おいでませスパ&リゾート地ドリームランドへ
「全く……軽率に明かされたところ悪いがね。
はっきりと言葉にしない優しさというものも世の中にはある」
「ほーん」
複雑な世の中だな。五本目の焼き鳥を頬張りながら骨だけになった哀れな串をがらりと壺に投げ入れた。ねぎまも良いが砂ズリもいいな。七輪の上で焼き上げられていくつくねにブラドさんがたっぷりとタレを掛けていくのを眺めながら次なる串を求めてメニューを開く。私もマリーさんもクロウディアさんも九龍もラムレトも全員食べる専門なので必然的にブラドさんが串の面倒を見ている。
まぁそれはいいとして、食物資に余裕はない筈なので後で補充させていただこう。トンネルあるしな。ギルド総裁の財布で。
こめかみを指先でぐりぐりとしつつマリーさんが麗しいお顔を上げる。うーん、アメイジング。そしてミステリアス。マリーさんはいつでも麗しいのだ。
「……………………いいでしょう。知識の探求者としては、全く、本当に、納得がいかないけれど。
真理とは往々にしてふとした拍子に手に転がり込んできたりもするものだわ。
問題はそうやって手に入れた真理をどうするか。この手で知恵の果実を腐らせる事こそ論外だわ」
「まぁ、そこは余も同意するが。これ以上小娘を突付けば何が飛び出してくるかわからん。千年の探求を虚無にされかねん。
余はもう聞かぬぞ。後で観察ノートを読む故、まとめておくがよいわ」
「それは私に言っているのかね?
私にその辺りの知識はない。おチビの語った事を全て記帳させていただくが。
しかし、多少気になるね。君の眷属がした事によって魔族と竜種の現状があるということか。
混沌属性というものが我々の知識にある黒のマナの事だとは思うが。
……地獄か。私の現役時代での神秘学では罪を犯した者が死後に流れ着き罪を贖う場所とされているがね。復活、転生、解脱、昇華などと言い方は様々だが裁きによって選ばれた者は苦しみの無い世界、天国……楽園に行けるというものと合わせて時代、種族、国、地域によって名称が変わるとも凡そ似たような死生観は常に存在し、生前の行いによって人は死後に大いなるものに裁かれるというものは数多くある死後に関する思想体系の中でも主流と言えるものだと。人生への報いがある筈という考えだな。
冥府、獄界、ゲヘナ、シバルバー、ドゥアト、ナラカ、代表的なものだけでも語ればキリはない。
西大陸では広く地獄と呼ばれていたものであり、君の眷属も地獄と呼称していることから我々は君が持つあの腕輪と次元孔を地獄と呼ばせて貰っているが。
君は意識していないのだろうが、あの腕輪は腕輪に見えているだけで実際には神秘学において人に根源的な恐怖を齎すとされる要素を内包した門である、というのがマリーとクロウディアの見立てだ。巨大、不可逆、未知、永遠、穴、その五つがそれとされるな。地獄の門と言えばそれらしいと言わざるを得んが。
とは言ってもそのような話は私にとっては眠くなる教科書を読み聞かされているようなものでね。
重要なのはそれが黒のマナを持つ別世界として独立している、ということだ。そこに行けば魔族も竜種も嘗てと同じ力を奮えるという事になるのかね?」
「まぁそうですな。でも生身で直接地獄で活動とかだとしんどいんじゃないかなぁ。
えーと……ちょっと待つのだ」
ボンジリが焼かれている七輪の横に地獄の穴を据える。トンネル機能を付けない非実体化状態の腕輪は特にどうという事もない地獄のトイレでしかない。
生体保護改修をしてしまったトンネルでは生物に対する悪影響が無くなったが、それと引き換えに改修工事内容の都合から内部に入ったところでそこは物質界となんら変わりがなくなってしまっている。何せ物質界をそのまま摘んで引き入れている形への改修工事なので。トンネル内部はつまり地獄の中を通っているだけの物質界なのだ。
というわけでブラドさんが言うように魔族や竜種が黒のマナを使えるかどうかを確かめるにはトンネル化していない地獄の穴から、まぁ、サイズの事は今はいいとして取り敢えずこちらのルートから内部に入る必要があるのだ。
