老人と未成年禁酒(正論とねぎらい)
こんこんこん、何の音。おばけの音だ!!
最低限やっとくか感溢れる出入り口の雪かき済みの場所に立ってギルドの扉を叩く。
カチコミ感を出すために扉破壊しようとか相談していたジジイ共は後ろに追いやりつつ。どう見ても断熱材モリモリの扉だ。
砂にされるにしろジャンクにされるにしろ壊されたら寒さにギルドに居を構えている綾音さんが泣くだろう。
「はぁーい。空いてますー」
のんびりとした声が建物の奥から聞こえた後、ぎごごと重たい音を立てて扉が開く。扉の向こうは無人であり扉を開いてくれるコンシュルジュは存在しない。
うーん、アンビリーバボー。ちょっと怖がりの人が見たら飛び上がって逃げそうだ。
室内はほぼ真っ暗であり、見たところ光源は暖炉のみのようだ。ていうか床が異様にボコボコしているな。なんだ?
「綾音、暇してそうアルな」
「あれ? 九龍さんですか?」
声に釣られるようにして奥の方からモコモコまるまると着膨れた綾音さんが現れた。特に働いている様子はない。どうやら冬休み満喫中らしい。まぁバケーションは大事だしな。私は法律を守り社員を守り社会貢献を果たし業績右肩上がりの非の打ち所がないホワイト経営者であるからして。
にしてもユグドラシルへの輸送はどうなってるんだろう。自動化しているのだろうか。
思いながらしげしげと眺めていると着膨れすぎて下が見えていなかったようだが九龍の動きでこちらに気付いたらしくぴょんと飛び上がった。
「あっ、マスター! それにラムレトさんまで!!」
びしっと敬礼しながら不思議そうに私の隣と上を交互に眺めている。まぁ出入り口はそう大きくないので私と九龍が出入り口に立ったらもうラムレトは上から覗き込むくらいしかないからな。
それにつけても敬礼した拍子に着膨れすぎている身体がぐらりと傾いだあたり、動くのも苦労しそうな着膨れ方だ。たいへんな寒がりっぷりである。
「もしかしてトンネル開通したんですか?
おめでとうございます!」
「私の貯金をふっ飛ばした一品だぞ。我が貯金は生命活動を停止し死んだのだ」
「確かに高そうでしたからね。
こちら食べますか?」
言いながらどこからか焼き菓子が出された。ちゃんと三個あるあたりに気遣いが感じられる。勿論三個全てガメておいた。一気に全部口に入れる寸前で横と上からガメ返しをされたが。
「ちょいーっす。こっちのギルドってこんな感じなんだね?
すっごい暗くないかい? もしかして灯りも付けられないくらい貧乏だったりする?」
「いえ、単に皆さん冬眠中なので。
邪魔にならないように灯りを落としているんです」
「冬眠?」
言われて改めて室内を眺める。確かにテーブルや椅子の類はその殆どが片付けられており、隅のほうに小さなテーブルが一つ残されているのみで後は一面にクッションや毛布が敷き詰められているようだ。
よく見ると床のボコボコは毛布に潜り込んで寝ているのが沢山居るかららしい。なるほど冬眠。
考えてみればドワーフと竜人族、ケモケモな人達で構成された街だ。
ドワーフはともかくとして竜人族とケモケモな冒険者たちは冬になれば冬眠する種族と言われれば納得感しかない。付け加えてこの厳寒と呼んでも差し支えのない極限の冬季が毎年毎年来るともなればそりゃあ冬は皆でヌクヌク冬眠がデフォルトにもなるだろう。
とは言ってもワンシーズンをガチ寝し続けるというわけではないようであちこちに食料が積み上げられているし飲み物もそれぞれ用意してあるようだ。食っちゃ寝生活だな。
スヤピーとするケモケモスベスベ連中を覗き込みながらスベスベな連中は鱗にサカナデしてケモケモな連中は熱々の毛皮に指をずもりと埋める。時折ビクッとするのが面白い。
「マスター、邪魔しちゃダメですよ」
「ヌ」
怒られた。ちえっ、仕方がない。とっとこ静かに歩いて用意された飲み物に口を付ける。うーん、これはアルコール。雪国らしくアルコール飲料を水のようにパカパカしているらしい。いいけど利尿作用が物凄そうだ。うっかりここで漏らしたら大惨事だぞ。
「酒しかねーアルか?」
カップの縁を上からつまみ上げるようにして啜りながらオジーチャンがぼやく。まぁ茶飲みジジイだしな。
「これかなり強いアルコールだねぇ。
綾音くんは飲まないのかい?」
「私はこの前の会合でお酒って初めて飲んだんですけど次の日ものすごく気持ち悪くなってしまって……。
だからあんまり飲まないようにしてます」
「あらら。典型的な二日酔い。
お酒弱かったか~。九龍くんおかわりどう?」
「ん。ちと湯で割るネ。そこの汁物も寄越すヨ」
「はいはい。シチューかなこれ。美味しそう。僕も食べたい」
声量を落としてボソボソとしながら食い物を漁りだしてしまった。何しに来たんだ。いや別に用事があって来たわけではないが。
「ふんふーん」
私は冬眠中らしい連中が気になるのでシチューは一杯貰いつつも暗闇の中をのしのしと歩く。足がずもっと毛皮の山に埋まるのが実に面白い。
足先で感覚を確かめつついいポジションを求めて吟味する。ジャストフィットな……そう、ジグソーパズルの最後のピースがあるべき場所に納まるが如きピンポイントな隙間を私は求めているのだ。
熊のようなおっさんを跨いで竜人のおっさんを跨ぐ。おっさんイズジョイトイ。
うーん、いい感じのポジションを……こう……。
「お」
良い隙間を発見。ずぼっと納まりクルンと丸まる。これはなかなか……なかなかいいフィット感。
モッフモフの毛皮に包まれてアッチッチのホットット。団子になって寝ているサモエド軍団のちょっとした隙間に無理やり潜り込んだような程よい圧迫感が齎す素晴らしい包まれ感。
四方八方からギュッギュッと熱々の毛皮が押し包んでくる。これはいい。
暗黒神ちゃんたらこのまま入眠。冬を乗り越え春を待ちそして来たるべき夏に備えて栄養を蓄え夏になったら来たるべき秋に備えて栄養を蓄え、秋になったら来たるべき冬に備えて栄養を蓄えるのだ。これぞまさしくリインカーネーション、食物連鎖というヤツであろう。ムニャムニャムニャ。
「これ、冬眠するないヨ」
「ムニャー」
もうすぐで意識がギンギラパラダイスな夢の世界へと旅立つというところで容赦なく収穫された。まさにスイカか何かを収穫するが如し。ハーヴェスト暗黒神ちゃん。
収穫されつつ下を見れば今の今まで私が埋まっていたホコホコの穴がぼこりと空いている。折角ミラクルフィットだったというのに!
