10歳の約束
10歳になった。
身体も少しずつ大きくなり、剣の訓練も子供用から本格的なものへ変わり始めた。
バルト相手ではまだ勝負にならない。
それでも一般の騎士が手加減してくれるなら、何度か剣を当てられるようになっている。
魔法も同じだった。
火球。
水球。
風。
土壁。
基本的な魔法なら、戦いの中でも使える。
ただし。
俺は意識して実力を隠すようになっていた。
「ルーク様」
イリスが腕を組む。
「何?」
「今、わざと外しましたね?」
「気のせいじゃない?」
「的はあちらです」
庭の端。
俺の火球は、木製の的から少し右へ外れていた。
「失敗した」
「昨日は5回連続で中央でした」
「今日は調子悪い」
「便利な言葉ですね」
疑われている。
でも。
これくらいでいい。
強いことは隠せない。
辺境伯家の長男として訓練している以上、ある程度目立つのは仕方ない。
ただし。
異常な天才と思われるほど目立つ必要はない。
特に魔法。
前世の経験があるせいか、俺は魔法を感覚だけでなく構造として考える癖がある。
火を大きくしたいなら、ただ魔力を増やすだけでいいのか。
風を圧縮したらどうなる。
水へ回転を加えたら。
考えて試す。
それだけで、イリスが教えていないことまでできる時がある。
だから隠す。
面倒は嫌いだ。
今世くらいは。
平穏に生きたい。
◇
その頃。
ミリアは領都の治療院へ通うようになっていた。
まだ正式な弟子ではない。
掃除をしたり、薬草を運んだりしながら、治療師の仕事を見せてもらっているらしい。
「臭い」
夕方。
庭へ来たミリアに言う。
「何が?」
「薬草」
「しょうがないでしょ」
服から独特の匂いがする。
「今日何してたの?」
「兵士の怪我を見てた」
「治したの?」
「私はまだ無理。包帯渡しただけ」
ミリアが俺の隣へ座る。
「でも、治癒魔法見たよ」
「どうだった?」
「すごかった」
少し興奮している。
「傷が閉じていくの。でも魔力がすごく必要なんだって」
「ミリアも使えるようになる?」
「分かんない。でも使えたらいいな」
昔は薬草だけだった。
今では明確に治療師を目指し始めている。
「ルークは?」
「何が?」
「将来」
またこの話か。
「前にも言っただろ。自由に生きたい」
「それ仕事じゃないじゃん」
「冒険者とか」
言ってから。
少ししっくり来た。
冒険者。
街から街へ移動できる。
依頼を受けて金を稼ぐ。
家に縛られない。
今の俺が考える自由に、一番近い職業かもしれない。
「冒険者になるの?」
ミリアが聞く。
「まだ決めてないけど」
「危ないよ」
「辺境伯も十分危ないだろ」
「それはそうだけど」
ミリアが少し黙る。
「じゃあさ」
「うん?」
「冒険者になったら、いろんな街に行く?」
「行くと思う」
「王都も?」
「たぶん」
「海は?」
「あるなら見たい」
「私も見たい」
ミリアは海を見たことがない。
俺も今世では見ていない。
前世では何度も見た。
でも。
それを言うわけにはいかない。
「じゃあ行けば?」
「簡単に言わないでよ」
「治療師になったら仕事あるんじゃない?」
ミリアが目を丸くした。
「冒険者と治療師?」
「怪我する奴ばっかりだから、需要あるだろ」
「それもそうかも」
少し考えた後。
ミリアが小指を出した。
「じゃあ約束」
「何が?」
「いつか海を見に行く」
子供らしい約束だ。
俺も小指を出した。
「いいよ」
指を絡める。
「忘れないでね」
「ミリアの方が忘れそう」
「忘れないもん」
俺たちは笑った。
こんな未来が。
普通に来ると思っていた。
◇
同じ頃。
魔王領との国境では、少しずつ異変が増え始めていた。
魔族の偵察。
魔物の増加。
行方不明になる商人。
父が屋敷を空ける日も増えた。
それでも。
俺の日常は変わらなかった。
朝は剣を振る。
昼は勉強。
午後は魔法。
たまにミリアと話す。
夕食は家族と食べる。
俺にとって。
それが平和だった。
そして。
人間というのは。
平和が続いている間は、それがいつまでも続くような気がしてしまう。
俺も。
例外ではなかった。




