海開き日和
にゃあだかみゃあだか、猫のような鳴き声を上げる緑色のデカい鳥が浜辺をつくじっては掘り返す。餌となるようなものが無いと判断したのか、ケッ、シケてやがるぜぇみたいな顔をしてばっさぁと飛び立っていった。
「…………?…………」
「なんも無くてウケる」
「えいこせーすい言うヤツか?」
まっさらな浜辺が広がる。再び訪れた島には何も無かった。……なぜ!?
まさか本当に何かしらのトラブルが起きて滅んだのか? まだ何にもしてないというのに!!
「コラーッ!! 何をしたんだー!!」
優雅にビーチチェアに寝転がっている悪魔連中を怒鳴りつける。なんだその美味そうなジュースは。ホットドッグを齧ってココナッツジュースを吸い上げオイルを身体に塗り、これ以上はないってくらいにバカンスしている。
「おや、お早いお戻りで」
「お前か!!」
人型で一際ビーチを堪能しているクソ羊に向かって島に上陸を果たしたらしい小さなヒトデを投げつける。何をしたのだ!!
「暗黒神様のお住まいはちゃんとありますヨ?」
「…………ン?」
言われるがままに浜辺の奥に目を向ける。暗黒神様、と書かれた犬小屋が鎮座していた。……誰が犬だ!!
引っくり返って暴れた。
「ま、冗談デス。
島に来た大罪の医者が小言ばかりでうるさいので。常識を備えた悪魔なんぞ面白くないデスねぇ。
なし崩しにドンパチでも始まれば面白かったんデスが」
「残念、残念」
いかにも残念そうにアニマルというか、妖精っぽい姿をした悪魔がカラリンと果物が沢山乗ったゴージャスな飲み物を揺らした。全員呼び出しっぱなしだったせいか各々で浜辺遊びに興じているようだ。
いや、そんな事はどうでもいい。私がゴロゴロヌクヌクする予定だったホテルはどこにいった!?
「ひっくり返しただけデスよ。我々にはトンネルは動かせませんので。
トンネルを中心層として次元間スライドしておりマス。小言がうるさいので悪魔の力は使わずにこの世界で元々あった大規模魔術の一種の行使になりマスが。
俗語では提灯魔法ともいいますネ。固定材を用意しそこから裏世界に吊り下げる。この場合は固定に使用したものはトンネルになりマス。固定材とした物の強度によって吊り下げられる量は変わりますが、トンネルであれば惑星が消し飛んだとてその座標にあるような代物ですノデ。大抵の質量ならば支えられるので丁度よろしいかと。所謂アイテムボックス製造に使われる技術ですヨ。生徒会長が好きなヤツですネ。
暗黒神様のご領域ですので元々遠視の類ではまず見つかりゃしまセン。浮島のように物質界に浮いているだけの完全なる別世界ですノデ。
直接視認すればというところでしたがこの状態では量子空間、虚数の海を観測できるタイプでもなければまぁ無理でしょう。
お困りであれば元に戻しますガ」
「よし、今から私の家は犬小屋だ」
「プライド無くて草」
そんなもんで飯が食えるか。食えるなら考えるが。まぁようするに世界を支える大黒柱ことイースさんが至極全うな忠告をした為に悪魔連中が渋々となんとかしたという事だろう。素晴らしい。隠蔽どうしようかなぁとか考えてたが考える必要が一切無くなった。言う事なしである。
褒美に後でなんかいいもんやろう。めんどくさくないヤツで。
「アイテムボックスって生徒会長がすっごい技術確立したがってたヤツだよね。似たような神の工芸品はあるけど自力だと再現が難しかったんだっけ。
そういう魔法ってあるんだ」
「ふむ、聞いたことはねーアルが」
「この世界ではとうに失われた魔法技術ですヨ。
南の遺跡でも掘り返せば文献の一つや二つは出るかもしれませんガ」
「南の遺跡かぁ……そういうの多いんだけどあんまり発掘ってしてないんだよね。
今度からそういう依頼回してみようか」
「ヘタなもん掘り出せばめんどいわかりきってたアルからなぁ。
ま、ぼちぼち気にせず掘り返してもよろし」
「これどっからホテルに行くのさ?」
犬小屋に収まりつつ尋ねる。良い感じの具合であるがやはりベッドがいい。
「ではご案内致しまショウ」
優雅に立ち上がりつつパラソルを広げて見せる。なんという腹立たしさ。小麦色の肌に軽やかなビーチウェアに頭に掛けたサングラス、どうみてもバカンスを楽しむ陽キャでしかない。私達があくせくと伝書鳩に徹している間にビーチを堪能しやがって。負けてられない。はよホテルに行かねば。
「ではどうぞ」
言いながらひょいと銃を渡された。
「なにこれ」
「銃ですネ。ピストル。ガン。手っ取り早くドタマをどうぞ」
「今死んでくれって言った?」
「気の所為デス。
その場合はメンヘラ感マシマシに情緒不安定さたっぷりに顔を引きつらせつつ瞳孔開いた顔で全力で縋りついて引っくり返った声音で一緒に死んで下さいと申し上げますので安心してくださいネ」
「何も安心できんけど」
どこに安心出来る要素がある。想像が容易なのも若干イヤだ。
「虚数の海にぶら下げた構造物なので構造物の同位地軸で死ぬのが一番手間が少なく早いのデスが。
しょうがないですネェ……別でトリガーを設定しますので少々お待ちを」
「頼むぞ」
少なくとも銃を自分に突きつけて撃ち抜くなんて手段じゃない行き方でお願いしたい。
指でくいくいと他の悪魔連中に付いてくるように示しつつどっか歩き去って行った。
「神の眷属なのにめちゃくちゃ自由でウケる。これが完全上位存在の余裕ってワケ」
「眷属いうのとあんま交流したことがねーアルがなぁ。
実際のところ、どの程度逆らえんもんネ?」
「ウーン……なんて言えばいいのかなぁ。僕も理解はしててもただのペラ神だからねぇ。
取り敢えず制約によるだろうけどある意味で咎人の枷よりだいぶきついんじゃないかな。
作者と本の中のキャラってくらいの力関係だから。まぁそもそも眷属に対する認識を悪魔くん達をデフォルトにはしないほうがいいと思うよ。あー、ほら。クーヤくんってちっこいミニ生物飼ってるじゃない?
