スパダリど攻め様(偏見と決めつけ)
にょきりと九龍がトンネルから顔を出す。
ぐるりと見回してから問題ないと判断したのか這い出てきてごりごりと首と肩を鳴らし、私が持っている火種を回収し後ろからにょきんと生えてきているラムレトに放り投げた。
投げ込まれた火種をランプに変わった頭部でがこんとナイスキャッチ。火の付いた頭部が周囲をうっすらと照らし出した。便利だな。
この街はあのホテルとほぼ真反対の位置なのか、払暁を告げる空が曇天の向こうに微かに覗いている。周囲は薄暗く、僅かな明かりを受けた雪の方こそ眩いくらいだ。
「うわー、僕ってば地味にここのギルドに行くの初めてだよ」
「まだ新しい方アルからな。20年かそこらだったか?」
「確かそうだねぇ。えーと……この街の解放が25年前、そこから復興と支部の立ち上げで2年だったかな?
オズウェルくんとジョーカーくんが居なくなっちゃってそんなに経ってない頃だったから皆あんまり動けなかったしねぇ。
総司くんが一人で立ち会いしたんだったかな。
北大陸って大体総司くんの分担にしてたし、確かそうだよ」
「あー、そうだたそうだた。
古い事は忘れるアルなぁ」
「ボケ老人アピール草。
40年前のどうでもいい会話逐一覚えてるの僕知ってるからね?」
「知らんアルな。
やれやれ、言っとくけど俺は好きにやらせてもらう。
巻き込まれるのはごめんだし、能力は隠したい。それに俺は地味で平和で安穏としたスローライフを送りたいんだ。
学園で散々トラブル解決してきたんだし美少女とか美女とか美幼女とか陰謀とか殺し合いとかもうこりごりなんだよ」
「いや草。そのセリフ生徒会長が聞いたら泣いちゃうよ。
ていうか雪ヤバ~。そりゃ街から出られないねこりゃ」
確かに。ナチュラルに開示された生徒会長の生き恥はともかくとしてものすごい雪である。
廃材置き場はなんか変な力でも働いてたのかそうでもないが。広場出入り口の建物を抜けて扉を開ければそこは一面雪国、いや、これもう一面雪壁だな。直立不動でそびえ立つ壁。
取り敢えずズモリと埋まってみた。うーん、実に重たいずっしりとした雪。美しさとか儚さとかそんなもんは知らねぇとばかりの重量級。ドカ雪もドカ雪である。
扉を開けたところでほぼ雪なのでわかりにくいが、ラムレトの身長を優に超えるであろう高さの積雪は街そのものを埋め尽くす勢いに違いがない。
綾音さんはなんてことのないように今の時期は雪が凄いのでおやすみしてますなんて言ってたが。
これはもう雪が凄いとかどうとかいうレベルを超えているのではないだろうか。どうやってここから出ればいいんだこれ。後ろをみるが広場の力場は下取りに使ってしまったせいかしんしんと雪が降り積もり始めておりこのままではトンネルすら埋まりそうだ。にっちもさっちもいかなくなりそうな気がひしひしとしている。
「除雪機いるかな?」
「これを人力じゃあ限界あるネ。
とは言っても陳情もねーアルしな。冬は籠もって飯食う当たり前なてるんであろ。
凍死餓死出るなら考えるが死臭も絶望感も無し、ただの休暇なてるなら大した問題じゃねーアル」
「それもそっかぁ。確かに南でも熱風季はお休みだしね。過剰な労働密度上昇は疲弊の元、何事もほどほどの労働が一番だよ。
特にこの街だと働けない理由を維持しておくのも今後の為かな。
ねっ、クーヤくん!」
「アーアーキコエナーイ!」
いいから働けというのだ。
過労死は甘え。体調管理も仕事の内で就業開始1時間前には朝ミーティングの為に待機をしておくべきであり業務終了後はその日の反省と目標達成に向けて明日は何をすべきかを発表する夜ミーティングだ。台風や雪など天気予報は前日にチェックし出勤が出来ないと思われる場合は社内の仮眠室に事前に宿泊し備えるのが常識で通勤時間退勤時間休憩時間休日祝日にも出来ることはあるだろ。営業は人件費高騰の為に取引先に価格値上げを交渉し、そして上がった価格を元手に役員報酬を上げるのだ。それでも余った予算は社長室と役員会議室の改築に使用し役員用エレベーターやマッサージチェア、無料カフェの設置を行い役員のQOLを上げ、併せて従業員のボーナスと昇給は抑えておく事で会社は働き方改革を達成しつつも実人件費を大幅に削減し、従業員は高報酬である役員を目指すという目標設定が出来て生産性とやる気の向上が見込まれるまさに一石二鳥。そして実際の役員は社長の親族で固めてしまうことで資産の流出も避けられるし役員になってしまう事で従業員が甘えを覚えて現場から離れる事も避けられる。社長の娘や孫を役員にしておいて高額な役員報酬を与えつつエステに通い高級車を乗りながらの大学生活を送らせれば学業に励み人脈を作る事に専念出来て将来的に会社の為になるだろう。それに社長の親族が高学歴エリートとして優雅に生活することはひいては会社のイメージ向上に繋がり会社で働く従業員にとっても名誉な事であるし誇りになるだろう。自分はこの会社で働いているんだぞという会社の名前を背負って働く事に対する前向きな意欲が湧くこと間違い無しで一石五鳥はあるな。
「そろそろ重度のドブラックとして1回くらい摘発しておいた方がいいかな?」
「まぁ身内にやるならいいとして外でやたら一発アウトであるからなぁ。
これ、ブラック運営やるないよ」
「キョエーッ!!」
持ち上げられて上下に揺すられた。しかも摘発を匂わされている。クソッ、権力を振りかざすのは許されんぞ。ジタバタジタバタ。
焼き肉屋を支持する豚のような生き方はドレイでしかない。反権力は当たり前でそうでないのは全て独裁でファシズムを肯定する腐敗した考えだ。それはつまり民主主義の敗北なのである。労働階級は高学歴エリートである経営者に従って当たり前だが経営者は労働基準法などといって大衆に媚びる権威に対して反権力であるべきなのだ。そして民衆は人権や権利などというのは技術と経済の発展を妨げるものでありそんなものをいちいち守らなければならない社会が続く事で困るのは結局のところ自分であるということをいい加減に受け入れて馬鹿な事ばかり言わずにもっと勉強して努力し自分の価値を高めればいいだけだ。
ジタバタジタバタ!
