでぱちゃぱちゃと波しぶきを上げながら駆ける。手に持った大きな浮き輪にお尻を嵌め込んでざぶんと海へ。それを追うようにしてマッチョな金髪チャラ男冒険者がサーフボードを片手に海の中へ入っていく。白い歯が光り輝くようである。……平和だな。なんかサメが来そうな絵面だが。
陽キャカップルを眺めてからエビを剥いてひとかじり。当たり前だが今は海産物しか無いのが悔やまれるな。調味料もバーベキューの方でほぼ使っている。こちらは塩オンリーだ。一朝一夕でどうにかなるものではないのはわかりきっているので文句を口にするほどでもないが。それに海産物の美味しさそのものにはケチのつけようもないし。大変な美味である。塩だけなのが惜しいだけだ。
暫くそうしてまったりとしていたが。太陽が中天から降り始めようかという頃合だった。あっという間に空に湧いてきた分厚い雲が日差しを遮る。呼応するかのように海に一際大きな波が上がった。……ふむ、ちょっと荒れそうな空気があるな。多少の雨が降っても楽しいだけだがスコールはちょっと。犬小屋の中に泥水が浸水したら流石に寝心地が悪い。別荘である海の家も開放感極まってガラス戸や雨戸などはないし、あんまり降ると雨が凌げないのでホテルに追い出されてしまう。別に水着なんだから濡れたって平気だろと言われればそうだが、泥混じりの雨水で濡れるのと海水で濡れるのは不快感が違うのだ。がさがさと食べ物入れを漁って残りの供え物を全て口に掻き込む。カカカカ!
空っぽにして雨が入らないようにひっくり返しておけばこれでよし。
のそのそと犬小屋から這い出る。安息の地よ、しばしのお別れだ。ブルルンと身体を振って砂を落としているとふと影が私を覆った。
「む?」
「やっほークーヤくん!
バカンスはどうだい?」
「ラムレトかぁ……」
誰かと思えば、ここで温泉で減った分の砂を補充したので全体的に斑色のラムレトだった。薄い布をゆるく巻いている姿は水着というより沐浴って感じだが。バーベキューをしている辺りに視線を向ける。撤収しているので片付けから逃げてきたのだろう。
そして波打ち際には九龍とじーちゃんが二人で立っている。手に銛を持っているのが物凄く野生児だな。足首の辺りまで打ち寄せる波は気にした様子もなく、海の向こうを眺めながら何やら話しているようであるが。
「はい、一応渡しておくね」
「ん?」
なんか渡された。二股の木にゴムが取り付けられた、所謂スリングショットとかいう武器だろう。こんなもんでどうしろと。おまけのように水鉄砲も渡される。
なんだ? なんか大規模なサバゲーでもやるのか?
この人数でサバゲーやると確かにちょっと楽しそうだが。水鉄砲のタンクを覗く。補充したばかりなのか、タンクには水がたっぷりと入っていた。
スリングショットに食べ終わった巻貝の殻をあてがい、ぎゅむむと引き伸ばしてみる。私の腕力でも伸ばせる程度のゴムだ。射程距離は2、3メートル程だろう。
取り敢えず具合を見るべく空に向かってびょいんと巻貝を放った。放物線を描いて飛ぶ巻貝が空中でくるくると回る。なんとなくそれを視線で追うが、巻貝は地に落ちる前に軽い音を立てて砕け散った。破片が太陽光を受けて遊色の光を放ちながらビーチへ飛散する。
何かが当たった。
「来た」
ラムレトがどこか嬉しそうな声音で告げる。
座ったままだったクロノア君が動いた。横合いから突き出された右手が私の目の前で握り拳を作っている。その手の中に握り込まれるはぬめりと輝く黒鉄の鏃。
銛、か?
先ほど銛を持っていた連中に視線を向ける。こちらに顔を向けているが、私の横のクロノア君と後ろのラムレトを見て問題は無いと判断したのか再び海の方向へと顔を戻した。その手には勿論のこと銛が握られたままだ。
まぁ九龍ではないだろうとは思ってはいたが。じゃあ誰だ?
当然、考えられるのは警戒されている海の方向だろう。荒れ始めた波間に何かが浮かんでいる。十や二十では利かないだろう。うーん……神霊族、か?
しかしカミナギリヤさん達よりはあの六本足の馬に近い感じがするな。六本足の馬と神の間って印象を受ける。
ここから海までは少しばかり距離はあるものの、ちょっと目を眇めて海中に居る幾人かをピックアップ。海精族、クラスはまちまちだな。鯱に鮫、蛇に蛸。マーマンって感じだ。何の用だろ。まぁ用があって来たのだろうし。いやでもよく考えたらもしかしてもしかしなくても対話はおろか、一切の宣告無しに私に銛を打ち込んできたのあいつらか?
