知られたくない秘密
7歳になった。
剣を習い始めてから2年。
魔法の訓練も同じだけ続けている。
最初は子供用の木剣を100回振るだけで腕が動かなくなっていたが、今では素振りくらいなら息を切らさず終えられる。
魔法についても、小さな火を灯すだけだった頃と比べれば、できることはかなり増えていた。
「もう一度です、ルーク様!」
訓練場にバルトの声が響く。
俺は乱れた呼吸を整えながら、木剣を握り直した。
正面に立っているのは、騎士団に所属する20歳を少し過ぎた男だ。
当然、本気ではない。
相手からすれば子供の遊びに付き合っているようなものだろう。
それでも、俺はまだ一度もまともに剣を当てられていなかった。
「行きます!」
地面を蹴る。
同時に、身体の内側を巡る魔力を両脚へ集めた。
全身を強化するのは、まだ難しい。
だから踏み込む一瞬だけ。
必要な場所へ必要な量の魔力を流す。
身体が勢いよく前へ出た。
相手の騎士が一瞬だけ目を見開く。
その隙に振り下ろされた木剣を横へかわし、俺は懐へ潜り込んだ。
いける。
木剣を相手の胴へ振る。
だが、その直前だった。
ゴンッ。
「痛っ!」
頭に鈍い衝撃が走った。
気づけば、相手の木剣が俺の頭に乗っている。
俺の剣は相手の身体へ届く寸前で止まっていた。
「目の前の剣だけを見るな!」
少し離れたところから、バルトが声を飛ばしてくる。
「ちゃんと見てたよ」
「見えていないから叩かれているんです!」
「……それはそうだけど」
悔しい。
今のは本当にいけると思った。
それでもバルトは俺の踏み込みを見て、少し感心したような表情を見せた。
「ですが、今の身体強化は良かったです。7歳であそこまで瞬間的に魔力を集中できる子供は、そういません」
「そうなの?」
「ええ。旦那様でも、この年齢の頃にはまだできなかったと聞いております」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ警戒した。
やりすぎたかもしれない。
前世では大人だった。
何かを覚える時、ただ言われたことを繰り返すだけではなく、どうして失敗したのかを自然と考える。
剣の素人だった俺でも、そういう考え方そのものは子供より慣れている。
だから成長が早い。
だが、それを説明するわけにはいかなかった。
俺が前世の記憶を持っていることは、誰にも知られたくない。
父にも。
母にも。
バルトにも。
イリスにも。
もちろんミリアにも。
この世界で転生者がどう扱われるのか、俺には分からない。
神の使いとして祭り上げられるのか。
気味悪がられるのか。
それとも珍しい存在として、どこかへ連れていかれるのか。
何より嫌なのは、父や母から今までと違う目で見られることだった。
今の俺はルーク・ラグナードだ。
前世で誰だったかなんて、この世界では必要のない話だ。
「昨日、父上が似たようなことをやってたから」
俺は何でもないことのように言った。
「真似してみたらできた」
「旦那様の動きを一度見ただけで?」
「何回か見てたよ」
少し嘘を混ぜる。
バルトは俺をじっと見た後、豪快に笑った。
「なるほど。よく観察しているということですな」
「そういうこと」
どうやら納得してくれたらしい。
俺は内心で小さく息を吐いた。
もう少し気をつけよう。
強くはなりたい。
でも、異常な子供だと思われたいわけじゃない。
◇
午後はイリスとの魔法訓練だった。
庭の中央で、俺は右手を前へ出す。
掌の少し先に、拳ほどの火球が浮かんだ。
そして、その横にもう1つ。
2つの火球が揺れながら浮かんでいる。
「……ルーク様」
イリスの声が聞こえた。
嫌な予感がする。
「なんでしょう」
「昨日は1つしか作れませんでしたよね?」
「今日は2つできた」
「それを見れば分かります」
イリスがこちらへ歩いてくる。
「どうやったんです?」
「普通に」
「普通ではありません」
やっぱり来た。
昨日の夜、どうすれば2つの魔法を同時に維持できるのか考えていた。