というわけで実験としてボンジリを一本握って地獄の穴に半分ほど突っ込んだ。30秒待ってから引き出す。どろりと煮崩れて泡立つ真っ黒な物体がぶら下がっていた。変な繊維や臓器のようなものや、崩れかけの目玉みたいなものが吊り下がって揺れている。異様な刺激臭に立ち上る煙。ぐじゅるぐじゅると糸を引きながらぼたぼたと落ち、落ちたものはその衝撃で赤い粘着質な糸となって机にブワッと広がる。
そして鱗や爪や、そのようなものを生やして動かなくなった後に石炭のように真っ黒なブツとなってしまった。
「うーん……ブラドさんなら1時間は頑張れると思いますな」
「そのボンジリに起きた事が生物にも同様に起きると私は確信している。絶対に断る。
私はその気色の悪い不気味極まりない嘗て人だった何かの物質となって死ぬなど御免被るね」
「ウケる。さっきのふっつーに命の危機だったヤツだね!」
「クーヤ、食べ物無駄にするないヨ」
「む」
確かに。ボンジリだって美味いのだ。ちょっと眺め回してから口に入れた。
「ワ……」
「それを食うのか」
ブラドさんが唖然とした顔で突っ込んできたが、美味しいボンジリを無駄にしてはならないとなったのでそりゃ食うしかないだろう。
ボソボソねとねととした口当たり、苦くもあり甘くもあり辛さと渋みと酸っぱさと生臭さが鼻に抜けていく様はまさに七色吐息。一見無事に見える串の下の部分も無事なのは外見だけのようで地獄で汚染された部分と味は全く変わらなかった。
毒物判定なのか、やたらと口内へ刺激がある。電気のような感覚というか、噛むとパチパチしているのだ。うーん……。
「まぁまぁふぁへふな」
「まぁまぁにはとても見えんがね」
「……………………」
「九龍くん、ちょっとその好奇心は仕舞っておこうか。キラキラしてもダメ。
僕でも死ぬのがわかる食べ物モドキだからそれ」
非難轟々だ。別に悪くはないと思うのだが。積極的に食いたいかと言われれば一本でいいやという味であることは否定しないが。
程よく焼けたつくねを奪い取ってモギモギモギ。次はササミとハツにするか。あと鶏皮。
「いや待て、物質界という一つの世界がここ一つとなり果てている事は異界人、揺らぎの観測、神々の様子から証明こそ出来ぬものの前提となっておった。小娘がさらりと子が産まれぬ、死ねぬという詰み要素の秘を明かしたのはともかくとしての。
魂が無い事で宇宙が縮小されているという事はじゃ!
マリー、やはり多元時空理論に於ける並行宇宙は存在せぬのではないかえ? 小娘の言う宇宙とは字句通りのものを指してはおるまい。
世界とは終焉後から観測される水面に投影され続けるだけの拡張された仮想夢である、フェイムスの理論も存外に胡乱な狂言ではないと見るべきじゃ。アレクサンドライトの事もそれで説明が付く。時間旅行者の存在とアムタールが提唱した並行宇宙の理論は両立し得ぬ。
可能性を切り替える毎に発生する並行宇宙が在るのならば時間旅行はただの横移動に過ぎぬ次元間ジャンプじゃが明らかにアレクサンドライトのアレはそうではなかった。言動もまぁアレじゃったがあやつはヴァステトの空中庭園を周回とかいう魔王でもせなんだような真似をしておったが、あやつはアレなりに世界の為に動いておったのじゃろう。業腹なれど余を封じたのもその一環であったはずじゃ。……封じられておらねば、余は死んでおったのであろう。
一つの枝葉を盆栽の如く整形し曲げては伸ばし、恐らくじゃが今の状態に至るまで成長させる事に心血を注いでおったのじゃろう。とにかく枯れ落ちる事だけを避ける、終焉の可能性の排除という形でじゃ。こうなればクロノアは共犯者じゃろうな。あやつもあやつで加担しおる筈じゃ。アレクサンドライトだけではやっておるまい。
つまるところじゃ、時間旅行者の主観では巻き戻っておるが実際には巻き戻っておるわけではなく世界は連続性を保ったまま切り替わると見るべきじゃ。世界は並行する枝葉ではなくどこまでも伸びる一つの枝じゃ!」
「いえ、それは些か短慮でしょう。そもそもの話だわ。わたくし達は万象を表すものとして樹木のようなものを想定してはいたけれど実際には違うのではなくて?
