↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『転生したら、パワハラ上司が魔王になっていた』  作者: ばけつプリン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/18

初めて殺した日

8歳になった春。


初めて父から、領都の外へ同行する許可が出た。



目的地は、領都から馬車で半日ほどの場所にあるラト村。


魔王領とは反対側に位置しているため、この辺境伯領の中では比較的安全な地域らしい。



「絶対に勝手な行動をしないでください」


馬に乗る俺の横で、バルトが念を押してくる。


「分かってるよ」


「以前もそう言って川へ走っていったでしょう」


「あれは珍しい魚がいたから」


「理由になっておりません」


相変わらず細かい。



今回は父の領内視察についていく形だ。


父とバルト、それから騎士団長のローデンを含めて数人の騎士が同行している。



そして馬車の窓から、見慣れた顔が覗いていた。



「ルーク!」


ミリアだ。


今日は父親であるローデンについてきたらしい。



「馬、いいなあ」


「代わる?」


「嫌。落ちそう」


「じゃあ言うなよ」


「いいなって言っただけで、乗りたいとは言ってないもん」



よく分からない理屈だった。



◇



ラト村は、想像していたよりずっと普通の場所だった。


広い畑があり、その周りに木造の家が建ち並んでいる。


家畜が歩き、子供たちが道を走り回る。



ただ、俺たちの一行が村へ入った瞬間。


村人たちは一斉に作業を止め、父へ頭を下げた。



これには未だに慣れない。



前世では、頭を下げる側だった。


営業先へ行けば頭を下げ、会社へ戻れば上司へ頭を下げる。



それが今では、俺が通るだけで知らない人間が頭を下げてくる。



正直、居心地が悪かった。



「ルーク」


隣を歩いていた父が俺を呼ぶ。


「はい」


「何を見ている?」


「村を」


「なら、もっとよく見ろ」



父が前を向く。



「道の状態、畑の作物、井戸、人の顔。領主になるなら、剣を振れるだけでは意味がない」


またその話か。



俺としては領主になるつもりはあまりない。


だが、今ここで言っても話が面倒になるだけだ。



「分かりました」


素直に答えておいた。



こういうところだけは、前世の経験がかなり役に立っている気がする。



◇



問題が起きたのは、村から領都へ戻る途中だった。



森沿いの街道を進んでいると、突然先頭の騎士が馬を止めた。



「止まれ!」



空気が変わった。



父とバルトがほぼ同時に剣へ手を伸ばす。


鳥の声が聞こえない。



俺も周囲を見回した。



嫌な感じがする。



その時、道脇の茂みが大きく揺れた。



「グルルルル……」



低い唸り声とともに姿を現したのは、灰色の狼だった。


ただし、俺が前世で知っていた狼とは大きさがまるで違う。



体長は2メートル近い。


額には黒い角が1本生えている。



「ホーンウルフだ!」


騎士の声が飛ぶ。



1匹ではなかった。



左右の森から次々に現れ、全部で6匹。



「子供を中央へ!」


ローデンが叫ぶ。



すぐに騎士たちが俺とミリアを囲む。



ミリアの表情が強張っていた。



俺だって怖い。



本では何度も見た。


魔物についての授業も受けている。



それでも本物は違った。



こちらを見つめる目。


口から覗く牙。


荒い息。



こいつらは本当に俺たちを殺そうとしている。



「来るぞ!」



ホーンウルフが一斉に走り出した。



最初の1匹をバルトが斬り伏せる。


首元から大量の血が飛んだ。



俺は反射的に目を逸らしかける。



だが、そんな余裕はなかった。



2匹目を騎士が盾で受け止め、3匹目がその横をすり抜ける。



その先にいたのはミリアだった。



「ミリア!」



叫ぶ。



ホーンウルフが地面を蹴った。



考えるより先に手を伸ばす。



魔力を集める。


狙うのは魔物そのものではない。



「吹け!」



横から強い風を叩きつけた。



空中にいたホーンウルフの身体が大きくずれ、そのまま地面へ転がる。



「やった……!」



だが、倒したわけではない。



すぐに起き上がった。



そして今度は、まっすぐ俺を見る。



目が合った。



身体が固まった。



訓練場とは違う。



失敗してもバルトが止めてくれるわけじゃない。



こいつが俺に届けば、本当に死ぬ。



「ルーク様!」


バルトの声で我に返る。



ホーンウルフが走ってきた。



逃げるには遅い。



腰の短剣を抜く。



魔力を脚へ流した。



飛びかかってくる。



横へ。



訓練通りに。



頭では分かっている。



なのに身体が重い。



それでも一歩踏み込んだ。



ホーンウルフの牙が顔のすぐ横を通り過ぎる。



俺は夢中で短剣を振った。



刃が肉へ食い込む。



腕に重い感触が伝わった。



ホーンウルフが地面へ落ちる。



まだ動いていた。



苦しそうに足をばたつかせる。



俺は動けなかった。



短剣には血がついている。



自分の手も赤い。



「ルーク!」



父の声。



その瞬間、倒れていたホーンウルフが再び頭を上げた。



俺は咄嗟に短剣を握り直した。



今度は首へ。



突き刺した。



魔物の身体が大きく跳ねた。



そして。



動かなくなった。



戦いが終わった後も、俺はその場から動けなかった。



◇



帰りの馬車。


俺は窓の外をずっと眺めていた。



さっきの感触が、まだ手に残っている。



生き物を殺した。



魔物だ。


放っておけば俺かミリアが殺されていた。



頭では理解している。



なのに気分が悪かった。



「ルーク」


向かいに座っていた父が俺を見る。


「はい」


「気分が悪いか?」


「……少し」



父はそれ以上何も言わなかった。



しばらくして、俺から尋ねた。



「父上は初めて人を殺した時、怖くなかった?」


父の視線が止まった。



「人ではなく、魔物ではないのか?」


まずい。



俺は少し考えた。



「いつか戦争になったら、人とも戦うんでしょ?」


これなら不自然ではないはずだ。



父はしばらく黙ってから答えた。



「怖かった」


意外だった。



「父上でも?」


「私を何だと思っている」


「強い人」


「強くても怖いものは怖い」



父は窓の外を見る。



「慣れる必要はない」


「え?」


「殺すことを何とも思わなくなる必要などない。ただ、必要な時に動けなくなるな」


その言葉は、妙に胸に残った。



「今日、お前が動かなければミリアが怪我をしていたかもしれん」


俺は隣を見る。



ミリアは疲れたのか、母親代わりの侍女にもたれて眠っている。



無事だ。



それだけで少し救われた。



「俺が殺したから助かった?」


「少なくとも、行動したから助かった」


父が言う。



「そこは間違えるな」



俺は小さく頷いた。



この世界では。



剣を持つということは、誰かを傷つけることでもある。



魔法も同じだ。



強くなりたいと思っていた。



でも俺は。



その強さが何のためにあるのかを、初めて本当の意味で知った気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。