魔物って呼んでるヤツ。大抵の神様ってあれぐらいの存在強度が創れる眷属の限界だよ。
僕のとこの神話だと最高神って太陽の神なんだけどね。その太陽神でも使いとしているのは隼だったよ。ちなみに僕は砂と共に来る者って意味合いのヌホってヤツが使いだったらしいよ。蛇とか蜥蜴とか砂の中に紛れてる小動物全般の事なんだけど。
悪魔くん達みたいにどこぞの堕天使だとか邪神だとか疫神だとかそういうレベルのは普通に無理ゲーだね!」
「ン……。なるほど、留意しとくネ。
クーヤと悪魔連中参考するないね」
「そうしたほうがいいと思うよ!」
ホーン。犬小屋の中で丸まりつつ余所の事を考える。まぁ確かに天陽さんもそれっぽいこと言ってたしな。私みたいに放し飼いにしてるのは普通は居ないらしい。そういうもんか。
「しかし、静かだねぇ。まだ来ないかな?」
「まぁまだ上がってくるないであろ。海中で様子見されとるネ」
二人で波打ち際で何やら会話しているのを犬小屋から眺めつつ欠伸を一つ。存外に住心地がいい。
「暗黒神様、設置が終わりましたヨ」
「おおー」
そんなこんなで犬小屋でまったりしている間に頭を撃ち抜く以外の方法が出来上がったらしい。羊が遠くから声を掛けてきた。じゃあ行くか。もぞもぞと名残惜しみつつも犬小屋から這い出る。
ざくざくと砂を踏みしめつつ並んで歩いて暫く。
「あちらデス」
「む、……小屋……?」
立方体の建物は人が住むような小屋というよりは物置のような印象だが。
差異が極限まで落とされ、情報量が最低限となっているらしい建物はどの面から見てもほぼ見分けの付かないものだ。周囲を何周か回ればそれだけで方角を見失いそうな感じである。
「そうですネ。デザインが浮いているのも困りマスので赤龍の施設を多少参考にしましたガ。
中へどうぞ」
「おじゃましまーす」
「四方に扉あるは妙アルがなぁ」
「ホテルでゴロゴロするぞーっ!!」
突撃暗黒神ちゃん!
勢いよくドアを開け放つとそこにあったのは宙に浮いているトンネルだけだ。トンネルが動かされたというより、地面の方を削ったようであるが。……トンネルって浮くのか。まぁ空間に固定されている穴なわけであるし地面が下がればトンネルは必然的に宙に浮く、のか……?
まぁ実際に浮いているから浮くんですとしか言えないが。しかし、こうしてトンネルが単体で掘り出されてみるとブラドさんが次元孔と呼称していただけあって地面に実際に空いていた穴ではないんだなと感心する。地面にあった時は地面に空いてる穴としかならなかったが、宙に浮かれるとまさしく次元に空いた穴って感じだ。トリックアートのようにぽかりと空中に穴が空いているのだ。そして真っ黒な向こう側には何も見えない。
周囲を回ってみるが、ずーっと穴だけがこちらを向いている。多分だが裏とか横とか、そういう概念がないんだろう。穴という概念に地面という線がくっついてないとこうなるのか。
フクロウの目みたいである。不気味だ。
「床と天井にも出入り口があるんだ?
どっから行くんだい?」
「どこからでもどうぞ。入った扉から違う扉へ入れば出られます。
入った扉へもう一度入れば元の位相へ回るようになっておりますノデ。奇数、偶数デスね。
まぁやってみればわかりますヨ」
妙な事を言いだした。入った扉から違う扉へ……?