夢の中で時空管理者と賢者に導かれて真理を知ったというフェイムスの理論は確かに妄言などではなかったと見るべきだけれど、魂……魂核が不足すれば世界が縮小し続けるという事は逆に言えば生命が産まれる事で宇宙は拡張されるという事よ。
つまり、可能性が増える事で宇宙が産まれるという理屈そのものは正しいと見るべきだわ。並行宇宙の存在も両立している、と考えましょう。植物の中に道管が通っているように、お前が言う通りどこまでも伸びる枝の中に幾つもの細かな並行宇宙があるのではなくて?
そしてこれは今までの並行宇宙という概念とは違う、別の認識をすべき存在だわ。東の土着信仰にあったように魂とはそれ一つで宇宙である、枝を構成する宇宙とは即ち個の生命体。世界が軸なのではなく魂が軸と見るべきだわ。歴史は重要ではないのよ。
そして魂の次元と物質界の次元、これらが別に存在しているとすれば外から見た世界は樹木ではなく球体に近いものである筈よ。クーヤやレガノアのような存在がその中心に最も近いものであり、わたくし達の認識する魂とは中心部から幾つか外側の次元に存在し、物質界とはその球体を覆う実体持つ被膜だわ。恐らくクーヤとレガノア、生命の坩堝が在る中心部は球体から離れて宙に浮くという形質だったのでしょう。球体に極小の穴が空いたカタチをしていた筈だわ。真円に近いドーナツが正確な形状だったのではないかしら。宇宙という枝は中心部から放たれる光。そして魂から投影されたものがその光によって被膜に映り込み、活動しているように認識される。そうではなくて?」
何やらテンション上がってきたらしい魔王ズが隣でむちゃんこ難しい話をし始めている。耳を塞いでおこう。聞いてると煙が出てくるしな。
「そういやリゾート地を作ったので水着を用意して来るように」
「ああ……そこの頭の変な神の担当支部となったドリームランド支部だったか。あのタンザナイト塩湖のネームドをどうにかしたのだろう?
海辺としか聞いていないがね。水着か……私はあまり水に濡れるというのは好ましくないのだが」
「バーベキューとかも出来るぞ。あと豪華なホテル作っといた。それとラムレトがドラゴンズと魔王ズにダンジョン的なアトラクション作ってもらうつもりらしいぞ」
「また派手にやっているな。大丈夫なのかね?」
「ム?」
「神々に目をつけられんかという話だ。元々観光名所でもあるのだろう。人間の観光客も多かろうに」
「あー、それねー。僕も悩んでるんだよね。いやでもノリとはいえ、やってもらっておいてやっぱり今から更地にしまーすもないっしょ?
なんとかなるかなぁ……九龍くんなんとかなりそう?」
「なんとかなれー」
「棒読みで草。お手上げ感すごいね!」
「権力と金と暴力でなんとかなる分野であるならなんとかするが。
こればっかりはどうにもならね。悪魔頼りヨ」
「ムムム!」
そういえば隠蔽なんて一切考えてなかった。確かにあんな島が丸出しなのはうっすらと問題しかない気がしてきたな。悪魔の尻を叩けばなんとかなるだろうか?
今からでも尻叩き用にハエたたきを買っておくか。




