生産計画(採算とコスト)
「今いるのは……マリーと……クロウディアか。ツッコミ役も在宅となれば実に程よい人選だ、運がいい。ギルドはカグラとフィリアで充分だろう」
放置しておきたいが禍根を残さぬよう話はしておかねばならないという謎のセリフを言いながら摘み上げられ良いように運搬される暗黒神ちゃん。ぶーらぶら。
この街、いや街という規模ではないが……とにかく人々は日々のスケジュール表である程度管理されているらしく住人の名前が書いた板には手書きで居場所と行動内容が書いてある。
まぁ綾音さんの電波テレパシーのような力や交信球なんかは早々ないだろうしな。アナログな連絡板といったところ。ブラドさんの言う通り、マリーさんとクロウディアさんの欄に在宅、ゆりかもめ亭と書いている。ゆりかもめ亭ってなんだろ。食べ物屋っぽい響き。りんかい亭というのもあるようだが。
……休みが何人か居るな。許せん。追加ノルマを書き込もうとしたところでそれを察知されたらしく摘み上げられたまま遠ざけられた。
「もぎゃー!」
「これ以上のブラック化は避けたいのでね。大人しくしたまえ」
「ぐぬぬ……」
そのままくるりとスケジュール表から離れて何やら手に持ってパキンと割ってみせる。魔石だろうか?
「信号弾のようなものだ。残念ながら私には魔法、魔術関連の素養はないのでね。
こうして魔石を割ることで向こうに感知して貰うわけだな」
「まぁブラドさんはそれっぽいですからな」
「おチビの中で私の位置づけが気になるところだな。
魔法が使えんことを気にしたことはないが、モテモテの美男子にして世界が羨む紳士とは紐づけておいてくれたまえ」
「犬くさいおっさんとな」
「何を言うのかね!
相変わらず男女の機微など些かも知らぬ幼児体型おチビだな!!
この溢れ出る色気と魅力がわからんとは、これだからおこちゃまなのだ!!」
「なにをーっ!!」
暴れた。
腹立たしき犬おっさんに一泡吹かせるべくじたじたとこれでもかとばかりに暴れ散らしてくれる!
「全く!! 釣り上げた魚よりも酷い暴れ方だな!!」
「ガオーン!!」
「なんじゃ、仲良く遊んでおるだけかえ?
呼び出したのはそちであろうに、用向きが無いのであれば帰るぞ?
余は忙しい」
「む」
クロウディアさんだ。仕方なく暴れるのをやめて両手両足を丸めておく。
「小娘に……異界の黒髪の小僧とは別に異界の神とやらが来ているとは聞いたがのう。
まだ其奴のツラを拝んでおらんがどこぞへ行きおったのじゃ?」
「知らん。大方赤子に追い回されているのだろう。ついでに言っておくが奴にツラはない。
私は私で赤子から解放されたばかりだ。
私もようやく食事にありつけるところだというのにおチビが妙な事を言い始めたのに付き合わされたのでね。
魔導学にも精通しておらず魔王や神話の事にも詳しいとは言えん私一人で流すよりも巻き込んだ方がいいと判断した。おチビから聞いてくれたまえ。妙な事を言っている」
「小娘がか?
………………ようわからんのう。まぁ食事がてら聞き出すとするかえ。余らも食事をしておったのでな。
ほれ、いくぞよ。全く、マリーのヤツめ、じゃんけんで負けたほうが様子を見に行くじゃと?
珍妙奇天烈な勝負を持ち出しおってからに」
「じゃんけんならば異界の連中に言え。広めたのは奴らだ。
とは言っても言い出しっぺは来ていないらしいがね」
「ごはん!!」
ごはんだごはん!! ユグドラシルの久しぶりのジャンクフードだ、堪能せねば。何故か私を問い詰めるみたいな事を言っているのが多少気になるが。変なことは言ってないぞ。
まぁ誤解は解いておかねばならんからな。このトークぢからでわからせてやろう。
「別に大したことは言ってないですわーい!! 前の私の死体を潰してリサイクル工場にしてみようってだけですぅー!! 復元体でもない原版だから潰せば良い感じなのだ!!
ごはんをよこせーっ!!」
「……………………確かに妙な事を抜かしておるな。ちと聞き出した方が良かろう。
前の、死体じゃと?
元勇者は語らず、聖女も知らず。こちら側で全てを把握しておるのは悪魔ぐらいであろうが彼奴らもまた余らのような物質界の生物と語り合う程の優しさは無い。
余らとて憶測のみで詳細は知らぬが……小娘の語る前の死体とやらが厄災の種であることは明らかじゃ。
うむ、行くぞよ」
クロウディアさんにまで襟首を掴まれた。説得に失敗したらしい。ぐえー。
「何しとるネ」
「おっはー!
いやあ、人の子ってすっごいね!?
体力無限にあるよアレ!!」
「不動の二位と四位ではないか。四位はともかく、二位も魔力の感知が出来るようになったのかね?」
「できね。単に音でトラッキングしてるだけヨ。
不自然に動いたから来たよろし」
「こちらはこちらでまるで意味不明な事を言っているな……」
「ウケるよね。ところでどうしたんだい?」
「同じ話を何度もするのはしかねるね。
とりあえずマリーのところに行くぞ。話はそれからだ」
というわけで私は摘み上げられたままでの運搬となり皆さんがやんやと言い合うのを大人しく聞くのみである。
「余が悪魔と踊る娼婦と呼ばれる魔王、クロウディア=ノーブルフラームじゃ。
お主が異界の神とやらじゃな。ふむ……文字通りの意味でほんにツラが無いとは思わなんじゃが……。
面白い生体をしておるのう。調べてみたいところじゃが……」
「そう?