「……………………ん、なんだい………………?」
私が埋まっていた場所がもぞりと動く。
どうやら収穫のせいで流石に起きてしまったらしい。ちょっと反省。
しかし、毛布から顔を出した人物のその素晴らしいマズルに反省の心はどっかに飛んでいった。
暗い室内でも暖炉の光を受けて照り輝く濡れた真っ黒な鼻先が如何にもプッシュしたさが天元突破の良い感じさを誇る素晴らしきマズルである。
そしてそんなマズルの持ち主は一人しか居ない。
「ヒノエさんだ」
「んん…………? ははぁ、久しぶりに見る顔さね。
元気にしてたかい?」
「おー」
ぐねぐねともんどりうって九龍の手から逃れてぼとりと落ちる。
私を収穫するだけして満足したらしいジジイは酒を飲みながら戻っていった。なんなんだ。どう考えても私を収穫する必要なかっただろ。ジジイの気まぐれ収穫か?
「もう、マスター。
邪魔したらダメですって言ったじゃないですか」
「別に構いやしないよ。そろそろアタイも喉が乾いたところさ。
乳酒あるかい?」
どうやらヒノエさんは起きたついでに本格的に水分補給と栄養補給をすると決めたらしく、寝ている連中を起こさないようにしながらごそごそと完全に起き出してしまった。ちょっと申し訳なさが上がる。
そーっと本で美味しそうな馬乳酒を出して献上しておく。これで許すがよい。
そしてヒノエさんも起き出してきてしまったので綾音さんが天井で丸められていた防音も兼ねているらしい分厚い布幕の紐を解いて垂らしてきた。
パーテンションみたいなもんだろうか。まぁこれ以上寝ているのを起こすのもなんなのでしっかりと閉じておく。これでよし。最初からこうしていればよかったのではと思うものの、最初からこうしていたら仕切りがあるしいいかと暴れ散らしていた予感しかないので逆に良かったのかもしれない。
「ありがとうよ。それにしても……ここいらじゃ見ない顔がいるねぇ?」
ちらりと九龍とラムレトを見ながら煎り豆をゴリボリとその犬歯で噛み砕いていく。いい音である。
「やっほー、僕はメルトアルストラムレトだよ。
元気してる?」
「………………噂の大書庫管理人かい。本当に異界の神ってヤツなんだねぇ。
するってぇとそっちの明眸なのはギルド総裁かい。
アタイはヒノエだよ。ギルドには随分と世話になってる。恩が返しきれるか心配なくらいだよ。
…………有難う、本当に。
何をしに来たのかはしらないけど、いい機会さね。とっておきさ、飲んどくれよ」
「ま、そうアルな。気にするないネ。大した手間でもなし、ただの暇つぶしよろし」
「へぇ~、すっごい強い蜂蜜の匂いがする。美味しい匂いだ。かなりいいお酒だね。
高いんじゃないかい?」
「ネクタールとは言わないがアタイの故郷の酒さ。南でも最高峰の代物だって誇れた酒だ。
もう手に入るもんじゃないが、アンタ達に飲んで貰えるなら惜しくはないよ」
「ありがと~。これ総司くんも好きかな?」
「引退老人には強すぎる酒ネ。
ぼちぼち禁酒させとくヨ」
「美味しいものにありつけるかありつけないかはその時の運だよねぇ。
よし全部飲んじゃえ! 美味しいものは独り占めされても文句いいっこ無しっしょ!!」
哀れ、温泉から出てこない飲んだくれじーちゃんに与えられる酒はないらしい。まぁ飲み過ぎだしな。そろそろ酒を抜くべきだろう。うむうむ。健康の為に。
「アンタにはまだ早いよ。大人になってから飲みな」
「ぐぬぬ……」
こっそり飲もうとしたのがバレてしまった。ヒノエさんはちゃんとした真っ当な大人なので厳しいのである。残念。




