変化と流行(24時間働けます)
ラーメンセットを持ったまま未だに悩んでいるらしいパトロン様とドーナツをもっもっと咀嚼してぶっぶと粉を吐き出すバッカルコーンみたいなパトロン様には防寒スリッパをお出ししておいて、いざいざいざ!
暗黒神レッグに火を付けてギルドへ猛ダッシュである。
「マリーさーーーーん!!!」
何を置いてもまずは麗しきマリーさんにご挨拶せねば!!
叫びながら氷の上を走り抜ける。あまりのことに足がぐるぐるになっているが些末な問題であるからして。
ざっと周囲を見回し、何やらギルドに密集中。よしよし、手っ取り早くてよろしい。
「おーぷんささみ!!」
ばったーんとドアを開け放つ。3秒ほど眺めてからドアを締めた。
「クーヤさん!? 今なぜ閉めましたの!?
クーヤさんでしたわよね!?」
「おチビだと……!?
幻覚、ではないな……!! 君はおこちゃまなのだからこんなのは得意分野だろう、なんとかしてくれたまえ!!」
建物はなかなかの防音力なので微かではあるものの、ドアの向こうでやんやと叫び声がしてきている。
フィリアとブラドさんと思われる二人の声のみならずそれを塗り潰すが如き地獄の一丁目かと言いたくなるような恐ろしい声と共に。
「アーアーキコエナーイ」
そっぽを向いて口笛を吹いておいた。まさしく限界ギルドって感じだな。トンネル堀りからは解放された筈だというのにこんな有様ということはもう呪われているのであろう。
よし、何も見なかったことにしてとっとと逃げるか。ドアにドリームランドのチラシを貼っておこう。わざわざトンネル開通報告を口頭でする必要もないし。
くるりと振り返ったところで目の前に異界組が立っていた。むむ、追いついてきおった。
「クーヤくんどうかしたのかい?
おっはー、メルトアルストラムレトだよ!」
「あっ」
止める間もなくドアが再びご開帳。そして雪と氷で作られた分厚い壁とドアに封印され籠もっていた声が鼓膜を直撃する。
「ホギャアアアァァァア!!!!」
「ぶえぇぇぇえぇえええ!!!!」
「おんぎゃああぁぁぁあ!!!!」
「はいさよなら~」
ドアは再び閉じられた。が、内側から即座にドアが押し開かれる。
「ふざけんな逃げんじゃねぇよ!!」
むむ!!
カグラか、こやつだけならまだなんとかなるな。見たところ限界ギルドすぎてすぐに動けるのがカグラくらいなのだろう。再び開かれた地獄の門を閉じるべく掛け声と共にラムレトと一緒にドアを押して抵抗するカグラと押し合いながら少しずつ閉めていく。やはりこちらが優勢だ。このまま一気に押し切る!
「オーエス、オーエス!!」
「エイサー、ホラサー!!」
掛け声は全く合っていないが大事なのはタイミングだ。
ほんの一押し、もう一押し。次の押し合いで決着が付く。既に勝敗は見えた。カグラ、お前はよくやった。その心意気に免じて一気にケリを付けてくれる。
ラムレトとタイミングを合わせてドアを押し戻そうと僅かに身を引いた瞬間、手に入れた筈の勝利が遠ざかる。なん、だと……!?
向こうにフリーとなった増援部隊が到着してしまったのだ。なんてこった。
「この……!! このぉ……!!」
フィリアか、いやフィリアならば押し切れる。ラムレトを見上げれば力強い頷き。いける。
「あれ? なんか面白いことしてます?
僕もやりたいなぁ」
「ぬぐ…………っ!!」
しまった、最悪の増援が向こうに付いた。ミシミシとドアが悲鳴を上げる。ぐ…………支え、きれないか…………!?
踏みしめた足がじゃりじゃりと後ろに下がっていく。真後ろにいるラムレトごとである。なんというパワー。破壊竜があちらに付いたのならば最早これはワンサイドゲームでしかない。後は如何に粘れるかでありこうなれば撤退すら視野に入ってくる。
ドアを離して一目散に逃亡ダッシュ、それが最善手すら有り得る。
「うっそぉ…………!!
僕押されてるぅ!?」
ラムレトが叫ぶ。そういや破壊竜なウルトとは初邂逅かこいつ。ウルトは基本的に話し合いなんかには不参加だし。このデストロイドラゴンはパワーもそうだが単純な体重だけでも我々を圧倒できるのだ。人型でも竜の体重据え置きなんて芸当が出来るらしくマジでただの壁になれる。即ち、向こうに居るのは体重トン超えの筋肉の塊である。
勝てるのは…………揃って同時に後ろを振り返る。
クソ怪力ジジイはラーメンセットをまだ持って悩んでいた。使えそうもない。揃って再び前を向いた。
「ぬぬぬぬ…………!!」
「やぁーーーだーーー!!!」
「オーホッホッホ!! 観念なさいまし!!
私達と大人しくここでガラガラを24時間振り続けるんですのよ…………!!