「ウーン、ヤバすぎてこれは摘発待った無しだね」
「しょうがねーアルなぁ……。
クーヤ、私が経営者でクーヤは労働者アルが」
「…………………………………………クゥーン……………………」
犬猫のように身体を丸めた。私は所詮雇われ経営者。オーナーには勝てないのである。
社会というものは自分だけが他者の権利を一方的に無視して好きなようにしたいなどというフリーライドを許しはしない。誰もが少しずつ嫌なことを許容する、それこそが価値観の異なる生命体達が共同体を作り社会を円滑に営み続ける為に必要な最小多数の不幸。長い歴史の中で培われ、作り出された個の至上幸福の放棄という責務であり腹八分目の気遣い生活というものだ。
子供の将来を無視して給料を全て自分へのご褒美に注ぎ込む事、難関大学まで出た多言語話者の優秀な新卒をスーパーのアルバイトで使い潰す贅沢に耽る事、そういったものは共同体の資源総数を削ることであり未来へ負債を積み上げる行為なのだ。エントロピー増大を加速させ崩壊を招く許されざる罪でしかない。
食い尽くしダメ絶対。それこそが家庭円満の秘訣なのである。
私はしっかり法律を守ります。無念。
そのまま私を摘み上げるオーナー様が足場を確かめるようにして目の前の雪壁に足を付けてフミフミ。
「雪掻き分けて行く流石にめんどっちぃアルな。
上行くネ」
「そうだね。この辺りの建物は雪が積もらないようになってるし、ちょっと申し訳ないけど屋根を使わせて貰おうか。
あとトンネルって雪で埋まっちゃうかな?」
「大丈夫であろ。そうじゃねーなら雨土ですぐ埋まる阿呆仕様ネ。
手動か自動かは知らんアルがなにかしらしてるであろ」
「確かにそれもそうだねぇ。じゃないと水流し込まれちゃいそうだし。
じゃあトンネルはこのままにしておいてもいいかな」
「しっかし、さみーアルなぁ」
「南国の海辺からこの豪雪地帯、流石に体調崩しそぉ」
それはそう。
なんせ九龍は軽装も軽装であるしラムレトに至っては未だにパンイチだ。見る者が見れば見てるだけで寒いと発狂するであろう。
仕方がないな。労働者としてオーナー様と役員様を寒がらせるわけにはいかない。あとラムレトは人前にこのまま出ると通報待った無し過ぎるし。
気の利かない社員に出世は無いのだ。
「ほれ」
摘み上げられたままにぷりんと上着と服を排出。これでも着とけ。
「ワーイ! ……ちょっとマニアックさが上がってない?」
「どうおもてるかわかりやすいアルな」
文句が出てきた。えーい、うるさい連中だ。黙って着ろという話だ。
とはいっても流石にこの寒さには勝てないらしく私を降ろしてから文句を垂れつつ着ている。感謝しろ。
設置された雪の上でぶーたれていると再び摘み上げられた。完全に手荷物扱いである。いいけども。
そのまま建物間を三角飛びで屋根の上に移動。
雪が下に落ちるようにとんがった屋根は歩くのは勿論立つのも難しそうな塩梅だが当然ながらこの二人はそんなもんはものともしないのでてっぺんでフクロウのように真っ直ぐに静止している。
降りしきる雪の中に反響する地鳴りのような風の音が感覚的にも寒さを底上げし、雪に埋もれて色のない世界は視覚的にも私寒いですよと言わんばかりだ。
ふむ、薪の節約だろうか。見たところ住人達はあちこちに点在する一際大きな建物に寄り集まって籠もっているらしい。生活の知恵だな。
「ギルドはどこだったアルかな」
「僕にはちょっとわからないねぇ」
来たこと無いのでわからんようだ。まぁ予定にあったのならともかく突撃お前の街だからな。
えーと、確かウルトが巻き付いた塔の近くだったか。一時滞在した街とはいえ雪に埋まっている上に屋根から見ているので分かり辛いがあの塔はどっからでも見えるのでいい目印である。まぁそうでなくともギルドに常駐しているであろう綾音さんを探せばいいだけではあるのだが。そこはそれ。
「あっちの一番高い塔の近くだぞ」
ブルードラゴン支部行きと書いたガイド手旗を掲げる。
カッコイイ憲兵のロングコートなラムレトとマフィアすぎる毛皮のコートを羽織った九龍が胡乱な眼差しを向けてきながらぼやく。
「僕らがこの格好でギルドに行ったらほぼカチコミ扱いじゃない?」
「どう見ても碌な用事ない輩の格好よろし。
私真っ当言うたが」
「アーアーキコエナーイ」
あの尋問の手慣れ方といい本職の方々とたいして違いはないだろ。
それに別に私がデザインした服でもないし指示したわけでもない、適当にこいつらが着てそうな冬服出てこいで出てきたブツなのでお前らが周囲にそれっぽそうと思われてるだけである。もしくはギルド嬢達のゆずれない願望であろう。