最初から2つ作ろうとすると、意識が分散して失敗する。
なら1つ作り、それを途中で分ければいいのではないか。
実際に試したら上手くいった。
それだけだ。
ただ、それをそのまま話すのも少し怪しい。
「本に書いてあった」
「どの本です?」
即座に返された。
「……書庫の」
「書庫の?」
「青いやつ」
「青い本はたくさんあります」
「大きいやつ」
「大きい本もたくさんありますよ」
まずい。
イリスの目が細くなった。
「本当に本で読んだのですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「いろいろ読んでるから、忘れた」
我ながら苦しい。
だがイリスは追及せず、ため息をついた。
「まあ、いいでしょう。ただし、無茶だけはしないでください」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
火球を消す。
するとイリスが、少しだけ表情を柔らかくした。
「ルーク様には才能があります。それは間違いありません」
「そうかな」
「ですが、不思議なのはそこではないんですよ」
「何が?」
「普通の子供は、できなければ何度も同じ方法を繰り返します」
イリスが俺を見る。
「ルーク様は、できないとすぐ別の方法を考える」
心臓が少し跳ねた。
「誰かに教わりましたか?」
「……父上とか」
「旦那様が魔法を?」
「人生について」
適当に言った。
数秒の沈黙。
その後、イリスが吹き出した。
「何ですか、それ」
「俺もよく分からない」
「では、そういうことにしておきます」
助かった。
イリスは笑っている。
ただ、俺は改めて思った。
隠しているつもりでも、前世の考え方は思っている以上に出ている。
気をつけないとな。
◇
訓練を終えて庭へ向かうと、大きな木の下にミリアがいた。
膝の上に本を開き、難しそうな顔をしている。
「何読んでるの?」
声をかけると、ミリアが顔を上げた。
「薬草の本」
「面白い?」
「ルークが読んでる剣の本よりは面白い」
「俺の本をちゃんと読んだことないだろ」
「見たよ。難しい文字しかなかった」
「本って大体そういうものだけど」
俺も隣へ座る。
最近のミリアは薬草や治療について勉強している。
母親が領都の治療院を手伝っていることもあって、興味を持ったらしい。
「これ見て」
ミリアが本に描かれた草を指した。
「傷に塗ると血が止まりやすくなるんだって」
「へえ」
「でもこっちの草とすごく似てて、間違えるとお腹壊すの」
「怖いな」
「だからちゃんと覚えなきゃ駄目なの」
真剣な顔をしている。
俺が剣や魔法に夢中になっているように、ミリアにもやりたいことが見つかったらしい。
「治療師になるの?」
「まだ分かんない。でも、この辺って怪我する人が多いでしょ?」
それは確かだった。
ここは魔王領に近い。
魔物の被害も多いし、国境を守る兵士が怪我をして帰ってくることも珍しくない。
ミリアが俺を見る。
「ルークは、なんでそんなに強くなりたいの?」
以前にも聞かれたことがある。
その時は、自由になるためだと答えた。
今も基本的には変わっていない。
「死にたくないからかな」
「……7歳が言うこと?」
「ミリアも7歳だろ」
「私はそんなこと考えないよ」
「じゃあ俺が変なのかな」
「うん」
即答された。
「少しくらい考えろよ」
「考えた結果だもん」
ミリアが笑う。
俺もつられて笑った。
しばらくして、ミリアが何でもないことのように言った。
「じゃあルークが強くなったら、私も守ってね」
「いいよ」
「ほんと?」
「その代わり、俺が怪我したら治して」
「任せて」
ミリアが笑った。
子供同士の、何気ない約束だった。
俺も深く考えていなかった。
強くなればいい。
剣を振って、魔法を覚える。
そうすれば自分だけじゃなく、近くにいる人間くらいは守れる。
この頃の俺は、まだ。
強さというものを、随分簡単に考えていた。




