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『転生したら、パワハラ上司が魔王になっていた』  作者: ばけつプリン


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自由に生きるために

5歳になった。



俺にとっては、

待ちに待った年齢だった。



ようやく。



剣と魔法を、

正式に習うことができる。



前世なら5歳といえば、

幼稚園児だ。



そんな年齢から剣を持たせるなんて

危険すぎると思う。



だが。



この世界では普通らしい。



特にラグナード家は、

魔王領に隣接する辺境伯家。



当主となる者が、

戦えないわけにはいかない。



その日の朝。



俺は屋敷の訓練場に立っていた。



目の前には、

見覚えのある男がいる。



バルト。



父と模擬戦をしていた、

あの兵士だ。



現在はラグナード家騎士団の

副団長を務めている。



年齢は30代前半。



茶色い短髪。


日に焼けた肌。


右眉の上に、

細い傷がある。



そして。



声がでかい。



「ルーク様!」


「はい!」


「声が小さい!」


「はい!」


「もっと!」


「はいっ!」


「よし!」



何がよしなんだ。



剣術って、

声量から始まるものなのか?



バルトが木剣を差し出した。



子供用だ。



それでも、

持ってみると思ったより重い。



「まずは構えてください」


「こう?」


「違います」



いきなり違った。



足の位置。


腰。


肩。


手の握り方。



1つずつ修正される。



ゲームなら、


剣術を取得しました。


なんて表示が出そうなものだが。



当然。



何も出ない。



ただ腕が痛い。



ひたすら痛い。



最初の訓練は、

木剣を振るだけだった。



100回。



「97……98……99……100!」



終わった。



腕が上がらない。



「では、もう100回」


「え?」


「どうしました?」


「今100回やったけど」


「ですから、

次の100回です」


「…………」



この世界。



5歳児に厳しくないか?



だが、

やるしかない。



俺は再び木剣を振る。



自由への道は。



想像以上に筋肉痛だった。



◇



剣術の翌日は魔法。



こちらの教師は、

セルヴィンではなかった。



「初めまして、

ルーク様」


庭で待っていたのは、

20代後半くらいの女性だった。



濃い青色の髪。


黒いローブ。


片手には短い杖。



「私はイリス。

本日からルーク様の

魔術指導を担当します」


「よろしくお願いします」


「礼儀正しいですね」


「父上に怒られるから」


「なるほど」



イリスが笑った。



この人は、

かなり話しやすそうだ。



「まず最初に確認します」


イリスが人差し指を立てる。



「魔法で最も大切なものは

何だと思いますか?」


「魔力?」


「半分正解です」


「才能?」


「それも必要です」


「じゃあ何?」


「制御です」



イリスが手を開いた。



何もない掌。



そこへ。



小さな水の球が現れる。



直径10センチほど。



水球は空中で静止したまま、

形を崩さない。



「魔力量が多くても、

扱えなければ意味がありません」


水球が2つに分かれる。



さらに4つ。



8つ。



俺の周囲を、

小さな水球が回り始めた。



「うわ……」


「同じ魔力でも、

どう使うかで結果が変わります」



水球が1つに戻る。



次の瞬間。



パァン!