君のサイズを計らせてくれるならいいよ! これぞウィンウィンってワケ!!」
「サイズぐらいなら構わんわ。よし、では後で余の研究室に……」
「老婆心からの忠告だがね。
クロウディア、そいつに必要以上に構うのはよせ。場合によっては後で泣きを見るぞ」
「なんじゃ、こやつが祟り神の類だとしても余が己の限界を誤ると?
異界の神とはいえど余が無様を晒すとでも言うのかえ?」
「違う。それ以前の問題だ。こいつは図体はデカいが中身は幼児と変わらん。
性格と体力という点ではおチビよりも酷い。構ってくれると思われれば24時間不眠不休で構って構ってと纏わりついてきて食事の時でも寝ている時でもこの図体のままへばりついてくるぞ。
ノイローゼになったのは今季だけで六人目だと聞いている」
「……そういう方向かえ……?」
「そういう方向だ」
「キャッ!!
ブラドくん酷くない!? 僕はちょっとだけ遊んでほしいだけですぅー!!」
「事実であろ。付け加えておくアルがもう七人目が出たよろし」
「流石10年前、モンスターの街に来た折に僅か1ヶ月の滞在で三人潰した神だな」
「てへっ! 構ってちょ!!」
アホな会話は置いておいて、ぶらぶらと足を揺らしつつ暇なのでクロウディアさんに尋ねてみる。
「ここなんでこんなベビーブームなんです?」
「さてのう。小娘が離れてからはや一月程か。少し前にこの世界では最早奇跡と言って良いことが起きたのよ。
西の民の女からまっさらな赤子が産まれた。西の民の氷族の女でな。
生まれ変わりではない、新品の赤子じゃ。
最初は霊場じゃからかと推察したが……氷族の女を皮切りにそれがまぁ種族問わずぽこじゃがと産まれやる。奇跡も起き過ぎれば必然じゃ。これはもうとりあえず小娘が原因じゃろうとなって棚上げとなったが問題はその後よ」
「ふむふむ」
「……………………否定せんという事は思い当たる事があるようじゃの。神々も世界の事も余らはまだまだ何も知らぬということか。喜ばしきと言うべきか。
とにかくじゃな、余も永の封印によって世間知らずとなっておったわ。簡単に言えば余が思うておった以上に奇跡だったということよ。この街のやさぐれた連中が涙を流して神に祈りを捧げる程度にはな。
それでな、これが大問題になりおった」
「何故に……?」
特に問題が起こる要素なくないか?
暗黒神ちゃんが頑張った証だというのに。暗黒神ちゃんは頑張って生きています。
いやまぁ魂核生成に関しては別になんかしてるわけではないのだが……。勝手に出来るやつなので。そこに特筆する努力要素は特にない。
話を聞いていたらしいブラドさんがため息と共に答えてくる。
「君がこの辺りに関して眷属からどう聞いているかは知らんがね。
正真正銘の純然たる新しい赤子が生まれるというのは四千年前の次元断裂以降、ただ一度しか起きていない。ほぼ起こり得ない奇跡的な事象だ。
最後に産まれたその赤子は残念ながら体質も弱く臥せがちで短命だったが……妊娠中からその死後までの経過が詳細に記録されている。ヴンダという男だったそうだ。生国で奇跡という意味合いだったそうだがね。
これはそういうレベルの奇跡だ」
「四千年!?」
ちょっと予想外の単位きたな……。いやでも、有り得るのか。私が死んだぐらいがそれぐらいだろう。死んだからってすぐ無くなるわけでなし残っていた筈だが。
しかし物質界という球体の全てと考えるとそんなもん誤差みたいなもんで新規分なんて一瞬で使い切るか。当時の物質界はそれほどに巨大だった。なるほどなぁ。
「子を望むものは多いがそれはこの世界に生きる者にとってもはや夢に見ることすらない遠い奇跡だ。
場所によっては数十年が空白など珍しくもないのだよ。
だが、どの種族も今までも妊娠自体は出来ていたのだ。ただ、ほぼ魂が宿らず形を成さない。時折前世を覚えている者が産まれる程度だった。
ここは場所も場所だ。見ての通りなのでね。全員の生活を賄えるような場所でもなければ状況でもない。場所は教えられない、魔術を用いて全てを秘匿前提で妊婦本人のみ、それでも保障は出来ない、という最低限での条件付けでギルドの支部を通じて何人かにコンタクトを取ったようだ。
その条件を飲んだ女性たちを受け入れて今の状態がある。
…………まさか百発百中とはな。想定を超えていた。そして久方ぶりの赤子の前に我々が出来ることは何もない。おチビの労働であればストライキも辞さないがこれはそうもいくまい。赤子は何よりも大切にされるべき存在だ。
しかし、慶事も相次ぎ喜ばしき事だが赤子というものがあれほどまでに無限の体力を持ち合わせているとは思わなかった。凄まじい生命力だ。恐れ入る。私は寝不足だ」
「がんばえー!」
「がんばってねー!」
「精々面倒みるヨ」
もしかしなくても間接的に私がギルドのブラック化の原因であった。目の周りが真っ黒な犬耳おっさんをこの後は帰還予定の三人で真心込めて応援させて頂きます。
「ふん、しっかり子守りをするがよいわ」
「君にまで頼もうとは思わんよ。私は女性に配慮する紳士だ」
この街に住んでいる筈の魔王様には手伝う気は無いらしい。
辿り着いたゆりかもめ亭の氷扉をラムレトが押し開いて摘み上げられたままの私はくんくんとひとかぎ。脂と肉とスパイスのジャンクな匂いが立ち込めている。じゅるり。
コーラっぽいものにナッツでも入れてみるか。