野蛮が過ぎるだろ。近寄らんとこ。
「キタキタキターーー!!
さぁ、始めよう!!」
テンション高くラムレトが叫ぶ。なんといううるささ。一体何を始めるつもりなのだ。銛を握ったままのクロノア君が立ち上がる。
ジェットクジラに乗ったままのクロウディアさんとマリーさんは海上を楽しく走っているが、爛々と光る目が海中へと向けられているしその口元には実に楽しげな笑みが浮かんでいるのが見て取れた。
水着姿のギルド嬢達はバーベキューの鉄板やらをひっくり返して綺麗に並べて簡単な防御陣地に塹壕も掘って作っているし、同じく水着姿の冒険者達が武器を手にして鍋の蓋や鉄皿を手にして油断なく構えている。むむ……?
「神の島を奪わんとするならば力を以て来るがいい!
さぁ、楽しい楽しい戦争の時間だ!!
身体はバラバラにして魂は冥界の砂の一粒としよう! 僕は知りたい、君たちの全てを!!」
ラムレトが声高らかに、心底楽しそうな声音で叫ぶ。
「……………………え?」
その声に応えるが如く。
初手、まさかのクロノア君。
「……………………………………え?」
手にしたままの銛を振りかぶる。仕掛けなどは触れず、ただ一本の槍のように。甲高い、空気を引き裂く音を立てて飛翔する刃先が防ぐように持ち上がった大きな波に大穴を開け、その奥に居た何某かの戦士の胸を貫く。赤い飛沫が波間に消える。
それが合図だった。
ガン、ガン、ガン、鉄を叩く音が海を揺らす。海中からでも響く勝利と宝物を讃える歌声。
野太い声だが、故にこそ肉体の屈強さが伺える歌声だった。ドン。ドン。海中で何か大きな物を叩いている。砂浜を揺らすような重低音がまるで海そのものが上げる声のようですらあった。
波が一気に静まる。落ちる静寂。
一拍おいて海中から何かが雨あられとばかりに打ち上がる。海水を振り切ってその滴で尾を引いて飛来するそれは先ほど私を狙ったあの銛だった。それが砂浜を埋め尽くすようにして、まさしく大波とばかりの壁の如き密度を以て迫りくる。
「ノワーーーーッ!!」
叫ぶ。平和なビーチは何処へ。何がどうしてこんな事に。水鉄砲とスリングショットなんてなんの意味もない。鍋敷きの方がまだ使えるまであった。
即投げ出して犬小屋へ駆け込んで備える。犬小屋は悪魔製なので頑丈なのだ。
備えると同時、連続する凄まじい打撃音が犬小屋内に反響する。飛んできた銛が犬小屋の屋根に銛がぶち当たっているのだろう。皆さんは大丈夫だろうか。いや大丈夫だとは思うが。
犬小屋の中に入ったまま叫んだ。
「私の楽しいバカンスはどこいったのだ!!
もしやサメ映画の導入か!?」
「サメ映画も悪くないけどね!
そりゃあこんな星霊がわんさと居るような神の抜け殻、どんな種族にとっても喉から手が出るほど欲しい島だよねぇ! そりゃこうなるってワケ。
いやぁ、陸上生物からはわからないけど海中はどうしても誤魔化し利かないからね。地続きっていうのも変だけど。
それに地上と海中ってちょっと色々と違うから。深海って人間がどうしても踏み込めない世界だからまだふるーい種族が幅を利かせててね。意識集合体の神々もまぁ無理だから。当然そんなところに居るのは地上の事なんかなんにも知らない、太古から生きてる殆ど神みたいな連中だよ。話も通じるとは思えないかな!
海中って彼らの体内みたいなものだからヤバい島が出来たのはどうしたってわかるんだよね。このあたりの領海の管理者なら嵐の大洋海の人魚族かな。ちょっとどこの血筋かはわかんないけどね。ちなみに基本的に深海から出てこないからろくすっぽ観測記録すらないような連中だよ! 多分僕らが地上生物としては初遭遇になるんじゃないかな!
まぁ古代巨人とかエルフの王族とかよりちょっと未知の領域の生物かな。二代目くん所属の神族来るよりマシと思おうか! とにかく古くて強大なだけで霊的生命体でもないし、カテゴリ的にはあの恐竜くん達と一緒だしね!!」
「なん……だと……!?」
鍋を頭に被りながら慄く。避けるのも必要ないと判断したのかあちこちから銛を生やしたラムレトがテヘペロとばかりに舌を出す。
「じゃあ行ってみよう!!
クーヤくんの海底進出ドキュメンタリーキタコレ!!」
「B級映画じゃないかヤダーッ!!」
鍋を被って犬小屋の中に籠もったまま叫ぶ。ようするにディープワン的な連中が深海からこの島を求めて大挙して押し寄せてきましたではないか!!
私のバカンスを返せというのだ!!