「うん……?」
言われるがままに取り敢えず近場にある扉を開けて覗き込んでみる。目の前にあるのは全く同じ、この部屋だった。
そして奥のほう、私の後ろ姿が扉を開けた状態で扉の向こうを覗き込んでいる。部屋にはラムレトと九龍、そしてアスタレルがそのまま立っていた。私の存在に驚いたようにパッとラムレトと九龍がこちらを振り向く。反射的に私もまた後ろを振り返った。
後ろを振り向いているラムレトと九龍、そして反対側の扉が開いておりそこには後ろを振り返った私が居る。思わず手を離した扉がバタンと音を立ててしまった。同じ様に反対側の扉も。
「……………………」
絶句。流石に全員言葉も無い。入る……? この扉の中に……?
そうすると扉の向こうの私達も奥の扉に入っていくのか?
ただのあわせ鏡と言われればその通りだが、あれは明らかに実体あるものだ。
沈黙が落ちる。やがてその静寂を弾き飛ばすが如く叫んだのはラムレトだった。
「コッワ!!!!!」
シンプルな全身全霊の叫びだったが実際それしか言えることはない。ホラー映画の導入だろこれは。
「頭撃ち抜くとトントンよろし。アレか、どこにでも行ける扉を目の前に設置したらどうなるかいうヤツか。
外の音も聞こえね、どの面も差異はゼロ。どうにも浮いてる感覚ある。東西南北もわからね部屋ヨ。
この調子なら床と天井の出入り口も同じように向こうを覗き込む私達見えるなってるであろ。トンネルがゼロなるか?」
「そうですネ。虚数の海に入るのに必要なのはマイナスの浜を超える事デス。
トンネルを0地点に定義しておりますので何十、何百の扉を潜ったところで実際には出入り口がループしているだけで傍から見れば単にその場でぐるぐる回っているだけデスがね。
感覚的にも視覚的に認識しやすいでショ。一度扉を潜れば人は1と数える。向こう側の同じ扉へ入れば2。進めば足し算。引き返せば引き算。違う扉から出れば部屋から出た。つまり=で締める。
入った扉から違う扉へ出れば虚数空間デス。入った扉へもう一度進んで外に出れば実数空間。奇数と偶数デス。わかりやすいですネー」
「これは純然たる好奇心なんだけど虚数空間で島の外に出たらどうなるんだい?」
「個の知覚的には実数空間と何も変わりまセン。命綱がある限りはネ。世界ではなく自分の認知がマイナス座標軸にあるだけデスので。虚数空間内に折り込んだ構造物が認識出来るか出来ないか程度デス。
鏡の中の自分と入れ替わったところでどっちがどっちでも一緒デショ。これは言うなれば意識の基盤を身体のどこに置くかという話でしかない。物質界の矮小な生物は鏡に映り込んだ自分を自身の身体の一部と認識出来ないが故に覚える恐怖なだけデス。意図的に明晰夢を強制的に見せられているとでも思えばいいでショ。実際、やっている事は魔術魔法なりで個の意識に干渉したものではなく錯覚を利用した催眠が近い。慣れれば建物を介さずともずらせますヨ。例えば下働きであればペラ神時代は間違いなく実数空間とは異なるただの空想軸ですが正しく自分の延長でショ。同じ虚数事項デスよ。
虚数空間、裏世界というのは空間に落ちる影みたいなもんデス。
物質界という次元は一つの空間である以上は面である、というのがこの魔法の理屈デスね。そして面であるならば裏側にも空間があり、そこは独立する一つの亜空間である、という事で編み上げられた代物デス。
時間という前に進み続ける軸があるのならば人が戻れぬマイナスの軸も存在し、そして方向があるのならば面も同じく方向がありそこはマイナスで定義される空間である。即ちそこは物質という実数の裏側。そして実数空間にある実体が映り込む虚像が虚数空間にあるのならばそれは人造物が虚数に作り上げられているということ、即ち人が干渉出来る領域である。であれば0地点となるものを実数空間に定義し固定し、そこから構造物を吊り下げて亜空間に折り込むこともまた可能である。
ま、トンネルであれば座標の漂流はありえませんので0地点から命綱が外れる事もない。
固定が甘いか、外れるかすれば無限に続くあわせ鏡内部で意識の基盤がどこまでもスライドし続けマスので構造物からの落下もありえますが。そうなればまぁ永遠に落下し続けるかバグって同地点を繰り返し続けるか、確率が高いのはその辺でショウ。命綱というのは空間の面に打ち込んだ楔。宙に浮いているというのは正しい。重力、時間、空間、次元、そういった線を全て外すのが前提ですからネ。トーテムみたいなもんデス。自己意識の羅針盤持たぬなら戻れる可能性は低いデスからね。
発展前に事故にしろ事件にしろ発狂するのが後を絶たないので禁忌魔法としてアイテムボックスサイズが精々のまま技術封印されましたが些細な話デス」
「解説ありがとうね。コッワ!!!!!!!」