庭の端に置かれていた

木製の的が砕けた。



水だ。



ただの水。



それで木が壊れた。



「すげえ」


「ありがとうございます」



イリスが少し得意げに笑う。



「ルーク様にも、

いずれできますよ」


「いずれ?」


「10年ほど練習すれば」


長い。



いや。



待て。



俺はまだ5歳だ。



10年後でも15歳。



前世の感覚で考えれば、

十分若い。



「じゃあやる」


「良い返事です」



まず教えられたのは、


魔力を感じること。



これが。



思った以上に難しかった。



目を閉じる。


自分の中にある何かを感じる。



「どうです?」


「何も分からない」


「普通です」


「どれくらいかかる?」


「早い方なら数日。

遅い方ですと数か月ほど」


「そんなに?」


「そんなにです」



魔法って、

もっと簡単だと思っていた。



呪文を唱えたら、

火が出る。



そんなものじゃない。



まず魔力を感じる。



次に動かす。



身体の外へ出す。



形を作る。



そこから、

初めて魔法になる。



その日は。


何も起こらなかった。



2日目。



何も起こらない。



3日目。



やっぱり何も起こらない。



「……才能ない?」


「3日で判断しないでください」



イリスに怒られた。



そして。



6日目。



それは突然だった。



いつものように目を閉じる。



呼吸を整える。



身体の奥。



胸の辺り。



何か。



暖かいものがあった。



血液とは違う。



身体の中を流れる、

奇妙な感覚。



「あ」



思わず声が出た。



イリスの表情が変わる。



「感じました?」


「たぶん」


「動かそうとしないでください」


「え?」


「まず感じるだけです」


「でも――」


「駄目です」



かなり強めに止められた。



「最初から無理に動かすと、

魔力の流れを乱します」


「危ない?」


「かなり」



また死ぬところだった。



俺は言われた通り、

魔力を感じるだけに集中した。



暖かい。



不思議な感覚だ。



身体中を巡っている。



これが。



魔力。



この世界で初めて手に入れた。



俺自身の力。



思わず笑ってしまった。



「そんなに嬉しいですか?」


「うん」


「では、

明日から大変ですよ」


「え?」


「感じるのと、

使うのは別ですから」


「…………」



先は長そうだ。



◇



剣。


魔法。


勉強。



俺の日常は、

少しずつ忙しくなった。



朝。


剣術。



昼前。


勉強。



午後。


魔法。



前世より忙しい。



なのに。



不思議と嫌ではなかった。



理由は単純だ。



自分でやりたくて、

やっているから。



誰かから、


数字が足りない。


結果を出せ。


もっと考えろ。



そう言われているわけじゃない。



昨日より剣を1回多く振れた。



昨日より少しだけ、

魔力を動かせた。



それだけで楽しかった。



前世でも。



こういう仕事だったら、

少し違ったのかもしれない。



そんなことを、

時々考える。



◇



6歳になった頃。



俺には、

よく遊ぶ相手ができた。



「ルーク!」


庭の向こうから、

少女が走ってくる。



栗色の髪を

肩の辺りで切った女の子。



名前は。



ミリア。



俺と同い年。



父の部下である

騎士団長の娘だった。



騎士団長が屋敷へ来るたびに、

一緒についてくる。



最初は挨拶する程度だった。



だが同年代の子供が

屋敷にはほとんどいない。



気づけば、

よく一緒に遊ぶようになっていた。



「また剣?」


ミリアが俺の木剣を見る。



「うん」


「毎日やってるじゃん」


「毎日やらないと強くならないから」


「そんなに強くなって

どうするの?」


聞かれた。



俺は少し考える。



魔王を倒したい。



違う。



英雄になりたい。



それも違う。



「自由になる」


「……自由?」



ミリアが首を傾げる。



当然の反応だ。



6歳児の発言じゃない。



「大人になったら、

いろんなところに行きたいんだ」


「王都とか?」


「もっと遠く」


「どこ?」


「分からない」


「分からないのに行くの?」


「だから面白いんだろ」



ミリアが笑う。



「変なの」


「そう?」


「ルークは将来、

ここの領主になるんでしょ?」


「それはまだ分からない」


「長男なのに?」


「カイルがいるから」


「カイルまだ赤ちゃんじゃん」


「そのうち大きくなる」


「かわいそう」


「何が?」


「勝手に領主にされて」


「……確かに」



言われてみればそうだ。



弟に押しつければいい、

という話でもない。



まぁ。



その時考えよう。



俺は木剣を構える。



「ミリアもやる?」


「やらない」


「なんで?」


「痛いから」


「まだ殴ってないけど」


「ルークとやると絶対痛いもん」


「信用ないな」


「前に木の枝折ったじゃん」


「あれは魔力を乗せすぎた」


「それが怖いって言ってるの!」



ミリアの声が庭に響く。



俺は笑った。



こういう時間が。



好きだった。



前世では、

いつも何かに追われていた。



仕事。


売上。


メール。


電話。



休日でも、

完全に仕事を忘れることはできなかった。



今は違う。



剣を振る。


魔法を練習する。


ミリアと遊ぶ。


家族と飯を食う。



それだけ。



十分だった。



◇



ただ。



平和な日ばかりではない。



ある夜。



俺は喉が渇いて目を覚ました。



水を飲みに廊下へ出る。



その途中。



父の執務室から、

声が聞こえた。



「またか」


父の声。



いつもより低い。



俺は足を止めた。



扉が少し開いている。



中には父。


騎士団長。


そしてバルトがいた。



机の上には、

大きな地図。



「今回は?」


父が聞く。



騎士団長が答える。



「国境近くの村が1つ。

住民17名が死亡しました」


17人。



俺は息を止めた。



「魔物か?」


「おそらく。

ただし足跡が妙です」


「魔族が関わっている可能性は?」


「否定できません」



魔族。



その言葉を聞いた瞬間。


部屋の空気が重くなった。



父が地図を見る。



「魔王軍が動いたという報告は?」


「ありません」


「なら刺激するな」


「しかし――」


「確証がない状態で、

魔王領へ兵を向ければ戦争になる」


誰も反論しなかった。



戦争。



その言葉が、

妙に現実味を持って響いた。



俺は静かに部屋へ戻った。



ベッドに入る。



眠れない。



17人。



死んだ。



この世界に来てから、

人の死について話を聞くのは

初めてではない。



魔物に襲われた。



盗賊に殺された。



戦争で死んだ。



セルヴィンの授業でも聞いた。



でも。



今までは、

どこか遠い話だった。



今回は違う。



同じ領地。



馬なら1日もかからない場所。



俺が暮らしている場所から、

そう遠くないところで。



17人が死んだ。



この世界は。



前世より自由かもしれない。



だけど。



安全ではない。



むしろ。



遥かに危険だ。



俺は天井を見つめた。



やっぱり。



強くならないといけない。



誰かに勝つためじゃない。



英雄になるためでもない。



嫌な場所から逃げるため。



大切な人を連れて、

どこへでも行けるようになるため。



自分の人生を。



自分で選ぶため。



そのために。



剣も。



魔法も。



必要だった。



翌朝。



俺はいつもより早く起きた。



そして。



誰もいない訓練場で、

木剣を握った。



1回。



2回。



3回。



まだ腕は細い。



魔法だって、

小さな火を出すのが精一杯だ。



それでも。



いつか。



どこへでも行けるくらい。



強くなる。



朝日が昇るまで。



俺は1人。



何度も剣を振り続けた。

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