月月火水木金金、24時間戦えますがスローガンでしてよ!!」
「慣れりゃぁ大したことじゃねぇ……、無限に哺乳瓶にミルクを詰め替え続けろやぁ……!!」
隙間から目の周りを真っ黒にした限界フィリアが顔面を突っ込んできてこちらに向かって叫んだ。
その下には同じく目の周りを真っ黒にした限界カグラが並んでゲゲゲゲと笑っている。
なんという恐怖。絵面がヤバすぎる。人間怖い。
こうなれば最後の手段。今のところテンションは通常通りでやる気も全然ないのだが引き換えにこのホラー映画も真っ青な絵面に対する恐怖感とあちらの地獄絵図に対する関わりたくなさを以て私は成し遂げる。
「ぬおぉぉぉ…………ラムレト、2秒だけ支えるのだ!!」
「ちょちょちょ、無理無理無理!!
クーヤくんの体重が抜けるのしんどいから!!
あっちすっごいパワーだから!!」
「がんばえー!!」
「キャーーーーーーーーッ!!!」
絹を裂くような悲鳴を無視して両手を離す。最近は慣れてきたからな、掛かる時間は1秒。手加減の具合を考えるのに1秒。
向こうからの圧力を支えきれぬメルトアルストラムレトが体勢を崩す。
押し切られる前に手足に絡む邪魔な髪を払う。扉に手をついた。後ろに半歩下がり、大地を踏み抜かぬ程度に抑えて一歩前に出る。
みしりと扉が軋んだ。構わず押し込む。氷で出来た表面が己の手型に沈んだ。これ以上の圧力は扉が破砕するか。少し緩める。
「………………………………」
「うにゃーーーーーーっ!!!」
「なんっ……だァ!?
圧力ヤバすぎるだろが向こうに居るのはなんの魔人だァ!?
それとも300tプレス機でも置いてんのか!?」
「あははー。…………あっ、これ無理ですね」
「ウ、ウルトディアス様!?
どっ……どなたか手伝ってくださいまし、大怪獣ですわよ!!
クーヤさんが消えて謎の大怪獣が来ましたわ!?」
その言葉に僅かばかり考える。思えばこちらでこの姿を見たのはマリーベルとブラッドロアのみだったか。総司の方は異界組と話し込んでいた事を鑑みればこちらの会話を認識していたかは微妙なところだろう。
いや、思えばあの時はラーメンタイマーでのやり取りだった。となれば直接見たのはマリーベルだけということになるか。
そう考えればあちらの認識に於いて謎の大怪獣となるのも納得ではあった。些か面倒ではあるが名前だけを名乗る。
「……………………アヴィス=クーヤだ。後は好きに認識しろ」
もう一歩踏み込む。
「にゃっ、にゃに、にゃんですの、謎の大怪獣がクーヤさんの名前を名乗りましたわ!?」
「あぁ!? ガキンチョの性別と年齢どこいったァ!?」
「なんだと……!? 待て、おチビ、その姿で来るな!!」
「うわー、手も足も出なくて笑っちゃいますねー。
しかもこれすっごい優しく手加減されてますよ僕ら」
「勝ち確キタコレ!!
ヤッタネ!! じゃあ僕らはこの扉を閉めてこのまま立ち去るので後はシクヨロ!!」
「………………………………………………疲れた。だるい」
手を離した。
気力ではなくなんとなく怖い気がするという薄い感覚を引き換えにした入れ替わりであったが故に平素よりも殊更に面倒さに抗い難い。
「いよっしゃあぁぁぁぁあ!!!」
「よしそのままでいろ!!!」
「わかりませんけど大怪獣が居なくなりましたわ勝利の女神は私達に微笑みましてよ!!!」
「あっ、勝てそうですねこれ」
「ウッソでしょ!?
このクーヤくんロングフリーズ覚醒プレミアボーナス勝ち確の状態からそんな逆転ホームランあるぅ!?」
「「おいでませブラックギルドへ!!!」」
「すっごいイヤなハーモニー!!
九龍くんラーメンセット見てないでたすけてぇー!!」
「ん、なにしとるね」
「「あーーーーっ!!」」
話を一切聞いていなかったらしい九龍によってドアが無情にも破壊された。
ラムレトと揃って悲鳴を上げる。
そしてドアという防護が失われた事で堰き止められていたものが溢れ出す。耳を劈く赤ん坊達の声。
そう、暫定ローズベリー支部は第一次ベビーブームを迎えていたのである。
そしてギルドはどう見ても24時間不眠不休で稼働する保育所と化していた。ブラドさんは赤ん坊を三人抱えて動けず床に潰れているしギルドの親父は死んだ目で赤ん坊を抱えてミルクを与えているしガラガラを回し続けるチンピラどもが自我を喪失して泡を吹いていた。
大きなお腹を抱えた女性たちがもぐもぐと食事を頬張っており厨房には料理担当チンピラが詰めているのが見えるしモヒカンによるダミ声で絵本の朗読会が実施されている。
地獄の釜の蓋が開いた。そしてもう閉じることは出来ない。




